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2017-07-26 22:46:01

日光白根山登山

テーマ:レジャー

 

富士吉田、金沢に続いて自転車部の思い出第三弾。

昨日小田原に一泊し、今日はアウトレットに行こうと箱根湯本経由で御殿場まで山越えをして、またもや昔を思い出してしまった。

大学一年の夏、大阪の某大学との交流戦で箱根の旧東海道のヒルクライミングをしたのだが、これがまた急こう配が続く難所コースで。箱根新道にほぼ平行にして走っている道路だが、古い街道で今や車の通行はほぼなし。だからこそ自転車レースにも選ばれたのであろうが。最初のレースは歩かないのがせいいっぱいで、かなり悪いタイムだったと思う。

さすがに今日は箱根駅伝に使われる、国道一号線を走ったが、それでも箱根湯本のあたりで胸がきゅーっときた。

あのときの感触は案外覚えているものである。

 

***********************

 

日曜日、念願の(本当の)山登りに行ってきた。日光の白根山である。

山登りが好きだというひとと知り合い、急遽連れていってもらうことにしたのだが、夏で暑いから標高2000mは超えるところに行きたいと。

わたしも、蓼科山に行くはずが断念して心残りだったので、やはり森林限界を超えるところにのぼりたいと、提案された白根山に行くことを了承したのである。

 

しかし日曜日はあいにくの天気だったため、不本意ながらもスキー場のゴンドラで標高2000mまであがり、そこから600m弱アップの登山をすることにしたのだった。

でも、下界は雨が降っているのに、山ではそうでもなく、特に森林があるうちは雨もほとんど入ってこなかったので登山そのものは楽しめた。ガスっていたが、それがかえって墨絵のような独特の風情もあり。しかも天気が悪いので、週末にしては人も少なく。

ただ、森林限界を超えて視界が広がってわぁーーとテンションが上がったとたんに、強風をあびながらの登山になり、初めて山が怖いと思った。足がとられそうになるし、音がすごいし。でもこれが本当の自然なんだなーと思った。

頂上についてすぐに下山し、風が弱まったところで、コンロを出しお湯をわかしてお味噌汁とドライフードのごはんを食べたときに心からほっとした。あたたかいものを口にするのって安心感を与えるんだな、と思った。

 

それにしても、水や食料品はすべて用意してもらったのだが、最近はいろいろあるんだな、と感心した。継続的に歩きながら水が飲めるチューブのついた飲プラスチックバックに、すぐに口にできる高カロリージェルに、水やお湯を注ぐだけで食べられるドライおこわなど。次の日、山やさんに行ったのだが、いろんなグッズがあってびっくりした。昔は鍋でラーメンを作り、食べ終わったあとはティッシュでふきとったものだが、今やドライフードの入ったプラスチックバックにお湯を注げばいいので鍋を汚す必要もない。しかも、おこわだったら、かさばらない上、ラーメンよりも腹持ちがいい。

 

食べてからは元気が出て下山はラクラクだった。食べるとき膝が痛かったのに、いつのまにかその痛みも消えていた。

山登り慣れしているひととの登山は心強かったし、帰りに温泉にも寄って、楽しい一日だった。

翌日は、家族で高尾山のビヤガーデンにいったけど、やっぱりラクラクにのぼるよりも、大変でも自然を感じる山のほうが楽しいと思った。

 

森林限界のあたり。そこから砂利道になり、踏み場が動くのでのぼりづらかった。むしろ蓼科山のように岩登りのほうが一気にのぼれるだけラクかも、と思うほど。

 

山頂近く。ガスでほとんど景色がみられず。風だけでなく、視界がさえぎられるのも恐怖心を促すことになったのかも。

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2017-07-24 11:05:04

金沢訪問と思い出

テーマ:レジャー

 

先週の水曜日、京都から日帰りで金沢に行ってきた。

京都から特急で2時間。結構近い。

金沢は、18年前一度目の結婚をしたころに、元夫が所属していた研究室の旅行に便乗して行った以来である。あのときも8月で暑く、しかも妊娠6か月だったのでハードな旅行だったことを覚えている。

今回も暑く、それなのに前回と同じく兼六園に行ったという。。最後は汗だくになって思わず売店でビールを買ってしまった。

 

金沢行きを思いついたのは、帰国直前に大工仕事を手伝ったときに、デンマーク人姉妹の妹の話を聞いて、彼女がる自由教会をたずねにいってみるのもヒュゲリかな、と思ったからである。

それで最初はまずバスに乗って教会へ。

とはいうものの、実際には普通の集会所みたいなところで、日曜日は礼拝があるけど、平日にはカフェがあったり英会話教室があるという、いわゆる教会っぽいところではなかった。

ランチをいただいたのだが、とてもヒュゲリなところだった。

金沢大が近くにあるので、学生もよく来るというけれど、こんなふうに誰もが入りやすくオープンにしているのもいいなぁ、と思った。わたしが行く教会は、きれいだけど、その敷居の高さのせいか、若いひとはなかなか来ない。礼拝やアレンジも高齢者がほとんどである。

小さいときは日本にいたとはいえ、教育はデンマークで受け、そしてまた宣教師として日本にやってきて、日本人と結婚し、3人の子供をもうけ、日本語を駆使しながら地域のひととの交流につとめている彼女はすごいなーと思った。

わたしが行ったときも、まだ1歳になりたての男の子をあやしながら、お客さんに対応していたのだった。上のお子さんたちもまだ54歳と小さい。

   

 

