上手な雨の過ごし方。
ひんやりとした風が肌を撫でるようになった。
人の温もりが心地良い季節。
ある9月の終わりの雨の日。
水滴がついた窓ガラスを見つめる彼女の横顔。
夕方から夜に変わる午後5時半、何時ものように家のチャイムが鳴って。
何時ものように彼女が立っていた。
雨の日の日常。
何かあったのかと言葉を投げても、彼女は澄んだ目で僕を見つめるだけ。
ここに来る特別な理由があるわけじゃない。
それは僕が一番わかってる。
濃いめに淹れたアールグレイにミルクを注いで。
ふたつ、ミルクティを作る。
砂糖無しと、蜂蜜を溶かしたものをひとつずつ。
ミルクティを一口口に含み、一瞬考えてから飲み込んで、言葉を続ける。
「最近めちゃめちゃ寒くなったね。風が完全に秋の匂いになった。」
彼女は僕を見つめながら、こくん と小さく頷く。
まるで オートマータの人形のようだと思った。
誰もが振り返るような、華やかな美人ではないけど、ひとつひとつのパーツの作りが繊細で バランスよく並んだ顔の造りは、ふとした瞬間にはっとする美しさがある。
両手でカップを持ちハニーミルクティを飲む、彼女の顔から目が離せなくなる。
俯いた小さな顔から長い睫毛と赤い唇がこぼれ落ちそう。
「……雨、早くやまないかしら。」
雨が嫌いな彼女の口癖。
「…明日も雨って天気予報が。」
「最悪。」
被せ気味に一言。
人形みたいな彼女は、言葉を話した瞬間に人間に戻る。
それも かなり毒を含んだ。
「僕は好きだけどね。雨。」
濃いめに煎れたアールグレイは好みではないけど、不規則に音を奏でる雨音を聴きながら飲むと 不思議と美味しい。
「全然理解出来ない。」
雨の夜に一人でいることに耐えられないという彼女は、日が落ちる頃にこうして 部屋に来る。
恋人の元へは行かずここにくるなんて、ちょっとした優越。
「雨の好きなとこ5つ挙げて。」
「唐突だね(笑)」
「理由聞いたら理解できるかなと思って。」
「……家から出ない理由になる。薄暗くて時間を忘れられる。1日がゆっくり過ぎてく。あと…雨音が好き。外の音をシャットアウトしてくれるから。」
最後のひとつは絶対に言わない。
「…4つだね。」
「ものごとを好きになる理由はそんなに沢山いらないでしょ。…厳密には3つだよ。」
自分の納得出来る答えを貰えないと人を好きにならない彼女。
きっと 今とっても苛立ってる。
「君のそういうとこ、嫌い。」
……ほらね。
「だろうね(笑)じゃあ逆に雨の嫌いなとこ、5つ挙げて。」
マグカップを両手で持つのも彼女の癖。
持ち手に指をかけているのを見たことがない。
「濡れるのが嫌。傘を差すのも嫌。濡れた傘を持つのも嫌。髪がうねるのも嫌。………雨の音しかしないと不安になる。」
子どもみたいに嫌を連ねて、最後に最大の理由。
「不安になるって寂しいってことでしょ?恋人のとこ行けば良いのに。」
「雨の日に電車で3駅なんて果てしなすぎる。遠くの恋人より、濡れずに行ける男友達。」
「それ、自由すぎ。猫みたい。」
「どこが?」
「…良かったね。僕が同じマンションに住んでて。」
優越に浸ることのできる、簡単で明解な理由。
「……迷惑だと思ってるんでしょ。」
「あはは(笑)正解。どーする?ミルクティに毒とか入ってたら。」
無言のまま警戒の眼差しを向けてくる彼女は、鈍感なのか 天然なのか 自由なのか。
「入ってるわけないでしょ。君に毒盛って捕まるのなんてやだよ。」
これは本音。
「最低…。」
出逢ってから約10年。
そろそろ違う方法で繋がりをつくる。
「雨の日に必ずここに来る君を監禁してみたいと思ったことはあるけどね。」
満面の笑みで。
これも本音。
「私のこと監禁しても、何も面白くないでしょ?監禁しなくても、梅雨時期は大抵ここにいるじゃない。」
「…そうだね。」
自分の感情に大きく左右されながら生きている彼女は、周りの感情を読むのが下手で。
少なくともここにある感情を掻き乱していることには気付かない。
次の雨の日、本当に睡眠薬でも盛ってみようか。
「雨の音やだから、音楽かけてー。」
「……OK。何がいい?」
「ジムノペディ。」
好きと嫌い、別々の理由だけど。
雨の時間、好きな音楽を聴きながら一緒に過ごして。
同じ空間を共有するって、素敵なことだとは思わない?
