2020年3月、新型コロナウィルスという未知なる最強ウィルスが日本だけではなく世界中で猛威を振るい始めたころ、3月に予定されていた源さんのイベント「assembly」も他のイベント同様中止となった。
悔しくて悲しくてどこにもぶつけようのない怒りを何ヶ月も抱えていた。
毎日テレビから流れる感染者数、死亡した人数等辛いニュースが流れ、気持ちは落ち込むばかりだった。
それはそうだろう、何をすればよいか正解のわからない未知なるウィルスとの戦いなのだ。どんなに頭の良い学者でもわからないのだから本当に怖い。
同じ頃私は人生最大級のストレスを会社で抱え全身蕁麻疹になり大学病院を紹介されるほどだった。そこで病気も見つかったので「コロナに感染=死」を覚悟した。
そして蕁麻疹もまだ治らない頃入院していた母が他界。
母は認知症を患う前から、父と離婚していた事もあり自分の終活を完璧にしていた。自分が死んだあと、その身体を大学病院に献体してほしいと希望していたのだ。
※献体とは今後の医学の研究、発展の為に死後、身体を大学病院に預けること
母の身体は息を引き取った病院から直接迎えに来た大学病院の車であっという間に連れていかれた。そしてコロナと言う事もあり母の身体は研究に使われる事なく大学病院の手配で半年後荼毘に付され遺骨となって戻ってくるのだ。
お葬式も無くあまりにも事務的に事が進むものだからきょうだいも悲しむ間もないほどだったが、少ない母の遺品を整理していた時、きょうだい3人の幼いころの白黒写真と、私のピアノの発表会の写真が出てきた。こんな昔の写真をずっと持っていたなんてまったく思いもしなかった。涙が止まらなかった。
話は逸れたが生きる望みをなくしていた頃源さんが「うちで踊ろう」を発表した。
とにかく私はこの曲で生きる勇気をもらった。
>うちで踊ろう 悲しみの向こう すべての歌で 手をつなごう
>生きてまた会おう 僕らそれぞれの場所で重なり合えそうだ
そうだ、私はまだ生きている、生きてまた源さんに会わなければならない。そう思ったら不思議と生きる勇気が湧いてきたのだ。
年が明けてもまだ世界はコロナ一色だった。私の生活も閉塞されたものが続いていたし、夜になるのが怖かった。そんなころ私はライブ配信アプリである人物と出会った。
香港在住の映画音楽家・ミュージシャンの波多野裕介という人だ。
彼もまたコロナで仕事が激減しライブ配信にスカウトされやってきたのだった。
源さんのように日本でプロデビューをしているわけでもなく、日本に住んだのが子供のころの5年間だけ。その彼の目標は日本と香港で音楽の架け橋になりたい、つまり日本でも音楽活動をしたいと言う事だった。
彼との出会いは何か見えないものに突き動かされるようだった。私が今までの人生で培ってきたことや得意分野を発揮できているのだ。そのことが私の活力となりずっと波多野氏が日本で活躍できるよう支えたいと思うようになった。
そんな頃源さんが結婚を発表、波多野氏の荒療治のおかげもあり祝福する気持ちになれた。
3年前に中止された「assembly」が名前を変え2023年1月に「Reassembly」が開催されることが発表された。そして1/28源さんの誕生日の日のイベントに見事当選し当日を迎えた。
2019年12月、同じ場所でマーク・ロンソンさんと一緒に行ったスタンディングライブ以来に訪れた。まさかあの時、次の源さんのライブは2023年になるだなんて夢にも思わなかった。
2023.1.28
ライブの日3年前に購入したグッズに身を包み自宅を出る。駅までの道のり、眩しいほどの日差し、くっきりとした影、これから起こるであろうワクワクした時間を思い、心が躍る。
コロナ前のあのライブに行くワクワク感を思い出した。
新横浜駅が源さんのファンで埋め尽くされる光景、ずっと会いたかった源友との生きて会えた喜びを分かち合いハグをする。周辺施設のトイレの行列、横アリまでの行列、グッズに身を包んだ大勢の人々。グッズ購入の大行列、会場に入る人々、会場前で気の合う仲間たちと思い思いに撮影をする人々、風になびくReassemblyののぼり、ニセ明ののぼり、拡声器から聞こえてくるスタッフの声、各界から届いた花輪、それを撮影する人々、この空気感すべてが懐かしく戻りたい場所だった。
今回は源さんの誕生日の1/28の申込しかしなかった。それなのに当選、座席もセンター(横アリは通常アリーナと呼ぶ席よりもセンター席の方が前方)西2ブロックの5列目だった。実際座席についてわかったのだが、1~3列目までは椅子がなく実質2列目だった。なんていうことなんだぁぁ!!!!
