太平洋戦争末期、片道だけの燃料で、お国のため、逃げ場のない戦場へと飛び立った神風特攻隊の仲間たちを見送る心情を詠った良寛の句
 
散る桜 残る桜も散る桜
 
そんな状況になる3年半前のこと、太平洋戦争の勃発で本国カナダへの帰国を余儀なくされた宣教師、ミス・ショーから村岡花子へと渡された1冊の小説
 
「いつかまたきっと、平和が訪れます。そのときに、この本をあなたの手で、日本の子どもたちに紹介してください」と・・・
 
その“思い”を受け、その小説の翻訳作業は、戦時中に人の目を避け、忍び、隠し通して、いつかくる平和な日々を思い描きながら続けられた。
 
英語は敵性語であり、憲兵や特高に見つかったら拘置所送りになる。まさに命がけの作業であった。
 
村岡花子の母校である東洋英和女学校のカナダ人宣教師は、何の罪もないのに収容所へと送られていた。昭和17年には治安維持法で、日本基督教団の幹部が一斉検挙されていた。
 
それでも、花子にとって、その小説の翻訳作業は、そんな命がけの作業であることを忘れさせるものだった。
 
『アン・オブ・グリン・ゲイブルズ』
 
平和が訪れるのを待つのではなく、今、これが私のすべきことなのだ。
 
昭和18年の秋、花子はジフテリアに感染していた。アゴからノドにかけて倍の太さに腫れ上がり、激しい咽喉の痛みと呼吸困難に襲われていた。
 
それでも、病床から起き上がり、翻訳作業を続けた。
 
頭の中には、物語の舞台であるプリンス・エドワード島の、花の咲き乱れる美しい光景が広がっていた。
 
その物語の、その美しい光景と、アン・シャーリーの生き方と豊かな想像力が村岡花子自身を癒していった。
 
親の代からのクリスチャンである自分たち夫婦も、今は教会に通えない。たとえ、翻訳が完成しても、果たして、この小説を出版する日は来るのだろうか。
 
暗澹たる思いを振り払って、
 
いつの日か、必ず出版して、多くの人のもとにこの物語を届けたい。モンゴメリという作家が書いた
 
  
『明日への希望がわく物語を・・・・』
 
 
東京上空にもB29爆撃機が飛来して、焼夷弾による無差別爆弾で、下町全体が焼き尽くされ、疎開せずに自分たちで消火活動に努めた住民たちを折からの強風に煽られた焔が呑み込み、街路は黒焦げの屍の山が累々と続く荒原と化した。
 
花子は、家族に念を押していた。
 
「お母様にとって、この本は、家族の命の次に大事なものです。私の留守中に空襲があったら、この本と書きかけの原稿を防空壕に運んで欲しい」
 
こうして、村岡花子とその家族によって守られた『アン・オブ・グリン・ゲイブルズ』は、戦時中にその翻訳を完成させて、終戦後、7年の歳月を経た後、
 
1952年(昭和27年)に『赤毛のアン』という題名で出版された。
宣教師ミス・ショーに原書を託されてから13年もの歳月を重ねていた。
 
昭和25年にGHQが紙の配給制を撤廃して、出版界は自由競争となっていたが資金と紙の調達が困難だったため、出版社の状況は配給制のときよりも厳しくなっていた。
 
カナダのルーシー・モード・モンゴメリなんて、聞いたこともない作家は見向きもされなかったのだ。
 
昭和27年4月末、日米講和条約が締結され、GHQが撤退して日本は再び、独立国となった。けれども、朝鮮戦争が起こり、国内でも警察予備隊(のちの自衛隊)が組織され「戦争反対」を掲げるデモ隊と警察が激しく衝突していた。
 
そうした社会背景の中、5月10日、日本で初めての『赤毛のアン』が三笠書房より出版された。
 
ミス・ショーは、花子に原書を手渡した翌年、祖国カナダで帰らぬ人となり、花子との再会は果たせなかった。
 
原作者のモンゴメリも、戦時中に亡くなられている。
 
幾多の試練を経て出版された『赤毛のアン』は、自由と夢と平和を求めていた日本の読者に希望の象徴のような存在として支持され、瞬く間に大ベストセラー小説となった。
 
原書の出版から100年を超える今では、複数の出版社から、それぞれの翻訳者により出版されている。
 
この『赤毛のアン』の演劇用の上演台本が目の前にある。
 
この舞台用の上演台本は、何度も何度も、英訳して本国カナダに送り、何度も何度も交渉を重ねて、3年がかりで承認を得た上演台本なのです。
 
今年、劇団創立47年目を迎える児童・青少年向け演劇専門の劇団エンゼルの珠玉の作品。
 
『赤毛のアン』の舞台上演権は、本国カナダにて、その著作権を管理しているところより、ひとつの国に一団体にしか許可されないことになっている。
 
ミュージカル権は、劇団四季が取得しているが、
 
ミュージカルではない舞台上演としてのこの演劇台本の方が作品的に優れているという自信がある。是非、観比べていただきたい。
 
今年、7月27日14時開演の『赤毛のアン』を観に来て欲しい。場所は、JR新宿駅南口から徒歩5分の全労済ホール/スペース・ゼロ、前売2500円、当日3000円です。全席指定。
 
東日本大震災のために転校してきている子どもたちは、無料招待しています。