パキッて音が最初だった。正直、「えっ」って思ったけど、それを顔に出すわけにはいかなかった。私はこういう世界に足を踏み出したのだと、気を引き締めることくらいしか出来ない。
これはスタート地点に立つ前の話。緊張感と不安は、否が応にも高まっていく。
ある程度は覚悟していた。いや、私の覚悟など知ったことではなく、相手方から要求されていた。誰に言われたわけでもないけれど、料金表が明確に物語っていたのだ。
教習には、毎時間合否がある。各教習時間に要求されるカリキュラムをクリアしていないと教官に見なされれば、その都度、再教習が待っている。「これが出来ない限り、次のことは出来ません」という判断だ。プロが言うのだから仕方ない。
再教習の判断がされた時には、追加で再教習費用もかかる。入校時にはストレートで卒業した場合の料金しか支払っていないのだから仕方ない。
それゆえに、救済システムを用意している教習所は多い。
私が通った教習所の救済システムは以下。何度、再教習になったとしても、先払いしてもらった一定額以上には請求しませんよ、もちろん再教習がなかった場合にも返金はしませんけどね・・・という、救済プランでありながら同時にギャンブルプランでもある仕組みだった。
その価格設定から見えてくるものがある。ちなみに1回の教習(再教習)料金は3,000円です。
無制限定額コース------
29才まで 10,000円(税込11,000円)
30~39才 30,000円(税込33,000円)
40~49才 40,000円(税込44,000円)
50~59才 70,000円(税込77,000円)
ここから私が学んだことは2つ。
1つは、私は免許を取得するまでに10回は再教習を受ける可能性があるということ。そもそも明らかに損をするプランなら教習所とて用意しない。40代の私の社会経験はある程度長いから、この価格設定が意味することくらいは読み解ける。20代であれば、多くて3回~4回の再教習が、40代になることで13~14回に設定される。それが信頼と実績を大切にする教習所の知見を生かした上での真っ当な判断だということ。40代として、ちょっと切ないけど仕方ない。43才の私に求められる覚悟の程度がわかるというものだろう。
そしてもう1つ。私が学んだことは、50代になったら一挙に10回も再教習の想定が増えて、23~24回を想定しない限り、ビジネス判断において救済措置を講じることができないという事実。つまり、私が40代をもって勇気を振り絞り教習所の門を叩いたのは、はっきり正解だったということ。
全工程で実技17回の普通自動二輪免許カリキュラム。そこへ来て、10回だの20回だのの再教習を想定された料金体系。
現時点において、私が最善の判断をしていることに間違いはなかった。料金体系を見る程に、50代になってから思いつかなくて良かったと安堵した。同時に、20代に混じって教習を受けることを想像して40代はぞっとした。こちとら再教習費用想定40,000円クラスの人間なのである。10,000円程度の皆々さまとは格が違うのだ。
というわけで、それなら何回再教習になるかを数えてやろうじゃないか! 打倒40,000円。それよりも下回るコストで卒業できたのなら、自分を褒めてあげてもいいはずだと、心に決めた。
私は、救済プログラムに申し込むことなく、入校を決めた。
そして、冒頭に戻る。
1時間目の教習。
「では、注意深くバイクにまたがってください」
教官から指示されて、教習生総勢4名はバイクにまたがる。
その音が私以外に聞こえたのかは分からないけれども、私が必死に足を振り上げ、バイクの後ろから足を回して座面に座ろうとしたとき、少なくとも私にははっきりと聞こえた。
「パキッ」
しばらく開いたことのない角度で開脚して私の足が持ち上げられた時、私の股関節は盛大に鳴いた。もちろん、私は余裕の表情を装っていた。
これが始まり。ここから最短で17時間の普通自動二輪免許取得への教習、つまり訓練、いわば特訓は始まったのです。