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手のひらの中のアジア
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October 30, 2005

カンチャナブリ・サイクリング

テーマ:(9)タイ2

タイ カンチャナブリでの仲間たち


S.N.Pでのネイチャートレッキング。


先日のサイヨークに続き、ネイチャーコースに臨む。


前回とメンバーも変わり、今回は韓国人3名と日本人3名。


午前9時過ぎ。


クウェー川鉄橋周辺にあるコンビニエンスストアで各自、水と少しの食料などを買いこんでから町の中にあるレンタサイクル屋に向かう。


列車の旅で始まったサイヨークコースとは違い、今回は一日自転車でのサイクリングなのだ。もちろん僕は自分の自転車で。


カンチャナブリの町、ちょうどゲストハウスやレストランなどが立ち並ぶツーリストエリアのメインロードを通って走って行く中、7台もの自転車が綺麗に列をなして通り過ぎて行く光景を、町ゆく人々が皆、驚き不思議そうな顔で見る。


クウェー・ヤイ川沿いの細い道路をしばらく走り、まずは町の外れに点在するいくつかの寺院を見てまわる。ガイドブックにも載らないような小さな規模ではあるが、それぞれ見事な装飾で彩られ、趣がある。タイの寺院と中国の寺院が同じ敷地内にあり、それらの違いなどをゴンさんが説明してくれる。


タイ カンチャナブリ


また自転車に乗って走りだすと、今度は観光地化されたカンチャナブリとは違って本来のタイらしい素朴な家や商店が並ぶ界隈を、右に左に曲がりながら抜けていく。ゆっくりと列をなして走りすぎていく僕らを、やはり物珍しそうに見ている地元のタイ人たち。「サワディーカッ(プ)!!」と声をかければ、同じように挨拶を返したり、ニッコリと笑顔を向けてくれる。


しばらく行くと、町の通りに並行して流れる川が現れた。綺麗に整えられた公園内から川を望めるこの場所は、地元の人たちにとっても憩いの場所になっているようだった。


町を抜けて数キロ走ると、山々の連なりが視界に飛びこんできて、川は町からこの山沿いの道に沿ってより幅を広げて遠くまで続いていた。大きな橋を途中まで進んだ真ん中辺りで自転車を置き、しばし休憩をとる。


朝買ってきた水で水分補給、パンをちょっとかじる。町からスタートしてちょうど10キロ程度、いろんなところをゆっくりまわってきたため、もうそろそろお昼の時間になる頃だった。


タイ カンチャナブリ


緑豊かなカンチャナブリの自然、気持ちのよい風をうけながら走って行く。


途中、道路脇にあった店であったかくて出来たての「とうもろこし」を買ってみんなで食べる。東南アジアのとうもろこしはモチモチした食感で、日本のものより腹持ちも良い。


またしばらく進んだ道路沿いの食堂であらためて昼食をとった後、一行はCAVEへと到着した。


サイヨークの時とは違い、ゲートや整えられた道があるわけでもない。以前はそれなりに道らしきものがあったというそこは、ここしばらく誰も来ておらず、僕らが久々の訪問客だったようで、長く伸びた草木が山の頂上へと続くすべての道を覆い尽くしていた。


「確かこっちだったなぁ・・・・・・」


ゴンさんの記憶を頼りにその草木や大木をどかし、かき分けながら小さな山を登って行く。


30分ほどしてようやく視界の開けた頂上には、ぽっかりと大きな穴が空いていて、ここから鍾乳洞に続いているということだった。山の中はすべて空洞になっているんじゃないかと思うほどの真っ暗な穴、垂直に設置された鉄のハシゴを一人ずつ慎重に下りていく。


タイ カンチャナブリ cave


サイヨークの時のように特別仕様のランタンがあるわけではないので、持ってきた懐中電灯で辺りを照らしながら進む。明かりが少量のため、全体を一度に見渡すことはできないが、ここでも様々に鍾乳石が形どられ、カーテン状の壁を叩くとミリオンサウンドが耳に響く。サイヨークと比べて規模はさほど大きくはないが、人もほとんどこないような自然の中の洞窟、といった点ではこちらも興味深いものがあった。


