本コンテンツをご覧になるには、Flash Playerプラグインが必要です。FlashのWebサイトよりインストールしてください。



bloglank


手のひらの中のアジア
QRコード
BLOG QR
May 27, 2005

スピードボートでゴールデン・トライアングルを駆け抜ける!!

テーマ:(6)ラオス

スピードボート


うわさ通りのひと気のなさ。


僕らの他にシェンコックを歩く旅行者の姿は見当たらない。


船着場は止まっている宿のすぐ下にあり、川岸に停泊している数隻のボートが見える。ここを起点に国境の町フェイサイまで南下する。地理上はメコン川一本で繋がる楽な川下りに思えるのだが、そうは簡単にいかなかった。

スローボートの姿も見えるが、これは不定期で人が集まらなければ出発しない。見る限り、この安くのんびりした旅のできるスローボートが運良く出る、ということはなさそうだ。必然的にスピードボートに乗るための交渉を強いられることになる。


もともと需要の少ないルートの上にガソリン代の値上げも影響して、シェンコックからのボート代はラオスの物価からしても異様なほど高い。そして事実、いい値は2200バーツ(タイバーツで交渉)から始まった。


ここから先へ進む手段は他にはなく、ボートに乗らないのであればムアンシンに引き返すしかない。そのことを船頭もわかっているため、値段交渉についても絶対に引かない。2日前にここからボートを利用した欧米人は二人で2600バーツ支払って乗ったという。


3人で2000バーツというところまではすぐに折れてくれたものの、ここら周辺の船頭たちで底値を決めているようで、それ以下には絶対にまけようとしない。ねばりにねばって何とか首を縦に振らせようとふんばったが、結局午前中使って2000バーツの条件を受け入れるしかなかった。


3人で540,000kip(ラオスkipで払った)を支払い、僕らはボートに乗り込んだ。


一安心、これでフェイサイまで行くことができる。


というわけにはいかなかった。


これだけの高い値段で、さらに道はメコン川は一本にもかかわらず、このボートは途中のバンムアンという村までしかいかないというのだ。2時間かけてバンムアンに到着後、再び新たなボートに乗り換え1,300バーツ(351,000kip)を支払う結果となった。


バンムアンから一時間、ようやくフェイサイに到着。


というわけでもないから困り果ててしまう。


到着した村はナムコーンという小さな村。ここはまだフェイサイから30キロ弱ほど手前の村で、ここからソンテウで一時間ほど行かなければ到着しないというのだ。この村からでるソンテウも時間は正確ではない上に、そう頻繁ではないため、1、2時間待つことになる。


地理上ではシェンコックからフェイサイまでメコン川で繋がっているのに、なぜだ・・・・・・と思っていても、そうするしかたどり着けないのだから従うしかない。


しかし、これだけ苦労して大変な思いをする分だけの楽しみはある。


自転車ごと積み込んだスピードボートは、悠々と流れるメコン川の水上をまるで跳ねるようにして豪快に走り抜ける。爆音に近いエンジン音が終始鳴り響き、耳が痛い。ゆっくりと喋っている余裕もない。それでも楽しい。時速60キロほどのスピードボートの体感速度は80キロくらいに感じる。まれにボートごとふっ飛んで転覆する事故もあるというこのスピードボート、まるでスプラッシュマウンテンに何時間も乗っているようなスリルと興奮を味わえる。


その豪快なスピードを保ったまま、タイ、ミャンマー、ラオスの三国がメコン川で接する黄金の三角地帯、ゴールデン・トライアングルを駆け抜けていくのだ。


時々、おしりが浮き上がるような快感、うなる爆音とともに、右にタイ、左にラオスという不思議な空間、ちょうどメコン川に沿って引かれた国境線上を突き進んでいく。


降りてしばらくエンジン音を耳に残したまま、僕らはナムコーンでのんびりとビールでも飲みながらフェイサイ行きのソンテウを待つ。いい具合いに酔いもまわってきた頃、ようやくやってきたソンテウに乗り換え、夕刻、国境の町フェイサイへと丸一日がかりで到着したのだった。

