2009-08-09 17:56:46

ヒロシマ2009「今年も無事展示」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090809-1

真夜中の影絵だより ★・・・-090809-2

 

今年も8月5・6日の「ヒロシマ小さな祈りの影絵展」元安橋での展示が無事終了いたしました。大勢の方々に足を運んでいただきました。今回は中高生の影絵も増やし、より深みが出たように思います。生徒たちも夜遅くまで手伝ってくれました。お話を聞いた被爆者の方がご友人と一緒にいらっしゃって、ご自分の思い出が影絵になったのを見て指をさして喜んだかと思うと、急に静かになって涙ぐまれた姿が、私にとってとても印象的でした。この影絵は8日より、中国新聞社1Fに移動して展示をしております。

 

うかつにも現地で風邪をこじらせてしまい、まったく声が出なくなってしまいました。みなさんにご心配をおかけしてしまいすいませんでした。たくさんの方から飴の差し入れをいただき、ちょっとした飴長者になって帰ってきました。ありがたくなめさていただきます~。その他お菓子や飲み物や薬の差し入れ、どうもありがとうございました。


★小さな祈りの影絵展の画像をアップしました。

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2009-08-03 06:19:12

ヒロシマ2009「子供たち」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090803

 

戦後間もない頃のモノクロ写真の中に、バラックの前で笑う子どもたちの姿がありました。寒い季節のようですが全員草履に素足です。どうやら家族を失い子どもたちだけで生活しているようです。どうしてもこの子供たちが気になって、「家族」というテーマでありながら、最後に作ったメインの影絵は家族を失った子供たちになりました。これがこの時代に生きた家族の悲しい象徴であるかもしれません。どうかこの子たちが大きくなって、暖かい家庭を築けていますように。

 

さて、私は明日早朝家を出て、名古屋に立ち寄ってから広島入りします。今年の広島はまだ梅雨があけていないらしく心配ですが、とにかく行って参ります。広島の皆さん、よろしくお願いいたします。
 

★ヒロシマ小さな祈りの影絵展の詳細はこちらからどうぞ。

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2009-08-02 09:13:56

ヒロシマ2009「海水浴」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090802

 

原爆投下の前日、昭和20年8月5日、廿日市の海では海水浴を楽しむ家族の姿がありました。戦時中だったため、女、子供がほとんどでしたが、そこには穏やかな光景が広がっていたそうです。戦争の辛い現実を一時忘れ、子供たちに平和と幸せを味あわせやりたいとう母の愛情溢れる心遣いにより、ここにやってきた4人兄弟もいます。翌日の出来事など誰が想像できたでしょうか。原爆はこのようなささやかな幸せまで家族からうばってしまったのです。

 

うかつにも・・・風邪をひいてしまいました・・・・。熱が・・・喉が・・・・頭が・・・・。昨日は何も食べられず。今日中になんとか治さなければなりません!

 

★ヒロシマ小さな祈りの影絵展の詳細はこちらからどうぞ。  

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2009-08-01 08:19:42

ヒロシマ2009「お土産物屋さん」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090801

 

戦後、原爆ドームの前でお土産物屋さんを始めた被爆者の夫婦がいます。ご主人はすでに他界されていますが、奥さんの吉川生美さんは今もご健在です。ご主人は被爆後「原爆1号」と称され、お店に来た外国人観光客の前で服を脱ぎ、火傷の痕を見せていました。世間の非難を浴びつつも、平和を訴えるため、生活のため、必至に店をきりもりしてきたと言います。今では白髪のきれいなお婆さんになられている吉川さんは言います。「主人は本当にかっこよかった。それが私の自慢でした。」聞くところによると、若い時、出雲大社にお参りに行った翌日に突然家にやってきたのが後のご主人だったとか。「あなたのこともぜひ出雲に行ってお参りしてきてあげたいわ・・・」車椅子にのったかわいらしいお婆さんにそう言って目を細められ、「大丈夫、自分で行って来ますから!」と答える私なのでした。吉川さんは、市内に嫁がれなければ被爆しなかったはずですが、今でもご主人と出会えて幸せだった、と、それだけを強く思って生きていらっしゃいます。

 

吉川さんに会うにあたっては、NHKアナウンサー出山さんにわざわざ温品まで車で連れて行ってもらいました。KP(陰のプロデューサーの略)へやさんも同行し、一緒にお話を伺いました。

 

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2009-07-30 23:41:20

ヒロシマ2009「今年も西川さん登場」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090731

 

