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ショートショート その31
ずっと前のショートショート「車内化粧」での、女の子の目がどうなったか気になっている方……。
この作品で解明されます……。
なんてことはありません。
『目』
作/junchan-kk
目が飛び出るほどビックリしたとたんに、ホントに飛び出て、右の目が落っこちてしまった。
這いつくばって、覗きこんだが、見つからない。
おー、そうだ。右目で見てみればいいのだ。
左目を瞑ってみた。
いきなり目が回った。
右目はまだ転がり続けているらしい。
この家は安普請の欠陥住宅だから、斜めっているのだ。
慌てて左目を開けると、右目が廊下を転がっていくのが見えた。
このまま行くと、さっき玄関のドアを開けたまんまにしておいたから、外に出てしまうぞ。
肩や腕のあちこち、壁にぶつかりながら、よろめくように走った。どうも片目だと遠近感がつかみにくい。
あと一歩というところで、右目はコロンと玄関を転がり落ちた。
やばい、外は階段。おまけに門の横には側溝も通っている。
待て待て待て~。
と叫ぶ声に反応したのか、右目は振り返って、ギロッとこっちを睨んだ。
「ついてくるんじゃねえ」
とでも言ってるように。
冗談じゃない。この先片目で暮せと言うのか。
不便なことこの上ない。
右目は側溝に落ちることなく、坂道を転がり下りていった。
こうなったら競争だ。
負けるもんか。
走る、走る。そらもう少し。
走る、走る、走る、ほら追いついた。
アッと思った時は遅かった。
グイっと伸ばした右足が右目を踏みつけていた。
その後私の右目がどうなったかというと……、
ご安心めされ。
私の右足の魚の目となって、ちゃんと生きておられる。
ときどき痛むのは、私が踏みつけたせいだろう。
了
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ショートショート その30
名作シリーズ第二弾。
てほどのこともないか……。
『蜘蛛の意図』
作/junchan-kk
カンダタは必死になって、蜘蛛の糸を上っていた。
足元のほうから、大量の亡者たちが追ってくる。
来るな!重さで糸が切れる!お前たちの糸ではない!と蹴飛ばしてやりたいところだが、そんなことをすれば、自分の邪な心をお釈迦様に見抜かれて、糸を切られてしまう。
来い来い、みんな来い。みんなで上れば怖くない、だ。
極楽の片隅で、ひっそりと蓮池の中を覗いていた蜘蛛は、スローモーションのように落ちて行くカンガタたちの姿を追いながら、悲しげに呟いた。
「俺はあんただけを助けようと思ったんだけどなあ、恩返しに」
了
ショートショート その29
コネ=コネクション(connection)の略。
物事をうまく運ぶのに役に立つ親しい関係。縁故。コネ。「―を利用して就職する」(大辞泉より)
漱石先生に怒られそうだなあ~。
『吾輩はコネである』
作/junchan-kk
吾輩はコネである。
名前はまだ言えない。どこで生まれたかは、おおむね見当がついているが、わからないとしておこう。なんでも薄暗いところで、コソコソやっていることは、皆の承知しているところである。
先年、子どものころから無鉄砲で、損ばかりしているお坊ちゃんを、吾輩の力で某有名大学に入れてやったことがある。
こういう子どもたちを、吾輩はコネコと呼んでいる。
コネコは全国あまた存在しているが、コネコであるから、校舎の2階から落ちて怪我をする莫迦など、まずいない。
吾輩はこう考える。地道に働いても腹が立つ。常識に逆らえば落とされる。自分を通せば偏屈だ。とかくに人の世は生きにくい。
生きにくいのが高じると、安易な道に走りたがる。そこで吾輩の出番となる。
人の世を作ったのは吾輩ではない。吾輩が気に入らないからと言って引き越したとしても、そこは実力のみの国であるから、吾輩のいる世界より住みにくかろう。