雨は外の音を全て遮って。
君との時間と空間を包み込んでくれるから 好き。
言葉にする日が来るかはわからないけど。
人の温もりが心地良い季節。
ある9月の終わりの雨の日。
水滴がついた窓ガラスを見つめる彼女の横顔。
夕方から夜に変わる午後5時半、何時ものように家のチャイムが鳴って。
何時ものように彼女が立っていた。
雨の日の日常。
何かあったのかと言葉を投げても、彼女は澄んだ目で僕を見つめるだけ。
ここに来る特別な理由があるわけじゃない。
それは僕が一番わかってる。
濃いめに淹れたアールグレイにミルクを注いで。
ふたつ、ミルクティを作る。
砂糖無しと、蜂蜜を溶かしたものをひとつずつ。
ミルクティを一口口に含み、一瞬考えてから飲み込んで、言葉を続ける。
「最近めちゃめちゃ寒くなったね。風が完全に秋の匂いになった。」
彼女は僕を見つめながら、こくん と小さく頷く。
まるで オートマータの人形のようだと思った。
誰もが振り返るような、華やかな美人ではないけど、ひとつひとつのパーツの作りが繊細で バランスよく並んだ顔の造りは、ふとした瞬間にはっとする美しさがある。
両手でカップを持ちハニーミルクティを飲む、彼女の顔から目が離せなくなる。
俯いた小さな顔から長い睫毛と赤い唇がこぼれ落ちそう。
「……雨、早くやまないかしら。」
雨が嫌いな彼女の口癖。
「…明日も雨って天気予報が。」
「最悪。」
被せ気味に一言。
人形みたいな彼女は、言葉を話した瞬間に人間に戻る。
それも かなり毒を含んだ。
「僕は好きだけどね。雨。」
濃いめに煎れたアールグレイは好みではないけど、不規則に音を奏でる雨音を聴きながら飲むと 不思議と美味しい。
「全然理解出来ない。」
雨の夜に一人でいることに耐えられないという彼女は、日が落ちる頃にこうして 部屋に来る。
恋人の元へは行かずここにくるなんて、ちょっとした優越。
「雨の好きなとこ5つ挙げて。」
「唐突だね(笑)」
「理由聞いたら理解できるかなと思って。」
「……家から出ない理由になる。薄暗くて時間を忘れられる。1日がゆっくり過ぎてく。あと…雨音が好き。外の音をシャットアウトしてくれるから。」
最後のひとつは絶対に言わない。
「…4つだね。」
「ものごとを好きになる理由はそんなに沢山いらないでしょ。…厳密には3つだよ。」
自分の納得出来る答えを貰えないと人を好きにならない彼女。
きっと 今とっても苛立ってる。
「君のそういうとこ、嫌い。」
……ほらね。
「だろうね(笑)じゃあ逆に雨の嫌いなとこ、5つ挙げて。」
マグカップを両手で持つのも彼女の癖。
持ち手に指をかけているのを見たことがない。
「濡れるのが嫌。傘を差すのも嫌。濡れた傘を持つのも嫌。髪がうねるのも嫌。………雨の音しかしないと不安になる。」
子どもみたいに嫌を連ねて、最後に最大の理由。
「不安になるって寂しいってことでしょ?恋人のとこ行けば良いのに。」
「雨の日に電車で3駅なんて果てしなすぎる。遠くの恋人より、濡れずに行ける男友達。」
「それ、自由すぎ。猫みたい。」
「どこが?」
「…良かったね。僕が同じマンションに住んでて。」
優越に浸ることのできる、簡単で明解な理由。
「……迷惑だと思ってるんでしょ。」
「あはは(笑)正解。どーする?ミルクティに毒とか入ってたら。」
無言のまま警戒の眼差しを向けてくる彼女は、鈍感なのか 天然なのか 自由なのか。
「入ってるわけないでしょ。君に毒盛って捕まるのなんてやだよ。」
これは本音。
「最低…。」
出逢ってから約10年。
そろそろ違う方法で繋がりをつくる。
「雨の日に必ずここに来る君を監禁してみたいと思ったことはあるけどね。」
満面の笑みで。
これも本音。
「私のこと監禁しても、何も面白くないでしょ?監禁しなくても、梅雨時期は大抵ここにいるじゃない。」
「…そうだね。」
自分の感情に大きく左右されながら生きている彼女は、周りの感情を読むのが下手で。
少なくともここにある感情を掻き乱していることには気付かない。
次の雨の日、本当に睡眠薬でも盛ってみようか。
「雨の音やだから、音楽かけてー。」
「……OK。何がいい?」
「ジムノペディ。」
好きと嫌い、別々の理由だけど。
雨の時間、好きな音楽を聴きながら一緒に過ごして。
同じ空間を共有するって、素敵なことだとは思わない?