再び地上に降りたった一行は、そこから1キロほど進んだところにあるエレファント・キャンプにやってきた。


川のほとりにあって静かで落ちついたこの場所では、巨大象から小象まで数頭が飼育されていて、時折観客を集めてショーを行うのか、小さな客席スタンドも設置してある。ちょっとした売店や土産屋もある。


本来このネイチャーコースではさらに遠くへ進んで自然の神秘に満ちた「ビッグツリー」を見に行くことになっている。「このぉ~木、なんの木♪」のCMでもでてきた、あれと同じ巨大な木がカンチャナブリの郊外にあるのだ。


この日は諸事情により、ここはカットになった。ビッグツリーへ行かなくなった分、このエレファント・キャンプで時間を過ごすことになった僕らは、象が曲芸用に使うボールでサッカーをしたり、同じく象が玉入れ芸で使うバスケットゴールでバスケをしたり。暑い最中、さらに汗だくになって夢中で遊んでいた。


カンチャナブリの自然の中を一日サイクリング。


町の中の有名スポットや遠くまで出かける観光地ではなくとも、身近なところに自然に触れる場所、遊び場はたくさんあることをあらためて感じられる充実の一日だった。


タイ カンチャナブリ

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October 29, 2005

ホームステイの日常

テーマ:(9)タイ2

タイ カンチャナブリ ホ-ムステイ


ここ2、3日、どこか遠くへ出かけるわけでもなく、穏やかな日々を過ごしている。


朝起きて、まずママさんの作ったいつものあったかお粥をたらふく食べる。


二階へ上がり広々としたテラスに出て、この日も暑くなりそうな日差しが本格的に照りつけ始めるよりまだ前の時間。


―さて、何をしようか


そう考えてから、ふと浴室・トイレの掃除をしたくなった。


ホームステイをしているのだから何かそれらしいことをしたい、と思った僕は、普段あまりやることもない水場の掃除をかってでた。


テラスでは長期滞在している韓国人のEJがスピーカーを通して、爽やかで気持ちいい時間にぴったりのKeren‐annを聞きながら、ハンモックに揺られて朝のひとときを過ごしていた。一階へ下りていくと、朝からママさんは洗濯機をまわしながら、その間家の敷地内の壁をゴシゴシとタワシでこすりながら、早くも汗だくになっていた。


これは負けられんとばかりに僕は訊く。


「ママさん、シャワー室とトイレの掃除をしたいんだけど、タワシは」


タワシの在りかを聞くと、急いで二階の浴室へ直行して腕をまくり、ズボンを膝上まで上げ、シャワーの水を浴室全体にかけて洗剤を撒き、ゴシゴシとこすり始める。


ひたすらこすること数十分、着ていたTシャツがびしょびしょになるほど汗だくになった。かつてこんなにも気合を入れて掃除をしたことがあったろうか。滴り落ちる汗を腕で拭いあげる瞬間が妙に充実感を伴っていた。ついでに廊下や部屋の床を掃き、雑巾で拭く。


まるまる午前中かかって徹底的に掃除に取り組んだ。


「よしっ!!終わりぃぃぃ」


自分自身への終了の合図とともに、そのまま綺麗になったシャワー室へ行き、水を浴びる。


掃除というのも本格的にやると汗をかくもんだな、などと自己満足に浸りながら冷たい水でほてった体を冷やすと、テラスへ出て、もうすでに暑い日差しの照りつける太陽の下でしばし日光浴。


ちょうどその頃、ママさんや仲間たちの数人が市場へ買い出しに出かけていった。


「今日は皆でバーベキューやるよ。」


ゴンさんが言った。


「やった!!」


久々に聞くBBQの言葉。


日本では毎年ゴールデンウィークに学生時代の仲間が集まって多摩川の河川敷でBBQをするのが恒例になっていたが、今年のその時期ラオスにいて参加できなかった僕にとってはこれが今年の初BBQ。