ランチを食べたあと、せっかくだからと気になった金沢城に行った。

というのも、来たことがあるはずなのに景色に見覚えがなかったから。

石川門から入り、その真新しくみえるその景色にますます違和感を覚え、五十間長屋に入ったときに一気に記憶がよみがえったのである。

そうだ、24年前の大学3年生の8月、わたしは確かにここに来たのだ。

 

24年前の夏は冷夏で、自転車部の合宿である信州ツアーも悪天候のせいで故障者が続出するというさんざんなものであった。ひとりは重傷で入院してしまったほど。

富山での打ち上げもいつになく盛り下がるものとなり、いつもなら多くの部員がプライベートランを続けるのに、この年は少なく、それでもわたしは最後の現役部員として北陸を旅してみたいと思っており、残ったのだった。

そこで有志の7人で車を借りて、七尾にある部員の実家に行こうということになり、23日の小旅行をすることになった。突然大所帯がおしつめたのに、あたたかいもてなしを受け、能登半島も軽くまわったりして、苦い合宿をうめるかのようないい思い出となったのである。

そして6人で金沢に戻り解散となったのだが、どういういきさつだったか、どこかで知り合った金沢大の自転車部の部室に泊まらせてもらうということになり、まさに、石川門をくぐって、金沢城敷地にあった金沢大のキャンパス内で一晩を過ごしたのである。

その思い出の金沢大キャンパスはもうない。なんでも、16年前だかに金沢大が移転したあと新たに建物を復元して金沢城跡として整備したそうである。

 

そのあと兼六園をみて、せっかくだからその富山駅もみてみたいと、急遽北陸新幹線で富山へ。

新幹線ができたせいか、ここもまた趣がかわっているような気がした。

というか、金沢駅の激変こそ驚かされたのだが。

確か前は、香林坊あたりがやたら栄えていて、駅周辺はこれといったものがなく、駅自体も小さく、意外と金沢駅はさみしいなと思っていたが、今や駅がモールみたいになっているわ、駅に大きなガラス屋根があるわ、でかい鳥居があるわと駅、駅周辺ともに再開発されている。北陸新幹線開通の影響だと思う。

とはいうものの、やはり東海道新幹線に比べると本数は圧倒的に少なく、昼間は東京駅の便は2便しかなく、しかもひとつは指定席のみ。富山への往復もとんぼ帰りだった。

 

あまりの変化に、おもいかけず昔のことを思い出したりしてせつなくなるのだった。

 

金沢城五十間長屋

 

金沢駅

 

富山駅

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2017-07-21 22:31:13

京都旅行

テーマ:レジャー

 

娘の友達はデンマークに戻り、娘は実家に戻ってきた。

一緒にいた11日間、それはそれは充実した毎日だったそうだ。

ジブリ美術館に行くバスで乗り遅れそうになったが、これといったトラブルもなかったという。

京都でも意外に難しくはなく、伏見神社、嵐山、祇園に行き、さらに大阪に行って道頓堀や海遊館にも行ったとのこと。

伏見稲荷では、娘のひいじいさんが寄進した鳥居があるのだが、それはみつけられなかったとのこと。

 

わたしも娘がいない間、あわただしく過ごした。

最初はお茶のお稽古や友達と会ったりして過ごし、富士吉田に一泊しにいったあと、帰った翌日から2泊京都に行き、昨日帰ってきて、今朝空港まで娘の友達を送るために新宿のホテルに泊まった。

昨日の夜は友達と会ったのだが、そのあと娘にメッセージをしたら、わたしが飛行機の時間を11時を9時半と勘違いしていたことが発覚し、慌てて娘たちのホテルに成田エキスプレスのチケットをピックアップし、新宿駅に行き、時間を変更してチケットを再発行してもらった。その直後にシャッターが下り、ギリギリセーフで新しいチケットを入手できたのだった。

それでも5時に起きて6時半に娘たちをピックアップし、なんとか7時発の成田エキスプレスに乗ることができた。

そして9時ころ空港で友達とバイバイして、わたしたちは空港をあとにしたのだった。

これといったトラブルもなく無事に送り出すことができてほっとした。

 

わたしは、今回京都は今までさんざんみてきた寺院をみるのではなく、茶道がらみのところをメインでまわることにしていたのだった。あと、百人一首で河原院の名前をみて、光源氏のモデルにもなった源融が建てた六条院の跡地をみにいこうと、渉成園にも行ったが、東本願寺の分院と関係がまったくない上、場所さえも実は違うことが近年わかってきたとのこと。庭園は美しかったが。

意図していなかったが、ホテルの近くに漫画ミュージアムがあり、ちょうどわたしの好きな山岸涼子の展示会をやっていたのでついつい入ってしまった。原画はそれはそれは美しかったが(あの絵のうまさは、芸大出身ということも関係しているのか)、案の定漫画に読みふけるというトラップに嵌ってしまった。それにしても、90%以上の入場者は外国人であった。

そして一日金沢にいって、帰国する直前に大工仕事を手伝ったデンマーク人姉妹の妹をたずねることも急きょ予定に入れた。

レイルパスをもっているからと気軽に金沢に行ったのだけど、これがまたすっかり忘れていた昔話を思い出すことにもなったのだった。そして、ついでに初めて北陸新幹線に乗ってみようと、これまた思い出深い富山にも行ってみたのだった。時間がなかったのでほんのトンボ返りではあったが。

富士吉田もそうだけど、こういう回顧の旅もいいなぁ、と思った。また金沢の旅についても別途書いてみたい。

 

お茶がらみでは、楽美術館と裏千家茶道資料館に行ったのだが、いずれもよかった。

楽焼の魅力は、手びねりで成形することと、型もレシピもないのでそれぞれの特徴が出ること、であろう。5代目のひとは、初代楽長次郎に憧れてあまりツヤのでない釉を開発しつづけたそうだ。そういうのも自己責任で追及しなければならないという。。

