サルの卒業式

サルの卒業式

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技術経歴書をメールした翌々日、TSS長谷川から早速、面接の日程が返信されていた。
内容は
”1月21水曜日14時20分に小伝馬町の3番出口前で待ち合せ”
と言うものだった。

 

田村の倉井課長に事前に”社用で”と事情を告げていたため、
当日は14時前に田村の前に待機しているタクシーに乗り込み”小伝馬町駅”に
向かうことにした。乗り込んでから2~3分で永代橋を渡り、その先の大きな交差点を右折。


ここからは日本橋町内の移動とあってほんの5分ぐらいで到着し、ケータイで
時刻を確認するとまだ”14:05”分。
 

到着が少し早すぎたので、通りを挟んで向かい側にあるのコンビニに入り、雑誌のコーナーで立ち読みしながら
長谷川の到着を待つことにした。
信号を渡り、店内に入り、雑誌のコーナーを見ると、一昨年までどっぷりハマっていたパチスロ攻略誌がずらっと並んでいたので、
当時愛読していた攻略誌を手に取り巻頭の新機種特集のページに目をやった。

(当然だけど...5号機ばっか)

(全然面白そうじゃない)

2004年の風営法の改正により、一昨年”俺にとっての名機”たちがホールから姿を消し、現役で稼動している
機種には更々興味もなく、記事にはまるで集中できない。

(窓越しに長谷川の到着に目を配らなきゃならないから、かえってこの方がいいか)

首筋から背中にかけて、しっとりと汗をかく位に暖房が効いた店内で雑誌を”読みふけるフリ”をしながら
長谷川の到着を待ってった。

10分後、ちょうど”読みふけるフリ”にも飽きた頃、窓の外に地下鉄の階段を上がってくる長谷川の姿が見えた。

長谷川は出口を出たところで立ち止まり周囲を見まわした後、コートのポケットからケータイらしき物を取り出し、
それを覗き込んでいた。

コンビニの窓から見張っているこちらに気付いた様子がまったくなかったので、慌てて店を出ることにした。
俺はレジ脇の”あったか~い”缶コーヒーを2本を購入し、店を出た。目の前の信号が”赤”だったので信号待ちをしておると
長谷川がこちらに気付き、何かを持った手を軽くあげにっこり微笑んだ。
俺は軽く微笑み返し、会釈をして信号が”青”に変わるのを待ち、長谷川の方へ小走りで駆け寄った。

山野  「どうも」
長谷川 「待った?」
山野  「ちょっと早く来すぎちゃって。タクシーだと近いですね」
長谷川 「門仲(深川)から橋渡ってすぐだもんね」

(さすが長谷川さん、この辺を主戦場にしているだけあってよく知ってるなぁ)

山野  「それで、今日面接に伺う会社はどんな会社ですか?」
長谷川 「NSD、野村システム開発っていう従業員20名くらいのソフトハウス」
山野  「えっ?とすると、勤務地は別の場所?だって銀行さんの案件なら銀行さんの関連施設で開発することになるんじゃないんですか?」
長谷川 「う~ん。そこなんですよ面白いのは」
(???)
長谷川 「社長の野村さんっていう人がヤリ手の方で、エンドユーザーが大阪の部署だから特別に自社開発を任されているみたいなんですよ」
山野  「へぇ~~・・・ 珍しいですね、このご時世、タダでさえ情報セキュリティがうるさいのに、一番うるさそうな銀行さんが...よく承諾しましたね」
長谷川 「うん。ま、私も詳しいことはよく分からないから、面接で聞いてみると良いと思いますよ」
山野  「うん。なんか面白そう」
長谷川 「それじゃ、45分頃伺う約束ですから、ちょっと早いけど、行きますか」
山野  「はい」

(14:30分でなく15:00分でもなく、中途半端な14:45分に待ち合わせ時刻を設定するのはさすが営業マン。)

二人は約束の場所に向かって歩き出した。

そして、7~8分歩くと、目の前には昭和30年代に建てられた様な10階建て位の古い建物。

山野   「ここですか?」
長谷川 「あっ こっち」
山野   「えっ?」

長谷川はその隣の1Fが美容室になっている建物に向かって歩き出す。
その建物はいかにも今風といった感じ。 外壁が”コンクリートの打ちっぱなし”になっている5階建てで、周囲にあるいかにも”昭和”という雰囲気の中にあって明らかに浮いている。

長谷川が向かったのは店舗の脇にある大人3人が立ち話が出来るほどのエレベータホール。

長谷川 「ここの3階なんですよ。」

山野   「小伝馬町らしからぬ建物なんでおどろきました。またてっきり隣のたてものかと思っていました」
長谷川 「ほんと、珍しいですよね。でもここ、2~3年前まで民家が建っていたとか」

”△”のボタンを押しながら、そう答えた。

山野   「じゃぁ先方さんも最近ここに移転されんですね」
長谷川 「実はそうなんですよ。ま、詳しいことは面接で聞くといいと思います」

エレベータの扉が開き、2人は乗り込んだ。
”3”、”閉”ボタンを押すと、ものの数秒で3階に到着。

 

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序章 ①話 
リーマンショック

 


 



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....................................
....................................
???目覚ましの音??? ........................

