• 14 Oct
    • 天敵抜毛症

      好きでもないのに無意識のうちに勝手に入り込んできた奴追い出そうとしてもしっかり住みつき意識ないすきをねらって人を操り苦しむのを楽しんでいた奴どんなに手を尽くしても手についた餅のように粘り強く居座っていた奴心から笑いたいのに笑うこともさせてくれない奴飛びたくても飛ばしてくれなかった奴これでもかこれでもかと心をめちゃくちゃにしてくれる奴掘り出すことができないくらい心に深く入り込み根付いている奴楽しいはずの大切な青春時代を奪った奴人生の半分近くをいやいや付き合わされたよほど居心地が良かったのだろう命までは奪わなかった奴を相手にしているうちは奴の思うツボであることに気づく奴を相手にしなくなったいつか追い出してやる!!負けてたまるか抜毛!!お気に入りのウイッグを買って外にでるようになったまわりと同じように会話を楽しみ心を解放した奪われてしまった人生を奪い返すようにやれることを何でもするようになった仕事もした、役にも付いた不思議といろいろ声がかかるようになった同時にお金も入ってきたさらにグレードアップした部分ウイッグに変わっていったいつも楽しそうに見えると言われるようになった些細なことが一つ一つできていくことがうれしかった気が付くと奴はなりを潜めていった戦わずして退散していったのである良いのか悪いのか、今は怖いものなしであるみんなの参考になると良いけれど・・。今日は孫の運動会でしたなんともかわいらしい姿にメロメロでした今日はこの辺で

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  • 12 Oct
    • 自身に活を入れ気合いで生きぬこう!!

      人は成長過程で、はえば立て、そして歩めとその期待に応えるように親の喜ぶ顔がうれしくて頑張る。そのことが誰かの期待に応えるように脳裏に刷り込まれる。たしかに自我が目覚めてくるまでは必要なことなのだろう。第一反抗期、第二反抗期、そして自立していく過程で、一旦、捨てて、自我を前面に出す場があるのだろう。いつまでも誰かの為、顔色をみながら生きていると自分をどこかに置き忘れ見失ってしまい生きづらくなってしまうものである。ゆえに自我を出す反抗期って大事なんだろう。親は戸惑いつつ、それを受け止める努力をし、順調に成長していると喜ばなければならない。。それをどこまでできているだろうか。親自身が自分のことで精いっぱいだと、とても子供の反抗期をを受け止める余裕はない。子どもの問題で、相談を受けるときにいつも思う。親自身が抱えている問題から考えていく必要がある。そうなると親のそのまた親まで追っていくことになる。過ぎ去った過去については何ともならない。今、どうするかを考える。受け止め難い子供の問題をともに苦しむしかないのである。親にとっては、逃げだしてしまいたいくらい苦しいものだろう。そうした親からの訴えが多い。しかし、努力しなければ子供の幸せは来ない。幸せ観の持てない子供は不幸である。そして親としての幸せも来ない。今、自分を責め苦しんでる子供たちに対して言ってあげられるとしたら、自分を責めるな、悪くないそのままでいい、苦しまなければならないのは親の方であると・・。子どもは屈託なく明るい心でいることが自然な姿である。それが心の原点となり生きる力となっていくものである。親は、そうした環境を与えてあげなければならない責任がある。喜ばせてくれることだけが子供ではない。子供の為に苦しんだり悲しんだりしながら親は成長していくものであり、それに伴って子供の心も成長するものである。その苦しさから逃げて、子供だけを苦しませているとしたら親失格である。親としての成績表があるならば間違いなく赤点である。親は親らしく子供は子供らしくである。がんじがらめの硬い殻を破るためには、誰かの評価のための生き方をいったん止める。そして自身の評価基準で生きる。目上から見て素直、良い子にならない。まわりにとって都合のいい、きれいごとの言葉に惑わされないことである。最初に私があってあなたである。誰も誉めてはくれないだろう。自己中、わがままと責められるかもしれない。それでいいのである。そのことで自分を責め苦しむことではない。おおいに心の中で反抗し自分を前面に押し出すことである。そうしてこそあなたはあなたの人生を歩むことができるようになる。大人になっても、褒められると嬉しいし、期待されると嬉しい。心が満たされるものだから。なかなか捨てられない魅力的な甘い蜜の味である。半面、崖につき落とすような魔力にもなりうる。崖から這い上がるためには、まず蜜の味を捨てなければならない。ほめられ、期待されていなくては生きていけない人生は、本物ではない。ほめられようがほめられまいが一喜一憂することなく淡々として歩んでいくことがいいのだろう。宮沢賢治の詩を思い出す。その心境に至る道は遠い。何度、崖に落ちただろうか。そこで学んだことは、失敗を恐れない。そのたびに、軌道修正すればいいのである。思うようにならないことが当たり前なのである。人生はそんなに甘くはない。落とされても落とされても、くじけずに歩いていけば、いつの日かしっかりとした道を歩けるようになるものである。それが人生である。抜毛があっても、今できることを気合いを入れて頑張ることが未来に繋がっていくことになる。抜毛というハンデイをかかえ、他人の目にさらされる屋外に出るには心に活を入れ気合いを入れないと踏み出すことができないものである。その分、疲れる。元気を回復するまで時間がかかる、しっかりと休むことである。抜毛に限らず苦しみに目を向けている間は生き地獄であった。抑え込もうとすればするほど、地獄からは抜け出せなくなるものである。勝てない相手に戦いを挑んでいるようなものである。負ける戦いをするからみじめさだけが残る。どんな手を使っても、簡単に勝てるような相手ではない。どうすることもできないことに目を向けないことである。これはどんなことにも当てはまる。今は、なすがままの自分を受け入れつつ、生きていく道を探すことである。自分自身に活を入れ、気合でもって乗り切っていく。困難を抱えながらでも生きていく方法を模索する。抜毛なんてものは、気が付いたら消えているものである。簡単に苦しみから逃れらられると思う方が甘い。時を待ちながら、じっくりと、正面切って向き合うのではなく付き合っていくことである。やがて霧が晴れるような感覚を味わう日がきっと来るだろう。それまでは気合いを入れて頑張るしかないのである。今日はこの辺で。

