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部屋だよ


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一般病棟にて…その12/現実逃避

リハビリテーション(rehabilitation)。
リハビリテーションの語源はラテン語で、re(再び)+ habilis(適した)、
すなわち「再び適した状態になること」「本来あるべき状態への回復」などの意味を持つ。



僕は2階に行けるようになって、本格的な「リハビリ」を始めた。

様々なメニューをこなしたが、
やりながらも自分の中に「そんな事出来る訳ないよ」という
客観的で部外者的なつけ離した悪魔の囁きと、
「出来ないなら、また一から積み上げていこう」という
主観的で現実的で温かく寄り添う天使のような励ましが常に錯綜していた。
産まれてから34年間積み上げて来た積み木がある日突然崩され、
涙を押さえ歯を食いしばりながら、
散らばった木々を再び積み上げる子供のように。

自分が突き落とされた暗い奈落の底で、呆然とし泣き叫ぶ事すらせずに、
そこに流れる冷酷な川底に身を沈める事ならいつだって出来た。
全てを投げ出し諦める事は簡単だ。

そうだ。あの時だってこんな感覚だったな。

大学卒業後に1年半勤めた広告制作会社。
そこでの仕事は苛烈を極めた。
一般企業の終業時間に仕事が無事終わる事が皆無で、
(記憶によれば夜8時前に帰宅したのは、1年半の間に3日だけだった)
終電間際に仕事をねじ込むように終わらせ、
急ぎ駅に向かい、車中では宴会帰りの赤顔のサラリーマン達に揉まれる。

デザイン・美術などの大学、専門学校出身者に囲まれ、
そんな経歴の全く無い自分に常にコンプレックスを抱いていた。
上司にも「会社で一番仕事が遅いな」「下手くそなデザインだな」
と揶揄される。

小学校の頃からクラスの中では、どちらかと言えば目立つグループにいた。
修学旅行もバスの最後尾を陣取るようなタイプだ。
学級委員やサッカー部の副キャプテンにも指名された。

そんな人生で培われた少しの自負は全てこの会社で見事に瓦解した。

上司に説教される。
仕事でヘマをやり、取引先に頭を下げる。
自分がどこまでも追い詰められる。

そんな時はいつも自分を客観的に見ていた。
説教されてる自分は別の自分で、
本当の自分がその隣でニコニコしながら眺めている。
自分はそこに居なかった。完全な現実逃避だ。

リハビリも、
リハビリしているのは別の僕で、
病前の本当の僕はその隣で微笑みながら見守っている。

そんな感覚でいた。

今置かれている現実の自分の状況を素直に捉えてしまっては、
奈落の谷底に何処迄も落ちて行くだけだ。
そういった意味では、この障害を受け止めていなかったかもしれない。

リハビリしている別の僕を楽しもう。
健康な身体で“普通に”過ごしていく日常につまずき、
かやの外に出てしまった者の特権かもしれないが、
今はただ楽しもうとだけ考えるようにした。

だから、部活のように毎日リハビリに汗を流せたし、
回復過程では、ロールプレイングゲームで経験値を積ませ武器や防具を買い与え
キャラクターを育ててあげていくようなゲーム感覚さえあった。

一般病棟にて…その11/足指が動いた日

2007年9月6日…入院20日目。

右足指は冷たい彫像のように動かなかった。
自分の意志ではけして動かなかったが、
触られている感覚はあったので家族に足のマッサージをされる時に、
くすぐったいのでピクン!ピクン!と無意識に反応する。
「今のは僕の意志じゃないよ」
今日も動かず。

右手が微かに動くようになってから数日。
たしか朝方だったように思う。
その日は、9時の回診前に一人病室でリハビリをしていた。

右足に力を込めると、
今まで頑に動かなかった右足の親指がむくっと起き上がった。

あれ?
動く。動くぞ!

喜び勇んで回診で病室に来た主治医K先生に
足指が動くようになった姿を見せた。

「動いてますね。
 親指だけじゃなく、基本全ての指に力が入ってますよ」

足指に力を入れると、
それを証明するように指の筋がピンと張るのだ。

やった!やった!
歩ける日も、もしかしたら間近かもしれない。
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