飲み屋のおっさん 高野行男 -238ページ目

「ポケベルが鳴らなくて」 骨髄バンク登録お願いします。

$飲み屋のおっさん、  高野行男

骨髄バンク協力願います。そんな、声を出すとき、
忘れられないお客さんが居る。


もし、あの時、このシステムがあったらと、、、今も悔やまれる。


僕が、当時28歳、お店を始めて2年目、お客さん彼女は、
っ年下の24才 関根恵子(高橋)似の美人で可愛い子だった。

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「マスター、ベルギーのビールください。
    それと、レバーペースト、、、、、」

「ごめんね。レバペーストは10個しか作れなくて、売り切れてしまった。」

いつも、友達ニ、三人で飲みに来る。
「この夏どこ行く?」
「ビーチボーイズのコンサートいかない?」
そんな話題と彼女達の笑い声が店内の雰囲気を明るくしてくれた。


「和美ちゃんは、、、ボーイフレンド居ないの?」

「出来ないの、、、まだ。」
「だれか紹介してください。」

「俺じゃダメかな??、、、」

「ダメです。、、、マスターはご結婚されてるでしょ。」

マジ、がっくりしたけど、、、、、、

すっかり、常連になって、週に1度は、
時には、一人でもカウンターに座って夢を語っていた彼女
そんな彼女が、
ある時、トイレへ立った瞬間、カウンターから落ちた、
びっこを引きながら、、歩いて帰ってくる。

どうした???運動不足かな??? 股関節のあたりを仕切りにさすりながら、
「痛いんだよね」
「テニスやって痛めたんのかしら、、、」


そんなある日、、彼女はいつものように、
僕のポケベルにメッセージが入る「700イマスカ、レバペ ホシ ヨロ」
でも、7時00分には、彼女は現れなかった。

次の日も次の週も、、、待っていたけど、ポケベルが鳴らない。

そんなある日 閉店まじか、、、彼女が現れた。

いつもの様に、一人カウンターに座り、俯きかげんにビールを飲み始めた。
「どうしたの、、、、彼氏にでも、振られちゃったか??」と半分笑いで、様子をうかがう

「マスター、、もう少し飲んでてもいいですか?」
「いいけど、電車無くなっちゃうよ。、、、、」
「家、、、大宮の先だったよね、、、、」

「俺、飲んじゃったから、送ってあげられないし 送っても、、、(笑い)」
って、話を盛り上げる。

彼女も笑いを取りながら、得意の下ネタ談義を、、、しこたまぶつけてみる。

でも、彼女のいつもの笑いは取れない。
・・・・・・・・・こらえきれなくなって、、、「どうした?」

・・・・・・・彼女は急性白血病になっていた。

空も白んできた頃まで、そうか、そうか、ただ、ただ、カウンターを挟んで、
彼女の話を受け止める。
それでも、出来る事は、、、結論も出ないまま、僕は、彼女の影を見ていた。


・・・・・・・・その年の暮、彼女は逝った。享年28 


          俺はカウンターで、独り献杯


早稲田通り沿いの早稲田松竹、リバイバルでやってた、映画「神田川」何回みただろう。

涙が止まらなくて、場内が明るくなってもその場を立ちあがれなかった。、

彼女のハンカチと、もう鳴るはずもないポケベルを握りしめいた。

$飲み屋のおっさん、  高野行男


彼女が飲みに来る、そんな時の連絡方法は
唯一、携帯でも、メールでもなく、「ボケベル」だった。

今は、この曲では、3杯飲めるんです。




この曲は、BARでジュークBOXに彼女がリクエストしていた。



今は、このブログで伝えたい事

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一日でも早く、貴方の協力をまっています。
何千人に一人の割合で、あなたが、一人の命を救う事が出来ます。

また、パートナーや、新しく出会った方への 安全安心にもなります。
HIV、B型肝炎など、出会ったパートナーを守るためにも、ご協力ください。
  





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ウイスキーは、お好きでしょ   俺は18才デビュー

小雪さんのCMもいいんだけど、、、ハイボールは、サントリーオールド(だるま)なんだよな。



インベーダーゲームも、改造バイクでバリバリするのも引退

駅の近くの小さなスナック
カラオケもまだ無い、
30代のママと20代のボーイ
8人も入れば、いっぱいのカウンター
流れてくるBGMも 有線リクエスト
ママが、電話で、リクエストを入れてくれる。

吸えないセブンスターを買い、くゆらせる。
オールドが、若者で 角は大人
後にポールアンカのCMでスーパーニッカの時代が始まる。

大人な気分になりたい、そんな年頃
一晩で、飲み干すダルマ


親父が大切にしまってあった、オールドパー
あの瓶見ると、今でもあの怒った親父の顔と声が聞こえる。



こんな曲を聴きながら、ハイボールを作ってもらう。


時代は流れた、でも、ハイボールの時代が再来、、、なんとなく嬉しい気がする。

演歌だ!!



