集合知とは何か - ネット時代の「知」のゆくえ (中公新書)/中央公論新社

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 私は元来コンピュータに興味がなかった。
それが一冊の本を読んだ事により変わった(単純です)。
その本こそ「AI―人工知能のコンセプト」 (講談社現代新書) [新書] だった。
そしてその本の著者こそ西垣通氏だったのである。
その読書経験以降、コンピュータに興味を持ち、プログラミングを独学で勉強したり、または教室に通ったりして、実際の業務も少し経験した。いまだに技術者とはいえないレベルだが。

 今考えるとコンピュータのファンになったのではなく、西垣通氏のファンになっていたのだ。

 その魅力は無味乾燥な技術論ではなく、哲学、認知科学、社会学、記号論理学、情報理論等を縦横無尽に駆使する華麗な文体にある。
 「集合知とは何か」も勿論例外ではない。
大抵のIT系の人物の作品なら、ネットやGoogle等の登場により一般の人々の「集合知」、あるいはビックデータによる社会変革に乗り遅れるな、とゆうような議論が展開されるであろうが、そんな浅薄な議論を西垣通氏が行う訳がない。

 英国の家畜見本市で雄牛の体重やビンの中に入ったジェリービーンズの数を集団推測でほぼ正解をだした事が集団知が有効とされる例として良く挙げられるらしい。

そこからなんでもかんでも集団による予測が良いとされる風潮にこの書は警鐘を鳴らしている。

 魔法のような万能な方法ではなく、適用できる局面が限定される理由を簡単な数学モデルで説明し、何故「集合知」が「正解」を導くのか、原理まで掘り下げている。
 原理が分かってしまうと(本当に理解できているか別として)、「集合知」も大したものではなく、恐れるものではないと感じられるようになった。

その後は第五世代コンピュータプロジェクトの反省、オートポイエーシス理論、クオリア、ベナール対流、ポラニーの暗黙知、モナド、結合術、ネオ・サイバネティクス等による考察が続き、その議論に幻惑?されるのがこの書の魅力である。

 同じく西垣通氏の「デジタル・ナルシス」で、統計学の大前提の過去に起こった事が未来にも起こる、を批判されていたと記憶しています。、
 最近の統計学ブームもどう見ておられるか関心があるが、それはまた「デジタル・ナルシス」を再読して書評でまた取り上げられたらと考えています。