夜になって、いつもの食堂ではなく野外にテーブルと椅子を並べる。


卓上にはビール、ラオカオ、ワインといった酒と肉、野菜が盛り沢山。炭火焼の網の上に肉をのせ、ジュージューと音を立てて焼けていく過程がもう待ち遠しくてよだれもの。この日居合わせたのは日本人5人と韓国人2人。ゴンさんを中心に皆でグラスを高く掲げて乾杯をする。あとはもう肉が焼きあがるのを待ちながら飲んで食べて喋る、食べて飲んで喋る。


いい具合に酔いもまわってきた頃、韓国人の長期滞在者の一人ダルマさんが、アリランの歌を披露すると、ゴンさんも負けじと続いて歌い始める。スピーカーを通して懐かしの音楽を流すと、なんともいえず心地よい空間が出来あがる。


アットホームなひととき。


このS.N.Pには今まで訪れた人たちが過ごした日々の様子を写した写真をアルバムにして綴ってある。そこからはいろんな人たちのトレッキングでのシーンから、子供たちと戯れる宿での時間、ハンモックでゆったりするひととき、ファイヤーダンスを披露する若者、誰かの誕生日を皆で祝う光景、夜の乾杯風景といったものまで皆が皆、訪れた月日に違いはあるものの、ここで同じように充実した素晴らしい時間を過ごしているという感じがとてもよく伝わってくるのだ。


これがS.N.Pの日常であり、これこそがS.N.Pなのだ。


そんなことを思いつつ、ラオカオで乾杯を続けているうち、あっという間に日を越えているのである。

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October 27, 2005

泰緬鉄道の旅、渓流下りとサイヨークノーイの滝(後)

テーマ:(9)タイ2

タイ 泰緬鉄道


現在はナムトックからもう一つ分線路が延長され、サイヨーク・ノーイ駅が終点となっているのだが、僕らは一つ手前のここナムトック駅で下車をする。そしてここからはゴンさんを先頭に、その終点サイヨーク・ノーイまで徒歩で行く。


といっても普通に大通りに出て道路脇をトコトコ進むわけではなく、鉄道員以外わざわざ足を踏み入れないであろう「線路上」を歩いていくのだ。2キロほどの距離を列車で簡単に通過してしまうのではなく、自分たちの足で一歩一歩踏みしめながら列車の軌道をたどっていくその過程は、スタンドバイミーの1シーンのようだ。


朝6時前後に出発してここまで約2時間ちょっと。サイヨーク・ノーイに到着したところで朝食をとる。一息ついたところでサイヨーク・ノーイの奥にあるCAVE(洞窟)へ。


ゴンさんが初めてここを訪れて以来もう何度となく顔を合わせ、顔見知りになっている管理者のボスはこの日、僕らのために特別仕様のランタンを用意し、同行してくれた。


ジャングルのような森の中をひたすら歩いた一番奥に洞窟の大きな穴が現われる。はじめ、観光用に綺麗に整えられているどこにでもあるようなCAVEだと思っていたのだが大間違い、入り口に立ってみた時点で一寸先は闇だった。


ボスが用意してくれたランタンで明かりが灯されると、すぐにそこが急降下の穴になっていることがわかった。順番にゆっくりとその穴へ下りていくのだが、人間1人がやっと通れるか通れないかといった岩と岩の隙間を、どうにか体を擦りつけながら進んでいくといったちょっとしたアドベンチャー。


そういえば学生時代の初期、「洞窟探検部」なるものに参加していた頃の自分を思いだす。学生時代の僕を知っている友人たちが「そういえばそんなことやってたな・・・・・・」と思わず苦笑する顔が目に浮かぶ。


ゴンさん自身、これまで踏み入れたことがなかったポイントまでやってきたこの日、思わず感嘆の声がもれるほど神秘的な光景に出くわした。


部分ごとではあるものの、特別仕様のランタンで照らされた真っ暗な鍾乳洞内は、天井に無数のつららが、そして自然の溶解侵食を受けて見事なまでの鍾乳石のカーテンができ、他にもあちらこちらに不思議な形の鍾乳石群がその姿を成していた。洞窟内高くにはコウモリたちが飛び交う影が見え、ランタンで照らしたさらに奥までこの洞窟が続いていることまで知ると、もうただただ驚くばかりである。


