よくいく理容店には待合コーナーに


新聞と雑誌などがおいてある。


読売新聞に、スポーツ紙は日刊スポーツだ。


これって捻じれてない?


読売なら報知だろうし、


日刊スポーツなら朝日ということに。


ま、どういう事情か知らないけど、


読売に日刊スポーツなのだ。


雑誌は、週刊現代と週刊ポストだ。


ぼくとしては週刊文春を読みたいけど、


リクエストできる雰囲気ではない。


そもそもなんのために理容店にいくかと


いえば、つまり散髪してもらうためだから。


新聞やスポーツ紙には興味がないので、


雑誌をぱらぱらとめくる。


現代もポストもよく似ている。


なんというか、兄弟みたいだ。


どっちもセックスの特集がある。そしてどちらも


想定読者は60代のようだ。


広告も、昭和の懐かしいものが多い。


ポストの袋とじはなんと、五月みどりの初ヌードだ。


読んでて、タイムスリップしたような気分になる。


でも、雑誌の編集部のひとって、20代や30代の


人たちがメインだろう。


自分たちの親世代を想定して雑誌をつくるのって、


複雑なんじゃない?

「刑事コロンボ」をみていたら、


懐かしい顔と再会した。


ジョージ・ハミルトンだ。


犯人の精神分析医を演じていた。


ハミルトンはスーザン・アントンとつきあっていた。


結婚したかどうかは知らないけど、来日したさい、


ふたりそろって「夜のヒットスタジオ」に出ていた。


スーザン・アントンは銀座ジュエリー・マキの


コマーシャルに出ていたとおもう。


とにかく大柄だった。身長180センチ。


いまではそう珍しくもないけど、当時はデカいな、と


圧倒されました。そして美人。


後にスーザン・アントンはダドリー・ムーアと交際する。


ムーアはハミルトンと対照的な男だった。


小柄だし、ハンサムでもない。


ブレイク・エドワーズ監督の「テン」でいちやく


スターになったコメディ俳優だ。


そういえばあの映画、ヒロイン役もまた大柄で美人の


ボー・デレクだった。


小柄な男は大柄な女性に惹かれるんだろうか。



ハミルトンはプレイボーイだ。


「エマニエル夫人」のシルビア・クリステルと交際していたことも


ある。ひょっとしたら、ぼくはスーザン・アントンと


シルビア・クリステルを混同しているのかもしれない。


どっちにしろ、ハミルトンが来日したのは映画の宣伝が目的だった。


その映画の名前は忘れた。共演者はスーザン・St.ジェームズという


女優。


彼女は「署長マクミラン」でロック・ハドソンと共演している。


そしてこの「署長マクミラン」はNBCの「刑事コロンボ」と同じ


放送枠で放映されていた。


だから何なの? と思わないでもないけど、とにかくそういうこと。


いま時代は太宰治だ。


そんな気がする。


これまでずっと太宰を読まなかった。


教科書で「走れ、メロス」とか、あと


故郷に関する随筆を読んだ程度だ。


なんとなく怖かった。


もともと影響されやすいタイプなんで、


太宰を読むとダメ人間になってしまう。


そんな怖れを抱いていた。


自殺はともかく、ダメ人間になって、


人生を棒に振るのではないか、と。


太宰を読むとは、そういうリスクを


とることなんだ、と思い込んでいた。



でも、又吉直樹の芥川賞受賞以来、太宰に対する


見方が変ってきた気がする。


それは一年前、錦織圭が全米オープンで


準優勝し、以来松岡修造に対する見方が


かわったことと同じような気がする。



前田日明が太宰の愛読者だと知ったのは、


かなり昔のことだ。


かれがUWFを旗揚げしたとき、プロレス雑誌で


特集が組まれた。


その特集で知った。


