太田忠司さんインタビュー 第五回 「僕がいちばん動かされるのは、サクリファイスなんです」 | エンタメ探検隊!

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福田「少し小説から離れまして、最近ハマってらっしゃるのは何ですか」

太田「ももクロです。ライブに行きましたし」

福田「ももクロの何に惹かれますか」

太田「僕は今まで、アイドルにハマったことは一度もなかったんです。僕らの世代は、天地真理、キャンディーズ、ピンクレディ、松田聖子といろいろいましたけど、僕にはそういう(アイドルにハマる)要素はないと思っていたんです。ところが、ある本格ミステリ大賞のイベントで、一般参加の人がももクロのブルーレイを持ってきて配ったんです。もらったから見てみたら、2012年に横浜で二日間開催したライブのビデオだった。一日目は、ももクロがザ・ワイルドワンズとか有名な人たちと一緒にライブをやっていて、その時はすごいなとかそのくらいの印象だった。ところが二日目は横浜アリーナのど真ん中に円形のステージを作って、彼女たち五人だけでライブをやった。それを見た瞬間に、何だこれはと思った。あんなちっちゃな子たちが、何万人も相手にしている。すげえなと」

秘蔵!ももクログッズ

福田「それまでは興味がなかったのに」

太田「でも、自分はライブには行かないと思っていた。それが同じくももクロファンの黒田研二さんから『ライブのチケットが一枚あるけど、行く?』とか言われて、今年初めてライブに行ったんです」

福田「ハマるものがある時は楽しいですよね。私たちはそれを煩悩と呼んでいますが(笑)」

太田「僕は、ももクロとWWE(アメリカのプロレス団体)です。WWEはキャラの立ったレスラーがいっぱいいて、来日したときは何度か生で見てますけど、今年の国技館では初めてWWEのレスリングを見て泣きました」

福田「それはどういう状況だったんですか?」

太田「ジョン・シナというレスラーがいるんです。団体の絶対的エースで品行方正なキャラクターを売りにしているんだけど、プロレスのマニアックなファンからは、何だあいつはと思われてる。たいして技術もないのに、会社に推されて何度もチャンピオンになってると。だから彼が出て来ると、女性のファンは歓声を送るけど、マニアックなファンはブーイングする。でも彼はそのキャラクターを保つために、365日リングを降りてもずっとその品行方正なキャラで居続けるんですよ。ひと時も息を抜けない。それがすごいなと。ジョン・シナというのは、プライベートでも施設に慰問に行ったりもするんですが、それでも会場ではブーイングを受けるんです。で、今年僕が見た国技館で彼と対決したのは、ブレイ・ワイアットという悪役だったんですけど、それが、純粋な悪の道にひとを引きずりこむ、カルトの教祖の役なんです。とてもキャラクターが立っていて人気がある。ワイアットが出て来ると歓声が上がり、ファンがスマホのライトをつけて、照明を落とした会場が星空のように明るくなる。悪役レスラーなのに。常に光であろうとしているジョン・シナが戦っているのに、観客は悪を応援するんですよ。光の天使が孤高の立場なんです。しかも悪役は手下をふたり従えて、レフェリーが見ていない時に三人がかりでジョン・シナをボコボコにするんですよ。で、もう負ける、というぎりぎりの時に、でもシナが孤軍奮闘してやっと光が勝つんです。それで泣いちゃって。即座に売店に行って彼のTシャツを買いました」

これがそのジョン・シナのTシャツ!

福田「小説を書かれる方はみなそうかもしれませんが、太田さんの感受性の強さがすごいです」

太田「たとえば『ももクロ』の場合、あれだけのステージをこなす上で、どれだけの犠牲を払っているかがわかるからですよ。マネージャーにきついこと言われるしね。今度は一日に三回のライブをやれとか。あの子たちにしたら、客がどれだけ入るかわからないじゃないですか。それに立ち向かうのがすごい」

福田「太田さんの感動のツボは、努力ですか」

太田「僕がいちばん動かされるのは、サクリファイス(犠牲)なんです。それを作るために、どれだけ大きな犠牲を払ったかに動かされるんです。きっちり作っているものの中に、きっちり作っている人の姿が見えてくるんです」

福田「先ほどの、職人の話に通じるものがありますね」

太田「本当の職人は、自分の作品に名前を入れないんです。名前を入れるのは芸術家なんです。特にふだん使いの器には入れないんです。この器の持ちやすさをつくるために、どれだけ努力したんだろう。それに気づいた時に、作者が見えてくる。エンターテインメントを作る上で、作者の姿は見えてはいけないんです。しかし、突き詰めてやっているうちに、作者の姿が自然にたちのぼってくるんです」

福田「それは作者の誠実な創作の姿勢や、どれだけお客さんのことを考えているかでしょうか」

太田「小説なんて、突き詰めれば作者の自己満足でしかないんです。妄想を吐き出してあまつさえそれでお金をもらおうとしているんだから、とんでもないことなんです(笑)。だったらせめて、読んでいる人に楽しんでもらおう。気持ちよく時間をつぶしてもらおうと思うんです。そうして受け取った側に作者の姿を感じてもらえるのであれば、それは理想だなと思うんです」

福田「徹底的に職人、ですね。太田さんが小説をお書きになる時は、自分の中から沸き上がってくる、書きたいものをまず外に出そうとされるのか、お書きになる時から読者の姿が見えていて、こういう読者のためにこんなものを書こうとされるのか、どちらのタイプなのでしょうか」

太田「自分の衝動を、ちょっと待てと止めます。そのまま出したらヤボだから。編集さんに読んでもらう前に、自分が最初の読者ですから」

福田「太田さんの創作哲学ですね」

太田「小説は人間の喜怒哀楽を揺さぶるものですから、怒らせる小説があってもいい。ここでえっと思わせる展開があったほうが、より楽しめるなとか」

福田「読者を楽しませるために心がけておられることは何でしょう」

太田「まず、自分が読んで楽しめること。書くのは苦しいんだけど、読んだ時にこれは楽しいなと思うことです」

(第六回につづく)