1992年暮れ、、マイナス26度のカナダ トロントの寿司屋でバイトしていた。

留学という親の期待をよそに、気ままに、遊学
英語よりスペイン語の方が、意思疎通できちゃったくらい、
当時のセレブ家庭のメキシコ人留学生相手に遊んでいた。


ごく普通のサラリーマン家庭に育った俺に毎月6万円の仕送りは、
当時、親は、さぞ大変だった事だろう。

とは言え、カナダ$1=210円くらいだっただろうか、、、
貨幣価値からすると、3万円くらい
とても、生活出来ず、、、とは言え、親の懐を知ってる以上、おねだりもできず。。

雪かき(一晩$100でも、違法だから、$60)、寿司屋のバイト($4/h+チップの分け)
と掛け持ち、今みたいにワー・ホリ制度なかったもんで、、どこでも裏の方々居るもんで、
その方々にお願いして、何とか、かんとか、生活つないでいた。
それでも、ときどき、移民局(警察)が査察に来れば裏から逃げる。
毎金曜払い、、、そんな金曜に限って、査察が入る。
最悪だ、、、、バイト料ももらえず、逃げる!腹も空く。

韓国人が経営していた。日本風居酒屋「故郷」Bloor st Churchだったかな、今もあるのかな?
洗い場担当は、一番逃げやすいがチップがもらえない。
それでも中国人とイラン人にまじって、日払いでもらえる事を条件に入れてもらう。

腹がへった、、、彼らの目を盗んでは、洗い場に上がった寿司桶に残った寿司をつまみ食い。
まかないは、2ドル50セント 割り勘で払わなくてはいけないのだが、
そんな金は払えないと、、、天ぷらの残りをつまみ食い。

ばれて、コテンパンに殴られた。  
日本に帰りたい。。。でも、、まだ、何も手に入れていない自分に腹が立つ、、、後押ししてくれた、方々の顔も目に浮かぶ、毎週送られてくる手紙に涙が落ちる。

「竜馬がゆく」司馬遼太郎の中に、
「男子、志を立ちて郷門を出ずんば、死すとも帰らず」


そんな言葉も、想いをめぐらす。

そんな時、、、店内から流れてきた、曲がこれだった。 泣けた。

この前、たまたまた、細川たかしさんの歌を直接、生で聞く機会があって
(たぶん事務所とか著作権で詳しくは言えませんけど)、4曲も熱唱してくれた。


本当に、、、心に染みた。 拍手!拍手!拍手に涙が止まらない。

ボロは、着てても、心は、錦
どんな花より、綺麗だぜ、
若いときゃ、どんとやれ、男なら
人のやれない事をやれ~~~~。


俺の応援歌だった。
 


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カップンター  タイ古式マッサージ   ”ニュートン" 高田馬場

いや~~~~肩こりひどくて、、、

毎日2000メートル 1時間 BIGBOXで泳いでいるんだけどな~~~。


そうなんです。 
2000メートル泳ぐって、ちょっと凄いんですよ。
400メートルは、バタ足
500メートルをクロール
残りの1100メートルは、両足の間にブイを入れて、上半身だけで泳ぐんです。

でも、2000メートル走れって言われたら、ダメなんです。
走るより歩くより、泳ぐ方が楽なんです。


中学1年の頃、水泳大会で、メチャメチャ早い奴がいて、
凄いって感動しちゃったんですね、
来年のヒーローは俺だ!!とばかり、剣道部とは別に毎週土曜日泳いでいたんです。

選手コースではなく、既に、成人コース (オリンピックはあきらめてましたけど、)

みるみる、逆三角形の体へ

憧れの成人女性も意識し始めちゃって、「高野君!頑張って!!」って言われちゃうと
もうマスターズの大会は絶好調で泳いじゃいました。


、、、、そうだから、18か19までタバコ吸えなかったんです。

今もプールサイドへ行くとその頃の自分を思い出したりしちゃうんだな。


特に、仕事や、あれこれで、いき詰った時、

プールへ行って、、、最初は軽~く、軽~く、肺の中の空気を全部出すイメージで、
200くらい泳いだ処で、、、少し疲れて、、これくらいでいいかなって迷いが来るんだけど、、、
そこで、また、もっと軽~く、軽~く、ただ大きく息を吐いて、プールの水が白く濁る事をイメージして、、

そう、あの頃、憧れの女性も、本当に軽~く、軽~く、自然に美しく泳いでいた。

あのイメージで、、って、泳いでるうちに、 
あれこれ、むしゃくしゃしてた気持ちも、晴れ、
何も考えられなくなってきて、、、今度は気持ちいい。

「スイミング・ハイ」ってやつかな?