デンマークでも楽焼のワークショップがあるし、クラフトショップでデンマーク人作家による楽焼の鉢をみたときは驚いたけれど、自由に作っていいのでそれもアリである。(しかし手びねりではなく、ろくろでまわしたっぽい感じはあったが。。)

手びねりだから、手にほわっと包める大きさなのもいい。でも、基本釜にひとつしか焼けないので高価でありなかなか手が出ない。

 

資料館でもちょうど茶道具の展示をやっていたのだが、よりわたしの心をつかんだのは先代の千玄室の著作である。

宮尾登美子の「松風の家」で14代淡淡斎までは知っていたが、15代家元については意外と知らず、経歴にとても興味があった。

なんでも、創立者でクリスチャンの新島襄が茶道を習っていた縁もあって、父親に続いて千玄室も同志社大学に進学したそうだが、そこで学んだのと、奥様が渡辺シスターの後輩ということもあって、洗礼を受けないながらも相当キリスト教に傾倒していたそうである。

わたしが買った本で千玄室著の「日本の心、伝えす」の中にこの一文がある。

「利休は、躙口を通して、茶室に入る武将たちに身分も肩書きもないただの人になるよう求めたのです。また躙口を進む時、人は自分の足元をみつめることになります。この瞬間、自らを省みる心が生じます。そうした心の転機も、武将たちに与えたかったのではないでしょうか。(中略)それを利休はどのようにして思いついたのか。一説によると、バテレンたちとの交流により「聖書」に収められている「マタイによる福音書」の次の一節がヒントになっているといわれます。

狭い門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていく者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そしてそれを見出す者が少ない。」

真偽のほどは明らかではないそうだが、茶道とキリスト教の意外な結びつきにいたく感動してしまったのだった。

わたしが茶道に真剣に取り組むようになった去年、またキリスト教にも傾倒し洗礼を受ける決意にも至った。一見別々のことであっても、実はふたつとも共通した哲学に基づいていて、両立するのになんら矛盾もないどころか、互いに関係していたことだったのかと気づいたのである。

確かに、躙口に入っていく敬虔なきもちは、神様に向き合うきもちに似ている。

 

京都には何度も訪れているけれど、今回はまた新しいことを発見できた旅行だった。

 

デンマークで茶事をおこなったときの茶室の躙口。9月にまたお伺いする予定なので、もっと自分を省みるきもちではいっていこうと思う。

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2017-07-18 00:04:39

富士吉田ツアー

テーマ:レジャー

 

友達をたずねに、富士吉田に行ってきた。

ここは、わたしが大学に入学してまもなくして入部した自転車部での初めてのツアーで通った、思い出深い場所である。かれこれ26年たつが、今もはっきり覚えている。

2泊ツアーで近郊をツーリングするというものであったが、一泊目がいきなり河口湖で、お昼ちょっと前に八王子キャンパスを出て、20号を西に向かいいきなり大垂水峠でダウンし、やっと相模湖駅に着いて初の野外でのランチをとり、早速洗礼を受けたが、まだまだ序の口であった。

ゆるやかな上り坂が続き、大月からはさらにキツイ坂道になり、富士吉田に着くころにはどっぷり夜もくれた。それでも、町の中心地であれば平坦であろうとタカをくくったら、坂道の商店街を目の前にし、泣きだしたくなったものである。 

ほぼ泣きながら、すべてシャッターのさがった商店街の道をのぼったが、そのあとのことは覚えていない。河口湖で生煮えのカレーを食べたことだけは覚えているが、初めてのキャンピングだったのに、テントでシュラフに入って寝たことは覚えていない。

なんでも、富士吉田は標高が800mもあるそうだ。大月から高速道路でやたら標高の表示が出ることになんだろうと思ったが、富士山のふもとというか、ほぼ裾野にある富士吉田はそのゆるやかな傾斜の上に町が成り立っているのだった。遠くから見る分には美しいが、ツーリングには厳しいのは道理である。初めてのツーリングでいきなり700mアップを強いられたのだから。

そしてその翌年と翌々年の2泊ツアーのことは全然覚えてなく、どこに行ったのかも忘れてしまった。この富士吉田のことはやたら覚えているのはやはりそれだけ強烈な経験だったのだろう。あの商店街をみたとき、とても懐かしいきもちになった。

昨日久しぶりに河口湖で自転車を借りて走ったらきもちよかった。ずっと車でドライブばかりで忘れていたけれど、そうだ、自転車で直にその土地の空気にあたれることでやみつきになったんだ、と思いだした。

 

富士山の火山灰のせいで土壌はやせていて農業にはむかず、昔からせいぜい富士登山の出発点としか存在価値がなかったが、それでも戦後は織物業で栄えたらしい。

その産業もここ数十年はすっかり斜陽化してしまい、町もさびれていく一方、友達は、そこの町おこしに携わっている。

古民家を改修してカフェにしたり、ゲストハウスにしたり。それも、昔の雰囲気を残したままリノベしてあり、またあちこちに昭和のかほりが感じられるところがあった。そこに入り込むとまるで昔にタイムトリップしたかのように思うほど。

友達は、自分の企画で食堂で毎週水曜日に、コペンハーゲンのアブサロンみたいに安く食事を提供しているのだが、忍野八海に行ったときに安く売っているズッキーニをみつけて購入、さらに今後もその廉価な食事会に使おうと早速それを売っているひとと話をつけるなど、とても楽しく仕事しているのがうかがえた。