大きな会場を埋め尽くす人々が同じ気持ちで源さんを待っていた。客電が落ちVTRが流れる、もうこの時点でこみ上げるものを感じていた。
北ブロックの方から源さんが手を振りながらゆっくりと歩きステージの真ん中で立ち止まると深く、長くお辞儀をした。あぁもうだめだ・・・涙が止まらない・・・。
「化物」のイントロが流れてもまだ涙は止まらなかった。「源さん、私生きて会いに来れました」心の中で源さんに話しかけた。
綺麗な照明、最上級のメンバーによる最上級の演奏、源さんの声。目の前に置かれた背の高いスピーカーで源さんの目から上しか見えなかったがとても満足していた。
「不思議」を歌い終えた源さんが口を開いた。
「今日この日から観客の声出しが可能になりました!」その言葉を聞いてすぐ会場中に声援が飛んだ。その声援を浴びた源さんは「あ、泣きそう!」と言いながらそっと涙を拭った。その姿を見たら私も当然涙が止まらなかった。たまたま誕生日に観客の声出しがOKになるなんてこんなサプライズある?というくらいのビックサプライズだった。
源さんもあの日から我慢して辛かったこともあったからこそこみ上げてくるものがあったのだと思う。つらかったね、源さん。
「うちで踊ろう~大晦日」のイントロが流れこの3年間の出来事が走馬灯の様に蘇ってきた。冒頭に書いた一連の流れである。
鬱屈としたコロナ生活、母の死、病気、源さんの結婚、ずっと支えたいと思った人との出会い、喜怒哀楽様々な感情が交じり合って涙腺に蓋などできなくなっていた。
久しぶりにつけたマスカラがどうなろうとそんなことは関係ない。これはもうパンダ確定だ。パンダで何が悪い、パンダ上等パンダは私の勲章さ。
またこの場所に帰って来れて本当に良かった。そう思った。
感情の赴くままに歌い踊る、こんな幸せな時間がまた戻ってくるなんて(号泣)
「源さぁぁ~~んん!」と叫べる喜びをかみしめながら源さんの名を呼び、各界からのおめでとうVTRを見て声を出して笑い、ニセ明が出てきたら「気持ち悪い!」と叫んだ。
声を出して応援できるって、本当に楽しかったんだね。
この日のライブは私の中でも忘れられないライブとなった。
私は星野源の思考が好きだ。自分では発想できない着眼点にいつも驚かされるのだが、その思いがスッと自分の中に入ってくるのがいつもすごいと思うところ。
源さんに教えてもらった事は今も自分の中に根付いている。
私はこれからも源さんの背中を追いかけ、そして教えてもらったことを別の場所で還元したい。
コロナがあったことで会えなくなった人たちがたくさんいた、でもコロナの時代にならなければ出会えなかった人たちもいた。起こってしまったことは元に戻せない。だからこそ事実を受け止め前を見て歩いてゆかなければならないのだ。
3年ぶりの源さんのライブはそんなことを考えさせられた。
心のデトックス、できたんじゃないかしら。
当たり前の日常が当たり前に来ることは決してあたりまえなんかじゃなくて、それだけで奇跡なんだよ。
Gen Hoshino presents "Reassembly"セットリスト
01.化物
02.桜の森
03.ミスユー
04.Present
05.不思議
06.うちで踊ろう (大晦日)
07.Continues
08.SUN
09.ある車掌
10.日常
11.喜劇
12.Hello Song
[ニセ明ワンマンショー]
13.君は薔薇より美しい
14.夏のクラクション
15.REAL
16.異世界混合大舞踏会 (feat. おばけ)
2023/1/28@YOKOHAMA ARINA
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