メロメロパーク
2005年10月02日(日)

短編 「憎しみの果てに」 第10話 最終章

テーマ:短編 3

テレビをぼんやりと眺めながら、夫の帰りを待っていた。
すでに11時をまわっている。
わたしは立ち上がり、テーブルの上に並べられた食事を冷蔵庫に押し込んだ。

知り合って、半年で結婚した。
暖かい家庭というものが欲しかったのだろうか。
わたしは躊躇なく、彼のプロポーズを受けた。
温和で、とてもやさしい人だった。
それでも、時々言い合いになった。
いや、正確に言うと、言い合いにさえならなかった。
どんな状況でも、わたしが先に折れてしまう。
怒りや憎しみを、抱かないように努めてきたのだ。

最初の2年間は幸せだった。
しかし、娘が生まれることを期に、夫は徐々に変わった。
帰りが遅くなり、そして時々朝帰りだった。
携帯電話が鳴ると、こそこそとベランダへ行き、メールを読んだりもしていた。

お前は何を考えているかわからない。

そんな意味のことを、よく言われた。
何度となく繰り返される身勝手な行動に、さすがに疑心が沸いてきた。
密かに携帯を調べてみても、履歴など、一件も残っていないのだった。
わたしは、堪えていた。
どうしても、あの時のことが思い出される。

ふと、テレビに視線が行った。
元プロサッカー選手の訃報を伝えている。
武田だった。
高校を卒業して、武田はプロになった。
国内リーグで活躍して、日本代表にもなった。
ワールドカップにも召集されるが、大会直前に原因不明の病に倒れ、悲願のワールドカップ出場の夢は果たせなかった。
その後、ピッチに戻った武田は再度ワールドカップ出場に向けて活躍を続けた。
そして、二度目の代表選考に漏れた。
膝の怪我だった。
いつしか武田は、悲運のストライカーと呼ばれるようになっていた。
引退試合の映像が流れている。
痩せて落ち窪んだ眼窩と、土色の肌がひどく年老いて見えた。
涙を流しながら、引退することへの無念を訴えている武田を見ても、心は動かなかった。
田口に対しても同じだった。
今も重度の言語障害と、右半身の麻痺を抱え、車椅子の生活を強いられている。
やはりそのことに対して、気の毒だなどと、考えたことは一度もなかった。

玄関で鍵をまわす音がして、夫が足をふらつかせながら扉を開けた。

「美咲は寝たのか」

わたしの顔を見るなり、そう言った。
そのままわたしを無視して、娘の寝室へ行き、そっと寝顔を見つめているようだった。
起こさないように、静かに戸を閉めると、飯は済ませたと短く言った。

「遅かったのね」

そういうと、夫は鼻で笑った。

「お前、俺のこと馬鹿にしているんだろ」

夫は、かなり酔っているようだった。

「俺が何をしても、涼しい顔をして怒りもしない。馬鹿に何を言っても駄目って訳か」

わたしははっとして、夫を見つめた。
昔、似たようなことを言われた。
すかしやがって。
横山が言ったのだった。
そして、横山はわたしの前で死んだ。

「お前が何を考えているか、俺にはわからねえよ。俺のことなんかどうでもいいんだろ」
「そんなことないわ」
「それなら、なぜ本心で話さない。何をお前は隠しているんだ」

あなたには、わかってもらえないわ。
そう心の中で、呟いていた。
黙って、夫を見つめた。
口元がちょっと歪んでいる。
笑っているようだった。

「お前は周りの人間すべてを馬鹿にしているんだ」

嫌な言い方だった。
気が付いたら、掌を固く握り締めているのに気付いて、それを解いた。

次の瞬間、夫がいきなり前のめりに倒れた。
瞳は反転して、白目を剥いている。

「あなた、どうしたの」

わたしは、狼狽した。
一瞬でも、夫を憎んでしまったのか。
そんなことは、ないはずだ。

いままでも、そうだった。

そして、これからも。
何度も、夫の体をゆすりながら、あなたと呼び続けた。
何も反応がない。
気絶しているのか。
そとも。
わたしの思考が、ぐるぐると回り、止まった。
ふと、夫の足元の方へ視線を向ける。