 

今まで娘につきあって、渋谷だの銀座だの、東京に行くことばかりフォーカスしていたけれど、本当はわたしはこういう日本の地方ならではのユニークな文化に触れることをしたかったので、今回娘が友達と行動してくれてよかったな、と思ってしまった。

景色は美しいし、水はおいしいし、友達の活動をみることができたし、思い出にひたれたし、とても楽しい二日間だった。

 

これが、26年前絶望させられた商店街。坂にみえないけど、結構キツイ坂道。

 

レトロな界隈。

 

忠霊塔。なんでも、日本を象徴する写真スポットでも有名らしい。

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2017-07-12 21:35:14

日本滞在5日目

テーマ:レジャー

 

早日本滞在5日目。 

今回は娘の友達が来るということで着いた早々から慌ただしいスケジュールだったが、幸いわたしたちも友達も遅延やロストバゲージなどのトラブルはなく、月曜日の朝に成田空港で無事彼女をピックアップし、新宿までの往復チケットを買ってそのままバイバイした。

今回乗り換え地で1時間半しかなく、コペンからの飛行機が遅れそうだったのでヒヤヒヤしたが、幸い15分ほどの遅延ですみ、ゲートには比較的余裕で着き、荷物も無事だった。NYに行ったときは、チェックインしたのが離陸の45分前とかだったから、さすがに間に合わなかったが。。

それと、実は帰国する前々日の夜に、娘はロスキレフェスティバルでひいてしまった風邪のせいで発熱してしまい、それにもヒヤヒヤした。もちろん翌日のバイトは休み、なんとか午後になってパッキングをはじめ、もともとチケットを購入していた映画を観にいったが、ずーっと咳はしたまま。飛行機の中でも、日本でも。

娘らは直前まで念入りに予定をたて、場所や行き方も詳細に調べたので、ホテルまで送る必要はないという。それならばなぜ成田空港に自力で行けないのか。。ともかく、来週の金曜日555分新宿発の成田エキスプレスに乗らなければならない。わたしは5時過ぎに娘らをホテルでピックアップしなければならず、新宿で前泊する予定である。

ちなみに、空港でバイバイしたあと、レイルパスをもらう手続きをしたのだが、そのときわかったのは、買える対象者は、外国在住の外国籍のひとで一時滞在の3カ月有効の入国スタンプをみせなければならず、また日本国籍者の場合は永住権をもち、なおかつ外国籍者と婚姻関係があるのが条件らしい。10年以上在住を証明するよりは簡単だけど、これもどう証明するのだろうか。最新の戸籍謄本でもみせなければならないということか?

 

まぁこれでわたしも久しぶりに日本で2週間弱ほど自由の身となり、やりたかったこと好きなことをやっている。ショッピング、友達との邂逅はもちろんのこと、昨日はお茶のお稽古、今日は高尾山に登って頂上でお茶屋でとろろそばを食べ下山し、駅前の温泉施設で温泉三昧にマッサージと夢のような一日を過ごした。

たかだか1時間ほどの登山でも最後には心拍数もあがり、滝汗をかき、結構いい運動になった。そしてその汗を流し、山を眺めながらの露天風呂は最高だった。

お茶のお稽古は急遽グループ稽古になり、まずはひとのお点前をみて、わたしのは運びの平手前でタイムアップとなり割り稽古まではできなかったが、通しでやることでかなり基本的なことも指摘を受け、それこそ足の踏み方さえ間違っていることもわかったのでよかった。

初めての先生によるお稽古は緊張したけれど、今まであいまいだったこともかなり明確になり勉強になった。そしてグループ稽古でお客さんになることでまたお客としての作法も改めて学ぶことができた。

 

掛け軸「牛々清風」

牛をコントロールするまでの道のりを示すものであるらしい。最初は牛の足跡でさえも認識できないが、精進していくことによって牛を思い通りにすることができるようになるという。わたしも、お茶の道を歩み出したばかりである。

 

帰国した日早々にはNHKスペシャルで14歳のプロ棋士藤井4段について取り上げられたのをみて将棋も面白いな、と思ったけれど、日本には日本独特のものが多くていいな、と思った。

デンマークは小国だし、大陸つづきでヨーロッパの影響を受けているし、デンマークならではのものというのがあまりない。社会制度には独特なものを感じ住むのは楽しいけど(ある意味エキサイティング)、文化的なものでこれというものがあまり思いつかないというか。(わたしが知らないだけ?)

日本が島国で200年以上鎖国していたことの弊害も感じるけど、それはそれでいいこともあるのかな、と思ったり。

 

昨日は、大学の自転車部の同期と先輩と3人で会ったのだが楽しかった。

わたしは、自転車部でプラクティカルなことを学んだし、自転車部での旅の体験は今も大事な思い出である。

旅好きな仲間に刺激を受け、19歳で初めて自力でヨーロッパに3週間の旅に行き、はずみがついてさらに2度行ったが、それがなければ、デンマーク移住もスムーズにいかなかったかもしれない。というか、英語もできないくせに、よく子連れで留学したと思う。英語ができなくてもなんとかなる、という度胸があったから、なんとかやれたと思う。もちろん、心優しい同僚のおかげが大きいが。

自転車部ではいろんなことがあって、というか、わたしこそがトラブルメーカーでもあって迷惑をかける立場であったけれど、そういう経験を通じながら、問題につきあたっても、とにかくやってみて学ぶ、というスタンスになっていったと思う。おかげで、わたしは問題に直面することにそれほど抵抗はなかったし、またその二人もいろいろ乗り越えてきて味のある人生を歩んでいる。3人とも転職人生で。