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  • 05 Sep
    • 優しさと甘え

      辛い自分に優しくするのは良い。しかし、その優しさは甘えさせることではないと思う。以前は、優しくするのと甘えさせるのは同じだと思っていた。幼いころから甘えることを知らなかったように思う。乳幼児期に、十分に甘えさせてもらった経験が、子どもの自信につながっていくことを後になって学ぶ。そうした甘えの下地があってはじめて、成長する過程の厳しさを 乗り越えていけるものであると。乳幼児期を覚えていないが、不十分だったのではと想像することができる。甘えが足りないと子供は自分に向けるか外に向けるものだ。不十分を補おうと幼いころからいろんな問題行動となって現れて親を悩ませていたものだ。大きくなっても、埋めるに埋められない自分がいた。常に自信がなく、何も言えない自分がいた。他人は、それをおとなしくやさしい子だと言っていた。少しも嬉しくなく心苦しいだけだった。甘えを埋めてくれそうな人だと思って主人と一緒になった。優しい人だった。甘えから一緒になった関係は、甘えられないとイライラする。求めるばかりの関係は、かえって自分を追い込んでしまっていく。相変わらず抜毛は続く、いつも満たされないものを抱えていた。そして言い訳し、相手のせいにし、主人を責めていた。主人の我慢のうえに成り立っていた。甘えを求めている間は、抜毛は消えないことを知る。そのこと気付くのに何年もかかった。甘えを封印する。まず、言い訳しない、愚痴を言わない、人のせいにしない。これは幼児性が抜けていないからするものであると。いつも言い聞かせるようにした。ひたすら努力する、家庭では、寡黙になっていった。ようやく大人へのステップを踏むことができたのである。大人になってからの甘えは甘えを呼びこみ、お互い足を引っ張り合う関係になってしまうものだ。優しさとは甘えさせることではなく、本当の厳しさを知ったうえで生まれてくるものと思う。甘えから脱却しないと、抜毛は消えていかないような気がする。満たされなかった甘えをどこで補うかである。抜毛=満たされなかった甘えではなかったかと思っている。親が乳幼児期に甘えさせるだけの余裕がなかっただけのことである。そのまま大人になったなら、自力で何とかするしかないのである。カンセリングもよし、臨床心理士でもよし、電話相談もよし、親でもよし、恋人でもよし、どこかにぶつけて気持ちを発散させることが大事だと思っている。ただ、だまって受け止めてくれる相手であれば良い。私の場合は、主人だったことになる。自分だけで何とかしようと思ってもできないこともあるものだ。助けを求めることは、恥でもなくとても大事なことだと思う。甘え → 試練 → 優しさ優しさは、乗り越えた最後に与えられるものではないかと思う。順序を踏んでいくことが成長過程で大事なのである。この順番が逆になると生きづらくなる。育てなおしはできるのである。大人になるのは難しい。親になるのも難しい。さらに自立した人間になるのはもっと難しい。しかしその先に、本当の幸せ観があることを信じるものである。そんな人生観をもって今日も生きている。

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  • 30 Aug
    • 一人ぼっちは寂しい

      取りあえず親元から出たものの一人暮らしは寂しい。寂しいと、抜毛が悪化するし、ろくなことがない。一人で生きていくには軟弱すぎる。好きだった彼と同棲することにした。彼も問題をかかえていたこともあり、お互いに支え合える関係になれるのではと思った。軟弱者同士が一緒になったという関係だった。二人ならなんとかやっていけると思っていた。そのうち子供が出来た。家庭に入り支え手に回る。生活は苦しかったが、彼は一生懸命働いてくれた。今は二人だけの暮らしになったが、穏やかな日々である。こんな日が来るなんて思っていなかった。苦労も多かったが、二人だったから頑張れたのだろう。人は字のごとく支えがあって人間らしく生きていけるのだろう。親の支え、夫の支え、子どもの支え、社会の支え、どんな形でも支えを持つことで、生きていけるものだ。一人ぼっちは寂しいものだ。幼い頃から家族がいても心はとても寂しかった。その寂しさを埋めるためいろんな問題行動が出たのだろう。いつも両親はいがみ合っていた。子どもの気持ちを考える余裕はなかったのだろう。夫婦の関係は当事者にしかわからない。他人同士が出会い結婚する。それでハッピーエンドとはならないのだ。新たなスタート地点に立っただけのことである。それを維持していくためにお互いが努力をしていかなくてはならない。それを怠ると、二人の関係は徐々に崩れてしまうものだ。夫婦でなければそこで関係が終わってしまうが、簡単に別れられない関係だからこそ泥沼にはまった関係になってしまうものだ。そうなると子供は忘れ去られてしまうことになる。愛に飢えた子供は悲惨である。親の支えが必要な時にそれを失い、心は不安定、いろいろ問題行動となって現れるが、気が付いてももらえない。鬱々とした状態が長く続くと、心は簡単に壊れてしまうものである取り返しがつかない状態となってはじめて親は慌てるが、すでに手に負えないところまできてしまっているわけである。未熟な人間同士が一緒になっているわけなので、責めることはできないが・・。親となった以上、子供の人生に対して重大なる責任を負うことを忘れないでほしいところである。子どもをどうすることもできない状態にまで追い込んではならない。結局、それを見ながら親自身も苦しむことになるものだ。せめて未熟であったと親自身が気付いてほしいものである。それだけでも子供は救われるものだ。私自身も、未熟なまま親となり目の前の子供を、どう育てたらいいのかわからなかった。自身を育てた親には聞く気持ちにはなれなかった。いろんな人に聞きながら、そしてマネしながらなんとか親として自身の二の舞を踏まないように努力してきた。今、孫を育てている子供たちを見守りつつ、支えてもらった社会に恩返しのつもりで、問題を抱えた家庭や子供たちを支えているところである。いくつもの難があった家庭であったからこそ、何が大事であるのかを知ることができたように思う。人は決して一人では生きていけない。だからこそ、支え、支えられる人間関係を作っていくことである。その基本が家庭であり両親の関係である。どれだけ努力しても崩れるのは早い。努力し続けることが大事なのであろう。これからもそのことを忘れないでいこうと思っているところである。

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  • 21 Aug
    • 自分を救うためにしたこと