黒い影が立っていた。
一歩、二歩と近づいてくる。
そのたびに、灯りに照らし出されて行く。
娘であることがすぐにわかった。

「美咲、おとうさんが大変な、、」

娘の顔を見て、わたしは言葉を失った。
こめかみに指を当て、鼻から血を流している。

「おとうさんなんか、死んじゃえばいい」

そう言って、娘は微かに笑った。

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2005年09月27日(火)

短編 「憎しみの果てに」 第9話

テーマ:短編 3
車の中で、父と母が激しく口論している。
それは、これまでに何度となく繰り返されてきた光景で、そのたびに嫌な気分になった。
原因ははっきりしていた。
父には、母以外に好きな人がいたからだ。
母が、あの女などと、喚き立てている。

わたしが一人、家で留守番をしているとき、一度だけ見知らぬ女から電話があった。

「お父さん、いるかしら」

そう尋ねてきた甘ったるい女の声で、父が浮気をしているのだと、はっきりとわかったのだった。
初めて聞いた女の声で、なぜそう感じたのだろうか。
自分でも、よくわからなかった。
直感としか、言いようがない。
胸が悪くなるような思いのまま、翌朝父に、知らない女性から電話があったと告げた。
わたしの言葉に、父は顔色を変え、取り繕うように会社の人だと言った。
その時、わたしの感が間違いではなかったと確信した。
それと同時に、父を嫌悪した。


母が不憫でならなかった。
夜中、母が居間で酔いつぶれていることが時々あった。
テープルの上には、飲みかけの調理酒が転がっていて、母の顔を覗き込むと、涙を流していた。
そんな母の姿を見るたびに、父に対しての嫌悪は膨れ上がり、やがて憎悪に変わった。

「けんか、やめて」

わたしは叫び声を上げていた。

「真由美は黙っていなさい。大事な話をしているんだ」

父が憎かった。
父さんなんか、いなくなればいい。
いつも心の中で、密かに思い続けていた。
どうしても、母以外の人を愛しているということが許せなかった。
怒りで体が震え、気が付くと低い、小さな唸り声を発していた。

突然の耳鳴り。
それと同時に、父が嫌な叫び声を上げ、ハンドルに覆いかぶさるようにして倒れた。
ゆらゆらと車体か右へ流れ、中央分離帯に接触する。
その反動で、徐々に車体は左に寄っていった。
速度も徐々に上がっている。
母が必死でハンドルを動かそうとするが、父の体が邪魔でびくりとも動かない。
母はそのまま振り返り、わたしの方へ体を伸ばしてシートベルトをかけようとするが、どうしても手が届かなかった。
母は自分のシートベルトを外して、さらにシートも倒し、やっとわたしのシートベルトに手をかけることが出来た。
わたしの方へ視線を向けた母は、困惑とも恐怖ともつかない表情を浮かべながら、一度わたしの名を短く呼んだ。
鼻から口にかけて、何か生温いようなものが流れていた。
手の平で口をぬぐって、それを目の前に翳した瞬間、衝撃が来た。
血で汚れた小さな掌が、今のわたしの掌と重なった。




気が付くと、田口も武田もいなかった。
横山は倒れたままだ。
また目の前の景色が歪んだ。
涙だった。
両親を亡くした事故は、わたしが招いた。
憎しみが父を死に追いやり、そして母も失った。
父は、わたしが呪い殺したようなものではないか。
横山や田口も同じだ。
あの二人も、ひょっとすると死んでしまったのかもしれない。


