それは、その場に居た皆がハっとした程に存在感がある…あり過ぎるほどの大きく立派なオニヤンマでした。


形が“いびつ”な田んぼには機械が入らないので必然的に田植えも稲刈りも全て人力でするわけで。
そんな、たった1枚の小さな田んぼでさえ息も絶え絶えになる自分。
脱穀され“ずだ袋”に詰められた米をトラックの荷台に何袋か上げ下げしただけで言葉も発せないほど困憊した自分。
さして気にならないのに傷物、少し変形してるだけで規格外。そんなスイカやトマト、キュウリは冷たい水路に浮かべ、トウモロコシや茄子は蒸して、焼いて。アスパラガス、ウド、タラの芽、ニンジン、みょうが、巨峰。抱えきれないほど貰ったそんな野菜や果物達。
いやそれ以上に、未熟で甘い考えで好き勝手に荒れていた頃の自分に力を貸してくれ助けてくれた伯父。


鬼籍に入った伯父の身体の上を、どこからか飛んで来た一匹のオニヤンマがクルリと円を描いた軌跡を残しながらせみしぐれの空に去っていきました。
空の中に去り行く姿を眼で追ったのに、堪え切れずに溢れた想い、想い出が邪魔をして見送れませんでした。

読経の後、誰もが「あの蜻蛉は…」と。


伯父と捕まえに行った蜻蛉。捕まえることが出来なかった蜻蛉。
捕まらなくて良かったんだ。
この歳になるまで気がつかないだなんて。
また、伯父に笑われた気がした。


…笑ってほしかった。