「この音がたまらんわあ」

梶谷ひばりが、傾いた鉄板の上で焼ける豚肉を見てうっとりと微笑む。

「焼肉じゃなくてよかったのか」

僕は生ビール片手にぶっきらぼうに訊いた。

「うん。よく考えたら東京で美味い焼肉知らんもん。辛いの苦手なん？」

「いや、好きだけど……」

韓国料理は久しぶりだ。

歌舞伎町の端にあるここは小汚いがなかなか本格的な店だった。お通しとして出てきたキムチやナムルが美味いし、スンドゥブチゲもアサリの出汁が効いている。壁には本物かどうか知らないが韓流スターのサインが飾らていた。

「とりあえず食べようや」

梶谷ひばりがサンチュを手に取り、ほどよく焼けた豚肉と薬味のネギ、辛味噌を乗せて巻いて口に放り込む。見ていて気持ちのいい食べ方である。

「早くヒデとやらの声を聞いて欲しいんだけどな」

僕はナムルのもやしの横に置いてある千円札を見て言った。当然、何の声も聞こえてこない。

「せっかちやなあ。ゆっくり食べさせてや」

「焦らすような真似はやめろ。この千円札が杏が喋らない理由を知ってるとは限らないんだろ？」

「知ってるで」

梶谷ひばりがサンチュをもう一枚取り、ニタリと笑った。

毎日連載小説「2月14日の嘘」 第178話 〜ダメ男、焦れる〜

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