      先日墓参りに行ったすでに両親は亡くなっている。墓の前に立ってみるが何の感情も湧いてこない。ただ、毎年行っているだけのことである。親不孝と言われようが現実である。親が作った家庭は、子として安心して生きていけるような環境ではなかった。生きる気力さえも奪われてしまった。子がそこまで追い詰められているということは、親には決してわからないだろう。生きる屍であった。死にたい死にたいと日記帳にどれだけ書いただろうか。最後は神経衰弱になり倒れてしまった。体温も下がり、体も動かなくなりこのまま死んでいくのだろうと思った。病院に運ばれかろうじて生き返った。二十歳の時だった。退院し、あの家庭にもどっても生きていけるような場所ではないことを悟る。生きるために家を出ようと決心する。両親はわけもわからず引き留めた。もはや、親に対してなにも話すことはなかった。ただ黙って着々と準備するだけだった。引き止めるすべを知らない親は泣いていた。私も心の中では泣いていたことは知らないであろう。そして、家を出た。抜毛を抱えながらでも仕事をし、辞めてはまた仕事を探すという繰り返しではあったが、どんなに苦しくてもあの家に帰りたいとは思わなかった。永い間、親は死んだことにして生きてきた。背水の陣をひいた。それが、生きるための第一歩であった。

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  • 11 Aug
    • 理由

      暑い日が続いています。ウイッグ族にとっては大変な季節である。なるべく暑いところへ出かけるのは控えている。だけど家の中だけにいると緊張感がなくなってくる。そうなると、暇を持て余し、抜毛に手を出していた。ろくなことにならなかった。真っただ中にいる人は、気が付くと頭に手が・・・。そんな時は、シャワーやシャンプーなどして気分転換するといい。それくらいは意識していないと、取り戻せなくなる。結果、自身の置かれている状況に対して、なぜ自分ばかりがという思いで自分を責めているのではないだろうか。不登校にしろ、自傷にしろ、抜毛だってそれなりに理由がある。それが言葉として出てこないから、形となって現れているだけのことである。裏を返せば、自らを守ろうとして心を痛め苦しめているものがあるということである。苦しさから逃れる方法は一つである。自らを痛めてまで苦しんでいるものにたいし、慈しみいたわってあげることをしているのだろうか。本物の愛情を自分のものにすることである。不都合がなければ愛情はかけられるが、、不都合があればかけられない。はたして、そうなのだろうか。自身を大切にし、愛してあげようというが。言葉としていうのは簡単であるが、実際はどうなのか。不都合な時こそ愛してあげているのだろうか。どちらが本物なのか偽物なのか。案外、自らを責め、周りを責めているものだ。それでは到底、抜け出せない。抜け出すには、本物の愛情とは何かを知ることである。抜毛してまで痛みで苦しんでいる自分を不都合であると、責めて嘆くのではなく、その痛みに寄り添い心から愛おしく思えるかどうか。本物の愛情でもって、救い出してあげられる力は、もはや自分自身でしかないことを悟ることである。与えられた使命とでもいうか、いずれ、その愛は周りをも巻き込んでいく力となるものである。苦しみから逃げられる間、逃げている人は多い、しかし、そのつけはいずれ誰かが引き受けていくことになるものである。逃げるに逃げられない状況に陥る形として・・・。一番苦しい状況におかれたものが引き受けざるを得ないのである。その使命をもって生まれてきたことを知ることだと思う。それは、苦しくてもがいているときこそ、慈しみ愛情でもって理解を示してあげられるようになることである。不都合な時こそ、理解を示し、愛情をかけられるかどうかが、自身を救い、しいてはまわりをも救うことができるようになるものである。苦しくて泣いている自分に苦しいねと共感してあげられる自分同じことを繰り返している自分に、負けるな負けるなと励ましてあげられる自分。どんな時でも、慈しみ愛情を示せるようになること。そんな使命感をもって今までやってきたように思う。責めない、求めない、ありのままをあたたかく受け入れる努力。抜毛するには、それなりの理由があるからだ。その理由がなくなれば、いずれ必要でなくなるものである。あたたかく見守ってほしいものである。 そんなこんなで愛情浅き自分が、愛情深く人と接することができるようになったのではないかと思う今日この頃である。今日も暑い!!

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  • 31 Jul
    • 難は有難い?