吾輩を先生というものもある。だからここでも、先生とのみ書いて、本名を打ち明けないですますこともできる。
これは世間を憚ることでもあり、そのほうが吾輩にとって自然だからである。
入学や就職試験のときに思い出すごとに、「先生」と呼んでくれて構わない。
どこやらの県の教員採用試験でも、吾輩は活躍した。その「こころ」は変わっていない。
くれぐれも、よそよそしい「K」などという頭文字は使わないでほしい。
あまり長くなると、正体を暴露しそうになるので、この辺りで終いにする。
ショートショートなのに、オチがないとは怪しからんと申す御仁もあろうが、吾輩はコネであるから、吾輩の辞書に「落ちる」「オチ」という言葉はないのである。
了
ショートショート その28
草食系男子という言葉はいつごろから使われるようになったのだろう。
男子というからには、若いのだろうが、オヤジにだっている……、でも、こんなのかなあ~。
『ソウショク系オヤジ』
作/junchan-kk
「ソウショクケイじゃなくて、ソウショクケイだわねえ」
気持ちよく飯を食っていると、突然カミサンが、感に堪えないように、私の顔をしげしげと見た。
「なにわけのわからないことを言ってるんだ」
私は居候ではなく、れっきとした亭主だから、三杯目を堂々と出した。
「最近、草食系の若い男の子が増えてるって言うじゃない」
「ああ、肉食草食の、草食ね。頼りないったらないねえ、ああいうの」
それにしても、この豚肉の生姜焼きは固い。焼き過ぎだ。カミサンは妬きモチ焼きだから、なんでも焼きすぎてしまうのだ。
「でも、やさしいから、女の子にもてるらしいわよ」
「情けないねえ」
私はフンと鼻で笑って、三杯目を平らげる。食った食った、大満足。
「やっぱりソウショクケイだわ」
「誰が」
「あんた」
「俺が草食系なわけないだろう」
「その草食じゃなくて。早食。早食いのほうの早食」
うまいこと言うなあ。たしかにその通りだ。今の食事時間も5分とかかっていない。一杯の米の飯が2分弱。立派なもんだ。早飯早糞芸のうち、と言うではないか。
それがどうした文句があるか、だ。
「おまけに小食じゃなくて大食。これじゃ女の子にはもてないわねえ」
ん?話が妙な所にいきそうだぞ。
新手の誘導尋問かもしれない。うっかり、もてないわけないじゃないか、なんて言おうもんなら、追及してくること必至だ。
「もてない、もてない。こういうオッサンは力はあるけど、もてない」
「ムキになって言うところが怪しい」
ひょっとして、この間入社3年目のY子に手を出したのに気づいたか。まさかまさか。
「こんなソウショク系、草のほうじゃなくて、早いほうのソウショク系オヤジで、加齢臭に脂ギトギト、いちばん若い女の子に嫌われるのだ」
嫌われたって手は出せる。体力、気力、迫力、金力、どれをとっても若いやつらに負けない。
「若い女の子ねえ~」
カミサン、ギロッっと睨んだ。
しまった。若いだけよけいだ。
「オバサンも避けて通るぞ」
「そうねえ、それだけ早食だと、いかにも飢えてるみたいで、敬遠されるわね」
「そうそう。犬でも猫でも、メスは近寄ってこないぞ」
再びカミサン、ギロギロッと睨んだ。言いすぎたか。
「まあいいわ。じゃ、片付けて洗いものしますから」
ホッ。どうやらやり過ごせたらしい。
「それにしても」
カミサン、立ちあがりかけて言う。
まだ終わってないのか。
「あんまり早食すぎて、味のほうもわかんないでしょうねえ」
なんだ、そっちのほうか。
「そんなことはないさ」
「生姜焼き、ちょっと苦くなかった?」
「いや、いつもと同じだよ。最近歯が弱くなってきているのか、少々固く感じたけどね」
うーん、なんとも気を使うなあ。
「そう、それならいいけど」
「なにかあったのか」
「ちょっと新しい化学調味料使いすぎちゃったのよ」
そう言って、カミサンは謎のような微笑を浮かべた。
その日以降、私の前にぶらさがるものは、小便をするためだけにしか用を為さなくなった。