タイ カンチャナブリ サイヨーク・ノーイ


地上へ戻ってきた僕らはここから今度は別の道、というより道なき道、森を流れる渓流の中を歩き始める。膝上くらいまでの深さで、さほど急でもない流れの中をゆっくりと力強く突き進むゴンさんの後へ僕らも続く。マイナスイオンをたっぷりと浴びながら自然と戯れるこの時間、久々に心が少年に戻っている自分を感じた。


時々休憩をとりながら無理のないペースで歩くこと1時間~1時間半ほど、ようやく戻ってきた入り口付近で食事を兼ねて休憩をとる。午後3時頃のバスに合わせて残りの待ち時間はサイヨーク・ノーイ駅のすぐそばにある滝で自由に遊ぶ。


ここは観光客で溢れる返るほどの賑わいだが、斜面を流れ落ちる滝の裏側まで簡単に行けたり、滝壷で泳いだりと、子供たちや家族連れも楽しめるような格好のプレイスポットにもなっている。


タイ カンチャナブリ サイヨーク・ノーイ


へとへとになるまで遊び尽くした後、帰りのバスの2時間弱は爆睡だと思っていたのだが、少年の心に戻っていた僕は疲れをも気にせず、まだまだ遊び足りないとでもいった感じで到着までの時間、ゴンさんと熱中して話をしながらS.N.Pへ帰ってきたのだった。


洞窟へもぐったり、渓流を下ってきたりと、まるでハードなアドベンチャーコースのような語り口だが、この日の参加者には女性もいて、無事に行って戻ってくることができたし、仮に行きたくない個所や疲れて休んでいたい時にはゴンさんが配慮してくれるので安心だ。


たった一日で、しかも参加費は不要、ホームステイしている家族や仲間たちと一緒に、こんなに充実したカンチャナブリでの一日を堪能できるのはS.N.Pならではのものではないだろうか。


「ただいま!!」


そう言って帰ってきたら、家にいる人たちが「おかえり」と言って迎えてくれる。そしてシャワーを浴びてさっぱりとした後は、ビールやゴンさんの好きなラオカオで乾杯、ママさんが作ってくれた美味しい料理を皆でわいわい食べる贅沢なひとときが待っているのだ。


タイ カンチャナブリ サイヨーク・ノーイ
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October 27, 2005

泰緬鉄道の旅、渓流下りとサイヨーク・ノーイの滝

テーマ:(9)タイ2

タイ カンチャナブリ サイヨーク・ノーイ


カンチャナブリ、S.N.Pホームステイではネイチャートレッキングを推奨している。


サンクラブリへの旅から戻ってきた翌日、バンコクから帰ってきていたゴンさんと一緒に、ようやくトレッキングに出かけることになった。


現在9つものバラエティに富んだコースがあるというそれらは、すべてゴンさんがカンチャナブリを自分の足で歩き、自分の目で見て作りあげたオリジナルコースだ。


一般的に人気のある観光場所も適度に折り交ぜながら、それ以外に、カンチャナブリの自然や地元の人々の生活に触れることのできる、普段ではなかなか味わえない興味深いものもある。カンチャナブリにいくつもあるツアー会社のやっているものとは一味も二味も違う。


そもそも、最終的に「利益」を得ることが重要なツアー会社とは、根本的な考え方が違う。ゴンさんの目的は自然と触れあう喜びや感動を皆に知ってもらい、その気持ちを「共有」することにある。参加料金が必要なわけでもなければ予約も必要ない(お昼や乗り物代を皆で割り勘する程度)。


それほど堅苦しいものでもなく、休みの日にお父さんと一緒にちょっと遠出をして、時にはサイクリング、時には森の中の渓流を散策したり、滝や洞窟を探検したり、お寺を巡ってみたり、といった感じのものだ。