そんなわたしたちだから、子育ての考え方も似ていて共感することしきりで。

不思議なことに、3人ともあまり出来がいいとはいえない子供をもっていて、だけど、それに悲観するのではなく、それぞれ個性がのびていくように育てていきたい、ということで意見も合致している。

そして、学校での問題とかの話にもなり、娘が6年生のときに荒れたときの話もしたけど、あのときは苦しかったし、これからもあんなつらい思いをさせるのは親として葛藤もあるけど、それでもやっぱり苦労のない人生は歩んでほしくない、苦しい経験を積みながら強くなっていってほしい、と思っている。

これは親としてもしんどいからなかなか難しいことではあるのだけど。

 

娘にメッセージを送ったら、浅草と横浜の写真を送ってくれた。横浜では、新横浜のラーメン博物館、みなとみらいでカップラーメン博物館と遊園地、中華街で飲茶をしたらしい。さすがよく調べただけあって無事にたどり着いたらしい。

残り1週間ちょっと。そのまま楽しく過ごしてくれるといいなと思う。

わたしも、自由時間を満喫したい。

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2017-07-06 03:55:45

床張り作業ボランティア

テーマ:ボランティア

今日は、有給をとって、聖書の会のメンバーであるデンマーク人姉妹がつくっている教会のリノベーションの手伝いにボランティアでいってきたが、とても楽しかった。

6月頭に彼ら宅でメンバーと一緒にBBQをしたときに、まだリノベ途中の教会を見学しにいったのだが、床張りにとても興味をもち、ぜひ手伝いたいと半ば押しかけでボランティアに行ったのである。

 

家というよりは、アパートでもある建物のビジネス用途の一階部分で、過去にスーパー、じゅうたんや、フィットネスセンターと変遷してきたらしい。

フィットネスセンター跡だけに人の汗が蓄積されたのか、床材の匂いはひどく、床を総張り替えすることにしたものの、いかんせんオーナーがコロコロかわってきたために、床は何層にも積み重ねられ、それを全部取り除くのが骨が折れる作業であったらしい。

とにかくコンクリートがむき出し状態になるまで床材を取り除き、それでもでごぼこだったりしたので、セメントで平らになるよう修正したそうだ。

 

そう、ペンキ塗りもそうだけど、床張りもまたその作業よりも、その前段階の養生作業が実は大変なのである。

床材除去→セメント修正→ビニール張り→断熱材敷き

という過程を経て、やっと床張りができる。

ペンキ塗りもそれ自体は楽しいけど、汚れないように紙を敷いて、境界線のところにテープを貼るという養生作業がつまらなくてキツかった。

なので、その大変な養生作業をやってもらったあとにおいしい床張り作業をわたしが手伝うということだったが、従来の約束していた日に間に合わなかったため、1週間延期で手伝いにいったのだった。

結果的には帰国に間に合ってよかった。

いや、厳密には養生は全部終わってなくて、養生が終わった部分を床張りしていくのと並行に、姉妹のひとりが残りの養生を継続する、というかたちで進めた。

 

床張りは結構難しく、

 

まずは床板を右の板から5mmくらい離れたところで、飛び出ているダンボール部分が上の板のダンボール部分と上下になるように隙間なくはめこみ、

 

今度はハンマーを使って、右の板とも隙間なくはめこむ。高さが合ってないと正しくはめ込まれないので、ハンマーでたたくときには体重を使っておさえることが重要である。

  

このときに、隙間がまったくみえないほどきちんとはめこまないと、あとになって外れるという惨事にあう。わたしは2度ほど、4枚ほどはがしてやり直し、という憂き目にあった。

 

ちなみに、端っこはハンマーでたたくことはできないので、板を縦にはめこみ壁との間に何かをはさみ、壁側に押す。すると、てこの原理で、縦の板の下部に力がかかり、見事床板がはめこまれる。

 

そして、はじっこ部分や、柱・温水管などの障害物があるときには、床板をそれに合うようにして切らなければならない。まず長さをはかり、切るところを水性ペンで書き、電動のこぎりで切る、というプロセスである。

 

ちなみに、壁からも障害物からも、8mmほどの間隔をあけなければならない。それは、木は膨張するので、隙間がないと床板が浮き上がってしまう、という惨事になるからだそうである。

しかし、あんまりあけすぎても、壁と床の境界線を隠すパネルで隙間が隠し切れなくなるという問題が生じるので、誤差範囲は結構小さい。

わたしは、長さを測って切るという作業は、本業のエンジニア仕事でもよくあるので得意だと自負していたが、設計図からではなく、現場で長さを測るというのが結構難しい上、電動のこぎりも最初は振動と音にびびってしまって直線で切ることができず、おまけに直線ではなく凸型で切らなければならず、どうやったらいいのか要領を得ず、一度目は失敗した。しかも、壁の厚みが場所によって違うなんてことも計算に入れていなかった。

最終的には電動のこぎりには慣れて、切る作業は楽しくなり、むしろ切るときにはうきうきしながら電動のこぎりのところに行ったが、長さを測るという作業は最後まで誤差を出さないのが難しかった。

 

そんなこんなで、思っていたよりもずっと時間がかかり、というか、時間が過ぎるのが異様に早く感じられ、もうこんな時間??と思うほどであったが、一応の進捗はみられた。

 

ランチ時

 

わたしが帰る17時半ころ。床板だけでなく、養生も進んでコンクリートむきだし部分が小さくなった。

 

