初めてヨーロッパ旅行に出かける方には、「北から南に周るとよいでしょう」とアドバイスします。

ヨーロッパ巡りの始点が、イタリアならば、その後の仏国のパリやら英国のロンドンの魅力が半減するような気がします。

例えば、初めにディズニーランドを入園したあと、翌日に地方の遊園地を行くと、その魅力が半減するようなものです。

丸ごと博物館のようなヨーロッパの旅巡りの終点は、イタリアが似合います。

イタリアは、それぐらい魅力的な国です。

昨日、福井県立美術館で開催されている「ミケランジェロ展 天才の軌跡」に見学に行って参りました。



今回のミケランジェロ展は、福井県立美術館の学芸員の方が企画立案したということで、開催場所は、東京と福井だけの二会場ということになったとのこと。

2013年6月28日~8月25日 福井県立美術館
2013年9月6日~11月17日 国立西洋美術館

今年は、イタリア・ルネッサンスを代表する三人の巨匠の展示会が、奇跡的に日本で開催されました。

ラファエロ展とダ・ヴィンチ展は、東京のみでの開催・・今回のミケランジェロ展は、例外的に福井開催ということでした。

おそらく、このような展示会は、二度と無いとのことでした。

そのせいか、県外からの美術ファンの来場者も大変多かったです。

開催から50日未満で既に6万人を超えたようです。



さすがに、ミケランジェロの彫刻や天井画や建築物を、日本まで持ち運ぶのは不可能です。

実際の展示品は、素描の習作や現物の手紙が多く、システィーナ礼拝堂の天井・壁画の傑作「最後の審判」がプリントされた薄い布地のレプリカやカラー写真で説明されたものがあり、ミケランジェロが何を意図して描いていたのかと分かりやすく説明していたのは、ヨカッタ!!

勿論、展示会場内は、写真撮影禁止です。



今回のミケランジェロ展の目玉作品は三点・・世界一美しいと言われる「レダの頭部」素描習作。

ミケランジェロが15歳の時の作品、大理石のレリーフ「階段の聖母」・・日本初公開の門外不出作品。

ミケランジェロの最後の作品と言われる・・木彫りの「キリストの磔刑」。

ミケランジェロの最初と最後の頃の作品が、展示会の出口に置かれてあるのが、とても印象深いものがありました。



今回のミケランジェロ展・・なかなかよかったです。

それよりも、福井県立美術館の学芸員の企画力に感心しました。

地方でも、こういうことが出来るんだという「実行力」と「運営力」です。

・・見倣いたいものです。



神のごときの芸術作品を生み出したミケランジェロ。

・・陰気、情熱的、偏屈、孤独だったミケランジェロの言葉です。

「わたしは金持ちになったが、けれど始終貧乏人の暮らしだった」

ウィルブルドン・テニス大会、準々決勝男子・・ジョコビッチ(セルビア)とベルディッチ(チェコ)。

今、・・息詰まるような試合展開をしています。

深夜に目が覚めてしまいました。

お互いが、UNIQLO(ユニクロ)とH&M(ヘネス・アンド・モーリッツ)のテニスウエアを着用して闘っているのも見ものです。

世界No.1シードのジョコビッチの袖に、カタカナで「ユニクロ」の文字も映っています。

ブラックではなく、オレンジ色に白抜きです。
昨日、一昨日の講義は、ゼミナールのような形でしたが、とてもよかったです。

福が来た♪
・・この大学に編入して、いちばんよかったかなぁ。

あまり言いたくはないのですが、「この先生、大学レベルで教える立場?」と思える方も時々います。

余程、大学の先生よりも、幼稚園や保育所で働く先生方の給与を多くした方がいいのでは?