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
May 26, 2005

ムアンシンからシェンコックへ

テーマ:(6)ラオス

むあしぇ

この日僕が出発するのは必然だった。


ロケット祭りが終わった後をある程度の期限に考えていたこと、ナオ君がやはりこの日ルアンナムターへと旅立つこと。そしてもう一つ条件が揃った。


僕が次に向かう場所はシェンコック。ムアンシンから西へ約70キロ、メコン川沿いにある小さな村。ここからボートに乗り、南下することになる。ただしそこで問題が一つ。シェンコックから乗るボートは需要が少なく、頻繁に出ているわけではないため、シェアする旅行者がいなければ一人で一艘チャーターすることになる。事前の情報ではそれが2000バーツ。約6000円と、他の地域のボート代から比べるとべらぼうに高い。時期的に旅行者が多くない今では現地で一人チャーターになる可能性が高い。


しかし運良く、ムアンシンのゲストハウスでシェンコックからボートで南を目指す旅行者と出会ったのだ。しかも日本人が二人。かつてはバイクで世界中を駆け巡り、今は再びそのバイクの旅を再開すべくそのリハビリ的旅行を兼ねて旅をしている熱きベテランライダー俊さん(40歳くらい)、そしてもう一人、会社の有給を使ってはもう何回もラオスを訪れ、もはや会社の人や友人からは「今度はいつ行くの?ラ・オ・ス」といわれるほどのラオス好き、直子さん。こうした条件の揃った機会を逃してはムアンシンから動けなくなってしまいかねない。


そうして僕はようやくムアンシンを必然的に旅立つことになったのだ。


二人はソンテウを乗り継ぎ、僕は自転車にて。シェンコックの船着場にある宿で夕方合流することを約束して、出発した。ムアンシンを出てすぐに未舗装の道路になった。しかしそれほど走りにくいわけではない。


僕はがむしゃらに走り続けた。


それでも頭の中をずっと駆け巡っていたのはムアンシンでの日々の回想だった。出会った人達一人一人の顔を思い浮かべながら、いつまでも忘れないようにもう一度心の中にしっかりと焼き付ける。ふとするとペダルをこぐ足に力が入らなくなるほど、ムアンシンに背を向けて走っていることが、ムアンシンとの距離がペダルをこぐたびに遠ざかっていくことが、切なかった。


それでも前に進めたのはシェンコックで合流する約束をした二人がいたことと、シェンコックまでの間、景色ややはり出会う人々が素敵だったからだ。暗い山道を延々と一人で走るだけの行程だったならば今の僕には走れなかったかもしれない。


日差しが強かった。


午後からはさらにその強さを増した。


うだるような暑さは思考を止めるが、今の僕には逆にそれくらいが丁度いい。


途中HOUA KHOUA村1と2の間にある川で、そこに住む子供達と一緒に一時間ほど泳いだ。この村の人達も含めてシェンコックに向かうまでに点在する村々は、このルートをあまり旅行者が訪れないせいか素朴な風情がそのまま残っている。


村の前を通りかかると、


「さばいでぃー!!!!」


と叫びながらあちらこちらの家から子供達が飛び出してきて、しばらくずっとついてくる。


女性の着る服も例えば同じアカ族でありながら全身を煌びやかな民族衣装で着飾った姿が見られたり、言葉もだいぶ違うようだ。多少なり覚えたラオス語で話しかけてもムアンシンで通じていたものがそこではまったく通じない。耳に入ってくる彼女達の言葉も聞く限り今までのものとは異なるものだった。


それでも坂道を押して歩く僕に、うちで休んでいきなよとジェスチャーまじりで言ってくれたり、笑顔で声をかけてくれることはとても大きな力となった。


あと5キロというところで雨が降り始め、さらにはチューブが裂けるほどのパンクがおきた時にはどうしようもなくうんざりしたけれど、とにかく前へ前へと進み、ようやくのこと夜の7時過ぎシェンコックへと到着、ちょうど外へ出て歩いていた俊さんと直子さんが僕を見つけ、遠くから叫びながら走って迎えにきてくれた時は感動した。


何よりもホッとした。


二人がいてくれて良かった。

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。