「選ばれてあることの


恍惚と不安と


二つわれにあり」


 プロレス雑誌の記事ではじめて読んだ。


ずっと太宰治の文章だとおもっていた。


最近になって、もともとフランスの詩人の


作品で、太宰が小説のなかで引用したのだと、


知った。


とにかく、UWFというとこの詩の一節を


思い出す。



UWFから分派した高田延彦の団体の興行を、


大阪城ホールでみたことがある。


ああ、これはプロレスじゃない、とおもったのを


憶えている。

盗撮は卑劣な犯罪だ。


それはそうなのだが、このニュースをしったとき、


ぼくは微笑ましいなとおもってしまった。


なんたって狭い側溝に身をひそめること、五時間。


ひたすら側溝の上を歩く女性のスカート内を


スマートフォンで盗撮しつづけたのだ。


その努力というか、執念に感動してしまう。


いや、悪いことんです、それはそうなんですけど、


なんだか憎めない…。



今週の気になるニュースはこれで決まり、と


おもったところ、海の向こうから超ド級の


ニュースが飛び込んできた。


あのチャーリー・シーンがHIVに感染していたことを


告白したというのだ。


HIV即エイズとおもっていたけれど、正確には違うらしい。


チャーリー・シーンは薬によってエイズ発症をくいとめている。


なぜ、告白したかというと、感染の事実をネタに強請られていた。


脅し取られた額、十数億円!


さすがハリウッドのスターは違う。


チャーリー・シーンといえば、父はあのマーティン・シーン。


兄はエミリオ・エステベスという芸能一家だ。


「プラトーン」や「ウォール街」などでスターダムにかけあがった。


同世代にトム・クルーズがいる。


あるインタビューでクルーズのことをきかれ、


かれは別格だ、と答えていたのが強く印象に残っている。



最近のチャーリー・シーンは映画というより、


ゴシップで名前を聞くようになった。


ああ、壊れている、というのがぼくの彼にたいするイメージだった。


四年前にHIVの感染を知ったという。このところの乱痴気騒ぎというか、


破天荒ぶりはそれが原因だったのかなぁ。


チャーリー・シーンから十数億の金を脅し取った人間は誰?


いま気になるのは、そのことかな。

「痛快! 明石家電視台」をみた。


録画しておいたのだ。


久し振りにみたのだが、番組の構成が


かわっていた。


それはともかく、この回のゲストは


プロレスラーの蝶野正洋だった。


妻との話。プロレス業界の変人奇人たちの


エピソードなど、どれも楽しかった。


滑舌の悪いレスラーとして、長州力と


天龍源一郎のふたりがVTR出演していた。


昔、プロレスラーがバラエティ番組に出ると、


空気を読めない人種としてあつかわれることが


多かった印象がある。


番組サイドもレスラーをキワモノというか、


サーカスの動物並にあつかっていたような…。



番組をみて、蝶野正洋ってクレバーなレスラーなんだと


おもった。


いっしょに並んだ「雨上がり決死隊」のふたりとなんら、


トークにおいて遜色がない!


宮迫はともかく、蛍原には勝ってるんじゃない?


闘魂三銃士のころからみているけれど、


まさかこれほどバラエティー番組になじめるとは。


ところで蝶野の得意技はいわゆる喧嘩キックだけれど、


いまも使っているんだろうか。


さいしょ、「やくざキック」といっていたのに、


途中から「喧嘩キック」と改名されたのだ。


そこには大人の事情があったらしく、しかたないと


納得したものの、


なんともいえない脱力感をおぼえたもんでした。

昨日15日に天龍源一郎が現役を引退した。


六十五歳!


