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11:結婚式

僕は確かに、緊張する時はする男だ。
だけど、こんなに心臓が高鳴った事があっただろうか。

今日、僕はベルルと結婚式を挙げる。



「坊ちゃん、奥様のご用意ができましたよ」

待合室で、白い新郎用の上等な服を着て、緊張しつつオロオロしつつ待っていた時、サフラナが僕を呼びに来た。
結婚式を挙げるのは王都の端にある小さな教会で、家族と少しの友人だけを呼んで執り行う予定だ。

あまり大げさなものは、ベルルを萎縮させるだけだと思い、少し素朴で、アットホームなものにしたいと思った。

僕はなぜ自分がこんなにドキドキしているのかわかっている。
ベルルのウエディングドレス姿が見れるからだ。ずっと、妄想で思い描くだけだった、彼女の純白の花嫁ゴルフ 靴
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衣装をまとった姿。

ベルルが準備する部屋の前で、コンコンと扉を叩くと、彼女が「どうぞ」と声をかけた。
噛み締めるように扉を開き、僕はゆっくり顔をあげる。

「………」

白くふわりとしたヴェールがまず、目に飛び込んできた。
そして黄色い花で作ったブーケだ。

最後にベルルの照れたような顔。

窓から差し込む柔らかい日差しに、白いドレスの半分を照らされ、彼女は佇んでいた。

「ど、どうかしら旦那様。私、ちゃんとウェディングドレス、着ているかしら。何だかとても素晴らしいドレスで、私、埋もれちゃわないかしら」

「え、あ、いや……いや」

試着もしたドレスなのに、こうやってちゃんと結婚式の日に着て改めて向き合うと、なんとも言いようのない気持ちになる。こみ上げてくるものがある。
あどけなさはまだまだ残っているが、館に来た頃より、ずっとこういうドレスが様になっている。何気ない彼女の成長と、何よりその美しさに心打たれるのだ。

「き……綺麗だよベルル」

「旦那様……」

今まで何度も言ってきた言葉なのに、この日、この言葉を言うのが何だか勿体無かった。
ベルルはブーケを口元に持って行って、その青い瞳で僕を見上げた。

「旦那様も、とっても素敵よ。旦那様が白い服を着ることはあまりないから、少し緊張しちゃうわ」

「まあ確かに。僕はあまり、こういった色は似合わないからな」

「そんなことないわ。まるで物語に出てくる王子様みたい」

「………」

王子様という言葉は僕にとってとてもかけ離れているもののように感じたが、ベルルにとってそうであれば良いなと思う。
ベルルはそわそわしていた。
今、部屋には僕ら二人だけで式の開始を待っている状態だが、ベルルがすでに瞳を潤ませ、僕の袖を掴む。

「どうしたんだい、ベルル」

「旦那様……旦那様、いつもみたいに抱きついちゃダメかしら?」

「え?」

「とても我慢できそうにないの。でも、せっかく綺麗にしてもらったのに、抱きついちゃドレスもヴェールも、髪もくしゃってなっちゃうかしら」

「……」

ウェディングドレスを着たベルルにそんなことを言われ、内心とても嬉しかった。
僕も彼女を抱きしめたくて仕方がなかったが、しかしなかなか難しい。両手を広げ、わたわたと妙な動きをしてしまった。

「べ、ベルル、ブーケを隣のテーブルに置いてごらん。ゆっくりだよ」

「……うん」

ベルルはそっと、手に持つブーケをテーブルに置いて、ちょこちょこと僕の側に寄った。
僕は彼女のドレスや髪に気をつけ、軽く優しく彼女を抱きしめる。
ベルルも、僕の背に手を回した。

「本当はもっと力いっぱい抱きしめたいのに、今は無理ね」

「……」

「何だか心もとないわ」

「……はは、仕方が無いよ。今はこれで、我慢してくれ」

「結婚式が終わったら、いつもみたいにぎゅっとしてね」

ベルルは、とても物足りないというような顔をひょこっと上げて、むっとしてそう言った。
みずみずしい、春の明るいピンクのルージュが、何かずるい。ベルルの無意識な攻撃はずるい。

「良いとも。まあ、式が終わったらハネムーンだ。ずっと一緒にいられるんだ、きっと楽しいよ」

「そうね!! 私、とても楽しみだったの!!」

ベルルはいつものくせで、ウェディングドレス姿のままぴょんと飛ぼうと思ったらしい。しかし重かったのか中途半端な動きとなり、彼女も何とも言えない困った表情をした。

「あまり動いちゃいけないよ」

「……思わず体が動いちゃったの。ウェディングドレスって重いのね」

「体はキツくないかい?」

「ええ。でも胸がいっぱいなの」

ベルルはそう言うと、また僕をそっと抱きしめた。どこかためらいがちで、いつもみたいに渾身の力とはいかないが、いちいち可愛らしくたまらない。

式も始まっていないのに、もうこんなにいっぱいいっぱいで、僕はどうしようかなと思ったものだ。





式は静かに執り行われた。

パイプオルガンの奏でる音楽が、教会中に響き渡る。
司祭が僕らに永遠の愛を訪ね、僕もベルルも「はい」と答える。

協会のステンドグラスが、ベルルの白いウィディングドレスに色を付けていて、何だか僕は夢心地だった。
式の間ずっと。

そして、僕は思うのだ。ベルルのことをまだ知らない、出会った頃に何となく形だけの式を挙げなくて良かった、と。ベルルをこんなに大事に、愛おしく思う今、このような式を挙げることができて嬉しい。

