cultiva×インド・バングラ

cultiva×インド・バングラ

23歳のcultivaがインドとバングラを廻ります。旅のテーマはIT×ビジネス×途上国×人材育成。

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カメルーン時代の友人から連絡が入った。
「cultiva、もうインドに来てるんだろ?
もう少し後で僕のところに来るとか言ってたけど、
今度ウチの新築祝いパーティーをするから来いよ!」
「うぃ~、いいけど、場所は?」
「Nagpur!」
「遠いわwwwインドのど真ん中じゃねーかwww」


というわけで、またまた国内LCCを使ってNagpurへ。
ここは本当にインドのど真ん中にある。
ピンが刺さっている場所がNagpur。

彼はカメルーン時代に会った友達。
彼は理学療法の専門家で、
カメルーンの大学に招聘されて理学療法を教えていた。
で、その任期を中断して帰国して今は彼の故郷のNagpurで教えている。


これが件の彼の新築の家。
この日はイスラム教関係の祝日の日で、
町中がお祝いムード。
彼の家もイルミネーションをつけてた。
彼の家の近くの池の周りでゆっくりする。
彼の友達にも紹介してもらった。

久しぶりなので話が弾む。
カメルーン時代の話。
今だから言えるぶっちゃけ話。
お互いの近況の話。

チャイを飲んで、タバコを吸って。
カメルーンでつるんでいた時と何も変わらない。
ちょっと場所が変わっただけ。ただ、それだけ。

彼の今後の話を聞いた。
なんと近々結婚するらしい!
しかも、サウジアラビアでポストを得たらしく、
結婚早々にサウジアラビアに旅立つそう。
しかも、そのあとはカナダの大学院に行くんだとか。


「相変わらず、1つの場所にちっとも落ち着く気が無いね。」
と、僕が茶化すと、
彼は、軽い感じで、
「まぁ、そうしたいってずっと思ってきたからね。」と。

うん。やっぱり似てるわ。僕もそんな感じだ。
彼は理学療法士の専門家になって、
世界中でそれを教えることで彼の理想を実現した。

じゃあ。僕は?

その晩は彼の家に泊めてもらい、翌日。
この日はイスラム教の中では「ムハンマド師の誕生日」らしく、
街の中心地ではパレードが行われていた。
さすがムスリムのパレード。「女性が一切いない。」

楽しい時間はいつでもすぐに過ぎる。
あっという間に僕の次の目的地への寝台夜行バスの時間になった。

「いつかまた世界のどこかで再会しよう」
そうお互いに行って別れた。
最初に出会ったのはカメルーン、今回はインド。
次はどこで会うんだろう? 
インドの旅と並行してしながら聞いて回っていた『インドの人たちの夢』。
どうしてもここでもやってみたかった。
だから、やった。 


書いてもらっている様子。
すごく楽しそうに書いてくれた。

というわけで、
ムンバイのスラムDharaviの子供たちの夢。


Kaif君の夢は警察官。
みんなアルフェベットはちゃんと書けるよう。

Irfan君は物書き。
小説とかを書きたいらしい。

Jaizan君の夢は医者。
理由は、『稼げるから』とのこと。
稼ぎたい理由までは聞き出すことができなかったようだけど。


彼の夢は軍の兵士。
インドではけっこう軍の募集の看板とかがある。

女の子からも聞こうとした。
でも、名前しか書いてもらえず。

感想としては、スラム街の子供たちは
世の中の職業について色々と知っていることが印象的だった。
特に『物書き(小説家?)』という職業を出してきたことは衝撃的だった。

僕が思っていた以上に、彼らの視野は広い。
それもそのはず、かもしれない。
目の前には大都会ムンバイの市街地。
貧しくとも家には小さなテレビがあったりする。

彼らの眼にこの世界はどう映っているんだろう。
ムンバイの知り合いのNGOの人から情報をもらって、
Dharaviのスラムに行ってきた。

地下鉄の最寄り駅から陸橋を越えて、スラムに入る。


スラムの中。1人でブラブラと。
1人で大丈夫?っていう不安も少しあった。
けど、知り合い曰く「いい人たちばっかりだから大丈夫!」って言われたし、
いざという時には助けてくれるという話だったので、
「まぁなら、いいか~」ぐらいの感じで行ってきた。


更にブラブラと。
別に話しかけられたりとか、「お金、よこせ」とかそういうのは一切なし。
そもそも、僕の存在自体そんなに気をとめていない。
ちょこちょこNGOとかの外国人が来ているそうなので、
外国人慣れしているんだろう。


空にはイスラムの旗。
ここはムスリムコミュニティのようだ。

『インドの人たちの夢』企画。
ここでももちろんやった。
スラムの子供たちの夢を書いてもらって、写真にも撮ってきた。
(なるべく早くアップします。(^_^;)。)


アジア人。スケッチブック。デジカメ。チェキ。
珍しいものに惹かれて子供たちが集まってきた。

印象的だったのは、子ども達の行儀がいいこと。
誰もポケットに手を突っ込んでこないし、他の変なこともしてこない。
もう1つは、周囲の大人もめちゃめちゃ優しいこと。
子ども達に取り囲まれる自分を見て、
何人かの大人たちが子供たちを諌めたり、
「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたりした。


