ウォーキング中の一瞬。
そのわずかな瞬間が、1ヶ月以上たった今も、
忘れられない。

日がおちて真っ暗な空。
ただ
ひたすら、歩いていた。
曲がり門を曲がると、
まっすぐ伸びた道の向こうから、
何やら
とても小さな真っ黒な生物が、
とことこ、とことこ …
こちらに向かって歩いてくる。

野外ステージを照らすスポットライトのような、
とても強力な照明が、 まっすぐな道を照らしている。

ドラマなら、
その道の真ん中で、待ち合わせをしていた恋人同士のように。
ゆっくりと、ゆっくりと近寄っていく。
ペースを乱すこともなく、ゆっくりと歩く。
少しずつ、
お互い距離が縮まっていく。


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その、黒い生物。
黒猫かと思った。
この辺りは、猫たちの溜まり場。


とことこ、とことこ……

歩いてくる黒い生物。
猫にしては、少し大きすぎる。

歩き方が、猫ではない。
そう、思った。

とことこ
とことこ、あるいてくる。

とても、わくわくしていた。

その距離が、ゼロに近くなった。

わたしのすぐ前で、
というより、わたしの足元で
その黒い生物は、
立ち止まった。

猫じゃない……

 少し、戸惑った。

その生物は何か訴えるかのように、
静かにわたしを見つめている。

真っ黒のビー玉のような目。
愛くるしい表情で。
じっとわたしの顔を見上げている。

小さな体で見上げながら、
静かな目力で、わたしをひたすら見つめている。

思わず、


「ひょっとして、キツネ⁇」

見つめるその黒い生物に
話しかけた。

「…  」

もちろん、返事をすることもなく、

それでも、微動だにせず
じっと、わたしを見つめてる。
怖がる様子なんて、全くない。

むしろ、久しぶりに友達に会った
かのような。

愛らしい。
抱きしめたいくらいに。
何かを語りかけるように、じっと
ずっと、
見つめてる。
かわいい…。

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沈黙のまま、お互い見つめあっていた。
静かな時間が、過ぎた。

「ごめん。食べるもの、何も持ってない…」

思わず、次にこんな言葉がでた。
この子は、
何を訴えてるのだろう。
なにを欲しているのだろう。

そう、思った時に、思わずでた言葉だった。


わたしを見上げてた黒い生物は、
静かに前を向いた。
そして、
静かに、歩きだした。


何もなかったかのように、
ゆっくり、
とことこ、とことこ。

わたしの横を通り過ぎ 、
慌てもせずゆっくりと、歩く。


わたしの後ろのほうから歩いて来た男性が
黒い生物に気づき、
明らかに

ギョギョ!

と、驚いた。

そんな男性の驚きもよそに。
男性の存在自体を無視するかのように、

前を向いて歩いて行く黒い生物。

どこに向かったのだろう。
姿は、すぐに見えなくなった。

あの時の、かわいい目。
何かを語りかけるようなまん丸い、真っ黒の目。

忘れられない。

なぜか、興奮状態だった。
嬉しい、ときめきのような感動。
この場所に、この時に
わたしに
会いに来てくれたかのような、

約束の場所で、やっと 出会えたかのような
そんな
不思議な感動が、ずっと後をひいた。


家に帰り、キツネの画像を調べまくった。

ちがう…
キツネではない。
タヌキでもないような。

カラダは、真っ黒。
ビー玉のようなまん丸な目。
ふさふさしたしっぽ。
顔は、まん丸でもない。
鼻筋がてともきれいに通っていて、
少しだけだが、とんがっている。
大きすぎることはない耳は、とてもしっかりとした形をしていて
横向ではなく、上を向いていた。


いろんな、動物の画像をしらべた。

結局わからない。
多分、タヌキの子どもだったのかと
今は、そう思いこんでいる。

もう一度、あの時のつぶらな瞳を見てみたい。
もう一度、会いたい。

いつか会いたい。

会えるのを楽しみウォーキングをしている。
いつか、もう一度会える
そう、思っている。

おかしなもの。
何の関係もない、ただの生物でさえも、
わずかな、ほんのわずかな
接点を持つだけで、
それは、
特別な存在になる。

ただの一度だけ、
一瞬、目があっただけ。
それだけで、それは
もう自分にとって特別な存在。

キツネか、タヌキかわからないけど、
その瞬間に同じ時間を共有した、
ただそれだけで、わたしにとって、
その生物は
特別な存在になった。

相手がどう感じているかなんて
関係ない。

一度だけ、
ただの偶然。
もう、会うことすらないかもしれない
通りすがりの偶然。
わたしの記憶の中で、もう、特別な存在になっているその生物。
キツネだろうと、タヌキだろうと
もう、どうでもよいのだから。

偶然の出会いが、特別になる。
人も、動物も、木も、花も。

まして、それがヒト
となれば、

愛情をもって接したヒトならば、
それは、とても特別な存在になって当然だ。

わたしには、まだ特別な存在がいる。

黒鷺。