飲み屋のおっさん 高野行男 -235ページ目

ネパールからの手紙

飲み屋のおっさん、  高野行男
飲み屋のおっさん、  高野行男




こんな手紙が届いた。

ある時、社のネパール人スタッフが
「昨晩、歯の抜ける夢を見た。」と浮かない顔をして出社した。

「会社の電話使って、直ぐにネパールの家族へ電話し、安否を確認せよ」

と命じた。

月5万円の仕送りで、家族6人が、ご飯を食べ、学校へ行ける。

半ベソをかきながら、「子供と話が出来た””」と、、嬉しそうな、切なそうに、仕事へついた。

これで良かったんだ。


3月にネパールへ行った。

日本へ行きたい。
家族のために、国、故郷を守る為に!!!

資源の乏しいこのネパール

友人の運営する日本語学校へ行った。

$飲み屋のおっさん、  高野行男


平均年齢22歳、大学の専門分野を卒業し、
皆、真剣に日本語を勉強している。
日本語3級を取得する為に、、、、
ネパール語、インド語、英語、、、そして日本語を
$飲み屋のおっさん、  高野行男$飲み屋のおっさん、  高野行男
「世界的恐慌と言われているが、東京は、どうですか?」
「僕達に出来る仕事はありますか?」
「生活費はどれくらいかかりますか?」
「IT産業はまだ、活けますか?」
「政治はどう変わりますか?」
(当時はちょうど、自民党 故中川大臣が、イタリアで酔っ払いながら、
会見をしてしまった。ネパールでも連日報道されていた。)

「政権交代はあるんですか?」
「日本の失業率は?」
「日本人は子供を産まないんですか?」
「日本の産業はアメリカに勝てますか?」
「消費税は上がるのでしょうか?」
「TOYOTAはハイブリッドでいくのですか?水素エンジンは?」
「石油は、太陽エネルギーへ以降するんですか」
「NECは、何故、PC開発を諦めたのか?」
「地球温暖化の影響は?」
3月当時、ネパールも地球温暖化のせいか、雨が6ヵ月無く、頼みの水力発電のタービンが回ない、1日6時間の電力供給しかできず、ネパールの歴史に残る干ばつ状態だった。
「中国へ、インドへ、何故技術を渡してしまったのか?」
「社会保険制度と言うものは、何故崩壊したのか?」$飲み屋のおっさん、  高野行男$飲み屋のおっさん、  高野行男
俺は、エコノミストでも、政治家でもない、彼らの質問は、授業の時間を大幅に超え
4時間におよぶ、セミナー状態となった。
「俺は飲み屋のオヤジだ!!」でも、だから、わかる話を、世論を、思い浮かぶだけの、現状報告と理想論を、論じる。」$飲み屋のおっさん、  高野行男


途中休憩なしの、朝までTV状態の激論となった。

飲み屋のオッサンなりに勝手な答えをした。

「日本もネパールも同じ、資源国ではないこと」
「社会保険制度は崩壊しても、個人の資産、生命の安全は守られている事」
「言論の自由が約束されていること」
「もうすぐ3人に1人が65歳以上になってしまうこと」
「医療システムは、問題があるが、最先端の技術が確保されていること」
「軍事力はもっているが、それを使った事のある国民は独りもいない事、湾岸戦争でも」
「自給率が約35%で、ある事」
「政権は、大きく変わるであろう事、そして、国体は大きくリニューアルされるであろう事」
「世界的には、石油エネルギーは代替えされ、、、原子力、太陽エネルギー、バイオエタノール、水素へ
取って替わり、アメリカをはじめとする、先進国のパワーバランスは大きく変わるであろう事」
$飲み屋のおっさん、  高野行男