      あるコミュニティ紙からのお誘いを受けて座禅体験をする。シーンと静まり返った座禅堂で、呼吸を整え半眼で座り続けること30分。前半は、無心とは程遠く、雑念が次から次と出てきた。後半になってようやく雑念が消えた。終わるころには、心は落ち着き、居心地の良い経験をさせていただいた。日常からかけ離れた、別世界であった。修行してこられた高僧のお話は、人生に通じるものであった。人生もまた修行の場である。縁あって両親のもとに生まれ、与えられた環境にいやおうなしに身を置く。幼いころから、居心地の悪さを感じていた。中、高の記憶はほとんどない。嫌だ嫌だと思いながら抜毛を繰り返す。死ねないから生きていた十代。早く家を出たいと思っていた。親の反対を押し切り、家を出たものの、一人では生きられないことを知る。彼となら一緒に支え合って生きていけそうだと、同棲する。子どもが出来たのをきっかけに両親の承諾も得ず、勝手に籍を抜いて彼の籍に入った。主人は早くに父を亡くし、一人息子であった、やさしいが、生きるための力強さがなく、傍らには気の強い姑がいた。そんな姑と同居することになる。主人と姑はめったに話をすることがなく、たまに話をしても喧嘩になるという関係だった。そんな姑は、主人と仲良くすることを許さなかった。嫁に対する風当たりは強かった。なんとか追い出そうとするようになる。いたたまれずに家を出たこともあるが、実家に帰ろうとは思わなかった。姑は、孫である子供たちはかわいがった。子どもにとっては、無条件で愛してくれる祖母がいたことは、良い環境であったと心優しく成長した子供たちを見てを思う。自身が心から子どもたちを愛せなかったところを補ってくれていたことになる。しかし嫁には厳しく、孫たちに私の悪口をさんざん言っていたが、子供たちは一切私の耳にはいれなかったことが有難かった。この姑との同居時代も、修行であった。その後、姑がなくなり、やさしい主人は残ったが、生活力がなく家計は厳しかった。自身の親はお金の心配だけはさせなかったため、お金のやりくりも修行であった。外に働きに出たくても、抜毛症を抱えて、出るに出られなかった。そのおかげか、子供たちは贅沢することなく、ほしいものがあればお年玉やバイトして手に入れていた。周囲の子は、早々に親に買って貰い手に入れていた時代だった。学校も推薦や、奨学金で行かせていだいた。申し訳ないと思いつつ、親を責めることなく、自分たちで何とかしようとする子供たちが有難かった。振り返ると、一難去ってまた一難の人生であったが、難があったからこそ有難さもひとしおである。「難有り」と書いて「有難い」になるというがその通りであった。難があるからこそ、心から有難いと思えるようになるのだろう。難を捻じ伏せようとしても難は去ってはいかない。受け難きを受け入れなければならない、弱き心や体であったとしても、それを卑下することなく清く正しく、明るい心で凛として生きていくことが、難が難でなくなっていくのだろう。周りのせいにすることなく、自身に起こった難を潔く受け入れ、堂々と生きてく姿勢が人生を切り開いていくことになる。親の生き方を問うのではなく、自身の生き方を模索することである。親子ではあるけれど人間としての生き方は全く別物である。いつまでも親の背を見ながら不満たらたらでは、親の人生に飲み込まれて、おぼれてしまうことになる。そんな人生はつまらないし不幸である。大きくなったら、親を踏み倒してでも親の庇護から離れていくことである。親といえども人間対人間として対峙し、新たな自分の人生を築いていくことである。自身にとって、ある面では虐待といえるような親であったが、そこには親の事情があり、自身とは関係ないものである。ひとりの人間として親と対峙した時に、そこには必死で心の弱さを隠し強気で戦っている一人の人間を垣間見て哀れであった。そうしなければ生きてこれなかった事情があったのだろうが、自身を含め兄弟は逃げるように親元から去っていった。どんな事情があったとしても子供には関係のないことである。また、子どもが子としての立場を越えて親にとやかくいうものでもないのである。親孝行とは、親をありのままに見て、親元にいる間に、より良い人生を送る課題を見つけていくことである。難のない親はいない。難のない子もいない。難があるからこそ有難いと思える人生を送ることである。座禅を通して、また、わが人生を振り返ることとなった。

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  • 15 Jul
    • 気持ちのいい生き方

      抜毛は抜いた瞬間、気持ちのいい高揚感がある。その魅力にはまってしまう。その次に来る罪悪感と後悔。ダメとわかっていながら止められない麻薬みたいなものである。満たされない何かを満たそうとしている。下手にできることがあるものだからもっといろんなことができると勘違いし、追い込んでいくから苦しいのである。現実は、自分のことすら思うようにならない身の程知らずである。そして大切な自分の人生を不満だらけにしていた。抜毛というハンディを抱えているにもかかわらず人と同じように前に進もうとしたって所詮無理な話である。。もっと謙虚に生きなければならない。人生は終りまで生きてみないとわからないものだ。「ウサギと亀」の亀のような生き方をすることである。良い生き方をするには、まず抜毛行為を何とかしないといけない。そのためには、気持ちのいい生き方をすることだ。抜毛に替わる高揚感を持てるような生き方をすることだ。それを探すことである。例えば、私の場合・・・。完璧主義なので、気が済むまでやる、そのあとにくる程よい疲れとやりきった高揚感がたまらない。こだわりが強く、徹底的にこだわり、見えてきた時の高揚感。人から思いもかけず「ありがとう」と言ってもらえた時のささやかな高揚感。嫌な人を見た時に、不足の思いや、あらさがしをしないで、いられた時の自分に対する高揚感。失敗して責められたとしても言い訳せず、潔くひたすら沈黙をまもることが出来た時の自分に対する高揚感。腹がたっても関係のない人に八つ当たりせず、当人にお返しできたときの高揚感。周りの生き方に一喜一憂せず、人は人、自分は自分という考え方に徹することができたときの高揚感。等々、探せばまだまだたくさんあるが・・。自分にとっては苦手な部分であるがゆえ、出来た時は喜びもひとしおであり、一人悦に入っている。代替療法になっているのだろう。抜毛する必要はなくなっていった。苦しみや嫌なものを無理に抑え込み治そうとするからかえって意識し苦しくなり失敗するものだ。言い訳や泣き言ばかりの人生は、つまらない。無理をするなら、自身にとって嬉しいこと楽しいことを絞り出してでも考え実践し、意識をそちらに向けながらやさしく消していく方法を考えることである。自身にとって居心地の良い気持ちの良い生き方はなにかをぜひ考えることである。。亀のようにゆったりとした人生は、ふりかえると味わい深いものである。ウサギのように順調に早くかけていった人は、どこかでつまずいているものだ。昔話は、言い得ている。人生は平等である。先を急がず、、今日一日、今やるべきことをまじめに一生懸命にやる。何もすることがないときは、ぼっとしていればいい。寝るときは、寝ることだけを考えればいい。考えに囚われているときは、起き上がり寝ないで考えればいい。一晩ぐらい寝なくても人は簡単には死なないものだ。それが自然で謙虚な生き方であると、座禅体験に伺ったときに高僧が話をしてくれたものである。。だいたい頭で考え、先のことがわかると思うこと自体が見当違いであり、思い上がりもはなはだしいのである。どうしようもなかった過ぎ去った過去を思い煩っても仕方がない。生きている今を大切に前に進もう。先が見えないからこそ人生は面白い。何が起きるかわからないから日ごろが大事なのである。この先、気持ちの良い人生を送りたいと願うならば、どうしたら気持ちよくいられるのかいつも考えていることである。人生のゴールで、後悔しないような生き方を。徹底して、嫌なものは見ない!、聞かない!、言わない!。そして自身にとって高揚感が得られるものをたくさん見つけることである。また、長文になってしまった。今日はこの辺で。