毎年の恒例ですが 、西川さん今年も登場。影絵作りの仕上げを手伝ってくれています。なぜかいつも西川さんの作業風景を撮ると、部屋が散らかってみえます。おかしいな、ちゃんと片付いていたはずなのに~。西川さんは昨年広島へ行けず、地元のみんなから大ブーイングを受けました。でも今年はちゃんと参上いたします!私の持ち切れない原画も持って。ありがたいことです~。ちなみに西川さんはビールを燃料に働きます。

  

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2009-07-29 05:50:39

ヒロシマ2009「月夜の駅」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090829

 

原爆で大火傷を負った姉妹がいます。しばらく広島市内の親戚の家に両親とともに身をおきますが、やがて姉妹二人で山口の親戚の家に向かいます。夜遅く、誰もいないがれきの駅で汽車を待っていた時の静けさと満月の美しさが今でも忘れられないといいます。いったいどんな気持ちだったことでしょう。

 

このお話をしてくださった方は、爆心地から1,1キロの自宅の中で被爆。原爆が投下された瞬間、空気がピンク色になったこと、真っ青な空に巻き起こった渦(キノコ雲)の中に赤や黄や青の光が輝いていてとてもきれいだったことなどをはっきり覚えているそうです。当時小学2年生だった少女が目の当たりにした原爆の記憶です。
 

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2009-07-25 06:43:17

ヒロシマ2009「小路」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090725
  

家と家の間の小さな路地は「小路(しょうじ)」と呼ばれ、夏は涼しく子どもたちはよくそこに勉強机を持ち込み、宿題をしたり本を読んだりしていたそうです。仲のいい姉弟も、戦前はよくそこで過ごしていました。ある日、小路の向こうに見える夕焼けがあまりにきれいで「この空を忘れずにいようね」と二人は誓い合ったそうです。やがて姉弟は被爆し、弟はぶらぶら病(放射能の影響で気力体力とも続かなくなる)になり、長い間家族は苦しめられます。「こんなことなら原爆で死んでくれたほうがよかったね。」ある日、姉が母にそう言うと、「そんなことない。生きていてくれて本当にうれしい」と母は迷わず答えたそうです。その言葉を聞いて、母の子に対する愛情の深さを実感したといいます。

弟さんが亡くなられたのは数年前のことです。最後までお姉さんが一人で看病を続けられたそうです。

 

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2009-07-24 07:33:11

ヒロシマ2009「祭の夜」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090724

 

裏山の八幡様のお祭はとてもにぎやかでした。でも姉弟にはその日食べる物もわずかしかなく、お祭に行く気持ちにはなれません。父親はおらず、母親は被爆してからずっと入院中です。お神楽の音色を聞きながらのわびしい食事が今でも忘れられません。ある家族の戦後の思い出です。

 

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2009-07-19 08:44:07

ヒロシマ2009「元気になってくれて本当によかった」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090717

 

原爆で顔に大火傷を負った女学生がいます。学校に復帰しても火傷のあとははっきり残り、辛い日々が続きます。ある日、学校をさぼって家に戻ると、縁側で父が祖母に話をしていました。「あの子ならきっと立ち直ってくれる。」その言葉を聞いた少女は、がんばって生きなくては、と強く思ったそうです。その後原爆乙女に同行した医師と出会い、15回にも渡って顔の手術を行います。その結果、火傷のあとは見違えるほどよくなりました。後に彼女は被爆者のための運動を熱心に行い、その努力で原爆医療法の発足にも貢献します。近年では海外へも度々講演に招かれ、イタリアでは数千人の若者から拍手喝采を受けたそうでうす。このように原爆の悲劇をばねに、平和の伝道師になられた被爆者の方もいらっしゃいます。

 

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2009-07-17 06:00:21

ヒロシマ2009「朝食」

テーマ:ヒロシマ2009
真夜中の影絵だより ★・・・-090717

 

ここ数年、毎年お話をうかがい影絵にさせていただいている被爆者の方がいます。その方は戦前まで広島市内の洋館で、とても裕福な生活を送っていました。母親と5人姉妹の一家はとても賑やかで、土曜の朝はいつもパンにミルクたっぷりのコーヒー、エッグスタンドにはそれぞれの好みのかたさに茹でられた卵が並んでいたそうです。そんな生活も長くは続かず、やがてその家も原爆で焼けてしまいます。終戦後しばらくは、とにかくお腹がすいて雑草まで食べた、という苦しい生活が続きます。それでも姉妹はそれぞれ家庭を持ち、戦前貿易会社を経営していたお母さんも、戦後から小さな飲食店を始め歳をとるまで続けられたそうです。

 

★ヒロシマ小さな祈りの影絵展の詳細はこちらからどうぞ。

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