雨は外の音を全て遮って。
君との時間と空間を包み込んでくれるから 好き。
言葉にする日が来るかはわからないけど。
炭酸メロディ
人工的な色と氷。
溶け始めたバニラが。
弾ける音に耳を傾けながら、ふんわりと浮かぶチェリー。
彼女の細い指で宙に。
落下した赤が白いクリームに埋まる。
『いつもメロンソーダ飲んでるね。』
『………クリームソーダね。』
『………同じじゃん。』
無言は合図。
分かってないのね、の。
『好きなの?』
『好きなの。』
ひとつひとつの言葉をゆっくりと噛み砕くように話す声は柔らかい。
ストローをくるくると回しながらグラスに耳を近付ける。
『何やってるの?』
『音聞いてるの。メロディラインが途切れないように。』
『メロディ?』
どうやら彼女は炭酸の弾ける音を聞いているらしい。
カランと揺れる氷が音に色を足して。
細かいリズムを刻む。
不規則に弾ける気泡に。
耳を傾け彼女は笑う。
時折見せる儚い横顔。
本当はソーダに溶けるバニラアイスは彼女なんじゃないかなんて。
………乙女かって。
何時ものカフェ。
何時ものテラスの指定席。
12月の眩しい日差しに目を細める。
時折吹く風は艶やかな髪をさらう。
風に乗せて届く彼女の香り。
ラベンダーと彼女の香りでリラックス効果は無限大。
微かに香るのが好きだからと、首だけでなく髪にもボディバターをつける。
『寒そうね。』
肩を軽く震わせる彼女を横目に、湯気の上るアールグレイを一口。
『………寒い。それ頂戴。』
『………嫌よ。』
と、微笑み返す。
『………鬼畜。』
『いやいや、これくらいで鬼畜って…。』
寒いと言いながらも半分溶けてしまったバニラアイスを口に運ぶ。
ふっくらとした赤い唇に白いバニラが吸い込まれていく様はなんだかエロい。
視線を感じたのか、首を傾げて。
『……何。』
『美味しそうだね。一口頂戴。』
『……………どうぞ。』
そう言ってにっこりと笑う顔には小悪魔が潜む。
銀色の細いスプーンですくわれたバニラアイスは、アールグレイの水面に落下。
『あ。』
『ミルクティーになったね。』
『あのねー…』
『あ、呆れた顔してる。』
『多分ね。』
『わかるの?』
他愛の無い会話のひとつひとつが大切で。
『アールグレイ、いらないなら私が飲んで差し上げます。』
『いりますー。』
『あら残念。』
どうやら彼女は本当にこれを狙ってるらしい。
『冷たいの頼むからだよ。』
『クリームソーダは外せないの。この毒々しい色がなんとも言えず綺麗でしょ。家じゃ敢えて飲まないし、外で飲むから尚綺麗。』
そう言って太陽に向かってグラスをかざす。
『………ね。』
『………確かに。』
キラキラと反射するグラスの中の緑。
生命を宿す緑が無くなった遊歩道では本物。
言葉巧みに語る彼女に完敗。
『何か新しく頼む?』
『ん、そうする。』
片手手を上げて遠くのウエイターを呼ぶ。
グラスを持つ手を触れば氷のごとくヒンヤリと。
12月の真っ直中、テラスでクリームソーダ。
唇も心なしか青が混ざり始めた。
『何にする?紅茶?コーヒ…』
言葉を遮り一言。
『メロンソーダで。』
……相変わらず懲りない。
アイスが無いだけ寒くないと言い張る彼女に、巻いていたチェックのマフラーをぐるぐる巻きにして席を立つ。
『トイレに暖をとりに行ってきます。』
『うぃ。』
ドアを空けるとじんわりとあたたかい空気が身を纏う。
さっきのウエイターさんを見つけて
『アールグレイもうひとつ追加で。』
と告げる。
背中に視線を感じ、振り返ると視線がぶつかる。
不思議そうな顔をして。
炭酸の奏でる音みたいに、沸き上がる愛しさ。