残り200メートルくらいになると、
逆に、もう終わりなのか、、、って達成感。

「高野君!頑張ったね!!」が聞こえてくる



それにしても、肩が痛い、、、40肩か???50?

昨夜は、痛くてとても眠れないくらい、、、、

行ってきました。

タイ古式マッサージ 「ニュートン」高田馬場 90分 9000円のストレッチコース
これが、最高!!

最初は、痛~い。痛~い。本場タイのマッサージも出張のたびに行くんですが、、、
ここのママ(美人でナイスボディー、変な意味ではありません。)が最高にいい。
飲み屋のおっさん、  高野行男-nyu-tonnmama

気がつくと、痛み忘れて、寝ちゃうんです。
最後の締めは、155センチくらいの彼女の二本の足の上で、僕の体を仰向けに、ブリッジ!!
バキバキ腰骨鳴らして、、、目が覚める。

それにしても、凄い83㌔の僕を、47㌔位の彼女が、足で支えちゃうんだから、、、
「はぁ~~い。お疲れ様」って、、、、彼女の歳、聞いてまたびっくり、、、
40才前後だど、ず~と思ってたら、


「あら、高野さん寅年?!でしょ、私もよって」「35才???」
「私、年上ですよ。」~~~~「って47+12で、、、59才」

まだ、信じられないんですが、、、カップンターでした





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うるるんネパール紀行   「日本で働くネパール人家族へのビデオレター」届ける

今年3月13日間 ネパールへ行ってきました。

$飲み屋のおっさん、  高野行男-basu

もう5回目の訪問でしたが、、かなり強行な旅でしたが、、、、
スーツケース3個に5種類、各30個のお菓子とオムロンの体温計20本
携帯血圧計20台
パソコンにビデオレター入れて、、、、


ミッションは、、、「ナマステ~~日本で頑張るネパール人お父さんを見せたい!」企画でした。

うちの会社で働く、ネパールの人たち、30人くらい居るんですが、、頑張ってるんです。
社会保険、厚生年金、住民税、源泉所得税を納め、

もう、寝るだけのベット一つで、家賃3万円、、手取り16万円くらい、
毎月6万円の仕送り=現地の物価で約70万円

もともと大家族のネパール家庭、、、、お爺ちゃん、お婆ちゃん、お嫁さん、兄弟、子供3人
くいの8人家族い、、、、、昔の日本ってこうだったんでしょうね。

そんな、中から、はるばる日本まで、出稼ぎきています。
国際電話料金もおしんで、最小に、、、、そんなお父さんの働く姿をネパールの家族に見せてあげたい。


「こんなに大きくなったんだ。
お父さんにまだ抱っこされてないんだよね。
日本のお菓子、、だよ。」

$飲み屋のおっさん、  高野行男-omiyage
「日本って遠い国で、お父さん 頑張ってよ。
元気な顔見せてあげて!」

$飲み屋のおっさん、  高野行男-papa
「息子さん頑張ってますよ!!元気で!一生懸命、働いてくれてます。」

$飲み屋のおっさん、  高野行男-mama

「父さんみたいに、りっぱな男になるんだよ!!お父さんにチンチン見せちゃえ!!」

ネパールに帰った、スタッフ。
 今も元気で、ネパールでホテル運営してるんだ。

$飲み屋のおっさん、  高野行男
$飲み屋のおっさん、  高野行男

今は、まだ、寝てるかな??
「もしもし、、」して、、パパに電話しちゃおう。

「おはよう!!」$飲み屋のおっさん、  高野行男
$飲み屋のおっさん、  高野行男




何だか「ウルルンぽくなって気ぞ!!」
今宵のお泊りは、、、こちらです
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$飲み屋のおっさん、  高野行男
あれ????携帯もつながらないぞ! え~と本社への業務報告は、、、まあ、いいか。
$飲み屋のおっさん、  高野行男$飲み屋のおっさん、  高野行男
$飲み屋のおっさん、  高野行男
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「あんた、美味しそうに食べるね?!」、、腹へったからね。
ベジタリアンになった気分だな。
このバッタ入りカレーも美味いよ。ビール飲みて~~~。
それにしても、、痩せないな、、、ネパール来たら太っちまった。
どこの、お家いっても、家庭料理食べて行けって、
てんこ盛り、、、食べても、食べても、もてなしてくれる。
ネパール流なおもてなし、、、ナマステ


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