............
....................................
???ん???............................
............”パコッ!”

(朝?)

目覚まし時計の時間を見ると..6:15分。

3月に突入し、立春を過ぎてちょうど1ヶ月経つ。 

暦の上では・・もう春。

しかしながら、この時間帯の寒さは依然冬のままである。

昨晩はカレンダーに書き込んだ予定が気になって、ろくに眠れなかった。

最後にDVDレコーダの時間を見たときには確か”3:35”だったから、
2時間半くらいは眠っていたことになる。

仕方がないので、布団から抜け出し、掛け布団の上の”はんてん”を羽織り、ベットに腰掛ける。

「うっ うぅぅぅぅぅぅっ ああぁぁぁ はあぁ~ぁ」

”大あくび”を一発。

ようやく視力が戻ってきた。

カレンダーに目をやる。

3月4日(今日)に手書きで”初日”の文字。

(やっぱり今日か)

(しかし変な夢だったなぁ。墓地って、縁起でもない。)

目が覚める直前まで見ていた”変な夢”。

過去に見たことがない場所だった。

ふと我に返る。

(そうだ。今日は小伝馬町勤務の初日だ。早く支度しないと)

そう思い軽くない足取りで洗面所へ向かうのだった。

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~ 近過去(2008年の勤務最終日) ~

この日、田村證券にとっては大納会の日。

俺が所属していた”第二顧客情報サービス部”では
何か
特別なイベントがあるわけでもなく、 世間一般のどの職場にもあるような”年末最終日”にしか過ぎない。
それも、退勤前に”良いお年を”の挨拶をする程度。
数年前の”金融ビックバン”直前の頃の愛和證券の方が
より”証券会社の年末” らしい雰囲気だったかもしれない。
近頃は、情報セキュリティの規制が厳しく、社内の風通しさえ悪くなりつつある。

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俺の名前は”山野 裕(やまの ゆたか)”、年齢は37歳フリーのSEでいまだに独身。
千葉県市川市の閑静な住宅街にある2LDKの賃貸マンションで一人暮らしをしている。
現在は、日本を代表する超大手企業”田村證券”で顧客向けに提供する情報システムの
開発部門に派遣されている。ちなみに、この仕事はあと3ヶ月でちょうど2年になる。
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PM1:00 昼休みの開始時刻。

俺はいつもの定食屋に行き、いつもの様に窓際のテーブルに着く。
この定食屋の良い所はオフィスから多少離れてはいるものの、午後1時過ぎ、ランチタイムど真ん中のこの時間帯に 4人掛けのテーブルを一人で占領できること。
それと、深川という立地のため、あの築地の魚河岸から 新鮮な魚を毎日仕入れているため、800円の定食としては 最高のコストパフォーマンスを実現してくれる。


  
(さて、今日は・・・今年最後だから”お気に入り”でいくか)

店員 「ご注文は?」

山野 「白身魚フライ」

(あれ?いつもの20才(ハタチ)くらいの娘じゃないの?)

注文を聞きに来たのはいつも厨房で調理もしている”店主”らしき男性。

(休暇中か?帰郷でもしてんのか?)

俺はそんな他愛もない事を考えていた。

すると、突然ワイシャツの胸ポケットにしまっておいた携帯がバイブした。
あわてて取り出し、携帯のモニタを覗き込むと、”TSS長谷川”の文字。
派遣会社の担当者からの連絡だ。

(”定例の業務報告”は先週終わっているし...なんだろう?)

そう思いながら”通話ボタン”を押し、耳に押し当てた。

山野  「もしもし」

長谷川 「もしもし、山野さん?今大丈夫ですか?」

山野  「はい、大丈夫ですよ。メシ休憩中ですから。」

長谷川 「実は昨日、田村證券の倉井課長から連絡がありまして」

山野  「はぁ」

長谷川 「突然なんですが・・・2月末の更新はしないというお話で」

(えっ!) 一瞬、彼の言葉が理解出来なかった。

長谷川 「何でも、リーマンショックによる業績の悪化が酷くて、”第二顧客情報サービス部”の予算が大幅に削られるとか」

山野  「リーマンショック?...ですか。」

長谷川 「ええ。このところ...愛和の方もいろいろ動きがあるみたいですから、まぁね..その...こちらにしてみれば、”田村も?”という感じなんですが」

山野  「はぁ。証券会社が一番ダメージを受けたみたいですから...仕方ないですね」

長谷川 「特に田村の方は、米国法人の方がかなりダメージを受けたみたいで、新規の案件もいくつか取りやめになったと言う話でした」

山野  「仕方ないですね。じゃぁ、田村は2月20日までという事ですか?」

長谷川 「もう一度、課長の方に確認してみますが、おそらくそうなると思います」

山野  「了解しました。こちらからも課長に確認してみます」

長谷川 「再度、年明けすぐにでも連絡しますから」

山野  「はい。失礼し...あっそれと、今年一年、いろいろありがとうございました。来年もよろしくお願いします」

長谷川 「こちらこそ。年が明けたら次の案件に向けてすぐに動きますので」

山野  「お願いします。失礼します」

(ふーっ) 

