夕方、病状説明(告知)の為、病院へ向かう。

おかん、俺、弟と O先生、T先生、K先生にて

胸部レントゲン、CTを見ながら肺ガンとの告知。

正式には大細胞内分泌癌であること。

治療には抗がん剤と放射線の併用が望ましいこと。

ステージは3であるが骨シンチの結果がまだなので

結果次第ではステージ4の末期の可能性もあるとの事。

腫瘍の大きさは右肺に約15センチの巨大なもの

治療しなければ余命1年以内。

進行が早い癌なので、すぐにでも抗がん剤治療を勧められる。

放射線治療はS第二病院ではできないので、他の病院も視野に入れてほしいとの事。

DrO「今日からでも抗がん剤を打てますよ。」「打った方が良い。」と言われたが、親戚と相談したい旨を話し断る。

DrO「あまりたくさんの人に相談し惑わされない方が良い。」

そんなことは解ってる!! しかし心の準備が必要だ!!!

と俺は心の中で叫ぶ!

一通りお話を聞き、病室へ戻る。

おかん「やっぱり癌だったね・・・・・」と肩を落とす・・・・

「癌だって今の時代は治る時代!!大丈夫大丈夫!!楽勝だよ^^」

こう言うのが精いっぱいだった。

まてよ????

今日抗がん剤打たないし、検査全部終わったし、他の病院探さなくちゃいけないし、

告知の後、おかんを病院にのこしてバイバイってのもなんかな~~

「おかん今日家帰っちゃおっか???」って言うと

おかん「帰る帰る、帰りたい」と決まってないのに荷物まとめ始める オイオイ!!

ナースセンターに帰る旨を話すと突然の事なので、皆慌ただしくなる。

無事、帰れる事に決まる!

ただ急だった為、今日は一時外泊扱いで明日正式退院手続きとの事。

バタバタしながらも告知から1時間後には家に居た! すごい。

今日は俺が実家に泊まって行くことに、約10数年ぶりに実家に泊まる。変な感じがした。

おかんが泣きながら死んだ後の話をした。俺は長男だから最悪の事も・・・嫌だけど

話しをした。話しをしながらおかんと二人で涙した・・・・

布団に入ると又涙が出て止まらなかった。朝まで寝れず涙が出た。            貧乏して、苦労して、働いて働いて、離婚して、孤独で、

そして・・・・癌告知。

なんだ・・それ

不憫でならなかった。親に対して失礼かもしれないが正直な気持ち。

おかんは60にして癌で死ぬのか????

いや、絶対に死なせない!!

家族には申し訳ないが・・・すべてを投げ売ってでも最高の治療をしたいと思った。

この告知の日の事をいつか笑い話ができるように。

今日は骨シンチ検査を受ける。S第二病院では骨シンチ検査できない為、

J医大病院にておこなう。

朝、おかんを迎えにS第二病院へ車

病院から外へ出ると、おかん立ちくらみ、ガーン止まりながらもなんとか駐車場へ

J医大に車を走らせる。

J医大にて11時に骨シンチの造影剤注射。

骨シンチの撮影が1430分からで時間があったので、自宅へ向かう。

13日ぶりの自宅におかん喜ぶ。何故か自宅に戻ったら顔色が良くなった。

J医大に戻る途中に蕎麦屋で昼食。

俺はかつ丼、おかんザルそば。

かつ丼いまいち・・・・・・・しょぼん  ザルそばも大したことないなって思ってたら

おかんが目を輝かせて音譜「ここのおそばはすごく上手い!!」    っと・・・・汗

病院食の錯覚はおそろしい・・・

無地に骨シンチを撮り終えてS第二病院へ

おかんの帰りの足取りは良かった!! 入院で脚が弱っていたんだと解る。

夕方、S第二病院でおかんの病状説明を受ける予定だったが、急遽翌日へ  変更。はてなマーク

Y先生が本日無理になったとの事。

3人も担当医が居てメインの先生はいるのに・・・!?別に1人いなくてもいいから、説明してくれよ!!DASH!と思った。

今日は造影MRI検査、昨日の造影CTの針を入れたままなので辛かったらしい。しょぼん

左腕の注射失敗の腫れにまだ怒っていた。プンプン

きゅうりのキューちゃんとミニトマトリンゴ1パック差し出す。

夕食時、キューちゃんをご飯に乗せお茶づけにして食べていた。

好きな物なら結構食欲あるじゃんアップって思った。