それにしても楽しかった。。。また手伝いに行きたいくらい。次回は週末じゃないといけないけど。

当初は、8月中旬の地元のお祭りに間に合うようがんばっていたらしいが、もはやそれがかなわないことは明らかで、8月もまだまだ作業を継続することになるらしい。

わたしが今日作業したスペースもものすごく広いのだが、またその7割くらいだけどかなり大きな別室も手つかず状態なのである。それこそ、まだコンクリートがむき出し状態のまま。

8月にまだ手伝いを必要としていたら、また行こうと思う。

 

休憩は、石灰採掘場がみえるところで。外の空気を吸うことも重要である。前回みたときはくもっていたので、今回の色には感激。どうも、コロイドの光散乱によって青色になるらしく、天気や光の強さで色が異なる。

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2017-07-04 04:37:51

娘のエンジニアアルバイト

テーマ:育児

結局、土曜日の夜10時半ころ、ロスキレフェスティバルで娘たちをピックアップした。

まだ終わってなかったけれど、すでに多くのひとが帰りだしていて、やはり同じようにピックアップするひとが大勢いた。

夜はもうあまりいいコンサートがなかったようだ。

なんだかんだ、一緒にキャンプしたグループよりも、小学校時代からの仲良し4人組でつるむことが多かったらしい。

うちひとりは8年生のときに引っ越したのでそのまま近くの高校に行き、ひとりは今度一緒に日本に行く子だけど市内の別の高校に行っていて市外の高校に転校する予定、そして残りの一人は10か月間のアメリカ留学から帰ってきたばかりで、夏明けにコペンの国際系の高校に行くなど、全員が別々の高校なのだが、たまーに会ったり、アメリカ間と集団スカイプをしたりと、ゆるくつきあいが続いてきた。アメリカの子が帰ってきた日には4人集まったり。

高校生になって、新しい友達とつきあうようになったけれど、また長いつきあいの友達もかけがえのないものなのかもしれない。うち二人は0年生からの11年来のつきあいで、なおかつバレーボールも一緒で。

 

昨日は帰国前最後の買い物に行き、今日は、娘同伴で出勤した。

そう、やーっと娘がアルバイトできることになったのである。

運悪く、ロスキレフェスティバルに行く前日にセットアップが完了し、翌日から1週間余り大学の4年生が作業し、不安になったものの、翌週はちゃんと娘が働くことにしてくれ、それで娘が役立たずだったらどうしようとドキドキしていたのだった。

ルーチンで難しくはないとはいえ、電動ドリルで穴を開ける作業もあるし、痩せていて力があまりない娘にはフィジカルにタフな仕事なのではないかと懸念していたのである。

 

そして最初は付き添い、イントロダクションを一緒に聞いていたが、わたしもアポイントメントがあったので娘が自力で作業を始める前にその場をあとにした。

アポの作業がひと段落したあと、娘が手伝っているプロジェクトに関わる作業をしようとのぞきにいったら、まだおぼつかない感じでありながらも、ちゃんと仕事していたのだった。

ランチに連れ出したときには、意外と悪くないし、音楽を聞いていれば時間もあっというまに過ぎてくれるとのこと。

最初は、フルで7時間もたちっぱなしで働く自信がなく、15時か16時にあがって娘ひとりで帰る予定だったが、わたしが仕事が終わる17時まで続けたいという。

そして17時に仕事を終わらせて娘のところにいったら、娘も最後のサンプルが終わったところであった。7時間半、36個サンプルをつくったという。でも後半は慣れてもっと早くこなせるようになったので、明日はもっと作れるという。

娘の人件費を考えればまぁまぁの効率ではないだろうか。

 

楽しいとはいえないが、常に作業で退屈することはなく、悪くない仕事だとのこと。残り3日間も働く気まんまんである。何よりも自分で稼げることがうれしいそうだ。

心配していたけど、そもそもIKEAの家具も自分で組み立てるし、電動ドリルも使ったことがあるし、娘にはぴったりの仕事だったかもしれない。

頭は全然使わない仕事だけど、こうしてエンジニアへの道に進んでくれれば、、と目論んでいるわたしである。

 

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2017-07-02 04:29:41

グリルヒュッゲと一日ツアー

テーマ:レジャー

 

いまさら晴れてきているし。。

昨日の夜は、元同僚宅で同僚ら男エンジニア8人とグリルヒュッゲをし、今日は、スウェーデンに住む友達と一日コペンツアーをした。まぁ、今日はお天気がもったのでコペン散策できたのは幸いであったが。昨日は、半野外という感じで、断熱はされていないけど、屋根付きガラス壁付きのテラスでヒュッゲをし、毛布の助けもあって凍えずにすんだ。一か月前に退職する直前のまた別の元同僚宅でグリルナイトしたときには、いい天気だったけど最後には寒くて死にそうになったが。

 

前回に引き続き、男同僚だけとのヒュッゲ、意外に楽しくて、むしろパートナー同伴での会社のディナーより楽しいかも、、と思った。

しかも、元同僚宅は、庭に植わっている野菜が豊富で、勝手にルッコラやバジルをちぎっては食べたがおいしかった。。特にルッコラは市販のよりも味が強くておいしかった。自家製のグリーンサラダは絶品だった。庭仕事嫌いなのに、野菜が好きだから、自分で野菜を育てるのもヒュゲリかも、、と庭付き家に憧れたり。。

 

同僚とは、やっぱり会社の話になって、案の定というか、やっぱりひとの噂話になって、わたしもいないときにはこういうふうに噂されているのかな、と思ったけど、つくづく思ったのは、みんなエンジニアとして誇りをもっているんだな、ということ。

