「ね、おかあさん、どうして、わたしは、みなみっていう名前なの?」
小さい女の子が、お母さんにたずねます。
お母さんは、女の子を抱きしめて、話し始めます。
「昔、昔、あるところに、一人の青年とその恋人がいました。二人は、いつも部屋で音楽を聴いていました。手をつなぎ、肩を寄せ合って、音楽を聴いているだけで、二人はとても幸せでした」
「どんな音楽をきいていたの?」
お母さんは遠くを見つめるように、お話を続けます。
「ある日、青年は一枚のCDを持ち帰りました。ブルックナーの弦楽五重奏曲です。それは12月のとても寒い夜のことでした。ブルックナーは大きな海のうねりのような、雄大で、神秘的で、二人のお気に入りだったのです。ただ、それまでは、交響曲しか聴いたことがなかったので、弦楽五重奏曲は、新鮮な驚きに満ちていました。何というふくよかで、美しい調べでしょう。二人は、まるで満天の星のもと、海岸の砂浜で、火をおこして、波の音を聴いているような気持ちになりました」
「ふくよかって?」
「あなた、よくムームーを抱きしめるでしょ?そのとき、ムームーにお顔をくっつけるじゃない。あのとき感じるのが、ふくよか」
「あ、ふかふかで、もこもこで、とってもあったかいんだね。それで、その、ふくよかなブルックナーを聴いて、二人はどうしたの?」
「二人は約束を交わしたのです。いつか、南の島に行って、浜辺で星を見ながら、ブルックナーの弦楽五重奏曲を聴こう。いつか、子どもができたら、みんなでいっしょに行って、また、ブルックナーを聴こう。いつか、年老いて、どちらかが亡くなったとしても、あの星空と、波の音を思い出して、ブルックナーを聴いて、生きていこう」
「やだ、やだ、おかあさんも、おとうさんも、ムームーも、死んじゃったりしたら、やだ、やだ!」
お母さんは、女の子を優しくなだめます。いつの間にか、ねこのムームーもやって来ました。
「大丈夫よ。まだまだ遠い先のことだから。それでね、お話の続きだけど、約束通り、二人は、南の島に行ったのです。それは、二人が結婚したあとのことでした。そして、ロマンチックなひとときを過ごしました。そのとき、夜空のお星様から授かった女の子が、みなみという名前のあなたなのです」
「うわぁ、そうなんだ。南の島の星の子だから、みなみか…」
「漢字で南か、それとも美波か、迷ったの。でも、ひらがなの優しい感じが好きで、みなみって名づけたのよ」
「とってもすてき。ありがとう、おかあさん、ありがとう」
みなみちゃんは、お母さんに抱きついて、ぴょんぴょんと跳ねています。
ムームーも嬉しそうに、ニャーニャーと、みなみちゃんにスリスリしています。
「あ、そうだ、いつか、家族みんなで、また、南の島に行くんだよね?」
お母さんは、ふふふ、と微笑んで言いました。
「あのね、今年のクリスマスは、南半球で過ごすの。サンタさんが、水着でプレゼントを配ってくれるのよ」
メリークリスマス、ブルックナー♪