私の大事なものは、草食系でも早食系でもなく、単なる装飾系になってしまったのだ。
了
←ポチっと押してくださいなショートショート その27
「車内化粧」「閉ざされた改札」が好評だった(一部で)ので、電車シリーズの第三弾。
『緊急停車』
作/junchan-kk
「線路内に、人が立ち入ったという情報がありましたので、しばらくこの電車は現在位置に緊急停車いたします」
またかよ。
このところ毎日のように、どこかの路線で電車が停まる。
あとちょっとで次の駅に着くというのに。駅にはこの間つかまえた新しい彼女が待っているのだ。
またアナウンス。
「どうやら人ではなく、幽霊のようです」
ん?なんだこの車掌。
停車している電車のなかで、乗客が退屈しないように、一人芸でもはじめようってのか。
「今朝ほどこの先の踏切で、人身事故がありまして、そのとき死亡した方の幽霊のようです」
おいおいシャレにならないぞ。
「お客様のなかに、江崎謙一郎という方はいらっしゃいませんでしょうか」
俺の名前だ。だが、同姓同名、字違いということもある。
「××市にお住まいの、江崎謙一郎様です」
いよいよ俺だ。
「いらっしゃいましたら、至急車掌室までお出でください。幽霊がお会いしたいと言っています」
なにバカなことを。幽霊に知り合いなどいないぞ。
「是非ともいらしてください。そうしないと電車発車できません。お願いいたします」
困ったなあ。みんなにジロジロ見られながら、最後尾の車両に行くなんて、赤っ恥はかきたくない。
「是非と……、あ、江崎さまですか。よくいらしてくださいました。どうぞどうぞ」
ほえ~。同姓同名で同じ市に住むやつがいるのか。なにはともあれ、ホッとだな。
「えっ?違う?この方ではないのですか。こんな年寄りじゃなくて、もっと若くてイケメンですって?あのお客様、お名前を。こりゃご丁寧にご名刺を。は、イザキケンイチロウ。は、は、なんとも。お客様、イザキじゃなくて、エザキでございます。だからエザキだろうって。あの、お客様、お客様はイザキ、お呼びしているのはエザキ。イじゃなくてエなんでございます。だから同じだろうって、あのお客様は東北のほうのお生まれで……」
こんなときに下手な漫才やってんじゃないよ。みんな、爆笑じゃなくて、失笑じゃないか。
車掌、しばらくマイクの前でゴシャゴシャやってたと思うと、
「失礼いたしました。改めてお呼び出しいたします。イじゃなくて、エのほうのエザキ様、どうぞいらしてください。幽霊さんが怒っています」
幽霊に「さん」つけてやがる。よっぽど怖いんだ。
「若くて、イケメンで、女ったらしのエザキ様、どうかどうか……」
ときたら、やっぱり俺だなあ。こりゃ行かなくちゃならないなあ。
そこまで思ってから、はたと気づいた。いつも気づくのが遅いのが、俺の欠点だ。
幽霊のやつ、あいつかもしれない。
2週間ほど前に捨てた女だ。
車掌が、幽霊を男とも女とも言わないから、わからなかったのだ。
別れ際女は、電車に飛び込んで死んでやる、などとほざいていた。
やれるものならやってみろ、と俺は啖呵を切って、プイっと後ろ向いてカッコよく去っていったのだが、ホントにやっちまったんだ。
そうとなったら、車掌室に行くなんてとんでもない。
シカとシカと、知らん顔を決め込もう。
周りの連中、誰も、俺がそのエザキだなんて、わかりゃしないんだ。
「エザキ様、江崎さま、いらっしゃいませんか!」
いらっしゃません、いらっしゃいません。俺は目をつぶって、寝たふりをした。
「エザキさま~!わっ、幽霊さん、そんな怖い目で睨まないでくださいな。絶対に乗っているはずだ。来ないのはおまえのアナウンスが下手なせいだ。そんな、そんな、ムチャクチャ言わないで。エザキさま~!エザキ!」
うるさいなあ、あんまり叫ぶと喉がつぶれるぞ。
「エザキさ……、えっ、あと3分で来なかったら、私を呪い殺す。そんなそんな、私だって家に帰れば、女房一人に、子どもが3人もいるんですから…エザキさま~、お願いお願いお願い~!」
