ワンネスとかけ離れた

テーマ:
醜くオドロオドロしいネガティブな感情。
それすら受け入れて心の動きをただ観る、内観していると、葛藤は生じず、結果的にワンネスの状態が与えられるというのはなんと逆説的なんだろう。

この前もそんなことがあった。
ネガティブな感情、嫌悪感を、変えようとせずただ強烈に気づき、素直に受け入れていたら、不思議とポジティブへ、いうならば愛へと変容していった。マジック(錬金術)である。

他者とのワンネスも、まず自分が自分を受け入れ葛藤のない心の状態になることが前提で、
達成しようと実践して努力して至ろうとすると、逆効果でどんどん遠ざかる。

ワンネスとは心に葛藤のなき状態で初めて結果的に与えられる状態だ。
これが誤解されるところで、私など浅はかな理解で、どれだけワンネスというスローガンと相いれない自分に苦しんだことか、、。
自分とは葛藤である。
自分がある以上は分離は免れないのだ、と無駄なあがきをやめて、じっくりと
単に、ワンネスでない自分を山を観るように、空を観るように、川の流れを観るのと同じように観る。鑑賞するといってもいい。すると変容のマジックが起こりうるのだ。

(あくまで内面のことであって現実世界では努力も必要ですが)

ワンネスのバガヴァン先生いわく、
ーーー私はこれまでのマスターの言うことと正反対のネガティブなアプローチです
他の人が、あなたは愛でいっぱいですといえば
自分は、あなたはこえだめですといいますーーー
なんてくだりがあり、最初聞いたときは嫌なこと言うな~と思いましたが、
こえだめのごときオドロオドロしい醜さすらも、ありのままに受け入れ許しているときに初めて愛が生まれてくる、というパラドックスだったと最近分かってきた。

こんなことって超初歩的なことなんでしょうが、
下手に精神修行的なことをしてると得に
こうあるべき聖人君子的な高い理想を持ってしまい、自分にも他人にも理想の姿を求める。
そうでないと落ち込んだり、嫌悪したり軽蔑したりするが、醜い感情は受け入れ難く、理想と現実の狭間で葛藤する。
私も瞑想だけやっていたときはこんな感じだった。
ディークシャーでは実際に脳に働きかけることで
ネガティブはネガティブでそのまま受け入れ、心に葛藤なく、無駄なエネルギーの浪費を防ぎ、ひいてはポジティブなエネルギーに変容する手助けをしていく。
それこそが真の瞑想であり、内なるアグニホートラ(錬金術)でもある。

明日朝のアグニホートラタイム6:18














AD