人を憎んではいけない。
絶対に。


叔母はすべてを知っていて、わたしにいつもそう言い聞かせていたのだろう。
わたしが憎んだ者は、必ず死ぬ。


夢でみた加奈子と同じように、わたしはフェンスを乗り越えて、階下を見下ろした。
どうでもいいような、そんな気分だった。
両親を、殺した。
そんなわたしは、生きていては、いけないのだ。
このまま身を乗り出せば、簡単に死ねる。
後ろで物音がした。
人影。
黒い塊のようなものが、駆け寄ってくる。
加奈子、なの。
よく見ると、それは警官だった。





横山は心筋梗塞で死んだ。
田口は脳内出血で病院に運ばれたという。
脳のかなり深い部分に出血があり、手術も困難らしい。
たとえ手術に成功しても、体に重大な障害が残る可能性もあるという。
同じ場所で、高校生が、その若さで患うはずもなかろう病で、二人倒れた。
そして、フェンスを乗り越え、ビルの淵で血を流しながら立っている、もう一人の女子校生である。
警察も首を傾げていたらしい。
警察に匿名で通報があった。
その通報では、屋上で、高校生二人が暴行を受けているとのことだった。
実際には、暴行の痕跡などなかった。
ナイフから、横山の指紋が出ているので、暴行を加えた方が倒れたということだった。
通報したのは、多分武田だろうと思った。

取調室を出ると、叔母が立っていた。

「叔母さん、わたし、、」

叔母は、眼にいっぱい涙をためて何度も頷いた。

「何も心配しなくてもいいのよ」

叔母の言葉を聞いて、わたしは嗚咽した。
わたしの両肩に手を置き、まっすぐにわたしを見つめて叔母が言った。


「わたしだけは、真由美のこと、ちゃんとわかっているから」
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2005年09月23日(金)

短編 「憎しみの果てに」 第8話

テーマ:短編 3

怒りで血管が怒張していた。

激流となって押し寄せてくる血流で、頭が破裂しそうだった。
無意識に左のこめかみに指を当てる。
ドクドクという脈動が伝わってきた。
田口は、後退りしながら、来るなと叫んでいる。
何故かその声が、遠かった。
ゆっくりと、田口の方へ近づいた。
顔を横に向け、眼だけで私をちらちらと見遣りながら、後ろに下がっていく。
田口は僅かな段差につまずいて尻餅をついた。
私の方へ両手を突き出し、顔を背ける。

「来ないで」

口から出た声は小さく、そして震えていた。
そんな弱々しい田口の姿を見ていると、よけいに腹が立った。
こめかみに触れた指先に、力が入る。
こいつも、横山のように壊れてしまえばいい。

怒り。
悲しみ。
そして、憎しみ。

綯い交ぜになって、私の心を黒く覆った。

「おまえ、なんか」

その瞬間、田口があっと短く叫んだ。
両手で頭を押さえ、苦悶の表情で天を仰いだ。
瞳がぐるぐると、せわしなく動いている。
頭を左右に振りながら立ち上がり、数歩ほど歩いて、崩れるようにひざを突いた。
頭を押さえながら、嘔吐している。

「好い気味だわ」

わたしの言葉に反応して、田口がゆっくりと頭をもたげた。
わたしを一瞥するなり、眼を大きく見開き叫び声を上げた。
尋常でない田口の反応に、わたしははっとした。

気が付くと、口の中に鉄のような味が広がってる。
手の甲で、口の辺りを拭った。
べとりとした、赤黒い液体。
鼻血だった。

わたしはどうなってしまったのか。
激情が、血となって体から噴出しているのだろうか。
あごの先から、血が滴っている。

わたしは我に帰った。
田口の、恐怖に歪んだ顔。
流れ続ける、血。
どこかで見たような、光景だった。

既視感?

いや、違う。
遠い昔に見た、光景。
間違いはない。

刹那、視界が白く反転した。
切れ切れになって、消え去った過去。
それとも、消してしまいたかった記憶なのか。



両親を、一度に失ったあの、交通事故。


脳裏にはっきりと映し出さた。

まるで、スクリーンに写しだされた映画のように。


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