知らない知らない知らない~。
「来て来て来て、来てくださ~い、エザキさ~ん」
泣いてやがる。
それにしても暑い。車掌のやつ、逆上して冷房を切ったな。酸素不足だ。息苦しいぞ。
「たいへんお待たせいたしました。安全が確認されしだいまもなく電車発車いたします。江崎様はとうとう現れませんでしたが、いまさっき幽霊さん急に、もう用件はすんだと言って、ニコニコしながら消えていきました。なにがなんだかわかりませんが、ともあれこの電車まもなく……、ん?なんだって?……まったく~、今日は仏滅かあ、13日の金曜日かあ……、あっ、タイヘン失礼いたしました。いま、車内に急病人が発生したという知らせが入りました。次の駅で搬送いたしますので、重ね重ねご迷惑をおかけいたしますが、この電車、次の駅でしばらく停車いたします……えっ?急病じゃなくて、重病……、もう息をしていない…………」
了
←ポチっと押してくださいなショートショート その26
この不景気に、若い人たちも、自分を探している余裕もなくなっているようではありますが……。
『自分探しの旅』
作/junchan-kk
たしかさっきまでいたはずの『自分』がいなくなってしまった。
『自分』を失うと困るので、探す旅に出た。
『自分』恋しやホウヤレホ、と歌いながら行くと、川に出た。
お爺さんが洗濯をしていた。
「ぼくの『自分』を見掛けませんでしたか」
お爺さんは訝しげな目をした。
「はて?このところずっと、誰の『自分』も見てないよ」
「お爺さんの『自分』も見てないのですか」
「そんなもんこの年になって、あるもんかね」
「お婆さんはどうしてるんです?」
「ずいぶん前に『自分』を探すと言って、家を出て行ったきりさ」
『自分』恋しやホウヤレホ、とまた歌いながら行くと、草原に出た。
ちがうお爺さんが、枯れ木の上で灰を撒いていた。
「ぼくの『自分』を見掛けませんでしたか」
お爺さんは灰が入ったのだろうか、目をやたらこすった。
「わしも『自分』が小さくなってしまったから、いまこの木に新しい『自分』を咲かせようとしているところだ」
「咲きますかね?」
「咲くとも咲くとも。おまえさんは自分探し、わしは自分咲かし」
どこのお爺さんも、寒いダジャレがお好きなようだ。
『自分』恋しやホウヤレホ、とズンズン行くと、畑に出た。
今度もお爺さんがいて、畑を掘っていた。
「ぼくの『自分』を見掛けませんでしたか」
お爺さんは、ぼくをギョロッと睨んだ。
「おまえも探しているのか」
「はい、もう長いこと」
「わしは、たしかこの辺に埋めておいたはずと思って、掘り起こしているところだ」
「ぼくのも埋まっているでしょうか」
「他人の家の土地に埋めてはいかん。自分の家の土地に埋めなさい」
自分の家の土地と言っても、ぼくはアパート暮らしだから、持っていないのだ。
『自分』恋しやホウヤレホ、とずっとずっと行くと、海に出た。どうやら世界の果てのようだった。
ここで見つからなかったら、もう『自分』はどこにもいないのだ。
海のほうから、またまたお爺さんがあがってきた。
大きなツヅラを肩に背負っていた。
「ぼくの『自分』を見掛けませんでしたか」
お爺さんの細い目がニッコリ笑った。
「『自分』なら背中のツヅラにイッパイ入っているよ。鬼が島から取り返してきたんだ」
「わっ、ぼくのもあるでしょうか」
「わからんねえ。探してみるか」
お爺さんは、ツヅラをよっこらしょとおろし、南京錠をはずして蓋を開けた。
白い煙がモクモクとあがった。
なんだかどっとくたびれてしまったので、家に帰ることにした。
玄関のドアを開けると、『自分』はとっくに戻っていて、座布団に胡坐をかいて、ちゃっかりイッパイやっていた。
『自分』の髪の毛はすっかり白くなっていた。
了
ショートショート その25
もう飲兵衛というのはどうしようもないもので。
飲みたいとなったら、なんでもする。
もう亡くなってしまった親父殿がモデルです。
ん?モデルはおまえ自身だろ?
