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36:命婦


寒いだけでは無い。
この場所のひんやりとした空気は、特別なものだ。厳かな緊張感と神秘な雰囲気に包まれている。

「ヒーヒー……お懐かしや、お懐かしや」

僕とベルルが無言で立ちすくんでいたところ、暗がりから声が聞こえた。
思わずギョッとして、僕らはお互い寄り添う。

「ベルルロット様……ベルルロット様……」

その声はどんどん近づいて来た。
着物の裾を擦ってやって来た者は、背中の曲がった小さな老婆で、失礼ながら僕は少々恐怖を感じたジャケット ファッション
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。彼女のその瞳はカッと見開かれていて、しわだらけで、老婆は白い着物を身につけている。

「……だ、だれ」

ベルルは、その者が誰だか分からないようであったが、それでも老婆をじっと見つめ、側に寄って行く。

「ベルルロット様、おばばの事をお忘れですか。ああ、大きくなられて。……ああ、何とまあ、お妃様にそっくりな……」

「……おばば?」

ベルルはその老婆の手を取って、じっと何かを考えていた様だが、じわじわと涙を浮かべ始める。
僕は彼女に記憶が戻ったのかと思い、少しばかり焦った。

「……ごめんなさい。あなたの事、覚えていないのだけど……でも、おばばって呼んでいた人が居たって事は何となく覚えているの。だって何度も呼んだ事があるように思えるんだもの。それがきっとあなたなのね」

「ええ、ええ。私があなたのおばばですよ。ベルルロット様とお妃様のお側で仕えておりました。“雪の命婦”と呼ばれるこの御堂の管理を務める女官でございます」

「雪の命婦……」

僕はベルルの後ろで、その名を呟いた。
雪の命婦はベルルに縋る様に、瞬きもせず彼女を見つめるので、ベルルはオロオロとしていた。
なかなか迫力のあるお婆さんだが、震える体と滲む涙から、彼女がいかにベルルの帰還を喜んでいるのか分かる。

そうだ。ここにはベルルの幼い頃を知る者、ベルルと関わりのある者が、きっととても多く居る国なのだ。






「そうですか、あなた様がベルルロット様の旦那様。ええ、聞いておりますとも……魔王様のご病気を治す薬をお作りになった、偉大な魔術師様であると」

「……いや、偉大だなんて、そんな」

僕は頭を掻いて困り顔。
雪の命婦は「ヒーヒー」と苦しそうに笑いながら、僕をじっと観察していた。
見開かれた目に、思わずごくり。

「お妃様も確か、あなたと同じ西の国からやって来られました。……ベルルロット様の青い瞳は、お妃様譲りじゃあ……」

「……お妃様、ですか」

そう言えば、そうだ。
確か旧魔王の妃である、妖精女王は、西の生まれ。
あの髪の色と瞳の色、顔立ちはまさに西国特有のもので、妖精の申し子が生まれやすいのも妖精の多い西国の方が圧倒的に多い。特にリーズオリアは、妖精に愛された国だと言われている。妖精の申し子も他国に比べたら多く確認されている。

ベルルの母親は、どこからどのように、この東の最果てにやってきて、旧魔王の妃になったんだろう。

「ねえおばば。お母様って……いったいどんな人だったの?」

ベルルが初めて自分の母親について、尋ねた。
やはり彼女の中で、母親に対する興味があったんだろう。

「……」

雪の命婦は見開かれた瞳をすっと細め、遠くを見つめる。

「あの方は……まさに光に包まれた様な、妖精の女王様でございました。西国からの使いの一人としてこの国にやって来た“シャーロット様”が、陰気な空気の漂っていたこの国を、その明るさとお優しさで変えてしまった。……そう、旧魔王様もシャーロット様に変えられた。もう100年程お一人で魔王という座の責務を果たしていた旧魔王様の御心を癒し、あのお二人はやがて愛し合ったのでございます」

「……シャーロット」

西国の使いの一人。
シャーロット。

僕らの知らなかったベルルの母親の名前である。
ベルルは自分の母親の名前を小さく呟いた。

「あの、と言う事はシャーロットさんは、もともとこの国に居た方ではないのですね?」

僕は確認する様に、雪の命婦に尋ねた。

「ええ……あの方は、確か……騎士様を護衛にこの国へいらっしゃった。そう、あのレッドバルト様と……」

「……レッドバルト?」

僕はその言葉を聞いた時、少しだけ眉を寄せた。
そう言えば、レッドバルト伯爵も以前東の最果ての国に滞在していたと言っていた。

その時の事だろうか。
ならばシャーロットさんはやはり、リーズオリアの人間だと言う事だろうか。
妖精学の権威であるテール博士も、シャーロットさんの事を知っていた。

ベルルの母親とはいったい何者であったのだろう。

「ねえ、おばば。……お母様は、私の事……その、どんな風に思っていた? 大事だったかしら?」

ベルルがモジモジしながら、そう尋ねた。
雪の命婦はその瞳をさらにカッと見開き、じわじわと涙を一杯に溜めた。
ベルルは変な質問をしてしまったのでは、と焦った様子で居た。