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    • 成長させてくれたものだった

      抜毛癖は非常に自身を苦しめるものである。何処に行くにも、人間関係においても、仕事をするにも常に立ちはだかったものは、抜毛であった。行動の基準が、他人には知られたくないという思いが先に立つ。知られそうになるとさっと身を引いてきた。周りからどう思われようと、抜毛症であることは知られたくなかった。なぜ!どうして!、可哀そう!と同情されたくはなかった。そんなプライドだけは持っていた。自分を傷つけていても、他人を傷つけているわけではないからだ。主人の病気をきっかけとして、生活を支えるために、やむを得ず表舞台に出るようになった。改めて社会に出るには、それなりの心構えを持たなければ、たぶん逃げ帰ることになろう。そんな社会に無防備で飛び込んではひとたまりもない。① 社会に出ると、見た目は大事。そのためにウイッグをつける。② 社会には、ひとの弱みに踏む混んでくる親切ごかしもいる。   「人の不幸は蜜の味」④ 長時間の付き合いは非常に疲れる。短時間と決める。⑤ 仕事は許容範囲、人間関係も許容範囲とする。⑥ 自分の弱みを知り、それを第一優先とする。利害関係の中で、弱みを出すことは同情を買うことができても、対等でいられなくなるものだ。友人関係においても同じだと思っている。要は、同情を買うような生き方はしないことである。周りにあわせようとするから苦しいのである。合わせられない事情を抱えていることを忘れないことである。たとえ、嘘をついてでもノーがいえるようにならなくてはいけない。そんな生き方をするようになってから心が楽になった。人の生き方や、考え方、人それぞれで同じではない、違って当たり前、自身にとっては、そんなことどうでもいいことなのである。たとえ親でも、似てる部分はあっても、違うのである。弱さを持った自分を知り、しっかりと守っていく強さをもつこと。強いだけでも生き辛い、やさしいだけでも生きづらい。強弱併せもった人間が健全なのである。抜毛する前から生きづらさを感じていた。誰よりも感じていたから・・・苦しかったのだろう。成長するための殻を破るだけの力がなかったからだろう。抜毛で苦しまなかったら今の心境にたどりつけなかったであろう。たまたま抜毛であったに過ぎない。私自身にとっては必要なものだった。今回、読者になっていただいた方、ありがとうございます。ブログは拝見させていただいています。応援しています。今日はこの辺で。

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  • 27 Jun
    • 反省

      日ごろ、人にはやさしく、親切をモットーにしている。どちらかといえば、良い人で生きている。感謝されることも多い。しかし、自身のことで頭がいっぱいの時は、そうでいられなくなる時がある。忙しいって、心を亡くすともいうけれど、本当だなって。人が話しかけてくれている言葉に、耳を傾けていない。後で、そのことに気が付き、反省しきりであるが、きっと傷ついたであろうと思う。また出会った時に、言い訳しよう。いつも良い人であろうとするのは難しいものだ。それが人間なんだろう。今では、そんなことも考えられるようになったが、もがき苦しんでいた頃は、なりふり構わず、助けてほしいと思っていた。誰も手を差し伸べてくれないことに、神も仏もいないと思っていた。手を差し伸べてくれる人もあったが、その手を払っていたように思う。真っ暗な闇のなか、全く光が見えなかった。死ねば楽になるのかなって、そんなことばかり考えていた。そんなときでも周りを責めるようなことはしなかった。自分が悪いんだって思っていた。なんだか馬鹿みたいに純情で無知だった。これも反省である。今、思うともっともっと吐き出せばよかったって。そうすれば、長引かずにすんだかも。だから、これでもか、これでもかと、追い込まれていったのだろう。人生の何たるかもわからないのに、大人の事情を先に考えてしまうような子供らしくない、嫌な子供だった。それが大きな間違いであった。親子逆転現象である。子どもが先に親の現状を受け入れてしまう現象。子供は、親を困らせるくらいに悪さをし、成長するもの。そして親も成長する。それを通ってはじめて、親は親らしくなり、子供は子供らしくなる。親の事情は親自身が引き受けていくものである。子どもが引き受けるものではない。今ならわかる。自身が親になり、子どもを育てる過程で、二の舞を踏まないように心掛けてきた、おかげで、いろんなことが見えてきたのである。親からい抱いたバトンを、活かすも殺すも自分次第である。多くの失敗や、後悔も、それを反省し、次につなげる糧にしていくことである。そして繰り返さない。それが自身の人生を輝かせることにつながっていくものである。誰かに褒めらるわけでもなく、認められるわけでもなく、淡々と日々を送ることの幸せを味わっていられるのは、苦難を通ってきたものしか得られないのかも。苦しいときは苦しい、うれしい時はうれしい、悲しいときは悲しい、反対に、憎らしいときは憎らしい、腹立たしいときは腹立たしいと素直に言える、自分でありたいとこれからも心から願うものである。小林麻央さんのご冥福をお祈りします。最後まで、自分の人生を輝かせつつ、たくさんの言霊を残して逝かれました。私自身も、20年前、ステージ3の乳癌だったこともあり、応援していました。見送る方も見送られる側も辛いですね。今日はこのへんで。