( ̄~ ̄;) ウーン
『新禁酒法』
作/junchan-kk
「おじいちゃんおじいちゃん、明日から晩酌のビール無しになりますからね」
爺様の顔色がかわった。
晩酌のビールは、たった一つの生き甲斐、たった一つの生きている証しなのだ。
「後期高齢者と低所得者はビールを飲んではいけないという、法律ができたんだって」
「なんじゃい、そのコーキなんちゃらというのは」
「75歳以上の老人のことですよ」
「低所得者とは、貧乏人のことだなあ」
「そうです。おじいちゃんは両方にあてはまります」
「昔、池田ナンチャラという総理大臣が、貧乏人は麦を食えと言ったけど、今度は貧乏人は麦を飲むな、ってことか」
「そういうことです」
「ビールじゃなくて、発泡酒ならいいだろ」
「ダメです」
「第三のビールがある」
「ダメです。ビールじゃなくて、ビール系飲料が全部禁止なんです」
「な、なんでだあ!」
爺様は再び叫んだ。
「知りませんよそんなの。偉い人たちが決めたことなんだから」
「じゃ、日本酒にしよう。どうも翌日まで残るので飲まないでいたのだが、この際やむをえん」
「なに言ってるんですか、日本酒なんかとっくに禁止になってますよ」
「ウイスキーがある。あんまり好きじゃないが、この際…」
「ウイスキーはもっと前に禁止」
「まさか、ワインやブランデー、ウオッカに紹興酒に焼酎もか」
「はい、全部」
「ジンも、ラムも、テキーラもダメか」
「だから、全部って言ってるでしょ。酒類は全部。ビールが最後に残っていたんだから」
爺様はガックリと肩を落とした。これじゃ自分に死ねと言ってるようなもんだ。
「おおそうだ、家に、あんたが作った梅酒があったろう」
「去年没収されてしまいました」
「消毒用のアルコールがある。それでもいい」
「死んでも知りませんよ」
「死にゃあしない、純粋のエチルアルコールだ」
「死にますよ。飲むな、危険って書いてありますから」
「そりゃウソに決まってる。飲ませたくないんだ」
「去年から変わったんです。飲む人が多くなって、中身を替えたんです。今年もう亡くなった人が10人超えてますよ」
うーんうーん、爺様考え込んだ。
どんなに衰えた頭でも、飲みたい一心の恐ろしさ、はたと手をうった。
「よし、しょうがない、コメを買ってこい」
「コメ?」
「決まっておろうが、こうなったらコメでドブロクを作るのだ」
「作るって誰が?」
「わたししかおるまい」
「冗談じゃありませんよ。一人で着替えもできないくせに。だいいち、密造酒で捕まってしまいますよ」
「捕まってもかまわん」
「おじいちゃんはかまわなくても、わたしたちが困ります」
「つべこべ言わずに、コメ買ってこい」
「じゃ、言いますけど、コメは配給制になっていて、食用以外は手に入りませんよ」
「配給制?」
「はい、一人何キロまで、って割り当てられてるんです」
「バカバカしい。太平洋戦争中じゃあるまいし」
「あら、知らなかったんですか。いま日本は戦争中なんですよ」
「ウソこけ」
「ウソじゃありませんよ」
「テレビじゃなんも言わんぞ」
「テレビは情報統制されてて、戦争のことには触れないんです」
「新聞は」
「新聞もです」
「知らんかった、ちっとも」
爺様の肩がさらに落ちた。
「東京なんか焼け野原ですよ」
爺様の肩がますます落ちた、と思いきや、意外や意外、ムクムクっと立ち直った。
「やむを得ん、非常事態だ。隣の和室の西の端の畳をあげなさい」
「あげてどうするんですか」
「まだわたしが元気でいたとき、床下に、焼酎の甕5個ほどを隠しておいた」
「……」
「ちびちび飲めば、2年はもつだろう。2年も経てば、戦争は終わる」
あーらら。お母さんたら、なにやってんだろ。
なにしろ、うちのおじいちゃん、ああ言えばこう言うじいちゃんだからなあ。
最初についたウソがまずかったよ。
後期高齢者と低所得者がビール禁止だって。笑っちゃうね。
もうちょっとマシなウソ考え付かなかったのかなあ。
一つウソをつけば、また一つウソをつかなければならなくなって、最後にはとんでもないウソになっちゃう。
その典型だね。
今日、お医者さんから、命にかかわると、おじいちゃんのお酒止められて、なんとか飲ませないようにしようと、ウソついたんだけど、あれじゃねえ。
お母さん、それ以上やってると、そのうち我が家の上に、核兵器を落とさなくちゃなんなくなるぞ~。
了
