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いっちゃ♪の読書録

私の人生を彩ってくれる物語のかけらたちを紹介していきます。

それは、人の死。

当たり前だけど、日々、多くの命が誕生し、
そして、多くの命がその寿命を全うする。

私も、あなたも、周りのみんなも
いつかは必ず死ぬ。

だけれども、自分を含め、身近な人は
そこにいつまでも存在するのではないかと感じている。

だから、突然いなくなると、
どうしていいのかわからなくなる...
わからなくて当たり前.....

そんな時、どうしたらいいのか?
どうしたら救われるのか?
そのことを本気で考えている人がいます。

それは、橋爪謙一郎さん。
以前、ブログ でも紹介した私の友人で、
エンバーマー 」の著者であり、
ご自身もエンバーミングのお仕事をされています。


今回は、橋爪さんがグリーフについてお話をする
グリーフセミナー 」のご紹介です。

身近な方を亡くして辛い思いをされている方、
大切な方を失ったことを受け入れられない方、
きっと何らかのヒントが手に入ると思います。

詳細については、下記をご覧ください。
http://www.griefsupport.co.jp/griefreport/2010/03/post_82.html



実は今回、セミナーの紹介記事を書くにあたり、
エンバーマー 」を読み返してみました。

そこで印象に残ったくだりをご紹介します。

それは、橋爪さんをモデルにしたマンガ「死化粧師」が
ドラマ化される場面です。
死化粧師6 (Feelコミックス)/三原ミツカズ


ドラマのプロデューサーが、こんな発言をしました。
「ドラマを作るときに、多くは対立の構図を作るんですが、
 今回は、必要ないようですね。
 橋爪さんは、
 『日本人の先入観や、知らないことによる偏見』
 と戦っているんだから、
 その姿を描くだけで充分です」


この発言から、橋爪さんと私は、
やはり同志なんだと感じました。

先日の講演会「平成女子の生きる道 」の感想にも書きましたが、
私も戦っているんです。

私の戦う相手は、
 「女性とはこういうもの」、
 「女性はこうでなければならない」
という、社会通念や常識と呼ばれているもの。


具体的なテーマは違いますが...

戦う相手は、決して、その先入観や常識を持った人では無い。

はっきり見えない敵だから、戦い方は大変だし、
下手すると、自分の中にも敵は存在するかもしれない。

でも、戦わざるを得ない。

そんな風に戦う仲間なんだと感じています。


もちろん、実際に行動しているレベルでは、
私は橋爪さんの足元にもおよびませんが、
だからこそ、橋爪さんを応援したいし、
橋爪さんの行動力に勇気付けられています。
闘うのよ。
自分の中の通念だとか常識と闘うの。
…信田さよ子氏

怒りはエネルギーになるのよ。
…上野千鶴子氏


本日参加してきたトークショー の質疑応答コーナーで、
女性として社会に出て、
不平等やセクハラに直面し、
怒りや悲しみを抱えた参加者の質問に対する回答だった。


私も、同じような苦しみをずっと抱えてきて、
やっと最近、自分の身の処し方を自分で決めることができるようになって、
同じようなことを感じている。


社会に対する怒りを持ち続けているのは辛すぎる。
だから、長いものに巻かれてしまおうかと
あきらめようとしたこともあった。
でも、それはそのまま自分の人生をあきらめることにつながるような気がした。

コーチングやNLPを学ぶ中で、
怒りを手放す方法があることも知った。
でも、怒りが原動力となっていることを自覚しているので、
今は、怒りを持ち続けることを自分で選択している。


そして、闘う相手は、決して外側には居ない。
自分自身の中にいる。
当たり前だと思考を放棄している部分に対し、
徹底的に疑いの目を向け、掘り下げる。
決して楽な作業ではない。


男性社会や、女性蔑視をする男性に、怒りを向けることは簡単だが、
それは、何も解決しない。
問題を根深くするだけ。

今日のトークショーで、そこに対する回答は無かったけれど、
私は、アドラーのヨコの関係が答えだと感じている。
そして、少しずつ実践しようと努力しているところ。


最後に、今日の主役の深澤真紀氏の発言...
 女がオキテに縛られているように、
 男もオキテに縛られているんです。


その通りだと思う。
オキテを捨てれば、男女ともに楽になれるはず。

ただ、オキテを捨てて自由になるということは、
自分で考えて行動し、
自分で責任を持つことでもある。

今まで、政治などで、頭を使わずに、
過去のうまくいったやり方を押し付け、
なんら責任を持たずに来たツケが
女性の苦しみや、DV、自殺や少子化といった社会問題として
現れているのではないかとも思う。



実は、私自身、コーチングを学んでいく中で、
どんな人たちにかかわって行きたいかというのが
徐々に明らかになってきている。

それは、私が以前感じていたように、
女性として生きることに苦痛を感じている人たち。

実際のところ、私の周りはそもそも女性があまりいないので、
どの程度、苦しんでいる人たちがいるのかわからなかったが、
今日のトークショーに参加し、
たくさん助けが必要な人がいるのを実感した。

自分の使命を再確認した日だった。

女はオキテでできている―平成女図鑑/深澤 真紀

おひとりさまの老後/上野 千鶴子

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き/信田 さよ子


=====
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友人への愛情と恋愛の違いは?

コミュニケーションを学び始めて
いろんな人やものが
愛しく感じられるようになって、
ふと感じた疑問。


「周りにいい人いないの?」と聞かれれば、
私の周りには素敵な人がたくさんいる、と
自信を持って答えられる。

だけど、恋愛となるとね~

この後の理由が
自分でもうまく説明できなかった。



では、もし愛する人にいるとして、
彼にどうなって欲しいか?

もちろん、幸せになって欲しい。

その幸せに、自分がかかわっていて、
ずっと一緒にいられれば、
とってもうれしい。


では、彼のそばにいるのが
私でなくてもいいのか?

優等生的に
「彼が笑顔で過ごせるのであれば
 例え隣にいるのが私ではなくても
 その笑顔を見ていることが幸せ。」
と思えなくもない。

でも、なんか違う...

彼の中で、その他大勢の存在でいることに
耐えられるのだろうか?


そんなことを考えていて思い出したのが、
今から15年以上前に見た
この映画。

髪結いの亭主 [DVD]

彼女が選んだのは、
永久に続くと思える
穏やかで優しい日々ではなく、

彼の中に
自分の存在を刻み付けること。


そのことによって
彼が傷つくことなんて気にしない。


いや、彼が傷つくことで、
より深く自分の存在を刻み込めれば、
それが望みなのかもしれない。


当時は、ただただ、
 なんだかわからないけど凄い
 理由はわからないけど、なんか共感できる
そんな感覚だったが...

今は少し、わかるようになってきた気がする。


私が一番好きな映画の一つです。

独断と偏見のお勧め度⇒★★★★★
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★★★★★:満点
★:1点
☆:0.5点