
大東亜戦争で日本は敗戦国となりました。
戦勝国である連合国は
日本の復讐を大変恐れたといわれています

そのためGHQ連合国総司令部は
教育改革と称し日本の歴史・伝統を否定する
プログラムを徹底的に仕組みました

ウオーギルトインフォメーションプログラム
といいます

戦前の日本は国民に対し
教育勅語で
「臣民は平等である」思想を
修身で
「正直で勤勉であれ」と
神話で
「日本は特別な国である」という
プライドを持たせました。
そのため明治維新からたった40年で
近代化に成功し
日露戦争に勝つという奇跡を成し遂げました

大東亜戦争で日本軍と戦ったアメリカ軍は
日本軍の強さに戦慄しました。

硫黄島の戦いで日本軍は玉砕し
1万人の犠牲を出しました。
しかし同時にアメリカ軍もまた
2万人の死者を出しているのです

戦争末期、日本が降伏せず
アメリカ軍が日本に上陸し
本土決戦になったら、アメリカは
100万の若者を失うだろうと推測しました。
終戦の15年後1960年からの
ベトナム戦争でのアメリカ人死者数は
6万人です。
それでも全米中に反戦運動が起きました。
それと比較しても
アメリカがどれほど日本軍を恐れていたか
想像できます。
かつて戦った相手で
日本ほど強い敵はいなかったのです

日本人は他国との戦争が
非常に少ないので知りませんが
敗戦国が戦勝国に復讐するというのは
歴史の法則です

フランスとドイツの確執はその例です。
1806年 フランス勝利
ナポレオンがドイツのベルリンに入場
1871年 ドイツの勝利
プロイセン(ドイツ)王ウィルヘルム1世が
フランスベルサイユ宮殿「鏡の間」でドイツ帝国成立宣言
1915年 フランスが第一次大戦でドイツに勝利
巨額の賠償金を請求
↓
ドイツ国民は塗炭の苦しみ
↓
ヒトラー登場
1940年 第二次大戦 ドイツ勝利
ナチス軍パリ入場
戦争というのはこの「復讐の繰り返し」ということを
欧米列国は当たり前に知っていたのです

実は大東亜戦争中にも日本は復讐をされたと
思われる事例があります。
1945年3月10日東京大空襲の日は
日露戦争で奉天大会戦
日本がロシアを破った「陸軍記念日」です。
戦前は国民の祝日でした。
1944年の陸軍記念日式典。
奥の建物は朝日新聞東京本社(東京・有楽町)
同年5月27日の「海軍記念日」にも奥の建物は朝日新聞東京本社(東京・有楽町)
二度目の東京大空襲をしました。
日露戦争の戦勝国である
日本の記念日に合わせるように
非戦闘員である女子供を無差別に
10万人以上も焼き殺したのです。

日露戦争の日本の勝利はアメリカにとって
「黄色いサルのジャップが白人の大国ロシアを破った」
同じ白人として許さざる屈辱であり
同じ日に復讐をしたとも考えられています。
有色人種は白人に負けたら何をされても
「正義」になる時代でした。
インカ帝国は滅亡させられ
アフリカ諸民族は奴隷としてアメリカに売られました
白人である連合国アメリカGHQにとって
大東亜戦争で負かした日本による復讐を防ぐ方法は
日本民族を精神的奴隷化することだったのです

そのひとつ教育改革は
日本を強くした教育を奪うこと

道徳教育である「修身」「教育勅語」
プライドのより所だった「神話」歴史教育の廃止
なのです

さて日本が敗戦国であることに気づいた青年がいます。
北海道でゆとり教育を受けた25歳のkazuyaさん
彼は今年、保守言論界にキラ星のごとく現れました。
kazuyaさんは
スマイルズの世界的名著 自助論 知的生きかた文庫/三笠書房

を読み、「人生は自分の手でしか開けない」と決意。
毎日2分の動画を作り
ネットのサイトにアップするという目標を立て
見事実行。
昨年の12月のスタート時には
100人しかいなかったチャンネル登録者が
9ヶ月でなんと10万人にも達するという
快挙を成し遂げています

おまけにデビュー1年も経たず自著を出版


彼のすごさは
「誰かがやるだろうではなく自分でやる」こと

そして
「難しいことを面白く伝える」ことです

CGSでkazuyaさんは
「修身」を講師として教えてくれています。
国民一人ひとりが気づけば
戦後体制からの脱却も夢ではありません

●公開収録のお知らせ:今週末です
11月2日(土)
12時~14時「本当はすごい神道」山村明義先生
15時~17時「甦れ!神道」kazuya先生

11月2日(土)
12時~14時「本当はすごい神道」山村明義先生
15時~17時「甦れ!神道」kazuya先生
場 所:東京都中央区東日本橋3-3-3わなびば5階会議室