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ショートショート その24
一時、オフィスラブなんて言葉が流行りましたが……
『ミキちゃん』
作/junchan-kk
ミキちゃんは酒が入ると、妙に色っぽくなって、
「ねえ、専務」
なんて斜めはすかいに下から見上げられると、背中がぞくっとしてくる。
「専務みたいな人と一緒になりたかったな」
「おいおい、なに言いだす。そんなに飲んでないのに酔っ払っちゃったのか」
「酔ってなんかいませんよ~。酔ってこんなこと言うもんですか」
長い睫毛をしばたたかせて、口を尖らせる。透明感のある白い肌がほのかに染まり、そんな顔を近づけられると、私にはまったくその気はないのに、吸い寄せられそうになる。
「じゃ、悪い冗談だ」
「冗談なもんですか。専務が総務部の部長で、私が配属になったころから、ずっと専務のこと好きだったんだから」
「バカなことを言うんじゃないの」
「バカですよ~。私はどうせバカですよ~」
身をよじらせる。私が呆れて黙っていると、
「あ、また若い子みたいに拗ねてる、なんて思ってるんだ。似合わないですよ、どうせ。もう三十なんだから」
「年の問題じゃない」
「専務は還暦で、年の差は三十。問題ないですよねえ」
言っていることがムチャクチャだ。
「もういい加減に切り上げて、家に帰りなさい。明日君は結婚式を挙げる身だよ」
ミキちゃん、大げさに天を仰いだ。
「あ~、やだやだ。結婚なんかしたくない~」
「なにを言ってるの。人も羨む美男美女のカップルのくせに」
「玉の輿だか、逆玉だかしらないけど、どうせ政略結婚じゃないですか」
「私は派閥など作らない」
恨めしげな視線が私を突き刺す。どう言い繕っても、今度のミキちゃんの結婚が、私の地位を強化してくれるのは事実だ。だが、そんな計算だけで、私はこの話を進めたのではない。
どうみても似合いのカップルで、私の家で開かれた見合いもどきの席から、気が合ったよう。その後の親密な付き合い方からいって、相思相愛だと思っていた。だから進めたのだ。
ミキちゃんの私に対する思いはうすうす感じてはいたが、親子以上の年の差からいって、まさかまさかだったのだ。
「専務、せめて今夜一晩だけでも、ダメですかあ」
目にイッパイ涙を溜めて、迫ってくる。
「ダメダメダメ」
「ダメダメダメも好きのうち~」
「ダメなものはダメ」
「ダメなものはダメじゃない」
まいったなあ。なんとしても、早くタクシーに押し込んで、家に帰してやらなくちゃ。
明日私は結婚披露宴の主賓として、こんな挨拶をしなければならない立場なのだ。
ーー新郎三木義彦君は我が社の次代を担うホープ中のホープでして、私が我が社初の女性重役に就任して以降も……
了
ショートショート その23
エコと言えば、なんでもありの時代ですけどね。
これはどうかなあ~。
『エコ呼吸』
作/junchan-kk
えっ、なにをやってるんだって?ああ、なんか苦しそうにみえるんですね。
いえいえ、具合などちっとも悪くありませんよ。
エコ呼吸ですよ。エコは、いま流行りのエコのエコね。
スッスッスッハ。これですよ。
三回吸って、一回吐く。
これやると、呼吸のときの二酸化炭素排出量が3分の1になるんです。
あなたも、地球温暖化防止のためにやってみませんか。
信じられない。眉唾ものだ。ごもっとも、ごもっとも。
でも、ダメモトと思って、やってみてください。そのうち効果が出ます。
一日数回でもいいのです。
スッスッスッハと一日数回。これだけでいいんです。簡単でしょ。
はい、ご一緒にスッスッスッハ。そうですそうです。スッスッスッハスッスッスッハ、なんか気持ちいいでしょ。
それじゃ先を急ぎますので、失礼しますね。
なにせ、これを全世界に広げるつもりなんで、忙しいのです。
世界中の人がやれば、地球温暖化を阻止できるのです。
ではでは、ごきげんよう。
こんなことをペラペラ喋って、男が私の前から去って、もう1カ月たつ。
でも、スッスッスッハとやってる人を見たことがない。
こんなアホなことをやる物好きなどいないのだろう。
かく言う私……、実はやっている。でも、恥ずかしいので人前ではやらない。
こっそりと隠れてやっている。
食前食後にスッスッスッハ、小便大便スッスッスッハ、寝る前起きぬけスッスッスッハ。
やると妙に気持ちいい。
地球温暖化防止に貢献していると思うと、なおさら気持ちいい。
あなたもしてみません?
