うたかたでいず

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*NOVEL*

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  日常モノを多く書いています。


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      おおもりちゃーはん ( ) ( ) ( )


  *―――――WORK LISTS *


*PHOTO*

  CANON EOS Kiss X3 ,PENTAXRICOH Q

  PENTAXRICOH GRDⅢ , SONY Cybershot RX100 , Fujifilm XF-1

  をメインに使用しています。

  公開写真のなかでもコンデジで撮影した写真が多いです。

  コンデジをこよなく愛してますが、そのうち一眼に浮気するかもです。

  粗が目立つとは思いますが、ご覧いただければうれしいです。

 

  【使用カメラ】

  EOS Kiss X3 Richo GRDⅢ Richo CX4 Richo PX S95 P300 TX5 T77 T1


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素材をお借りしています【 ヒバナ

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TEA or COFFEE?


"2011 03/22 ~ 執筆中" 夏樹螢石 文章校正 Liz_B


~COFFEE BREAK


ある昼下がり、坂の上の喫茶店。その言い争いはいつものように始まった。
「何を言っているんだ、午後は濃く入れたブラックコーヒーで一服するに限る。」
「いいえ、午後は甘ーい紅茶に限るわ。ほら、イギリスではAfternoon Tea というものがあるくらいでしょう?」
二人とも頑として譲らない。何とかしようとするものの、なかなか解決しない。初めはどうにか止めようとした私だったが、最近ではもう手の施しようがないほどになっている。
二人は恋人同士だった。でも、あまりに違うところが多すぎた。男が犬好きであれば女は猫好き、男が青色を好きだとすれば、女は赤色、そんな調子だ。
二人の数少ない共通点といえば、不幸なことに、とてつもなく頑固だということだ。
男には譲れない理由があった。何としても、彼女にコーヒーの良さを分かってほしい理由があった。これは、絶対話さないでくれ、と言われたことなのだが、あなたにだけこっそりお教えすることにしようか。
あれは何時かの昼下がり、珍しく男が一人で店に来たときに聞いた話だ。
「おや、今日はおひとりですか。お珍しい。」
「いや、ちょっと喧嘩をしましてね。」
男は頭をかきながらカウンター席に座った。
「今日は何に致しましょう?」
「そうだな……いや、いつも通りコーヒーにしようか。アフタヌーンブレンド、濃いめで。」
「かしこまりました。」
男は、いつもアフタヌーンブレンドを注文する。甘いお菓子によく合う、私の店で一番コクと苦みが強いブレンドだ。
「……マスター、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんでございましょうか。」
「マスターはコーヒー、紅茶、どちらがお好きですか?」
「……コーヒーにはコーヒーのいいところ、紅茶には紅茶のいいところがございます。どちらか一方を選ぶことは、私にはできません。……答えになってないようで、申し訳ございません。」
「いえ、ごもっともなお答えだと思います。」
ドリッパーがポトリ、ポトリとゆっくりコーヒーを淹れていく。時計の針がコチコチと時を刻んでいく。
「あの……」
長い沈黙を男が破った。
「少しばかり昔話をしてもよろしいですか。」
 男は小さなころに父親を失っていた。母と大喧嘩して、そのまま出て行ったきり帰ってこなくなった、男はそう言った。
「父親との思い出があまりないんです。」
寂しそうに微笑んで、手元に目を落とした。
「…数少ない思い出の一つが、コーヒーなんです。」
ドリッパーの中をゆっくりと落ちていく、ほろ苦い雫を眺めながら、男はポツリとそう言った。
男の父親はほとんど家にいなかった。仕事柄、家にいることがほとんどなかったらしい。たまに家に帰ってきても寝てばかり、どこかに連れて行ってもらうことなど、ほとんどなかったそうだ。
「ある日の午後、たまたま親父が居間でくつろいでいたんです。そのとき飲んでいたのがコーヒーだったんですよ。」
私は音をたてないように、コーヒーを男の前にゆっくりと置いた。
「いや、どうも。」
男はゆっくりとマグを持ちあげ、少しだけコーヒーを口に含ませる。
「……そうそう、この味だ。すごく苦くて、濃いコーヒーだったんだよなぁ。」
独り言のようにそう呟いて、ゆっくりとマグを置いた。
「あの時、親父がとても旨そうに飲んでるのを見て、欲しいとせがんだんです。親父は『お前にはまだ早いだろうけど、飲んでみるか』と笑いながら飲ませてくれました。旨いと思って口いっぱいに含んだけど、苦いのなんのって。」
笑ってもう一口コーヒーを啜る。
「苦くて顔をしかめてると、親父が冷蔵庫にあったケーキを持ってきたんです。一緒にこれを食べてみろって。そうしたら……コーヒーが不思議と、とても美味く感じられたんですよね。」
そして男の父親は、午後はコーヒー片手にお菓子を食べるのが一番幸せな過ごし方なんだぞ、と言ったそうだ。コーヒーだけで楽しめるようになったら立派な大人になった証拠だな、とも。
「それからしばらく経って、親父は家を出て行きました。…その時から、午後のコーヒーは親父を思い出す大切な時間になっていたんです。」
「…そうだったんですか。」
「今じゃコーヒーだけでも飲むことができる、立派な大人になったんだ、……そう親父に伝えたいものです。伝えられるものなら……本当に。」
また、沈黙が訪れる。コチコチと時計がゆっくりと時を刻む。
「……さて、そろそろ行くことにします。コーヒー、ごちそうさまでした。今日はいつもに増して、旨かったです。」
「いえ、……そう言えっていただければ光栄です。」
残ったコーヒーを、大切そうに飲み終えると、男は会釈を一つして、扉へと向かう。
「またいつでもいらしてください。」
「ええ、また来ます。」
「……お連れさんに、コーヒーの味がわかってもらえるといいですね。」
「そうですね、いつかきっとわかってくれると思います。それでは。」
カランカランとベルが鳴り、扉がゆっくりと閉まった。
また店内に、微かに街路樹を揺らす風の音が聞こえるようになった。私は一人、カウンターに残されたマグカップを見つめていた。彼はこの一杯を飲む時に、いったいどれだけの想いをこめていたのだろう。
私は再びドリッパーを取り出して、コーヒーを淹れた。そして、彼が座っていた席の隣に座り、コーヒーを飲んだ。
口の中に深い苦みが広がり、その後かすかな酸味が爽やかさを添える。美味いと思った。ただ素直に、美味いと思った。
この味を、彼が大切な人と分かち合うことができたなら、どれだけ素晴らしいことだろう。
何か私に、二人の手助けになることはできないだろうか。だが、彼と彼女の問題に、私が割って入るような真似などしていいものだろうか。いや、そもそも私は――
マグカップを置き、小さくため息をつく。マグカップの中を見つめその答えを探しても、揺らめく褐色の先には何も見つけることはできなかった。

...Continued


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