「お、おばば、ごめんなさい……。泣かないで、おばば」

「いいえ、いいえベルルロット様。思い出してしまったんですよ、13年も昔の事を。……お妃様は、それはもうベルルロット様を愛おしそうにしておられました」

お懐かしや、と何度も口にする雪の命婦。
ベルルの手を、そのしわだらけの手で握って、沢山の事を思い出そうとしていた。

「お妃様は、よく庭園を散歩なさっていたんですよ。まだ赤子のベルルロット様を抱え、あやしながら」

「……本当? お母様、私の事、あやしてくれたの?」

「勿論でございます。普通は乳母がやる様な事も、全てご自分でなさって。ベルルロット様の事を“可愛い小さなベルル”とお呼びになって、常にお側を離れず。若様を魔界の連中に連れて行かれ、悲しみに暮れていたお妃様でしたが……ベルルロット様の屈託の無いお可愛らしさに、お妃様は癒されていたのです」

「……お母様」

ベルルは視線を僅かに落とした。
彼女が何を考えているのか、まだ僕には良く分からない。
ただ瞳を微かに揺らし、隣に居る僕の腕の服をより一層ぎゅっと握った。

僕は想像してみる。
以前僅かに垣間見た、あの金の髪の美しい妖精女王が、幼いベルルを連れてあの庭を散歩している姿を。
それはやはり、母と子の当たり前な、温かい姿である。

雪の命婦は「いけませんねえ、年寄りは昔話が多くて」と、着物の袖で涙を拭った。

それからはこの御堂の魔獣の像や、壁画の説明をしてくれた。
僕は今の12匹しか知らないが、かつてはオオワシの大魔獣や、クジラの大魔獣、大猿の大魔獣なんかも居たんだとか。

ベルルは自分の母親の事を聞いて、心ここにあらずと言う様にぼんやりとしていが、僕はそんな彼女を気にしつつも、歴史ある御堂の遺産に目を奪われていた。

特に何と言っても迫力があったのは、ローク様の像だ。
何度も見て来た黒竜の姿であるが、こうやって厳かに祭られているのを見ると、やはり歴代の魔獣の中でも圧倒的に恐怖を感じる。存在感がある。

今、ローク様と契約しているのが自分であるのだと言う事をこの時ばかりは忘れて、僕はまるでおとぎ話に出てくる憧れの存在を見上げている、そんな気分だった。






御堂を出ると、明るくも真っ赤な空から、雪が降っていた。ひらひらと舞う綿雪だ。
吐く息は白く、風も冷たい。

「まあ、雪よ、旦那様」

ベルルが空を見上げた。いつものベルルなら喜んで飛び跳ねた所だろうけれど、今年初めての雪を見たベルルはどこか切な気で、思わず彼女の腰を引いて、頭を撫でた。

「旦那様?」

「……初雪をこの地で見るとは思わなかったね、ベルル。真っ赤な空から雪が降るなんて、あまりに珍しい景色だ。雪雲も赤く見えるね、この国は」

「そうね……でもとても綺麗だわ。真っ白な雪のはずなのに、何となくオレンジ色にも見えるの」

ベルルは手のひらを空に掲げて、フワッとした綿雪を捕まえる。
目の前に持って来た時には、もう溶けてしまっていたけれど。

そう言えば、一年前の事だ。グラシスの館へ帰る途中、初雪を見たベルルは、雪を知っている気がすると言っていたっけ。ずっと地下牢に閉じ込められていたのに、雪を知っていると言った彼女に、僕は幼い頃の記憶がわずかに残っているんだろうと思っていた。

まさに今、彼女はこの“東の最果て”の地で降る雪を見上げているのだ。

「この雪なら、明日には積もるかな……」

僕はポツリと呟いた。
ベルルは僕を見上げ、不思議そうにしている。

「積もる? 積もったら、旦那様、また遊んでくれる?」

「ん? それは勿論、良いとも。大魔獣達とも一緒に、去年の様に雪遊びをしよう。きっと楽しいだろう」

「……うん!」

ベルルはやっと笑顔になって、ぎゅーっと僕に抱きついた。

「……」

可愛い小さなベルル……

ベルルの母は、幼い頃のベルルをそう呼んでいたらしい。
でも、今のベルルもそう変わらない。僕にとっては、可愛い小さな“僕の妻”のベルルである。