えっ、あなたも家でこっそり。
そうですかそうですか、あなたも私と同じですか。
じゃ、一緒にやりましょう。
スッスッスッハスッスッスッハスッスッスッハ。
この3回連続がいちばん気持ちいいんですよね。
5回がいい?
ほうほう。
スッスッスッハスッスッスッハスッスッスッハスッスッスッハスッスッスッハ
なるほどなるほど、あまりの気持ちよさにクラクラしますな。
えっ、そこの二人なにやってるんだって?ああ、なんか苦しそうにみえるんですね。
いえいえ、具合などちっとも……。
了
ショートショート その22
男と女は摩訶不思議なもので……。
『掃き溜めに鶴』
作/junchan-kk
まさに掃き溜めに鶴だ。
駅裏の、寂れた通りの端っこの、おや、こんなところに居酒屋が、と思って暖簾をくぐった店だった。
ちょっと侘しげな表情をときおり見せるのが難点だが、細く長い首に、清潔な色気があり、小首をかしげながらお酌してくれる手は、白くしなやかだった。
どうしてこんないい女が、こんな貧乏たらしい居酒屋のママを、と思わざるをえない。
どんなに丁寧に掃除をしても、どことなく薄汚れてみえてしまう。
建物が古いというだけではなく、代替わりを続けて行くうちに、店の主人や通ってくる客の生活の汚れが、積み重なり、滲みついてしまったのだろう。
それにしても客がいない。
これだけのママのいる店になぜ、と不思議に思う。
カウンターの隅に隠れるようにして、手酌で飲んでる貧相な初老の男。私のほかにいる客は、この男一人だ。
そんなところに長居をしている客に、ろくなやつはいない。
そうか、こいつがこの店の、このママの疫病神だな。
ひとつ追っ払ってやろう。
首を横にねじり、睨んでやる。
こっちの視線に気づいた男は、なんだこいつ、という尖った目をした。酒で充血した、荒廃という言葉がすぐに浮かんでくるような目だった。
だが、じきに男の目は、なにかに気付いたように、ひるんだ目に変わった。
そそくさと席を立ち、ママに思わせぶりの目配せをすると、店を出て行った。
私が肩をすくめ、ママに微笑みかけると、ママの料理を盛り付ける手がとまった。
「お客さん、あの人の姿が見えたのですか」
震える声は怯えを帯びていた。
私は黙って頷いた。
「普通の人には見えないはずなのに……。あれはこの世のものではないんです」
「やっぱり疫病神だったか」
「神ではありませんけどねえ……」
ママは、あなた何者なの?という目をした。私は安心を誘うように、また微笑んだ。
「この世のものではないとすると、あれは何なのかな」
「亡霊よ。生きている間、ずっと私を苦しめ続けた挙句、死んでまでああやって私にまとわりついているの」
「永遠に追っ払ってやろうか」
ママは口惜しげに唇を噛み、首をふった。
「そうしてほしいけど、そうはいかないの」
「しかし、このままではこの店は寂れる一方だ。普通の人には見えなくても、妙な気配は感じる」
「ええ、お店を開店してしばらくは、お客様が溢れるほどいらしていただけたのですが、あの人の気配を感じるのでしょうねえ、一人二人とお馴染みさんが減り、終いには誰もいらっしゃらなくなる。一見のお客様も、1時間もたたないうちに、居心地が悪くなって出て行ってしまう」
だったら、とまた言いかける私を制してママは、
「お客さん、わたし、どういう女に見えます?」
「あなたもこの世のものではないのかな」
ママは、フフと色っぽく笑った。
「当たらずといえども遠からずってところ。羽衣伝説というのをご存知?」
「ああ、湖だか海辺だかに舞い降りた天女が、水浴びしている間に、着てきた羽衣を土地の男に隠されて、飛べなくなり、天に帰れなくなる話だろ」
「よくご存知。わたし、その天女なの」
私がほうほうと頷くと、あらビックリしないのねという目をし、私の盃に酒を注いだ。
最初に飲んだときから感じていたことだが、いい酒だ。味も香りも申し分ない。そういえば天女は酒造りの名人だという伝説もある。
「冗談だと思ってるのね」