「だって、大人を教育するというのは、幼児を教育するよりも重要なのかな?」

・・と言ってたのは、昨日、大学で教えていただいた先生でした。(笑)

昨日は、「ジェンダーの問題」が、テーマでした。

エミールから・・。

フランスの人権宣言。

ソビエトの登場。

ドイツのワイマール憲法。

そして、日本国憲法。

家族というものは「労働共同体」から「職住分離」によって、大きく変化していきました。

身分制度があった時代、職業の選択の権利、自由というのは皆無でした。

身分制度が撤廃されたあと、男女の差別、区別は、どのように明示されているのか?

個人の尊厳? 

両性の平等?

そして、いつの頃から人権の保障、社会制度としての福祉という概念が展開されたのか?

その生存権とは、何か?

もう、35年ほど昔、ぼくが受けていた・・ある教授の講義を忘れることができません。

その教授は右翼的な思想傾向があり、試験問題も「終戦時に詠んだ昭和天皇の和歌に関する」ものでした。

単位修得をするためには、天皇制批判よりも、天皇擁護の立場でレポートを提出していました。

・・まさしく、右に倣えという心構えです。

その教授の最後の講義です。

憲法改正について、延々と自説を述べていました。

アメリカから押しつけられた憲法だとか、自衛隊の存在理由だとか・・?

日本という国家、日本民族としての意識を自覚せよ・・という強烈なメッセージでした。

その教授が、最後に言い放った言葉です。

「みんな、でも、いいものはいい。この日本国憲法は、ほんとうにいい。それだけだ」と。

その言葉で、僕の胸の中にモヤモヤしたものが消えたような気がしました。

日本国憲法・・この不思議な奇跡のような憲法。

昨日、講座が終わって、世界文化遺産に登録された富士山へ弾丸登山に向かった滋賀県の方へ。

ご来光が見えず残念でした。

日本国憲法も同じく「光」が見えません。

せめて、世界記憶遺産に。

そして、琵琶湖を世界自然遺産に。

今日から文月。

七月一日は、「びわこの日」だそうです。
今日の午後0時、福井市街地で一斉にサイレンが鳴り響きました。

・・黙祷。

今から65年前(昭和23年)の今日・・福井地方は、大きな地震に襲われました。

犠牲者3800人余り、倒壊家屋3万5千戸を超えた大災害でした。

その3年前、昭和20年、福井は、米軍の空襲により市街地の95%が焦土と化しました。

やっと、復興しかけた矢先、今度は、大地震に遭ったのです。

福井人の足跡を調べると・・粘り強く、凄いです。

ほとんどの日本人が知らない・・日本の土台となる縁の下の力持ちのような印象があります。

それは兎も角、別の機会に譲るとして・・

~今日の地元福井新聞「若水越山」のコラムから~

▼二十九日早暁(そうぎょう)、通信・交通の途絶した震災地一番乗りを行った記者が、数分ごとに襲ってくる余震におびやかされつつ、子をさがし親を求める阿鼻(あび)叫喚の巷(ちまた)に三十日朝を迎えた…。
▼1948(昭和23)年6月、大阪の夕刊紙に掲載された福井地震の記事である。クレジットは【三十日朝福井にて 佐野・福田特派員発】と書かれている。
▼2人の記者のうち、福田という人こそ後に作家となった司馬遼太郎である。産経新聞京都支局の記者だった司馬は、地震が起きた28日夜のうちに急ぎ福井へと向かった。
▼「新聞記者 司馬遼太郎」(産経新聞社、文春文庫)によれば、司馬は映画館崩壊などの様子を伝え、戦後の復興建築の大半が手抜き工事であることをいち早く指摘したという。
▼20代半ばの司馬が惨状を目にした福井地震からきょうで65年になる。マグニチュード7・1の直下型地震で、死者行方不明者3800人余り、倒壊家屋3万5千戸を超えた。
▼地震国日本で長く戦後最大と位置づけられたが、最近では1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災と福井をしのぐ大地震が続発している。
▼さらには最大34万人以上の犠牲者が予想される南海トラフ巨大地震も想定されている。われわれは福井震災から阪神、東日本大震災と悲惨な歴史を記憶にとどめている。日々の備えをいま一度確認したい日である。