アドミニストレーションやマネージメントではなく、現場で働くことにプライドをもっているんだなーと思った。

会社はいろいろプラットホームをつくって、セールスもオーガナイズしようとしているけど、結局現場からアイデアが出て、現場から仕事をつくりだしているじゃん?みたいな。

たとえ、マネージメントのほうにクライアントから問い合わせがあっても、実際にプロジェクトにするのは現場じゃん?みたいな。

結局、ポテンシャル案件にしても、現場で可能性を示さないことにはプロジェクトを売ることもできないし。

わたしも、そういう営業のためのお試し実験をいくつかやっているが、やったことのないことをやってみたり、アイデアが求められたりするので楽しいけど。

でも、やっぱり、みんなひとをよくみているし、クリティカルだなーと。わたしもデンマーク語がイマイチだし、自分でプロジェクト売れないし、陰でいろいろ言われているかもしれないけど、襟を正していかないと、、と思った。

 

今日の一日ツアーも楽しかった。

飲茶ランチをして、三分一さんの展示をみにいって、ラーメンを食べにいって、散策がてら中央駅に戻ってきて解散したけど、ずーっと話が尽きなかった。

お互いにフルタイムの正職員として働きつつも、外国人であることに引け目を感じ、でもそんな自分でいいのだ、そんな自分の持ち味を生かして働くということで互いに励まし合っている。

 

彼女は、こっちで大学に行ったけれど、日本にいたときも大学に行きたかったけれど、親の反対にあって進学できず、その夢がくすぶったまま、こっちに移住してから、いろいろあって、期せずしてやっとその夢を実現したらしい。

わたしも、修士に行くのを親に反対され、大学4年のときに研究をしながらアルバイトをして学費をため(16時まで実験してアルバイトに行き、また実験室にとんぼ帰りという毎日を過ごした)、2か月間一日15時間以上勉強して入学試験で上位にくいこみ奨学金を獲得することでなんとか大学院に行けただけに、難しかった夢を実現することの大変さと、その分得たものの大きさを知っているから、彼女がどんなきもちで大学に行き、ドリームジョブを得たのか、よくわかるような気がした。

わたしも大学院で人間関係に悩んだし、彼女も大学で孤独になったりして大変だったみたいだけど、とにかくがむしゃらだったというか。でもわたしは大学院で今の同僚と出会い、修士2年のときに初めてデンマーク来て今の大学に訪問するなど、デンマークとのつながりも得ているし、修士論文のテーマに近いことを今もやっていてデンマークに数少ないスペシャリストのひとりという自負があるし、彼女もその教育のおかげで今の市役所の仕事を得るなど、それだけのことをした甲斐があったといえる。

そして自分でお給料をもらって、こうしてコペンハーゲンにくることの幸せをかみしめていると聞き、じーんときてしまった。。彼女とは、彼女が移住してまもなくに知り合って、その過程を知っているだけに、よくここまできたなぁ、、と深い感慨にふけった。

 

わたしもまたがんばろう。。

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2017-06-30 22:58:36

夏休みまで1週間

テーマ:ブログ

夏休み前はいつもこうだけど、やることが多くバタバタしている。

娘はなんと火曜日に一時帰宅をした。思ったよりは天気はもっているが、ずっと寒く、特に金曜日の夜に外で徹夜したのはとてもタフだったのこと。夜はいたるところでパーティなので楽しいが、娑婆も恋しくなったらしい。お風呂に入って、わたしが温かいごはんを用意して、ふかふかのふとんに入ってかなりほっとしているようであった。

まぁわたしも、1週間の自転車合宿で、半分キャンプで半分宿に泊まっても、それでも最終日ジャージからジーンズに着替えたときにはほっとしたものである。やっぱり、1週間ずっと外にいるというのは結構消耗するものらしい。

ちなみにカートは、土曜日にゲートに入って瞬時に壊れたらしい。アスファルト上ではともかく、普通の地面上では摩擦も高く、重さに耐えかねて車輪の軸が折れてしまったとのこと。なので、結局そこから手で荷物を運んだらしい。一体何のためのカートだったのか。。やはり、あんなチャチなカートに144缶のアルコール+椅子+食料品をのせるのは無謀だったか。

そんなんで火曜日は急遽久しぶりにきちんとしたごはんを作り、もう食い尽くしたという食料品の買い出しにいき、水曜日は自転車屋に修理にもっていったあとロスキレに戻って行った。なんでも明日金曜日が大雨になるらしく、2007年以来のハードなロスキレフェスティバルになる見込みとのこと。

そしたら、木曜日の深夜というか、金曜日の朝2時ころ、また戻ってきた。なんでも、テントが雨に耐えられず、寝袋も濡れてきたので寝ずに帰ることにしたらしい。一応土曜日にはロスキレに戻るが、泊まらずにまた夜中帰るとのこと。

初めてにして早速あいにくの天気でロスキレの洗礼を受けている娘である。

 

一方で、わたしも一時帰国前にやることが山のようにあり。仕事と家の雑務と日本滞在におけるいろいろなアレンジと。

 

水曜日、実験室で一緒になったイタリア人に、日本のレイルパスは時間がかかるから代理店で直接買いに行ったと聞き、慌ててサイトをみたら、確かにオンライン購入しても郵送で710日みたほうがいいと書いてあったので、急遽コペンまで買いにいったのだった。結局オンラインで買っても翌日ピックアップできると言っていたが、オンラインでEチケットみたく即時に入手できないとは思いもしなかった。なぜなら、購入しても入手できるのはバウチャーで、本当のパスをもらえるのは日本の所定場所だからである。