「いやいや」
「それとも、お酒の席の戯言とでも」
「そんなことはない。ちゃんと真面目にきいている。で、つまりさっきのあいつが、あなたの羽衣を盗んで隠した男というわけか」
「そうなの。なんとか取り戻そうと夫婦になったりしたんだけど、わたしを働かせて遊んでばかり。隠し場所をなかなか教えてはくれなかったわ。そのうちにアルツハイマー型の認知症になってしまって、隠し場所もすっかり忘れてるの」
私はその状況を想像し、ママは思い返し、クスッと笑いあった。救いようのない悲惨な話だが、あまりに悲惨で、かえってバカバカしく思えてしまう。
「そのままあいつは死んだんだな」
「はい去年の暮でした。でも、わたしにまだ執着があるみたいで、ああやって亡霊となって出てくるんです」
「どんなにボケても、あなたのことは忘れていないんだ」
「わたしとしてはとても迷惑なんですけど、いつか羽衣の在りかを思い出すんじゃないかと思って、ずっとそのまま傍にいさせているんです」
私は盃を飲み干し、ママにも注いだ。
「あいつ、実はもう思い出していて、黙っているんじゃないのかなあ」
「そうかもしれません。意地の悪い人ですから」
「言わなければ、ずっとあなたの近くにいられるものね」
俯いた横顔を、涙が躊躇うように流れた。
「ごめんなさいね。変な身の上話きかせてしまって。ウソみたいな話でしょ」
「天に帰りたいかい」
「帰りたいけど、どうにもならないでしょ。あの人とこうやってひっそりと暮らしていくのが、わたしに与えられた運命なら、それもしようがないかな、なんて思うの」
近いうちまた来るよ、と言い残して店を出た。お待ちしてますわ、とママは儚げに笑って見送ってくれた。
5分ほど歩いたところで、あいつが尾行てくるのに気付いた。
私は振り向きざま、押し殺した声で恫喝した。
「失せろ!お前の顔などもう見たくない」
あいつは、おもねるような下卑た笑い顔を私に近づけた。
「あんた俺の姿が見えるんだねえ」
「わけあって一時仏門に入り、多少の修行は積んできたからな」
「羽衣の話をきいてきたね」
私が黙っていると、
「あれは、そうやって男を騙すんだよ。これまで何人騙してきたことか」
「ウソをつけ」
「ウソじゃないさ」
「いや、ウソだ。どこまでウソをつき続ける気だ、この人でなし」
「……」
「おまえが助けたのは、天女ではあるまい。羽衣なんかもともとなかったのだ」
あいつは驚愕の目を見開いた。
「おまえが助けたとき、あのひとはすでに記憶を失っていた。おまえは女のあまりの美しさに目がくらみ、天女だとウソを教え信じ込ませ、羽衣は預かっているとでたらめを言い、ひきとめたのだ」
「違う。俺は心底天女だと思ったんだ」
「空から落ちてきたからか」
「そうだ」
「空から落ちてきたのは天女ではあるまい」
「……」
「鶴だろう。可哀そうに羽毛の大半を失って、長いこと飛べなくなった鶴だ」
「ど、どうしてそれを…」
私は怒りをこめて睨みつけ、叫んだ。
「目障りだ。とっとと地獄に堕ちろ」
おつう、ようやっと会えたね。どんなに探したことか。こんなところで、あんな男に騙されていたとは。苦労したろうねえ。それもこれも、すべて私が悪いんだ。
機を織っているところを覗かないでくれという約束を破った私は、ほんとうに愚かだった。
おつう。
私が一言、おまえは天女ではなく、鶴なんだよ、と伝えれば、おまえはもとの美しい鶴の姿に戻って、懐かしい故郷の空へ飛んで行けるんだ。
さっきもう少しで言いかけたんだけど、言えなかった。
おつう。
言ってしまえば、おまえとはもう二度と会えなくなってしまう、そう思ったんだ。
どんなにおまえに会いたかったか。やっと会えたんだもの、あと少し、あともう少し会っていたいんだよ。
これじゃ、あいつを嘲る資格はないねえ。
男とは、どこまで行っても、身勝手なものだ、とつくづく思う……。
了
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