日々の業務に追われ、なかなかブログを更新する時間がないままでしたが、少し時間の余裕が取れるようになりましたので久々に書いてみます。

 

今日は、感情についてお話したいと思います。

 

感情が豊かな人には、人を引きつける独特の魅力があります。場を明るくしてくれる感じですね。

 

でも、「感情的」という言葉は、否定的な意味で使われることの方が多いように思いませんか?

 

感情に振り回されて悩んでいる人もいるでしょう。

時に魅力的で、ときに拒否される、不思議な性質=「感情」がここでのテーマです。

 

感情にも意味があります。

 

現代の社会では、感情をストレートに表したり、物事を感情任せで決断するのは、大人の振る舞いとして相応しくないという考えが一般的です。

 

でも一方で、感情をいつも抑え込んでいると、メンタルヘルス的に好ましくないこともよく知られています。

 

感情は、出しすぎてもダメ、出さなすぎてもダメなものです。そう考えると、感情ってなんとも厄介な存在ですね。

 

そもそも人間にとって、感情って何なのだろうかを考えてみましょう。

 

 

 

感情は評価を含んでいます

 

私たちは、対象にただ意識しているわけではありません。

 

対象に対して、

プラス、あるいは、マイナスの評価をともなった仕方で意識しています。

 

言い換えると、

意識には評価がともなっているということです。

 

私たちの意識には、対象を評価する働きがあります。

 

これは、意識の「評価的機能」と呼ぶことができます。

 

評価をともなった意識のことを「感情」と呼んでいます。

 

思い出ということだって、思い出すとき、いい感じがする思い出と、嫌な感じがする思い出があるはずです。

 

そのことを意識する時点で、すでに評価していることになると思いませんか?

 

意識と感情は、切っても切れない関係だということです。

 

そうすると、心は感情の世界とも言えます。

実際に、心の問題とは、感情の問題です。

 

怒りという感情に駆られてしまうと、言わなくてもいいことまで言ってしまうことがあります。

 

後でものすごく後悔することがあります。

 

恐れの感情で、伝えるべきことも言えなくなって、後々ストレスが溜まってしまいます。

 

感情をムキだしにするのは子どもじみているとか‥

感情的になると大人げないとか‥

 

頭では分かっているのに、いざ、そのとき、その場になると、もうコントロールできませんね。

 

 

「恋は盲目」という言葉を聞いたことがあるでしょう。

 

恋愛感情のような激しい感情に襲われると、私たちは何も見えない状態に陥ってしまう‥ ということを表しています。

 

激しい感情には、状況に対する的確な認識や理解を失わせてしまいます。激しい感情に駆られると、対象を客観的に見ることができなくなります。

 

例えば、

 

私たちが、相手のある面に対して、はじめに嫌だと感じた面だけでなく、あたかも、その人のすべての面が嫌なように感じてくるものです。

 

ついには、その嫌な感情に駆られて、その人と口をきくことも、顔を合わせることも、嫌になっていきます。

 

反対に、いったん、好きだと感じると、その好きだという感情が高まっていき、ついには「アバタもエクボ」ということになります。

 

一般的に見て、ある感情が高まると、その感情はあらゆる面に広がっていくといっていいでしょう。

 

これは、意識の対象が、自分自身の場合であってもまったく同じことです。

 

自分自身のある面に対して、嫌だと感じたとしましょう。

ところが、その嫌だという感情が高まってくると、はじめに嫌だと感じた面だけなく、あたかも自分のすべての面が嫌なように感じられてしまうものです。

 

そして、極端な場合には、自分自身の命を絶ってしまいたいと思うことさえあります。

 

このように、感情は、私たちにとって絶対性を持っているといっていいでしょう。

 

感情は抑えても消えません。

むしろ、抑えれば抑えるほど、強くなります。

 

しかし、どんな激しい感情でも、放っておけば、時間とともに自然に消えていきます。

 

けれども、その感情をなくしたいとか、なくさねばと思って、いろいろやりくりしても、必要な時間が経たない限り、感情は消えていかないものです。

 

腹が立った瞬間に、こんなにすぐ怒る自分はよくないと感じてしまうときがありませんか?

 

メチャクチャ怒っているときも、怒ったばかりの自分の感情を否定してしまっている自分に気づいてください。

 

 

感情があるということは、生きているという証拠です。

 

自分の感情を押し殺していると、自分が何を感じているかがわからなくなり、自分の心を見失ってしまいます。

 

感情を抑え続けると、無関心になり、無感動になり、無気力の状態に陥ります。

 

私の相談室には、心が動かないといって悩んでいる人たちが大勢来ます。

 

私から見れば、礼儀正しく、大人しく、やさしくて、とってもいい人たちです。

 

父親がアルコール依存症で、酔って暴れるのを見て育った人がいます。

 

自分は死んでもああいう感情的な人間にはなるまいと自分に言い聞かせてきたそうです。

 

その女性は、衝動に駆られて自分が何かをしてしまうか、自分でもわからないんだって言っています。

 

体中にムカムカしたものがつまっているとも言います。

そんな自分が、自分でもとっても怖いそうです。

 

感情は、私たちが生きているという証拠です。

 

いろいろあるものにぶっかって、何かを感じることができなくなってしまいます。

 

いったん、感情が起こってしまったら、もう、どうしようもない、っていうことでしょうか?

 

でも、感情は薄れていくわけですから、プラスの感情もマイナスの感情も、そのとき絶対と思ってもです。

 

生まれてから今まで、感情がずっと同じ強さで続いている感情ってあるでしょうか?

 

ただ、激しい感情に支配されているときには、やっぱり、その感情から少しでも早く逃れたいと思うはずです。

 

特に激しいマイナスの感情に襲われたときには、抑圧してもダメ、発散させてもダメ。

 

一体どうすればいいのでしょうか?

 

感情の付き合い

いろんなものにぶつかって、何かを感じるからこそ、あぁ、自分は生きているんだ、って思うことができます。

 

感情を押し殺して、何も感じることができなくなったら、生きているのか死んでいるのか、自分でも分からなくなります。

 

次回は、

感情が起こるには、起こる理由があるに‥

ついてお話していきますね音譜