2005年06月24日(金)

短編小説 「夢」 第4話 エピローグ

テーマ:短編 2

事故の連絡を、自宅で受けた時、主人の意識はすでに無かった。
脳にかなりのダメージを受け、喋る事も出来ず、脳死状態と言ってもいいくらい、ひどい状態だった。
すぐに、自立呼吸も出来なくなり、すぐさま人工呼吸器に繋がれた。
ただ、脳の機能が完全に停止してはいないと、医師から説明を受けていた。
回復の見込みは、全く無く、心臓が止まるのをだだ待っているようなものだった。

その状態で3週間が過ぎた。
学生時代の友人に、医師がいた。
それなりに、親しい関係だった。
わたしが、その彼に好意を寄せていた時期もあった。
その彼を、主人の治療のことで相談があると、一度家に呼んだ。
その時、わたしは泣き続けていて、話すことなどできなかった。
ようやく、彼と言葉を交わした時、部屋の隅に人の気配を感じた。
何故か、主人だと思った。
あなた、違うのよ。
心の中で、そう呟いたのだった。



家の中にいると、主人の事を思い出す。
二度と使われる事の無い、食器類。
主人が集めていた映画のDVD。
二人で並んで撮った、旅の写真。
なぜ、もっとやさしくしてやれなかったのか。
悔やんでみても、もう遅かった。
最後の朝、主人にキスを求められ、それすら拒否した。
私を恨んで、死んでいったのかもしれない。
最期の時、頭すら動かす事の出来なかった主人が、わたしの方へ視線を向け、口を動かした。
何を言いたかったのだろうか。
一人になると、そのことを考えてしまうのだった。



ボロボロになった主人の車の中にあった、沖縄旅行のパンフレットに、そっと触れた。
よし決まりだな。
それが最後の言葉だった。

気が付くと夕方だった。
立ち上がろうと思ったとき、寝室で何か物音がした。
寝室へ行き、私は息を飲んだ。


ベッドの上に、ピアスが落ちていた。

主人からのプレゼント。

どうして、ここに。


ピアスを拾い上げ、胸に当てた。

あなた。
どこかで、わたしを見ているの。
呟いていた。



天井を見上げた。
木目が幾重にも重なっている。
一点に、目が奪われていた。
よく見ると、人の顔のように見える。
怒っているのか、笑っているのかよくわからない表情だった。

見続けているうちに、ちょっと笑っているように見えた。


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2005年06月22日(水)

短編小説 「夢」 第3話

テーマ:短編 2

昨晩の悪夢が頭から離れなかった。
私は妻に話しかけることで、それを頭から追い払おうとしていた。

「事故に遭う前に話していた、旅行の件だが」
「もうすこし、落ち着いてからにしましょう」

妻が微笑みながら、言った。
右手にはワイングラスが握られている。
二人で酒を飲むことも、以前はなかった。
私が帰宅すると、妻はすでに床に就いていることが多かったのだ。
妻を見つめた。
その瞳は、少しだけ碧く、深い静寂をたたえていた。
やましいものが、隠されていないことは見ていてわかった。
ただの夢なのだ。
そう心の中で呟いて、自嘲した。
妻の左手が、耳朶に触れた。
私は、その耳朶で揺れているものを見てはっとした。

「それは」
「あなたに、はじめてもらったプレゼントでしょ。忘れたの」
「いや、、、」

言って、私は口篭った。
忘れるはずはなかった。
小さなシルバーのピアス。
プロポーズのときに、当時の妻に送ったものだ。
ただ、それがここにあるはずはない。
旅先で紛失したはずだった。
なんで、無くしちゃったの。
なにげなく言った一言が、妻をひどく傷つけてしまった。
今思えば、それが崩壊の始まりだったのかもしれない。

あなたに、はじめてもらったプレゼント。

もう一度、妻が微笑みながら言った。




寝室で、妻と一緒に天井を見つめていた。

「あれ、鬼に見えないか」
「鬼なんていないわ、だいたい鬼はどこに住んでいるのよ」
「それは、地獄だろ、多分」
「地獄だって、ありはしないわ。天国だって」
「それなら、人は死んでどこに行くんだよ」
「死んでみなきゃ、わかるわけがないでしょ」
「それは、言えてる」

ベットの中で、妻を強く抱きしめた。
妻を失うかもしれないという、漠然とした恐怖が全身を震わせた。
微かに吐息を漏らし、妻は背中に腕をまわした。




夢を観ていた。

誰かが、病院のベットに横たわっていた。
頭と顔半分を覆うように、包帯が巻かれている。
喉に、太い管が刺さっていて酸素を送ってるようだ。
体のいたるところから、管が出ている。
脈拍や、心電図をモニターする機器から、定期的に電子音が鳴っていた。
家族と親戚なのだろうか、5、6人がベッドを囲むようにして集まっていた。
人を掻き分け、病人の顔を認めた。

