最近読んだ「先祖を千年、遡る」という本で、直系先祖なら明治19年式戸籍まで遡ることができ、かなりの確率で江戸時代の先祖を知ることができると書いてあったので早速実践してみました。



といっても祖父母の本籍地の市役所に郵送で戸籍(または除籍)謄本の取り寄せの依頼をするだけです。定額小為替を多め(5000円分)に入れて送りました。




住民課の方もこのような依頼が多いのか、手慣れたもので、

「では、いけるだけいってみますねー。父方4通、母方4通ですので、計6000円です。1000円分足らないので郵送ください」とすんなり進みました。


そして、先日、父方、母方の遡れるだけ遡った戸籍&除籍謄本が届きました。




自分の場合は両親ともに栃木(しかも同じ市)で、先祖もずっと栃木だったようなので比較的容易でした。

結果としては、自分の子供から計算して最高9代分遡れました。


父方は高祖父の祖父(ひいひいひいひい爺ちゃん)まで遡れ、なんと文化14年生まれ。


といってもピンとこないので、西暦を調べたら1817年。

母方は高祖父の父までで、天保元年(1830年)生まれ。

最高は文化12年(1815年)生まれの父方祖母の曾祖母の父親。

1815年生まれの親だから1790年生まれくらいかと察します。



直系先祖の他に、兄弟姉妹やその配偶者も記載されているので、明治どころか慶応、嘉永、文化、文政生まれがごろごろいます。


坂本龍馬の一回り上の先祖まで普通に遡れるなんて、日本の戸籍管理システムはすごいな、と。


ひいひいひいひい爺ちゃんは天保の改革の時どんな影響を受けたのだろう、などと思いを馳せるのも楽しいものです。




戦死した場合はその旨も記載されています。大伯父の箇所に昭和141219日に「湖北省鐘祥県長嶺北側高地ノ戦闘ニ於テ戦死」と記載されていました。中国で亡くなっていたとは知らなかった。しかも、1219日は僕の誕生日です。



この戦闘についての情報がないか日中両方の検索エンジンで調べてみましたが残念ながらヒットせず。もちろん大伯父の名前でもヒットせず。歴史に残るような戦いの裏には名も無い戦闘で命を落とした無名の兵士が無数にいるのだなと。

大伯父は27歳でした。ちなみに、中国の方が日中戦争に関する情報は多いです。





明治19年式より前は、明治5年式があるのですが、ここには所謂「士族」「平民」といった身分の記載や「妾」といった記載もあるため公開はされていないようです。さらに遡りたい場合には、謄本から分かる総本家に連絡を取ったり、菩提寺で過去帳を見せてもらったり、という手があるようです。



当たり前のことですが、自分が今存在することは、父母がいて祖父母がいて、さらにその父母が、、というように繋がっているわけですが、200年間でも実際に名前を見ることができると、それを実感します。



江戸生まれでも、「一郎」「義久」「マキ」のように現代でも普通の名前のご先祖様がいて、子供の名付けの前にこれを知っておけば参考になったなと思いました。


謄本に記載されている人数は直系尊属だけでも20数名、親戚も含めれば100名以上。祖母、曾祖母の旧姓や女性先祖の嫁ぎ先も記載されているので、その苗字も数十あります。日本人皆親戚みたいなものですね。



予想外に情報が集まったので、家系図みたいな形に一旦整理してみようと思います。

明治19年式の謄本は読めない漢字や平仮名もあるので、これも解明したいな、と思っています。



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