そんなんで面倒くさいからと今までパスを購入したことがなかったが、なんでも今年、海外在住の日本人は買えなくなり、そのあとまたルールが変わって、10年以上海外在住の日本人は購入できることになったらしい。しかし、噂では、10年以上在住している証明をたったひとつのドキュメントで示す必要があり、結局は日本人は入手が難しいのではないか、とのこと。パスポートに貼ってあるビザをみせようにも、2つのパスポートにまたがっている可能性が大きい。

今回は京都に行くしついでに神戸にも足を延ばす予定で、また確実なデンマーク国籍だから買うことにしたけど、使い勝手はどうなのか、、少しドキドキである。

 

そしてLyngby駅に戻り近くの写真屋で証明写真をつくり、仕事に戻った。どうしても終わらせたかった分析を一日かけておこない、18時に仕事をあがって慌ててショッピングセンターに行き、お土産の物色。

ずっとやりたかったことのひとつ、デンマークの旬ものの豆を袋で買い、夕食にした。56月はイチゴと生で食べる豆が絶品なのだが、苺は2度買っていたけど、豆は機会を失っていて、やっと食べることができたがおいしかった。やっぱりこの時期イチゴと豆ははずせない。

夜は金曜日のBBQのためのケーキを焼いた。聖霊降臨祭のときに聖書の会でBBQをしたときにいただいたラバーブを使ってのケーキ製作である。それにしても、2度ともBBQで雨になるとはどれだけ天候運に恵まれていないのだろうか。

 

そして木曜日は、朝ミーティングのあと、市役所に国際免許証をつくりに行き、ずーっと放置していた冬ジャケットをクリーニングにもっていき、クラフト屋さんでお土産を物色。

市役所に行ったら、パスポートに関する記事の紙がおいてあって読んでみたら、恐ろしい事実が判明した。

奇しくも、月曜日の夜にイラン人の友達とごはんを食べに行き、数年後にイランに行く約束をしたのだが、翌日だかに聖書の会のグループメールでイスラエル旅行の案内がきていて、イスラエルにも無償に行きたい!と思っていたのである。

ところが、イランは、もしイスラエルのスタンプがおしてあったら入国できないし、イスラエルはアラビアの国いずれもスタンプがおされていたら入国できないとのこと。

ということは、イランとイスラエルに両方に行くことは不可能なのである。パスポートを作り直せばいいかもしれないけど、もしかすると、2年以内に訪れていたらダメとかルールがあるかもしれない。

いずれにしても、いつかイスラエルもイランも行きたいと思っていたので、ショックな事実だった。

というか、いつかロシアにも行きたいと思っているのだけど、この時勢だしよくよく調べる必要があるかもしれない。

 

そして夜は、一時帰国中アパートのチェックをしてもらおうと、鍵をあずけるついでに友達と飲みへ。

目当てだったバーが20時までだったので、前によくいっていたスポーツバーへ。ちょうどLyngbyのヨーロッパリーグ予選と、コンフェデレーションカップの準決勝戦がやっていたのでサッカー観戦しつつおしゃべり。

そういえば、もう終わったけど今季はハンドボールもサッカーもあまり観戦しなかったなーと。たまーに自宅でチャンピオンリーグを観たけど、選手とかも把握できなくなってたり。なんだかんだいろんなことに忙殺されていたのかもしれない。地元のLyngbyが何気に強くなってリーグ昇格した早々に3位になったし、来季は生観戦してみたい気もするが。

 

こないだボーンホルムで友達と一年ぶりの再会を果たしたときもそう思えなくて驚いたけど、もう一時帰国の時期とは信じられない。一年過ぎるのがあっというますぎる。

今回は、娘が2週間弱友達と過ごすので、久しぶりに一人で過ごすからといろいろ欲張った結果、思いのほかハードスケジュールになってしまった。お茶のお稽古に、関西旅行に、山登りにプラス友達との邂逅も加わり。

それに、1週間ちょっとしかない娘との時間にこれまたやりたいことが山ほどあり。今回は珍しく帰国の日に美容院に予約したという。。翌日は、東京への行き方を改めて伝授しつつ、メガネを作りに行ったり、京都に行くバスの停留所の場所をおしえたりする予定。

帰国までの1週間ずっとバタバタしそうである。

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2017-06-28 00:06:41

三分一博志展@Cisternerne

テーマ:ブログ

 

日曜日、ValbySoendermarkenという公園の中にあるCisternerne 美術館に三分一博志さんのインスタレーション展示をみにいった。

近くの動物園には子供が小さいときに何度も行ったことはあるが、Cisternerne 美術館どころか、Soendermarkenに行くのも初めて。なので、Frederiksberg Slotをみるのも初めてだった。なんでも300年くらい前に夏用のお城として建てられ、150年くらい前に士官学校になったらしい。

 

Cisternerneは、1853年に水の汚染でより深刻になったコレラ大流行のあとに、きれいな飲料水を供給しようと貯水池としてできたが、1981年に水が枯渇してしまい、1996年に初めて展示場として使われ、2001年から美術館になったとのこと。なので今もその風情が残っている。

三分一さんは、光がどのように入るかを時間と季節ごとに計算し、鏡の反射を使ったインスタレーション芸術を形成したのである。

 

光の入る斜めに設置された鏡と、水の底に設置された鏡によって反射された光と、奥に設置された鏡によって景色に奥行が増したことによってできた、一枚の絵のような眺め。

 

意図的に湿度を高くしているらしく、水の粒子で光の入り方がわかる。この斜めの鏡が光を反射する。

 

ここに新しく光窓をつくり、さらに苔を日本から運んできたらしい。

 

厳島神社のような回廊。薄明りで雰囲気も倍増。

  

 

木造のアーチ橋。錦帯橋を彷彿させる。

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