あ、あ。

思わず、震えた声が漏れていた。
そこに横たわっていたのは、私だった。
医師がやってきて、こう言った。
血圧も下がり、危険な状態です。
今夜、もつか、微妙なところだと思います。
声をかけてやってください。
言葉を返せなくても、言っていることはわかるかもしれません。
妻を捜した。
ここにはいない。
病室を出て、院内を探し回った。
待合室のようなところに、妻はいた。
下を向いて、嗚咽を漏らしている。
瞼は涙で腫れ、握り締めたハンカチが濡れていた。
私は、妻の名を呼んだ。
何度呼んでも、その声は妻には届かないようだった。

これは夢なのだ。
悪い夢に違いない。
もう一度、妻の名を呼んだ。
妻が顔を上げ、私を見つめてきた。
そう思えただけで、私を通り越して、病室へ向かって歩き始めた。
私も、妻の後に続いた。

あなた。
あなた。

妻が、ベットに横たわる私に呼びかけている。

聞こえているよ。
私は叫んでいた。

病院から退院し、妻と過ごしたあの日々の生活は、いったいなんだったのだ。
死ぬ前に見させられる、走馬灯のようなものなのか。
心の中に描いていた、夢を見せられていただけなのか。


私は、泣いていた。
そして、これから死ぬことを確信した。
妻の顔を見つめた。
視界に、白い靄がかかったようになった。
最後に妻の名前を呼んだ。
声になっていただろうか。
電子音が、長い尾を引いて鳴り響いていた。
結局のところ、妻が言ったように天国も地獄ないようだった。
それが今、はっきりとわかる。
死ぬ前に見させられた、妻との日々の生活が、天国だったと言えなくもない。


いくら待っても、天使も三途の川も、目の前に現れなかった。
白い靄が、視界の一点に収束し、消えた。

暗闇。

何も聞こえない。何も感じない。

無の世界。



その時、私はこの世から消えてなくなった。





第四話 エピローグ へ続く

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2005年06月20日(月)

短編小説「夢」 第二話

テーマ:短編 2
夢でも観ているのか。


事故の後、すべてが変わった。
今朝も妻は、軽く唇を重ね、笑顔で見送ってくれた。
どうにもならないくらいに壊れてしまっていた互いの関係が、結婚当初の良好な関係へと戻ったのである。
事故がきっかけで、事態が好転するとは皮肉なことだった。

仕事も順調だった。
すぺてのプロジェクトが信じられないくらいにスムースに進行している。
驚いたことに、私自身が飛び回ることが少なくなっていた。
事故の前、納期に追われていたいくつかの案件も、部下や同僚の献身的なフォローアップですべてがクリアされていた。
椅子がまだあることが不思議なほど、長期間の入院だった。

それなのに、入院中の記憶が、ほとんどなかった。


シャワーを浴び、ベットに横たわる。
しばらく、天井の木目を眺めていた。
幾重にも重なる年輪。
何故か、鬼の顔のように見えた。
事故の前、その鬼の顔をしばらく見続けていると、憤怒の形相に見えた。
今は、少し笑っているように見える。
妻が寝室に入ってきた。
私の傍らに、寄り添ってくる。
事故以前は、お互い別々の部屋で寝ていた。
妻は、事故で死にかけた私に同情しているのではないか。
それとも、私に対する愛情が、事故をきっかけに蘇ったとでもいうのか。
妻の腕が、私の体に絡み付いてくる。
何か切ないような、そんな疼きが胸の中にあった。



夢を観ていた。
妻が、居間のソファーで泣いている。
どうした。
そう声をかけても、妻は泣き続けるばかりで返事をしない。
私は妻に寄り添うようにして、肩に手をかけた。
なぜ、泣いている。
もう一度言った。
その時、居間の扉が開いた。
そこには、見知らぬ男が立っていた。
私は、思わず後退りしていた。
見てはならないものをみた。
何故かそう思った。
壁に背をつけて、二人の様子を眺めていた。
男が、床に膝を着き、妻の顔を覗き込むようにして何かを話している。
男の問いに対しても、妻は返事をしないようだった。

どのくらいの時間がたったのだろうか。
10分。いや、ほんの1,2分だったのかもしれない。
不意に、妻は床に伏せていた顔を男の方へ向けていた。
私は耳を欹てて、二人の会話を聞こうとした。


「主人は、もうすぐ、死ぬわ」


夢から覚めた。

天井に張り付いた鬼の形相は、やはり、微かに笑っていた。
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