プロレスラーは選手寿命が長いなぁ。


天龍は好きなレスラーのひとりだった。


新日本プロレス派だったぼくは全日本の試合を


観ることはなかったけれど、


天龍とジャンボ鶴田の試合だけはできるだけ見た。


感動した。熱い。


天龍ってレスラーはとにかく、技のひとつひとつに、


重みがあった。


軽量級のレスラーの跳んだりはねたりには、見た目で


劣るけど、無骨というか、痛みがこっちに伝わってくるのだ。


時代劇でいえば、タイガーマスクのプロレスは東映時代劇。


天龍のプロレスは、黒澤明だ。まさに革命。


プロレスを見なくなって十年にはなる。


それでも天龍や長州は現役引退をしないものだとおもっていた。


なんだか、寂しい。

将棋の本が難しい。


すごく高度になっている。


いったいいつからこうなったんだろう。


たしかにアマ名人を目指すようなアマチュアにとっては


いいことなのかもしれない。


でも一般的な将棋ファンにとっては、


ちとしんどい状況が続いている。


読んでもなかなか咀嚼できない。


でもライバルが読んでいるのだから、


遅れをとるわけにはいかない。


たのしかるべき将棋が苦行となる。


最近、見るだけの将棋ファンが増えているという。


それも無理ないかな、とおもう。


指す将棋ファンは続ければ続けるほどハードルが


高くなるのだ。


書店の実用書の棚をのぞいてみると、


ごく初心者向けの本と高度な定跡本に


二分化されている。


ぼくのようなそこそこの将棋ファン向けの


本が極端に少ない。



最近、ゴーストライターが脚光を浴びている。


出版界ではさほど否定的にとらえられていない。


将棋の本もほとんどゴーストライターが書いているようだ。


すると将棋の本が難しいのは、棋士のことばを


わかりやすく翻訳するゴーストライターの力がさほどの


ものでもない、ということになるのかな。

ラジオをきいてたら、カリーナEDの話になった。


カリーナというのはなんでも星座の名前から


とったらしい。


EDのほうはというと、もちろバイアグラのあれじゃなくて、


たしかエレガントとか、ドレッサーとかの名前の


頭文字なんだそうだ。


パーソナリティーはカリーナEDが発売された年の


話題を開陳する。桑田・清原コンビが活躍した。


つくば万博が開かれた年でもあるそうだ。


ぼくはつくば万博いきましたよ。


で、未来へのじぶん宛の手紙というのを書いた。


どういうわけか、届かなかったけど。


ま、書いた内容を覚えているから、別にいいけど、


なんですが。

BSでジャイアンド馬場の特集をみた。


若いころの映像が新鮮だった。


いいからだをしている。それが驚き。


ぼくのイメージでは、身長のわりに肉が


あまりついていない、というのがあったから。


動きもスローモーで、どこかのどか、というか。


人柄はともかく、レスラーとしてどうなんだ、と


割と否定的に見ていたのだ。


それはぼくがライバルのアントニオ猪木のファン


だったせいもある。


猪木の挑戦から逃げているという印象を持っていた。


でも、当時の見方はあまりに偏ってたかも、と


この番組をみて反省した。


なにより、アメリカ時代の馬場は素晴らしい。


ぼくの知っている馬場とは別人という気がした。


もし、猪木と馬場との対戦が実現していたら…。


「週刊プレイボーイ」でそんな特集があった。


開高健がコメントしていたのをおぼえている。


当時は猪木乗りが多く、開高健もそんな一人だった。


ぼくもそう思う。


ただ、プロレスの試合として成立したかとどうか。


殺伐とした試合になった気がする。


後年の異種格闘技のような。


やっぱり、実現しなくてよかったんだ、とあらためて


おもった。

映画にこんなシーンがあった。


男が偶然、殺人現場を目撃してしまい、


殺人者に追われるはめになる。


男は自転車で逃げ、殺人者は自動車で追いかける。


その場面のことについて、


いっしょに映画を見た彼女はツッコミをいれた。


追手は自動車で小回りがきかない。


男は路地に走りこめば逃げ切れるのに、と。


「あれって、やっぱり見せ場をつくるために、わざと


男に広い通りばかり、逃げさせたのね」


そんなことはない、とぼくはいった。


人間、必死になると頭がまわらなくなるのだ、と。



こんな経験をした。


高校生だった。チャリンコで通学していた。


交差点で、右折するクルマと接触しそうになり、


ぼくは罵声のひとつも


浴びせたかったが、ぐっとこらえた。


そのかわり、歌舞伎役者もかくやとばかり、にらみつけてやった。


怒鳴るより、じゅうぶん運転手に反省させた、とおもった。


しばらく歩道をはしると、エンジン音がひびきわたった。


「? 」 とふりかえるとさっきのクルマが猛然とおいかけてくる。


あわてて歩道をおり、右手の道に走りこんだ。


クルマは追ってくる。自転車と自動車じゃ勝負にならない。


クルマはアクション映画さながら、ぼくの前で急停車し、


行く手をふさいだ。


クルマから降りて来た男は、あきらかにそっち系のお兄さんだった。


いまでいうと半グレかな。当時はそんなことばはなかったけど。


ぼくはひたすら謝った。もともと小心者である。


自動車と接触しそうになり、かっとなった。


それと場所がら、まさか追いかけられることになるとは


予想だにしなかった。そういったことから、性格に


につかわしくない行動をとったのである。


近くに小学生たちとその母親らがいた。


なにごとかと、こちらを見つめている。


男はちらとそちらをみやり、ぼくに捨て台詞を残し、


去った。



なぜ、路地にはしりこまなかったのか、と後でおもった。


とにかく必死だった。捕まったら、ボコボコにされる。


その恐怖で、ペダルをふむ足が空回りをおこしそうに


なるほどだった。


ぼくはこの経験談を彼女に話さなかった。


ただ、


必死になると冷静な思考はできない、と繰り返した。


それはぼくの経験から導き出した真実だったけれど、


彼女は納得したようにはみえなかった。