こんな講義をしながら彼らの可能性を告げた、$飲み屋のおっさん、  高野行男


今はまだ、大学を出て、日本語3級を取っても、なかなか、日本政府は、労働許可は出さないだろう。
でも、必ず、日本は、貴方達の力を欲しがるし、必要になる。


日本は、もう既に老人の国、過去の遺産を担保に、残りの時間を買って、安心している。
今、直ぐに、気づいても、日本人だけで若返るには、20年かかる。


第一次産業の立て直しを迫られる時が来る。
林業、農業、水産業
自給自足をしなければならない時が来る。

医療従事出来る人間が必要になる。
でも、現段階で、人口は減り、大地を耕し、年寄の世話をする者が絶対的に足らない。

税収では、賄いきれない時が来る。

その時、個人の財産、生命と安心安全を担保に、近い将来、貴方達の若い力を借りる時が来るだろう。

だから、チャンスは必ずあります。


拍手はしばらく鳴りやまず、俺の名刺(飲み屋の名刺)を渡した。
$飲み屋のおっさん、  高野行男

、、僕も日本へ帰って、、で話は終えたが。(まだ、何も考えられなかったが俺は必ず君達を迎えに来ると心に誓った。)。


帰国、高田馬場の駅の周辺、、、、携帯片手に、合コンの待ち合わせをしている学生
マンガ喫茶、カラオケBOXに群がる学生、、、そう言えば我が家にも、、、、。

でも、俺達、高度成長期に生まれ、バブルをかじってきた俺達は、
天下国家や宗教を語る事はタブーと教育を受けてきたんだ。



今彼等、、社のネパール人スタッフ達が心配していることは、インフルエンザ!
何人死ぬんだろう?

「高野さん、、ワクチンはどこで買えるの?」

、、、、、、、答えに困った。

$飲み屋のおっさん、  高野行男

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昭和30年代生まれ 男子達よ、今こそ我ら鼓舞すべし!!

100年一度の大不況!!
受けて立ちましょうや!!
歴史的不況の生き証人として、、、、がっつり見届け、乗り越えようぜ!!


こんなテンションをどう引き出すか!!?こんなテーマソングは、いかが?サービス残業ガンガンだぜ!!



こんな映画も元気にしてくれるんだ。
この頃の角川映画って凄かったな。。

「戦国自衛隊」
「人間の証明」
「野生の証明」
「戦士の休息」

テーマソングがたまらない。
新宿三越裏にあった、モデルガン屋 MGC 
44マグナム スミス&ウエスタン 買いにいったもんな。



松田優作は英雄だった。
俺もいつか、カウンタックで夜明け新宿副都心ぶっ飛ばすんだ!!って信じてたんだ。



原作も3回は読んだ。
俺達のバイブルだったんだ。
バイクにはまったんだ。
今もバイク屋へ行っては、あのレーシングスーツ着たくなるんだよな。



この頃の草刈正雄がかっこよかったんだ。
ブラバス使ってたぜ!! 何故かそのあと、柳谷ポマードになっていくんだけど。



あの草刈正雄が サラリーマンNEOで、
”セクシー常務”で出来たのにはびっくりだったが、、キャラ変えたんだよな。


でも、どこかの製薬会社のCMで、彼がピンクのブラコに乗ってた、、ED治療薬、、、時代なのか、
辛かった


でも、俺はまだ大丈夫。頑張れる、いや頑張る!!

映画 少年だったんだ。

月刊誌「ロードショー」や「スクリーン」
親にばれないように、「映画の友」
(この雑誌には、ピンク映画の記事が多かった)


これらを、買っては、三流映画館、映画情報を手に入れてた。
時には、台詞が書いてあって、コピーの無い当時
ノートに書き写していたりもしたんだ。


学生350円 3本たて、
土曜日はオールナイト


高田馬場には、今も現存する、早稲田松竹、と今は無い西友ストアーの下の2件
近所では、三鷹には、当時2件(今はマンションと居酒屋)


毎月第二週は、成人映画週間、これまた、中学生だったが、身長があったので、
通っているうちに、
券売りのおばちゃんにも覚えられて、
平気に出入り出来た。$飲み屋のおっさん、  高野行男





こんなのも見ちゃったんだ。、「花と蛇」
(杉本彩より、やっぱり、谷ナオミの方が、いいんだ。)




