これが、今日までの井坂京子をめぐる物語のすべてだ。
桜は、盛りを過ぎ、すでに花びらが舞い始めていた。
小学校の正面玄関を出ると、風に乗って、無数の桜雨が降ってきた。
花が終わり、散るときにも桜はこんなに美しい。
校庭の卒業生たちは揃って歓声をあげ、いっせいに京子に手を振った。
その輪の中にジャージ姿のタイジがいる。
二組の生徒たち全員が集まっていた。
一週間前の卒業式に出席できなかった京子とタイジのために、もう一度ひとクラスだけの卒業式をしよう、と誰からともなく言いだしたのだった。
教師になるとき、京子は自分が先生として子供たちに認めてもらえるのか、好かれるのか、そればかりを気にしていた。
でも、今はそんな自分がおかしく思える。
自分が子供たちを好きになること、それが、教師という仕事だ。
本気で子供たちを愛して、そばにいることができたら……
君のことをわかっている、と言ってあげられたら……
それが、京子の選んだ「先生になる」という道だった。
いまでも、京子には自信なんてなかった。
今度、教室で新しい子たちに出会ったとき、目の前に座る児童たちに会ったときに、また聞いてみればいい、と思った。
私が教師でいいのかな? と。
二組の児童たちと揃って会えるのは、今日が最後だ。
でも、終わりはすべての始まり。
新しい一歩を踏み出す子供たちの頭上に、薄紅色の桜の花片が何枚も躍っていた。
了
(ご愛読ありがとうございました)