障害者のための留学ガイド

障害者のための留学ガイド

Centre for Internationalisation, Equity and Sustainability in Higher Education (CIESHE)のブログです。心や体に障害を持っている方たちが留学するための学校紹介や、大学の国際化などについて書きます。

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こんにちは。今日も暑かったですね~
今日は、コウガイビルを20年ぶりくらいに発見して興奮しました。

さてさて、いよいよ山口県知事選挙の投開票日が明日に迫って来ましたね。
山口県の皆さんは、どの候補者に投票するか決まりましたか?

これだけ脱原発ブームで、脱原発を叫ばなければ非国民扱いされがちな風潮にも
関わらず、山本氏が優位に戦っているようですね。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/390996.html

今回の選挙戦を見ていて感心させられたのが、山口県民のブームに流されない芯の強さです。

東京都で同じ選挙が行われたら、確実に飯田氏が当選したでしょう。東京都民の芯の無さ、ブームにすぐ流される気質というものにはいつも呆れさせられます。

面白いと思ったのが、東京ではブームに確実にのっかる無党派層が、山口県ではブームに乗らないことです。読売新聞社が行った世論調査では、山本氏と飯田氏が同じ3割弱の支持を無党派層から得ています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120722-00001128-yom-pol

私は、ほんの僅かな時間しか山口県に滞在したことがないので、山口県の人々の県民性を知りません。しかし、今回の選挙戦を見ていると、山口県民が一過性のブームには乗っからない気質があるように思われます。そのことと、総理大臣輩出数がナンバーワンであることには、何かしらの関係があるのかもしれません。

山口県の方から聞いたのですが、現在山口県には、多くの東京からのボランティアが飯田氏のためにかけつけているそうです。飯田氏も首都圏に居を構えており、その支持者の多くも首都圏からの人間です。ニューヨークの方もいるようですが。

3.11後の首都圏の人間のヒステリーには辟易とさせられます。スーパーでの牛乳や水の奪い合いは、本当に醜いものでした。小さい子供を持った親への水の優先販売をサミットのようなスーパーは行なっていましたが、そうでもしない限り放射能の影響がでる前に寿命でなくなるような人たちが、放射能に汚染されていない水を買え、小さい子供たちが放射能に汚染された水を飲むことになったでしょう。

批判を承知で書きますが、反原発・脱原発=優しい・正義・利権なし、原発推進・原発擁護=冷酷・悪・利権あり、と考えるのはあまりにナイーブです。

反原発・脱原発を叫んでデモに参加している人間は、だれでしょうか?福島県の人たちですか?福井県の人たちですか?違います。東京を中心とした首都圏の人間です。

首都圏の人間は言うでしょう。そのような原発立地住民は、電力会社や国から利益を得ているから、原発に反対しないのだと。そのような考えを持つことは、自分たちの生活のためにリスクを引き受けてくれた人々に対する冷酷な裏切りなのではないでしょうか?

様々な選択肢がある首都圏と異なり、原発立地住民には、農業と漁業くらいしかもともと選択肢がありません。原発が立てられれてしまえば、そこで取れた農作物や魚介類は首都圏の人間はおそらく未来永劫決して買おうとしないでしょう。原発立地住民達は、確かにお金を原発から得ています。しかし、彼らは、原発とともに生きていく決意をし、それと同じかそれ以上のリスクを引き受けているのです。なぜなら、資源のない日本は、原子力エネルギーとともに生きていくと、首都圏を含めた日本人が決めたからです。電力会社や自民党そして原発立地住民だけが決めたことではありません。

それにもかかわらず、原発事故後は、多くの首都圏住民は、自分たちが一番の被害者のような顔をして、原発立地住民の意見を尊重することなく、時には反原発とならない原発立地住民を利権がらみの悪人のような扱いまでもして、反原発運動を行なっています。

これからは日本は原子力エネルギーで生きていくという選択をしたにもかかわらず、自分たちにはその選択をやめるにあたって実感できるようなコストがない(実際にはものすごいコストがかかっています)ので、首都圏住民は、あっさりその選択を覆そうとしています。

原発立地県の住民達が、どれほどの思いで原発とともに生きていくという決意をしたのかを考えることもなく、首都圏の人間は、国民全体で長期に渡り熟考せずに、事故が起こったことによるヒステリックな感情で脱原発を叫んでいます。

このように人口的に多い首都圏の住民が多数決により場当たり的な選択をし、その選択をとることによる責任を負うこともなく、地方の住民にリスクとコストを押し付けることを続ければ、地方は、決して中央の選択を信じなくなるでしょう。すでに、地方住民は、中央に対する強い不信感をもっているとは思いますが。

飯田氏を中心として飯田NPOと大学が共同で行なっているプロジェクトで、青森に大量の風車を立てて、そこで作った電力を東京都が使うようにするというものがありました。風車被害は青森県民に引き受けさせて、電力は東京都民様が使うというものです。もちろん、放射能リスクがないのだから、原発とぜんぜん違うと飯田氏は言っていたのですが、基本的なスタンスは一緒です。

飯田氏と彼の首都圏からのサポーター達が、山口県のことを本当に考えているのでしょうか?私が飯田NPOにいた間、飯田氏からスウェーデンとドイツの話は耳にタコができるほど聞いたのですが、山口県出身だということも、山口県への思いも聞いたことがありません。
飯田氏がこれなのですから、彼の首都圏のサポーターたちなどは、山口県への思いなど何もないでしょう。あるのは、脱原発への思いだけなのではないでしょうか?もちろん、彼らはそれが山口県のためでもあると考えているので、山口県への思いがあるといえばあるのかもしれませんが。

しかし、はっきりと言いますが、首都圏の人間は、地方住民のことなんて全然考えていません。国の政策に首都圏住民よりも山口県民が影響を与えることは不可能に近いですが、山口県の政策には、原則的には、山口県民しか影響を与えることはできません。ブームに乗りやすく、地方への押し付けの責任も持たない首都圏の人間の考えに影響されずに、山口県の未来は山口県民が決めるべきです。

もちろん、その選択が飯田氏ならそれはそれで良いと思います。なぜなら、今回の選挙で、首都圏のブームに流されずに、山口の誇りを山口県民の皆さんが十分に見せてくれたからです。このような地方の誇りこそが、地方の復活に不可欠なものだと私は考えます。