彼女は僕のことを突然「カーニヴァル」と呼び始めた。
「おお! 愛しのカーニヴァル!」
そんな感じだ。
失礼な友人であるコバヤシは
「カニバリズムの間違いじゃね?」
とわけのわからないツッコミを入れてきた。
意味は不明だが僕は不快に感じたので、おそらく彼の目的は達成されただろう。
カーニヴァル……それは辞書で引くと「謝肉祭」もしくは単に「お祭り」ということである。彼女は僕を祭りだと思っている。のだろうか。何にせよテンションが高い。
「なんでカーニヴァル?」
と僕は聞いた。
彼女は
「ぴったりだと思ったの」
と答えた。
どういうことなんだ。
僕は何かにつけ騒ぎの中心にいるような人間ではない。お祭りと呼ばれるにふさわしいものは全く持ち合わせていない。そしてもう三十五歳だ。いや、歳なんか関係ないし若くたってカーニヴァル呼ばわりは勘弁願いたいものではあるが、そもそも僕にはその呼び名にふさわしい要素が見当たらないのだ。
しかし彼女は
「あなた、自分で気づいてないだけよ」
よくわからないが自信たっぷりにそう言うのである。
もうなんでもいいから人前でそう呼ぶのだけはやめてくれと懇願の体である。
基本的に恥ずかしいし、コバヤシのような人間の耳に入ったらただもう面倒なだけなのである。
「コバヤシくんに何言われたってほっとけばいいじゃない」
と彼女はもっともなことを言う。
だがちょっと待てよと僕は思う。君がそれ言うかと。
「日本のカーニヴァルといったらやっぱり花火よね」
と、一瞬考えてしまうようなことを彼女は言った。
花火は確かにお祭り騒ぎだが、カーニヴァル=花火、と言う式には違和感が伴う。
「まあなんでもいいじゃない」
と彼女は無責任に言い放った。
まあそうなんだがと僕も思った。祭りなんて楽しめればそれでいいのだ。
「ああ、カーニヴァルって素敵」
と言ったそれは果たして僕のことなのか、花火のことなのか。
そう思った時、彼女は体を向けてじっと僕を見つめた。
僕も同じようにした。
花火がどんどんと鳴り響き、僕らの表情を多彩な色で照らした。
君こそがカーニヴァルだ。
と僕は思った。