自由参加でもあり、この日は滞在者6人のうち4人がゴンさんとともに『サイヨークコース』へ。


早朝5時50分。


まだ寝ている人たちを起こさないようにそっと部屋を出て、眠い目をこすりながら玄関に座りこみ、靴紐を結ぶ。


「さて、いきますか」


ゴンさんの一言で、僕らは家を出発する。15分ほど歩いてクウェー川鉄橋駅へと向かう。


午前6時14分発、ナムトック行きの列車が少し遅れてホームへと入ってきた。ここからまずはナムトックまで、いわゆる「泰緬鉄道」の旅。


ほとんど人もいないまだがらんとした列車の中、木で作られた堅い4人掛けボックスの並ぶ車内で、それぞれ席につく。昼間は世界各地からやってくる観光客で賑わっている駅周辺も、立ち並ぶ店舗のシャッターは下り、露店の姿もないせいか閑散としている。


列車が動き出し、鉄橋をゆっくりと渡ってゆく。


タイ 泰緬鉄道


戦後、鉄で作り変えられたという橋の高架ごしに見る空、遠くに見える山の稜線はまだぼんやりと黒い影のようである。橋を越えて少しずつ列車の速度が上がると、いっぱいにあけていた窓からひんやりとした風が吹き込んできた。持ってきた上着を着込んで、椅子に座り直す。


しばらく行くと、いくつ目かの駅で十数分間停車することに。


少し肩を縮こませながらも線路に降り立ち、タバコをふかしていると、遠く向こうからこちらへ向けて別の列車がやってきた。少し霞がかってぼんやりして見える中、オレンジ色のライトだけが妙に輝きを放って見える。


ホームへ近づくと、車輪とレールの摩擦音を「キィィィィィ」とけたたましく響かせながら、やがて「プシュゥゥゥ・・」という蒸気ガスの抜けるような音とともに、列車は隣に並ぶようにして僕らの前にゆっくりと止まった。


静まり返った辺りの様子はとても幻想的で一瞬、ここがカンチャナブリであることさえ忘れそうになる。


タイ 泰緬鉄道


再び僕らを乗せて動き出した列車は、辺りもすっかり明るくなってきた頃、アルヒル桟道橋を通過する。鉄道建設の際、非常に困難を極め、多くの死者を出したという紹介と共に写真などでもよく見られるように、岩壁にへばりつくようにして続く約300メートルの高架橋を、歩いた方が早そうな速度でゆっくりと渡っていく。


タイ 泰緬鉄道


クウェー川鉄橋をはじめとしてこの辺りもそうだが、列車の旅としての風情や純粋に観光スポットとしての魅力は十二分にある代わりに、博物館や共同墓地、ヘルファイア・パス等を訪れる以外、こうして列車に乗っているとかつてここが戦時中に悲劇の舞台となった場所の一つとは思えないほど、歴史の面影をあまり感じることがないのは果たしていかなるものなのか・・・・・・などということを考えているうちに列車はナムトック駅へと到着する。

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October 26, 2005

地獄の火峠 ヘルファイア・パス

テーマ:(9)タイ2

タイ ヘルファイア・パス


ヒッチハイクに成功した僕らの車は、豪快な走りっぷりで当初予定通り乗っていたはずのバスが到着するであろう時間とさほど変わらない時間に、サイヨーク国立公園内のサイヨーク・ヤイにたどり着くことができた。


驚くべきほどの速さでこれまでの遅れを取り戻したのだ。


通常のバスであれば、大通りから国立公園入り口まではバイタクに乗り換えて2、3キロ奥へといかなければならないところを、わざわざ僕らのために入り口まで連れていってくれたのだから大感謝である。この日サイヨーク・ヤイの滝とその周辺を散策した後、気を取り直して通常のバスに乗り、ヘルファイア・パスへと向かった。


時は第二次世界大戦。


日本軍は当時ビルマの地でイギリス軍と交戦状態に入る中、軍需物資輸送のルートを確保するためにタイからビルマまで、密林や山岳地帯を通る415キロの鉄道の建設を決定した。およそ25万人にも及ぶアジア人労働者と6万人を越える連合軍捕虜が労働力として駆り出されたという時点ですでに想像もつかない範疇だ。