土曜日の夜、学校をさぼっては、
飯田橋、 池袋、通っていた。


交通費をおしんで、自転車で行く。


夏休みの夏期講習の後は、決まって、映画館へ直行
1週間のうち、5日間行くのだから、3本の映画を5回見ることになる。


今はTUTAYA、、便利なんだけど、
48インチのTVとサラウンドで、観賞するのだが、、、
やはり、映画館で見るのが、良かったな。

何かがちが違う。(この話はまた別段)

この映画は、もう何回みただろう。
DVD買ってきた。
懐かしさもあるが、今は今なりの、また新たな想いや解釈が出来る。

文学小説を読んだような、、なんとも言えない気持ちになる。




「映画って本当にいいもんですね!!」
「サヨナラ、サヨナサ、サヨナラ!!」
こんなフレーズも懐かしい。

チップと笑顔   由紀さおりさん

「僕が高校生の時でした。貴女から500円のチップを頂いたんです。」
「その500円札、今も大切にしてるんです」

そんな会話をさせていただいた。由紀さおりさん。


六本木のしゃぶしゃぶ屋さんでの事
夜中に何人ものスタッフを引き連れられて、
店の店員は夜中と言う事もあって、、何だか空気が皆重い。

でも、皆、疲れていらしゃるんだ、だからこそ、

元気に!!
「はい、いらっしゃいませ!!」
「8人様、只今ご用意させていただきます。」って、セットさせていただいた。
大急ぎで、お手元、お酒、お食事をセット、、

セット完了!!「何か、ごさいましたら、御呼びください」って御付の女性へ

そしたら、由紀さんが、僕に直接「ありがとうございます。」
その目は、本当に優しく、バイトの僕にまで、気を配ってくださる。
TVの中のイメージより、、、素晴らしい方なんだって感じた。

僕も、オーダーを頂くたびに、最高の気持ちで「ありがとうございます」って

お会計が終わって、由紀さんがお帰りになる時

「高野さん、貴方の笑顔は、皆を幸せにしてくれるは、、、、忘れないでね。」って、
その500円札をいただいた。

その時の由紀さんの笑顔、、その優しい、笑顔はと言葉、に凄い力を感じたんだ。

依頼、僕は彼女のファンになった。
あれから、30年たったのだが、彼女の笑顔と言葉は、今もまだ進化し、
より優しく、力強いものになっているように感じた。



俺もそろそろ、チップを
渡せる立場になったが、、それだけの力が乗せられるだろうか、、


この方の笑顔と「ありがとうございます。」も素敵でした。
いつかまた、お会いしたい方です。


笑顔の「ありがとう」の言葉、、凄い力があるんです。

そろそろ、年末か、、忙しくなる。

もう15年以上使い込んだ、B5 革手帳カバー
毎年この頃になると、来年の1年分スケジュールページを付けたし、
一昨年の分を外す。


事務机の引き出し、にしまい込む、
もう、あふれてきている。
捨ててもいいのかな、、、、、、、古い手帳は、、、毎年悩むんだ。

見れば、1980年からのが、
懐かしい名前や、場所、メモがつい、先日のように、
思いだされてくる。
 
あ~あの人どうしてるかな?
そろそろ誕生日だ、いくつになったんだろう?

お元気かな?

スケジュールはPCのoutlookでと考えた事もあったが、
結局、手で書いた手帳の方が、いい。


クリスマスカード
年賀状の準備もそろそろ、しないと、

別に電話一本ですむかもしれないんだが、、、


年内に会っておこうと、

忘年会の知らせも届き始めてきた。

別にこの際って事もないんだけど、、、


忘年会
クラス会
勉強会忘年会
忘年ゴルフ会
忘年麻雀会
、、なんでもいいんだな、酒が飲めて、面白ければ、、、。

新年会、
新年初打ちゴルフコンペ

幹事さんへ電話したり、、、その打ち合わせしたり、
あつと言うまに、、スケジュールが埋まっていく。

この繰り返しに平安を思う。
ありがたい。