僕の隣にベルルが居る事が、当たり前だとは思わない。
それはとても奇跡的な事で、きめの細かい繊細なもの。ずっとずっと、何より大切にしていかなければならない。

透けるヴェールの向こう側に見える、ベルルの横顔をしきりに確かめながら、僕は一人そう決意した。





沢山の祝いの品を貰った。

フィオナルドは僕ら夫婦に、小さめの絵画を贈ってくれた。
いつもの彼の前衛的な絵画と違い、柔らかい白と黄色と青色の目立つ、ひだまりのような絵だった。

「リノ、結婚式おめでとう。君の大事な奥さんのイメージで描いたんだ。……あ、ちなみに、このちょぼっと濁った色の部分が君だから」

「……」

正直良くわからなった。濁った部分って何だ。
だけどベルルがえらく気に入って「居間に飾りましょう旦那様」と。
彼の絵はオークションに出せば、凄い値段がつくものだ。恐れ多いが居間に飾らせてもらおう。

レッドバルト夫妻は僕らのハネムーンの手配に色々と力を貸してくれたのだが、祝いに、凄く派手な馬車を贈ってくれた。うちの馬車は茶色のシックなものだが、贈ってくれた馬車は白に金色の装飾のついた、見るからにロイヤルな感じだ。

「これでハネムーンを楽しんでくれたまえ」

ジェラルはしてやったりな顔で、ウインクをぶちかましそう言った。
正直、これでハネムーンなんてとてもとても恥ずかしいが、ベルルが「お姫様の馬車みたい!!」と喜んでいたので、まあ良いかと。ありがたいところだ。

クラウスはそこそこのお酒とつまみのセットを贈ってくれた。
個人的に身近な感じがして嬉しかったが、彼はレッドバルト夫妻の用意した馬車に気圧され「こんなので悪かったな」とブツブツ言っていた。

サフラナとハーガスは夫婦用のグラスセットを贈ってくれた。
王都のガラス工房の人気のあるものらしく、いつかベルルがお酒を飲めるようになったらぜひ使いたいと思える品物だった。僕らの方がずっとお世話になっている二人だから、この夫婦にこのような贈り物を頂き、嬉しいやら申し訳ないやら。
サフラナは「坊ちゃん立派になって」と、式中ずっと、おいおい泣いていた。彼女には色々と、思うところもあるだろう。

レーンには何も用意はいらないと言っていたのだが、手作りの木彫りの置物をくれた。

「林で見た青い鹿が忘れられなくて」

何故か牡鹿の置物で、彼がいまだに林で見た青い鹿を諦めていない闘志のようなものが伺え、何とも苦笑いが出た。いやでも、ありがとうレーン。

他にも、シグル病院の面々やチェチーリエやテール博士などからお祝いが届いた。
レッドバルト伯爵からも、個人的にお祝いが届いたが、凄すぎて言葉にならない代物だった。
何が凄いって……カタログだけ手渡されたけど、家に届いているらしいので、それはハネムーンが終わってからお披露目することになるだろう。



僕らは、決して多くはないけど、大事な人たちに確かに祝ってもらった。
それがとても嬉しい。華々しい結婚式でなくても、十分幸せだった。

幸せな姿を、僕とベルルは写真に収めた。以前写真館で写真を撮ってもらったことがあるが、そこの主人に頼んで、結婚式の写真を撮ってもらったのだ。
グラシス家の面々の写真、友人たちとの写真、僕とベルルだけの写真など。
これが出来上がるのが、楽しみで仕方が無い。


式の終わりに、ブーケを投げるイベントがあった。

「ブーケを投げるの?」

「そうだよ。そのブーケを受け取った人は次に結婚できると言われているんだ。

不思議そうに僕を見ていたベルルは、説明を聞いて思い切りよく「えい」とその黄色い花のブーケを投げた。
ベルルの投げたブーケは、奇しくもクラウスのもとへ飛んでいく。

「絶対確信犯だろ」

思わず受け取ってしまったらしい彼の顔が、ひきつっていた。
オリヴィアは「良かったじゃないあんた」と、興奮気味に大笑いしながら彼の肩をポンポン叩いていた。


白い教会の、美しい庭園で、僕らは式を終えた。
僕の隣には一際美しいベルルが居て、笑い声と、幸せに包まれて。

教会の庭園にいた妖精たちが、こそこそと植物に隠れつつ、ベルルを見上げていた。
妖精たちはそれぞれ花を持っていて、それをこちらに向けていた。
ベルルを祝福したいのだ。

「あら、空から花びらが降ってきたわ」

羽のある妖精が、白い花びらを空から撒いてくれたようだった。

「わあ……っ、見て見て旦那様!!」

「……妖精か。凄いな」

「ふふ……うふふっ」

昼下がりの、一番日差しの優しい時間帯、白い花びらをまといドレスを翻し、軽やかに笑うベルルの鈴のような声が響いた。

彼女の笑顔はキラキラしていて、僕はこの瞬間を見るために、きっと結婚式を挙げたのだ。
そう思うえるほど美しい。

誰もが息を呑むこの瞬間、彼女はまさに妖精女王だった。
そしてその人は、僕の花嫁なのだ。