スラムの子供たちと。普通に無邪気で可愛かった。
 
帰り道。辺り一帯が騒然となっている光景に出くわした。
アパートで人が死んでいたらしい。
僕が見た時にはちょうど死体を運び出していた。

そう、『騒然』となっていた。
そのことが僕は嬉しかった。
なぜなら、『騒然』となるぐらい人の死は非日常であるということだから。
つまり、このスラムでは『死=非日常』なのである。
『死=非日常』。そんなの当たり前だと思うかもしれない。

それは違う。
『死=日常』みたい世界はある。
正直、自分はそこまでの世界を現場で見たことがないので、
正確には「あるらしい」としか言えないけど。

でも、このスラムでは『死=非日常』。
つまり、少なくとも住民がそのような感覚を得るぐらいには、
死亡率が低いのだろう。
昔からそうだったとは少し考えにくいので、
インド経済の恩恵を少しは受けることができて、
彼らの生活レベルが上がったのだろうか???

そんなことを考えながらスラムを出た。
バンガロールから国内LCCでムンバイへ。
バンガロール⇔ムンバイ間は陸路で移動すると24時間かかるので、
時間と体力のことを考えて空路での移動決行。

さてさて、ムンバイ。
 
海に浮かぶ寺院。HaliAji。

 
インド門。インドが英国支配を受けていた時に建てられたもの。


タージマハルホテル。
ムンバイ随一の超高級ホテル。確か1泊60000円ぐらい。


駐車している車の間でイチゴを売っているおっちゃん。
250gからしか買えなくて、その量を買ってしまった。
完熟のイチゴでめちゃめちゃ甘い。

ムンバイ市内の地下鉄のChurchGateターミナル。
こういう駅舎はけっこう好き。

ムンバイビジネスマンの通勤風景。
これがムンバイのラッシュアワーの光景。
日本のラッシュアワーみたいに尻を押されて詰め込まれて窒息するのと、
ここのラッシュアワーみたいに開放感ありすぎな感じで通勤するのと。
どちらがお好み?

バンガロールの後にムンバイに来たから、
そこまで発展の大きな違いを感じなかった。
それでも、さすがはインド最大の商業都市。
立ち並ぶビルの数や行きかう人の多さは圧倒的。
都市全体もすごく活気がある。
インド経済の好調さをそのまま反映しているような気がした。

前と前々の記事で触れたけど、
バンガロールのIT団地を2つほど訪問してきた。

ホワイトフィールドの敷地内を歩く人、インフォシスの敷地から出てくる人。
彼らはきれいなワイシャツを着て、
折り目のちゃんとついたスラックスを履いて、
手入れされた革靴を履いている。
インテリな眼鏡をかけて、会社から支給されたブラックベリーをポチポチ触ってる。
その様子は東京とか大阪で見た社会人の人たちと何も変わらない。

今後、自分はバンガロールのIT工業団地で見たような人達が更に増えて、
国際的な労働市場に参入してくる。
また、それまでは互いに孤立していたローカルの労働市場が
通信技術の発達などによって国際的な労働市場に組み込まれるようになっていく。
(オフショアのビジネスプロセスアウトソーシング、とかがこれに該当するのだろうか。)

上にあげたような変化によってて国際的な労働市場は大きく変化するだろうし、
今まで職を得ることができていた人達が職にあぶれるようなことが起きるだろう。
そして、現に起きているのだろう。

既にこんなことは方々で言われていることであるし、自分も耳にはしていた。
だけど、自分が現地に飛び込んでみて、自分の目で見てみると、
より一層のその現実をリアルに突き付けられられた感覚がある。

さて、国際的な労働市場が変化する中で、
自分は、cultivaはどうするのか?どうしたいのか?

僕は小さい頃からグローバルに活動したいと思っていたし、
ただグローバルに活動するといっても、
日本企業で海外出張で飛び回る、とかそういう意味じゃなくて、
日常的に色々な国の人に囲まれながら、色々な国で活動する。
ある意味、『日本人』であることを捨てて
『地球人(?)』として活動していくことが、僕の理想。

今もその理想は変わっていない。
じゃあ、国際的な労働市場が変化する中で、
どうすれば自分の理想を実現できるのか?

いろいろと必要とされる能力や経験はあると思うけど、
まず、1つポッと出てきたのが「マネジメント」。
というのも、どうやっても単純な労働力としてはインド人に勝てる気がしないので、
「一緒に働く」んじゃなくて、
「一緒に働いてもらう」という発想に立ってみた時に思いついた。

もう1つは「アイデア」。
これは、まぁ創造性とも言い換えることもできるかもしれない。
彼らが思いつかないものを思いつく力。

ちょっとこの辺りは思考が纏まっていないから、
これからも考えていかなきゃいけない。

自分の理想を達成するために乗り越えなきゃならない壁は想像以上に高く、
そして日に日に高くなっている。
それを実感したインドのシリコンバレー、バンガロール訪問。