合掌。
ちょっと気になったコラムな言葉。

~今日の日本経済新聞「春秋コラム」から~
好きな食べ物は何? 都会の子供たちにそう聞くと、ハンバーグやカレーライスなど料理の名前が返ってくる。ところが身近に生鮮品が採れる地方は違う。北海道の小学校で尋ねるとトウモロコシ、ジャガイモ、アスパラガスと、料理ではなく野菜の名が次々とあがる。
▼調理して味つけする前の、おいしい野菜の味を知っているからだろう。先入観がない子供の舌は正直である。畑でもぎ取ったナスやカボチャをそのまま食べる機会は、都会人にはめったにない。夏の太陽を浴びて自然に育った作物はいまが収穫の本番。料理せず生で食べたくなるような甘い夏野菜は、どこで出会えるのか。
▼香川県に「ムムム農場」という一風変わった農園がある。有機栽培のさらに上をゆき、化学肥料、農薬、畜産廃棄物を使わない。3つの無だからこんな名がついた。化学物質が染み込んでいない耕作放棄地を借り、刈り取った雑草から堆肥をつくる。手間がかかるので値段は2倍近いが、その豊かな野菜の味に誰もが驚く。
▼経営者は土建会社の社長と日銀の元高松支店長の異色コンビである。農家ではない新規参入だから、放棄地や雑草を宝の山に変える大胆な農法が生まれたのだろう。都市部を中心にどんどん売れるというから、安心で高品質な農産物に需要があるのは間違いない。貿易自由化の嵐の中で、たくましく実る日本の農業もある。


地方に暮らす人ならば、ちょっと思うこと、ちょっと感じることが理解できるかもしれません。

ナマズのような感覚なのかもしれませんが、「東京方面に、気持ちと足が向かない」のです。

何だか知らないけど、大地震と出くわすような気分。

何だか知らないけど、地下に潜るとモグラになったような気分。

富士山よ、爆発しないでおくれ・・と祈るような気分。

東京(関東)方面の都会に暮らす身内・友人の皆々衆へ。

いざという時、土が無い、水が無い、電気も無くなるぞ。

田舎が、いいぞ。

地方回帰だよ。
若い頃、恋に夢中になる思春期の頃、こんなことを想った人が多いのではないのかと思います。

「もし、自分の目が見えなかったならば、美人と醜人、善人と悪人を、どういうふうに見分けするのだろうか?」と。

昨日、とても仲良くしていただいているリハビリ・ルームで働く全盲の方に、そのものズバリ「心の中で、美しい人と醜くい人、善い人と悪い人を、どういうふうに判断して、今まで生きてきたのか?」と訊いてみました。

聞きたいですか・・?

基本的なことは「挨拶の有無」です。

次に、声の張りで、相手の気持ちを捉えるようです。

どうも、心弾む声、心弾ませる気持ちが、大事なのは間違いないようです。

「目を閉じて、耳を澄ませば・・」・・次にくる言葉は、何だったかな?

何か・・聞こえてきましたか?
「長生きしてよかった」という社会を築くために、

「強い国」より「賢い国」へ 。(なだいなださん提唱)

なだいなださんのご冥福を心よりお祈りします。

合掌。


もし、自分が怠け者だと思うならば、たくさんの友達を作りましょう。

そうでなければ、怠けてはいけません。

人間である限り、多少の好き嫌いはあります。

でも、その好き嫌いを社会的な位置や価値に結びつけはツマラナイです。

たった一度会っただけなのに、二度と忘れられない人は大勢います。

荒々しい言葉より、

優しい言葉を投げかけましょう。

怒った目つきよりも、

優しい目つきで見つめましょう。

荒々しい言葉で人を責めたり、

怒った目つきで睨んだりしても、

お互いの成長は望めません。


仕事も、何事も、


修行で、


自分が始めたと思えば、


いつか、役に立つと思えば、


悩みも、苦しみも、


きっと消えてゆくものです。