近代的な機械を用いない建設作業は、シャベルやクワで土や石を掘り起こし、それをカゴに積んで運び、岩盤を切り開く時もすべて人力で進められたという。それにもかかわらず、1942年10月にタイ側ビルマ側から同時に建設が開始された泰緬鉄道は1943年の10月にはタイ側のコンコイタで開通するに至ったという驚異の事実。それを可能にしたことによる犠牲はあまりにも甚大だった。


ただでさえ無理のある完成予定期限を日本軍の命令でさらなる短縮を余儀なくされたその「スピードゥー」期間には、さらに夜遅くまで長時間の労働を強いられ、厳しい体罰も受ける中、食料不足、雨季やコレラ・マラリア等の大発生まで重なって膨大な数の命が失われたという。


痩せ衰えた労働者を照らしだしてゆらめく焚き火の明かり。


地獄の火峠。


ヘルファイア・パスと呼ばれるゆえんである。


泰緬鉄道建設の際、最も困難を極めた場所と言われるこの場所には、想像を絶する悲劇の歴史があった。


カンチャナブリを訪れて、観光地化された鉄橋駅周辺を見ても、旅情豊かな列車の乗っても、共同墓地やギャラリーを兼ねた戦争博物館をひととおりまわっても、今現在の穏やかで緑豊かな光景の中ではそれほど強く感じることのなかった歴史の重みが、ヘルファイア・パスを訪れたことによってずっしりとのしかかってきた。


少し前に日本人カップル旅行者が、ヘルファイア・パスを訪れた時のことを僕に話した。


「欧米人の人たちがみんな、歴史の書いてあるパネルを物凄い重々しい顔で見てたんですよ。で、自分らはそのすぐ後ろで見てたんですけど。「くそっ、なんてひどいことしたんだ日本は」みたいなことを口にし合ってて。なんか肩身が狭いというか、とりあえずその流れで後ろ振り返らないでくれ・・・・・・ってずっと冷や汗もんでした。その後は気持ち足早でしたよ・・・・・・」


苦笑気味に話した彼らの気持ちは少なからずわかるような気がした。それは同じ日本人として日本が選び通ってきた道筋、日本がおこなってきたこと、さらにはアジアが、世界が歩んできた歴史に対して何かしら感じるところがあるからで、これは彼らや僕だけが思うことではないと思うのだ。


館内を外に出て敷地内を進むと、実際のへルファイア・パスを歩いて散策することができる。


密林の中、線路の幅の分ほどしかない空間に延びる道は両脇に垂直にそそり立つ岩壁があるせいか、妙な閉塞感に包まれている。


僕にとってそれは緑の景色の中を心地よく散策するといった類のものではなく、ゆっくり歩いていると岩壁を切り開き、杭を打ちつけるハンマーの音、土や石をシャベルやクワで掘り起こす「ザクッザクッ」という音までもが聞こえるような気がした。


労働者たちが荷を運び、レールを敷く姿。館内で映像を見たせいか、サブリミナルのようにノイズ交じりの白黒画像が脳裏にフラッシュバックする。かすかな耳鳴りがしてきて、少し鼓動が早くなると同時に、何かを無意識的に知覚させられている気さえする。


思ったよりも長く続く散策道を、しばらく進んで、数メートルだけ残された枕木の姿と碑を見た時、僕は少しほっとした。


タイ カンチャナブリ ヘルファイア・パス


ふと我に返ったように空を見上げると密林に伸びる木々の間から少し青空が見えた。


悪夢はもう終わったのだ。


悲劇の舞台は終戦とともに過去に幕を下ろしたのだ。


ただし一つだけ、僕はあることを思いだした。


それはカンチャナブリ市内の戦争博物館にもある言葉。


「Forgive But Not Forget」


許そう、しかし忘れまい。


この言葉の重みが日本人である僕の心に今、あらためてずっしりと伝わってきた。


悲劇の歴史的事実があったことを、けっして忘れてはならない、と。


タイ カンチャナブリ ヘルファイア・パス
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