杜氏のささやき -5ページ目

繰り返す力

大吟醸の仕込みが終わり、一息ついたところなのですが、日々の仕込は続いていきます。
一般的な酒蔵では、純米大吟醸や純米吟醸といわれる精米歩合50%・55%の純米酒の仕込を、この酒蔵では、ワンランクずつダウンした形で、純吟・純米と呼びながら、これまで通り何気ない普段通りの仕事をしています。

精米歩合が35%・40%の大吟醸の仕込が終わり、その搾りのタイミングを待ちながらも、毎日、高精白の白米で酒を仕込んでいるのですが、シーズン当初、蔵人の熟練度や連携が不十分で、60%精米の本醸造の仕込でさえ手一杯だったのが嘘のように、精米歩合50%・55%の純米酒の仕込はスムーズに行えるようになりました。

最も緊張感を伴う大吟醸の仕込を連日こなした経験を経て、全ての蔵人の熟練度が少しずつ上がり、標準的ないつもの仕込に戻ったことで、いい意味でリラックスした状態で日々の仕事が出来ている感じです。

まだ、この蔵では一年目ですので、醸造設備や仕事の細かな流儀など、不慣れな部分も多いですが、時を重ねていけば自然と求められている仕事はこなしていけそうな気がします。

仕事の実績を地道に積み重ねていくことが当面の目標になりそうです。

白い米・・・

年明けから、連日、大吟醸を仕込んでます。麹米40%、掛米35%など、日々、よく磨かれた高精白米を手で感触を確かめながら米洗いしています。

以前勤めていた三重の酒蔵では、精米歩合40%・50%の大吟醸は、それぞれ隔年もしくは三年に一度程度の頻度で仕込をしていました。その一本を美味しく造るために、あれこれ試行錯誤はしていましたが、改良点が見つかっても、それが活かせるのが2、3年後になってしまうのことが、もどかしくもありました。

現在お世話になっている静岡の酒蔵では、今期一造りだけで、ここ10年で造った大吟醸の仕込本数の数倍の仕込を既に行いました。いままで使ったことのなかった精米歩合35%(兵庫県産特A山田錦)での仕込も経験でき、35%と40%の違いを改めて実感しているところです。

今週ようやく、吟醸の仕込みも終盤に入り、来週仕込む予定の本醸造の麹米(兵庫県産特A山田錦・精米歩合60%)の米洗いを久しぶりしたのですが、今シーズンの始まりに洗った際には、十分に磨かれた白い米であると感じていた60%の白米が、吟醸造りで精米歩合35%や40%の白米を毎日のように洗ってきた後に見てみると、不思議なことに磨きの足りない黒い米であるかのように感じました。

特に、麹室に引き込んだ蒸米を床揉みしながら見ていると、精米歩合60%の白米は白くなく、黄みがかっているように見えるのですが、精米歩合40%の蒸米だと、まさに白い白米に見えます。

年に一度や2、3年に一度、大吟醸を仕込む場合には、その一本の仕込みに持っている技術を全て注ぎ込めるよう、米洗いや麹作りなどの原料処理に細心の注意を払いながら、仕込に集中していきます。

今期の仕込では、年明けから大吟醸を二日に一度、連続で仕込んでいくため、蔵人一人一人がそれぞれの役割を担いながら、一本一本基本に忠実に坦々と仕込んでいる感じです。

一本にかける思い入れという意味では弱いのかもしれませんが、日々、高精白米での仕込を経験することで、鑑評会出品酒の仕込に合わせるかのように、蔵人全体の仕事の精度がじょじょに上がってきています。

出品酒と市販酒ともに高品質な酒を造ってきた実績のある蔵元だけあって、仕込スケジュールもよく練られており、本醸造→純米→限定酒 or 大吟醸 というサイクルで、それぞれ数本ずつ仕込を行い、基本的にどの酒にも同じ工程で原料処理を行っていき、そのサイクルを重ねるごとに、蔵人の熟練度が自然と上がるよう工夫されているようです。

多くの大吟醸を仕込むものの、鑑評会出品用の仕込は一本のみ。吟醸蔵としての自負、市販酒の品質重視。その両方を併せ持つ蔵元にしか出来ないことかもしれません・・・

雄町と山田穂

今期は、造りの序盤で、早々に伊勢神宮ゆかりの稀少な米「伊勢光」での仕込を経験することが出来たのですが、先週は雄町の50%精米純吟、今週は山田穂の55%精米純吟の麹作りをしていました。

三重の酒蔵に勤務していた時に、商社の案内でサンプルをもらい、雄町を使うかどうか検討したことがあるのですが、その時は、三重県産米へのこだわりを貫くために、雄町での酒造りを断念したことがありました。

心機一転、静岡の酒蔵に移って早二ヶ月が経ちましたが、先々週、初めて雄町の蒸米を取りました。山田錦以上に水を吸いやすく、食感も柔らかで、一番驚かされたのは、蒸した米から立ち上がる香りの中に、すでに雄町特有のライチのようなフルーツ系の香りがあったことです。

山田錦も、使用する酵母によっては、フルーティーな香りをかなり出すことができますが、蒸米の段階ではフルーティーな香りはほとんどありません。雄町は蒸米の段階で、すでに香りや食感に酒米としての特徴がよく出ていました。

新たに出会ったもう一つの酒米、山田穂は、山田錦の母系の親である品種です。山田錦が登場するまでは、兵庫県で広く栽培されていた酒米です。山田穂の由来は諸説あるのですが、兵庫県の吉川町では、田中新三郎が伊勢参りの際に、伊勢山田で見つけた穂を持ち帰って試作したのが始まりであるといわれています。

三重県の元坂酒造が復活栽培した伊勢錦は、同時期に、伊勢周辺で広く栽培されたいたそうで、三重大学の調査では、伊勢錦と山田穂は、出穂時期など栽培形態がほぼ同じとのことで、心白の入り方も非常に似ていることから、伊勢錦は山田穂の元となった品種である可能性もあるようです。

三重で酒造りをしていた際に、縁のなかった酒米と続々と出会えていることは、酒造りの職人としても、一人の愛飲家としても非常に喜ばしいことです。

人との縁、米との縁、新しい環境の中で、朝から晩まで酒造りに没頭しています。