　悪夢は嫌いではない。怖い夢は、むしろ好きだといえる。下手なホラー映画を見るよりホラーだし、何より自分自身に起こる怖い出来事だから、なおさら楽しめるのだ。こんな自分だから、眠る前には
「今夜は怖い夢が見られますように。」
とお祈りする時もある。
　しかし、昨夜見た夢は嫌だ。なぜ嫌なのか、理由は後にして、まずは見た夢を書こうと思う。

　私を含めた4人が何かから逃げているように走り込んだのは、窓のない山小屋のような一室だった。Nと私が駆け込み、次いで2人が入ってきて鍵を掛けた。みな作業服に似た制服を着ている。どうやら、どこかの共産主義国家に私たちはいて、何かヘマをやらかして追われているらしい。そして、そのヘマの責任を私が取らなければならないようだ。
「おい、お前、逃げるなよ。ちゃんと死ねよ。潔く。」
　Nが顔を覗き込むようにして声を投げつける。Nに対し憎悪の気持ちが湧き立つ。何故こんな奴にこんな言われ方をされなければならないのか。
「あんたらもちゃんと言えよ。こいつに死んでもらわにゃ、ヤバイんだから。」
「わかってる！心配するな！」
　私は答える。それでも奴は心配らしい。
「おい、毒あおれよ。死ねよ。わかってるな。」
落ち着きなく揺れ動く身体を止められぬまま、Nは叫び続ける。
他の二人は何か打ち合わせをしている。これからの段取りを考えているのだろう。
Nは私の左肩を掴み、前後に揺すりながら
「死ぬんだぞ。お前が死ぬんだからな。」
と繰り返す。煩い奴だ。
私はポケットから毒を取り出す。どうも青酸カリらしい。
「オレは今からコレをあおって死ぬけど、Nにそそのかされてやるんじゃない。自ら進んで呷るのだ。」
　と宣言する。3人が私の顔に注目する。
「さらば！」
と言うや、毒を口に含み、喉の奥へと流しこむ。
　気管のあたりが焼け付くように熱くなったが、そのうち収まった。
「あれ、効かないのかな。私には毒は効かないのかな。」
　と思った瞬間に呼吸困難に陥り、絶命。
　顔を覗き込んでくるNの顔が私にとって最期の映像となった。

　こんな夢である。
　だいたいお分かりかと思うが、私が嫌な理由はNという男である。
　実在のNは私にとっては人殺しである。私を含めた周囲の再三に亘る注意を聞かず、精神的に不安定な彼女に強引に別れ話を切り出し、自殺に追い込んだ男である。
　Nはインテリぶったイイトコのお坊ちゃんで、口がうまいから女性にもそこそこモテた。女好きで、飽きたら女を直ぐ換える。この時もそんないつもの調子だったのだろう。
　結局、彼女はマンション最上階の窓から身を投げた。まだ寒い頃で、発見された時、彼女の身体は硬く凍り付いていた。
　そんな不実な男Nは、葬式の時、棺おけの中の彼女の顔に泣き崩れながらほお擦りすらして見せた。私も知人たちもそれをシラッとして見ていた。そりゃ、そうだろう。こうならない為にわれわれは何度もNを説得し続けて来たのだから。そして、急な別れ話は絶対しないと、約束していたのだから。
しかし、
「あいつ(彼女のこと)、メンドクサイんだよねぇ。」と冗談めかして言っていたが、本当にメンドクサクなって捨てたのだ。後で聞いた事だが、この時すでに他に女がいたらしい。
　
　こんな男である。こんな男に夢の中でとはいえ、自殺をそそのかされるなんて、許せないのだ。だから昨夜の夢は、自分にとって嫌な夢なのである。

　写真は1973年11月に起きた大洋デパート火災のもの。もちろん未加工。心霊写真よりコワイかも知れない。103名が亡くなった。前年の千日デパート火災に次ぐ大惨事。千日デパートの近辺では今も幽霊話が多く、『新耳袋』でも紹介されているが、大洋デパート近辺にも話はあるのだろうか。今は「ダイエー熊本下通店」となっているそうだ。

Interlude #03 嫌な夢

Interlude #03　嫌な夢