第1回 公訴時効の撤廃に思う(その3)
2010年6月13日 執筆
しかし、被害者の遺族や友人からすれば、時効が満了して
しまうことは言葉に言い表せない無念であろう。私は刑罰(主
に懲役と死刑)には二つの側面があるように捉えている。賛
否両論あろうかと思うが、ひとつは更生であり、もうひとつは
報復の代行だと考えている。つまり懲役は再び善良な社会
生活を受刑者に教育し、社会復帰を想起することに主眼を置
くが、死刑は受刑者の凶悪極まりない性状を憂慮し、更生不
可能と判断された結果、被害者遺族の感情を鑑み、行政が
報復を代行することにより、復讐などという終わりのなき犯罪
行動の連鎖を抑止し、秩序ある社会の形成を意図している
のだと私は考えている。
いずれにしても、たしかに犯人逮捕で被害者の尊い生命が
再生するわけではないが、それでもせめてもの思いで遺族が
犯人逮捕を望むのは多数派を占めるであろう。現に松山ホス
テス殺害事件を起こした故福田和子受刑者が時効直前に逮
捕された例でも明らかなように、相当数の信頼のおける証拠
が現に存在し、時効を迎えるまさに直前に容疑者と思しき人
物の影が見え隠れし始め、逮捕に至ったケースもある。その
点では被害者側からすれば公訴時効の存在は、容疑者らし
き人物の捜査線上への浮上とタイムリミットの接近が顕著に
なればなるほど障壁に感じられるのも事実である。