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  • 18 May
    • 子供の日記

      連休に片づけをしているときに、巣立っていった、子供の手帳が残されていた、何気にあけると、日々の思いをつらつらと書き記していた。残していくなよと思いつつ、見てしまった。20代のころに書いたものだろう。そこには夢を語り、挫折したり、悩んだりと、揺れ動く心模様が描かれていた。なぜかホッとした。若者は、悩み苦しみ、そして成長していくものであるからだ。子どもたちはなぜ抜毛に走らなかったのだろうか。正直、自分のことで精いっぱいで、心から子どもたちを愛することができなかった。生物的、本能的な愛情はあるものの、思うとおりにならないと、それを受け止めることができず、イライラし、感情のまま子供たちにぶつけていた。そんな自分を責めて、またイライラすることの繰り返しであった。子どもたちは親の顔色を見るようになった。親からみていい子になっていた。子供の爪かみが始まった。ハッとさせられた。自分の姿であった。親の愛とは、「無償の愛」であるという。条件付きで求める愛ではない。いい時も、悪い時も、ありのままを愛し、与え続ける愛。ゆえに尊いのであると・・。頭では分かっていても、そんな愛は自身のなかに、存在していなかった。同じように、感情のままに、親に支配されて育ってきたからだ。自分と同じ道を歩まれては困る。それだけは困ると・・。無条件で親に愛されていると子供が感じられるようにするにはどうすればいいのだろうと悩む。ない中からは、与えられない。しかし、あるように見せかけることはできる。演技でならできる・・にたどりつく。子供の為なら親は何でもできる。心にもない、愛を意識し、ある時は言葉で、また形でと精一杯愛情表現をしてきた。結果、子供たちは前向きであり、生きる力に満ち、積極的な子どもへと育った。良くも悪くも安心してさらけ出していた。ありのままを、無条件に愛されていると感じて育つと、どんなことがあろうと、自分を大切にし、生きる力を失うことなく、前向きにとらえ乗り越えていくものであると、子供を通して思うことができた。未熟な部分は、社会に出て学んでいったようである。元気のないときは、美味しいものを作って支えた。後ろめたい気持ちを持ちながら、「無償の愛」を与えられるように相当努力し、頑張ってきたことを、子どもたちは知らないであろう。それでいいと思っている。子どもたちがそれぞれ、家庭を持ち、親となり、孫をかわいがるその姿を見て、母として満たされているところである。これからも「無償の愛」を演技し続けていくだろう。それが負の連鎖を防ぐ道ならば・・。過去を封印し、母として頑張って来た。少しは成長したのであろうか。すべてが、許せるようになった。そして、自身の心も解き放たれ自由の身になったのである。もし、自分は、十分に愛されてこなかったと感じているならば、無理にでも愛されていたと感じることが自分の為である。その「愛」を見つけることである。何もないということは決してないのである。この世に生まれ出たということは、そこに大きな「愛」がなければ生まれなかったわけであるその、たった一つの「愛」に目を向ければ、そして、それ以上求めなければ、かろうじて生きてはこれるものである。だけど、それだけでは、生き辛さは残る。心が成長するだけの「愛」が足りない。「愛」という土壌がなければ心は育たない。育たなければ、独り立ちできない。人は、幸せになるために生まれててきたのである。その前提に、いろんな形での苦しみがあるわけである。それを乗り越えていくためには、愛という力が必要になる。親に、愛を注ぐ力がなかったとしても、周りの手を借りてでも、愛を感じ生きる力や乗り越える力をいただいて成長することだ。自身もそうしてきた。世の中には愛あふれた人はいるものだ。その傍にいるだけでも愛を感じて元気が出るものだ。もらった元気で、また頑張る、それを繰り返しながらでも心は成長はしていくものである。結婚するならそんな人を選ぶと良い。ただし、過度に愛を求めて追いかけて、欲張ると痛い目にあうから気をつけなければいけない。無償の愛は親子関係においてのみ成り立つものだ。人間関係は与えて与えられる関係がお互いに良い関係でいられるものである。与えてばかりでは不足が出るし、与えられるだけでは卑屈になる。そんな関係にならないように気をつけることだ。どんなことにも、見せられたことや、感じたこと、我が身に起こったことに必ず意味がある。その意味を問い続けることで、見えてくるものだ。その「感性」を養うことが、与えられた人生においてとても大事なことだと思う。それが、自身の成長に繋がっていくことになるし、ここに存在することの意味を知ることになるものである。片づけを通して、そんな我が心の軌跡を振り返ることになった。つい、長文になってしまいます。今日はこのへんで。今回、読者になっていただいた方、ありがとうございます。

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  • 13 May
    • 連休にしたこと

      昨年は、支援員の仕事をなんとかやりきることができた。今年度、4月からはかなり仕事量を減らすことにした。子どもたちとのふれあいはとても楽しいものだったが、体力的にはきつかった。そんな歳になっていることを忘れていた。今年は少し休もう。休みがちだったプールへも行こう。連休は、やらなければと思いつつ見て見ないふりをしていた身の回りの片づけをした。一つ片付けると、次が見えてくる。次から次となかなか止まらなくなってしまった。ようやくメドがついたのは昨日だった。本棚に並んでいるたくさんの本。独立した子供たちが残していったもの。長い間クローゼットにぶら下がっていた洋服。使われずに押し入れにしまい込んでいたもの。それぞれに思いや、歴史がありなかなか手放せなかったが、今回思い切って処分した。勇気がいったが、気持ちがすっきりとして余裕がうまれた。ものでいっぱいだった押し入れも、引き出しも、クローゼットも、七分目のスペースに収まった。心が軽くなった。いままで過去の自分の歴史は大切なものと処分することを考えもしなかったのに、大きな心境の変化であった。よどんでいた空気が流れるような感覚、新しいものが入ってくる感覚を覚える。ものを捨てられない世代、やればできるんだという満足感。頭のなかもすっきりとした。心の中にたまった不必要な物の整理にも通じるものがある。”捨てれば入る” 片づけは奥が深い。

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  • 14 Apr
    • 10年の節目

      振り返ると人生には、10年ごとの節目があるようだ。どんなことでも10年は続けたいと思ってきたところがある。10年たって結果として形に現れてくるものである。今年に入り、一つの節目が来たようである。今までの流れが、確実に変わろうとしていることを感じている。6回目の節目のスタート、今は準備段階である。そんなことを思っている今日この頃である。抜毛症の話をしようと思う。抜毛していた頃は、生きていくことがしんどかった。克服後、それを挽回するように、あれもこれも心の赴くままにやってきたように思う。どんな理由があろうと、抜毛は、人生において負であり、許容してはならないと思っている。固い決意でもって立ち向かっていかなければ、克服することは不可能である。12、3歳ごろまでの子の問題は、家庭環境や、親の問題として捉えられているが・・。それを以後は自分の問題として、引き受けていかなくてはならない。抱えている問題を、みずから断ち切っていくこと、解決していくことがもとめられてくる。本当の苦業はそこから始まる。迷惑をかけているとか、心配かけているとか、可哀そうだとか思っている場合ではない。いちばん厳しい状態に置かれていることを客観的に自覚しないといけない。一日も早く、克服することである。私の場合も、そこにたどりつくのに20年近くかかったが、本気でとり組むようになってからは、周りから何を言われようと一切関知しなくなった。親不孝者、親を捨てるのか、姉弟からも、さんざん悪態をつかれた。ひたすら耳をふさぎ、口もふさぎ、目をふさいできた。それも10年だった。その節目に、克服出来たように思う。今でも家族とは距離をとっているが、親不孝とは思っていない。子が、落ち着いて幸せに暮らしていてこそ、親孝行であると思っている。自身が歩いてきた軌跡が皆様の参考になればいいと思っている。