深いため息。

(トカゲの尻尾切りか)
 

唐突な連絡だった。

あまりにも”唐突な連絡”だったが、特に動揺することも無く、今年最後の”白身魚フライ定食”が テーブルに運ばれてくるのをじっと待っていた。


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昨年の世界同時不況をひきずったまま、ついに2009年も幕を開けた。
大発会の週、日経平均もTOPIXも一向に回復の兆しが見られない。
その週末の昼休み、あの定食屋で食事中、TSS長谷川から連絡があった。

 

長谷川 「山野さん?やっぱり勤務は来月の20日まで・・と言う事です」

山野  「年末、課長から同じ事を言われました。その時引継ぎのスケジュールなんかも...」

長谷川 「そうでしたか。そちらのほうはよろしくお願いします。あと、次の仕事ですが」

(わっ いつもながら切り替え早えな)

長谷川 「今、IT業界全体が粛清ムードに包まれているから...条件的にはかなり厳しいんですが」

(年齢で引っ掛かってるって正直に言えよ)

山野  「それで、あるんですが? 歳が歳だから贅沢は言いません。」

長谷川 「そう、今候補としてあがっているのが1つは新宿。”VB案件”だから単価はさほど良くなんですが」

(VB案件か・・・技術的には楽そうだけど)

長谷川 「あとはVC案件。これは単価はまぁまぁですが、”南武線沿線”なんですよ。通えますか?」

(南武線って、家電メーカー?)

山野  「南武線?無理ですよ。山の手線の内側か東側で他にありませんか?」

長谷川 「あとは...C#.netなって経験ありますか?」

(はぁ あとは若いヤツの”おこぼれ”だけか)

山野  「ありませんが、技術的にはC++に近い言語だって聞いてますから、先方が”Webアプリ”の開発が未経験であることを受け入れてくれるなら、やってみたい気持ちはありますが」

長谷川 「場所は日本橋の小伝馬町なんですが」

(へぇ いいじゃん...っていうか最高)

山野  「良いですね。ということはJRで言うと神田が最寄駅になりますよね」

長谷川 「神田だと歩いて7~8分かな。日比谷線の小伝馬町駅からが近いそうですよ。それと先方はVCかVBの経験があればOKって言ってくれてますから」

山野  「そうですか。それで、エンドユーザーはどんな業種ですか?」

長谷川 「銀行さん。安住信託銀行って知ってますか?」

山野  「知ってるもなにも、日本を代表する都銀じゃないですか」

(銀行案件・・・おこぼれ中のおこぼれじゃねぇか)

長谷川 「そう。で、エンドユーザーは大阪の部署だから、結合テストから大阪出張って事になるらしいですが、そっちは大丈夫ですか?」

山野  「そりゃ、独身で一人暮らしですから、何も問題ありません。それと、大阪出張・・・結構面白そうですね」

(豪遊出来る時間があればな)

長谷川 「そう...じゃ決まりですね。じゃ話を進めますから。おそらくすぐ”面接”という事になると思いますので、最新の”技術経歴書”だけあとでメールしておいて下さい」

山野  「分かりました」

長谷川 「じゃあ面接の日程が決まったら又連絡します」

山野  「はい。お待ちしています」

(はぁ...銀行さんか)

その日、帰宅後、さっそく技術経歴書に”田村證券”を追加し、 TSS長谷川氏あてにメールを送信した。

これまではこういう場合、”本当に話を進めてもいいのか?” を自分なりに考えて、メール送信を翌日に
引き伸ばす余裕があったが、 今回はそんなことを考えもせず、そのまま送信してしまった。

(はぁ...銀行さんかよ..)

機敏な対応とは裏腹にふと将来への不安がアタマをよぎる。

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愁章 ~卒業式~
 

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人間が行うすべての行為のなかでもっとも美しい行為は"墓参り"...

そう何かの本に書いてあった。

死者からは一切の見返りを求められないというのがその理由らしい。

今、俺は墓前に立つ。

だが、これは”美しい行為”という意味ではない。

「俺は幸せになれたのか?」

骨になってしまったその老人にそう問いかける。

返事はない。

当然だが。

俺と、この人にとっての、”卒業式”をきっと喜んでくれている...

そう信じている。

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                                               @ダンペイ