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  • 18 Dec
    • 内る怒り④

      抜毛を抑えこんでくれたのは「内なる怒り」だった。もし、他者から抑え込まれたものだとしたら、新たな問題行動につながっただろう。幼いころから、指しゃぶりにはじまり、爪かみ、さらに左利きを強制的に右利きへと箸の持ち方ハサミの使い方まで、次から次と口うるさく言われ抑えこまれてきた。子のためという名目で・・・。親にとっては、常に、問題児であり気になる子供であった。いつも、強い力で抑え込まれ逃げ場がなく、心の自由がなかった。抜毛が始まったころから、口うるさく言わなくなった。考えられない行動に、対処できなくなったのだろう。「内なる怒り」は、強い力で抑え込まれてきたマグマである。そのマグマが、抜毛を引き起こすことになったが、抜毛を止める力になってくれた。そこに、たどりつくまでに、苦しみ続けた年数分の重さがある。まさに「窮鼠猫を噛む」ところまで自身をおいこんだ結果、見えてきたものである。そのマグマは、今でも心の中に存在している。しかし、これまでのように自身を困らせ、苦しめることはしない。強い味方になってくれている大切な存在である。日頃はおとなしいが、心が折れそうなときには強い味方になって奮い立たせてくれる存在。その存在が、今では安心感をもたらし、自然体でいられるようになっている。抜毛時代にも、抜いてしまう自分を、いつも最後には奮い立たせてくれていたのはだろうが、そんな意識もなく、その存在に目を向ける余裕すらなかった。克服から20年以上たって振りかえると、今までの経緯を言葉として説明できる日が来るものである。前回で、今年は終わろうと思っていたが、次から次とあふれ出てくる思いを、忘れないように、つい書きこむ。今日はこのへんで。

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  • 17 Dec
    • 内なる怒り③

      内なる怒り、わけのわからないモンスターとは鬱鬱と心の奥に残っているもの我が思春期における忘れ物思春期にくる第2反抗期はとても心の成長には大切な時期である。悔しいかな、大人とは何たるかもわからないくせに周囲を思いやる心が先行して育ってしまったことだ。本来は、反抗期は、「親殺しの時期」といわれるくらい、爆発的なエネルギーでもって大人に対してぶつかっていかなければならない時期に、親がかわいそうだなんて思っていてはとてもできることではない。我が思春期は不完全燃焼で終わった。当時の我が家は、そう思わせる環境だった。表面は、いい顔をしてうつうつと過ごしていた。家族が皆そうであったように思う。たまたま、はけ口としてやり始めたのが抜毛だった。その後なんの解決策もなく20年近くも向き合うことになる。そんな自分を責めながら、苦しくても死ぬこともできず、奮い立たせながら生きてきた。一度だけ、あまりにも苦しくて爆発した時があった、その爆発力は尋常ではなかった。、まさにヒステリーであった。その時は、薬で治まったが、自分の中に爆弾を抱えていることを驚きとともに自覚する。思えば、その爆弾は不完全燃焼したまま内在していたものだった。今更、誰にも向けられるものではなかった。しかし、その爆発力こそが、抜毛を止める力となったのである。他の誰でもない、自分の中に内在していたのだった。抜毛行為に向けて精いっぱい心底力を振り絞った。手が頭にいくたびに、その手を握りこぶしにして、マットやクッションを相手に思いっきり打ち付けた。そのうち、怒りがこみあげてくる。さらに強く打ち付けていくうちに涙が出てくる。気持ちが収まるまで続けた。抜毛しなくなるまでに、そんなに時間はかからなかった。20年近く苦しんできてようやくたどり着いたわけである。「抜毛症」はもやもやとしたものを吐き出すツールであるが、もやもやとしたものは消えない。抜毛症と対峙することでもやもやとしたものは消えていったのである。同時に抜毛する必要もなくなっていったのである。ようやく自分らしく生きられるようになった。ため込みやすい性格はなかなか治らないが、ほどほどのところで解消している。人間関係も仕事も深追いすることなくほどほどに。お金は生きていける程度あればよし。自分の時間を大切にしながら、周りと折り合いをつける。頑張りすぎるところがあるので、自分に言い聞かせている。克服から20年以上も経ち振り返ると、次から次と、言葉が出てくるものである。今日はこのへんで。もうすぐ冬休みである。支援員としての仕事は体力的にはきついが楽しくなりつつあるところである。来年度も頑張ろうと思っている。皆さまにとっても良い年となりますように。

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  • 14 Dec
    • 内なる怒り②

      無意識のうちにため込み内在化した怒りは、モンスター化し、訳の分からない怪物になっていた。それが自らを傷つけることであふれ出てきたのだろう。ある時、あまりにも苦しくて爆発した時があった。周囲は戸惑いと驚きでおろおろするだけだった。口うるさかった家族がコワイものを見るように遠のいた。家族が簡単に理解できるようなものではないのはわかっているが、ショックだった。自分自身もその爆発力に驚いた。これは表には、出してはいけないものだと、漠然とそう思った。すでに、ぶつける的になってくれるものはなかった。そして、行場のない、内なるモンスターが自らを攻撃するようになったのだろう。長い間、苦しい、助けてくれとの心の叫びを抜毛でその場をしのぎ、無視してきた結果であると・・。ようやく「自身」と「抜毛」を切り離して客観的に見ることが出来るようになった。大げさに言えば、まさに心の癌化である。誰にもぶつけることが出来ないわけのわからない激しい怒り、その巨大化したモンスターを逆に「抜毛」に向けるという発想。当時は、今日のように説明できるものではなかったが、自然と向いたように思う。その激しい爆発力があったからこそ”無敵の抜毛”を征するすることができたと思っている。続きは次回に・・・。今日はこのへんで。

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  • 12 Dec
    • 内なる怒り

      自身の中に内在する怒り。けっして消えるものではない。心の中に、封じ込めているだけである。それが、何かをきっかけとして噴き出す時がある。表に出たときは、自分自身が驚くほどの怒りである。幼い時から怒りを表に出さない子供だった。口に出せない環境であったと思う。姑や親の不仲であったり、家の中は平穏ではなかった。父は「愛和」といいながら現実は違っていた。大人の矛盾をたくさん見てしまった。無意識のうちに内在化し、それが抜毛につながったと思う。抜毛=内なる怒りそのまま、大人になり表に出せばいいのかというと、半端な怒りではない。周囲はびっくりするので出さないようにしている。いつもは穏やかで優しい人で通っているつもりであるが、にじみ出るときはあるようだ。その程度なら人間関係はまずくはならない。しかし、気を許した身内に対しては容赦なく出てしまう。口やかましかった親や兄弟も一目置くようになった。抜毛に対して手も足も出なかった身内である。誰も治せないなら自分で治すしかないところでようやく怒りの矛先は、自分ではなく「抜毛」に向けられた。それが、抜毛を抑え込む、第一歩になったと思う。長い道のりを歩いてきて、振り返ると、いろんなことが見えてくるものです。今日はこのへんで。

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  • 29 Oct
    • 特別な子

      発達障がいの子どもを支援するようになりいつも思うこと。自身の子供のころに似ているなってこと。クラスの中では浮いている存在。自分のペースでいきている。周りの空気が読めていない。しかし、耳は敏感である。人の話はしっかりと聞いている。勉強ができないわけではない。意地悪をするわけではない。意外と素直でまじめである。ただ、周りのペースに合わせられないだけである。むりやり学校のペースに合わせようとすると抵抗する。注意されることが多い。家でもである。それを大人は「わがまま」と捉えている。ゆえに、自己肯定感が低い。いろんなところが自分に当てはまる。特別な子の問題行動がとてもよく理解できるし可愛いと思う。子供のころに、理解しようとしてくれる存在や、味方してくれる大人の存在は大きい。いつも周りを心配させ困らせている子どもも、徐々に問題行動が小さくなっていくものである。特別な子に限らず、全体の子どもたちを見ているが、どの子にも当てはまるものだ。幼いころから、そんなことをしていてはダメ、そんなことを言ってはダメと、常にダメ、ダメと、ゆくてを抑えられてきた子どもは、爪かみや皮膚をむしっている。欲求不満の塊である。自分の子供のころの姿として映る。自己肯定感が育つわけがない。そんな環境の中で育ち、次から次と問題行動が出て親を心配させてきた。大人への反抗心いっぱいで大人になり、許される限り好きなことを好きなだけやってきたところがある。マイノリティな存在であったからこそ、誰よりも個性的に生きている。少数派が良いか多数派が良いのかではなく各々の生き方の問題である。特別な存在として生きにくさを抱えながら、生きていくことは大変である。それはきっと将来への道しるべであると思うことが大事である。マイノリティだからこそ、出来ることはきっとある。自分を誰よりも輝かせてくれる道を見つけることだ。その道が問題行動を消してくれるものになるでしょう。自分自身の足跡を振り返るとそう思う。支援員として子どもを見ているといろんなことが見えて、体はしんどいけれど、楽しくなってきた今日この頃である。

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  • 08 Oct
    • 他人の助けになりたい

      誰しもが思うことである。苦しみを知っているからこそ、なおさらにそう思うのかもしれない。ボランティアをはじめたのもそうした思いがあった。しかし、その思いだけで出来るような簡単なものではなかった。事前に3か月の研修を受け、傾聴、カウンセリングなどの勉強をする。スタートしてからも個人的に心理学やカウンセリングを学んだ。そうしないと、だだの傷のなめ合いになりかねないところがある。相手の苦しみを我がこととして同調してしまうとはまり込んでしまい続かない。いかに客観的に共感出来るかに注意しなければならない。さらに、外では話してはいけないという守秘義務もついてくる。思いだけでスタートしたものの、他人の人生に対しわかったようなことは言えないものであることを知る。その後も毎月の研修を受け、勉強させてもらいながら続けてこられるようになったものである。結果、自身が得たものは、それまでに喪失していた自己評価の低さや自己肯定感のなさが消えて本来の自分らしさを取り戻すことにつながったことだ。さらに抜毛欲求も消えていったことだった。月2回のボランティアではあったが多くのものを得ることが出来たと思っている。そこで学んだ技術が今、支援員としても活かされている。他人の助けにないたいと思っているのなら、そうしたボランティアを探すことだと思う。表に出せず地味ではあったが、それが良かったと思う、心に秘めてやっていることがかえって自己評価を上げることにつながったと思う。それまで人間関係で続かなかった仕事も家庭もイライラすることなくこなしてくることが出来たと思っている。抜毛脱出のキーワードは『人の助けになりたい』という思いをぜひ実践していくことだと思う。

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    • 苦しみの先に得たもの

      秋らしくなってきました。夏の疲れが出たのか胃腸風邪で休んでいます。冷たいものばかり取っていると体が冷えて体調を崩すと医者に言われました。人肌ぐらいが一番だそうです。気分を変えようとブログデザインを変えてみる。延々続く抜毛との戦いに終止符をうつときが必ずやってくるものである。決して目をそらさなければの話ですが・・・。苦しいけれど、その苦しみを抱えて生きていくことに何の意味があるのか。なぜ自分なんだろう。 何度思ったことか。そうして得たものは、愛の大切さ、他人への思いやり、他人の苦しみが我がことのように感じる心であった。それが、今の自分に繋がっていることを思う。今の自分を見てだぁれも、苦しんできたなんて思わない。堂々としていてうらやましいとさえ言われる。人は、表面でしか判断しないものだ。心の奥深くまで見ようとしない生き物である。見えないのだ。そこが苦しんできたものときていないものとの差である。そこに自分の居場所はなかった。職場でもなく、家族でもなく、友人でもなく始めたのがボランティアであった。今、苦しんでいる人の助けになることだった。20年以上続けている。そこが自分の居場所となっている。そこにいる自分が一番輝いているのがわかる。続けられるだけ続けたいと思っている。そこで得たものは大きい。決して人の為ならずであった。相手を活かし、自分を活かす道であったと思う。その間に抜毛衝動は抑えられるようになったこともありがたい。抜毛に変わるアドレナリンが出ていたのだろう。その場所があったからこそ職場でも、家庭でも頑張れたと思っている。職場、家庭以外にそういった居場所を見つけるといいのかと思う。参考になると良いが・・・。

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プロフィール

ピアS&C 奈律子65

性別:
女性
自己紹介:
思春期に入った中学1年の頃より抜毛癖がでました。 家も勉強も面白くなくて、わけもわからないいらだち...

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