Sun, February 26, 2006

スーパーカップはレッズが制す。

テーマ:football

少々遅れましたが、ゼロックススーパーカップを浦和レッズが制しました。

今シーズン、大型補強をしたレッズとガンバの対戦は小野を筆頭にすばらしい攻撃を組み立てレッズが3-1と勝利をおさめました。

オウンゴールで先制を許した浦和は前半9分、堀之内のゴールで追いつきました。

17分には東京Vから移籍してきたワシントンが、期待どおりの勝ち越しゴール。

また、後半6分には去年も活躍した、ポンテが追加点をあげました。

新加入組みの小野からワシントンというホットラインで点数を決めることができたのはとても意味があったのではないでしょうか?

今後のレッズの勢いにもつながりますしね。

Jリーグの開幕戦にもレッズとしてははずみがつけることができました。

個人的な意見としては、レッズを応援する僕としても大きくないながらも、タイトルが取れたことは本当によかったです。

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Sun, February 26, 2006

心に焼きつく、最高のサイドストーリー

テーマ:特集

先日チャンピオンズリーグで、決勝トーナメント1回戦で、事実上の決勝戦といわれる、チェルシーvsバルセロナが行われましたね。

白熱した試合は2-1でバルセロナが勝利をおさめました。

この試合の主役は18歳の天才、バルサの30番、リオネル・メッシでした。

そしてもう一人、現在バルサの顔であるロナウジーニョの活躍も相変わらずめだっていましたね。

現在、世界一のスーパースターであるロニーの暖かい逸話を紹介しようと思います。

バルセロナの街を歩いていると、ロナウジーニョがヨーグルトを片手に白い歯をむき出しにして笑っている広告が視界に飛び込んでくるそうです。

今やロナウジーニョはバルセロナの顔であるから当然といえば当然ですね。

2年前、初めてのアジア遠征を試みたFCバルセロナが日本で得た収益は400万ユーロ(約5億3000万円)だといわれています。

そのときロナウジーニョの兄ロベルト・デ・アシスも金策に駆けずりまわっていたようですね。

かわいい弟と契約してくれそうなスポンサーを探していたのだが、ツイていないことに時代はベッカム一色でしたね。

レアル・マドリーにはいろんなスポンサーが群がっていました。

日本遠征の収益も1500万ユーロ(約19億9000万)と、バルサとは桁違い。

日本もスペインも、ベッカム熱で侵されていた時です。

あれから、2年が過ぎた今、ロナウジーニョの代理人を勤める兄のアシスが営業に駆けまわることもなくなりました。

ベッカムとの立場はとっくに逆転している。

それはもちろん、容姿端麗なベッカムとは違い、その技で世界を魅了し続けた結果といっていいでしょう。

ロナウジーニョにはたくさんのスポンサーがつき、いまでは世界各国の新聞、雑誌の表紙にもたびたび登場しています。

パリSG時代、ルイス・フェルナンデス監督に「アッカンベー」と舌を出して反抗していたのが嘘に思えます。

あのムラっけは消え、笑顔が彼のトレードマークにさえなっています。

自然と彼が宣伝する商品の売れ行きも上々。

世界から注目されることで、FCバルセロナの名も世界に馳せる。

カタラン人からすれば、バルサやロナウジーニョが有名になることでカタルーニャも世界に羽ばたく、という意味があるようです。

バルサ=カタルーニャ。

「オレたちゃ、世界でもすぐれたクラブだから」というのが、「すぐれた民族だから」という意味につながると考えているようですね。

もちろん、そうとらえる人も少なからずいるでしょうし、現在バルサに劣等感を感じているほかのクラブのファンはたくさんいるでしょう。

あれだけスペクタクルなサッカーで、常に勝利をもぎ取り続けているわけですから。

そしてその象徴であるロナウジーニョはとにかく陽気です。

ジーコ監督からは伺うことはできませんが、スペインにいるブラジル人選手たちが作り出す雰囲気は、とても賑やかなようです。

彼らの明るさを象徴するもっともなのが、音楽ですね。

ロナウジーニョもロビーニョも、ブラジルの音楽が大好きでギターを弾く才能もあると聞きます。

もちろん、踊らずにはいられないでしょう。

ちょうど、ブラジルではリオのカーニバルの季節です。

チャンピオンズリーグでチェルシーとの大一番を迎えているバルサであっても、ブラジル人たちはロンドンに遠征する前の晩もディスコでリズムをとっているとのことです。

カーニバルに行った気になって、踊り狂っていても不思議ではないですね。

そういう風に体ができているんでしょうね。

それでいて、先週まで累積警告でピッチに立てなかったロナウジーニョは、家の近所のビーチでフィジカルトレーナーと夜のトレーニングもこなしていたそうです。

チームが連敗によって苦しんでいた時期にコンディション維持に励んでいた努力家でもあります。

天才と呼ばれる選手には小生意気という条件が加えられそうなものですが、ロナウジーニョにはそれも当てはまりません。

天才という言葉で片付けるのは最もかわいそうな選手であり、天才という言葉が最も似合う選手でもあります。

ほぼ毎日、レンズ越しに追いかけている地元カメラマンは、ファンの気持ちをあれほど考えている選手もなかなかいないといいます。

プレーだけでなく、人間性も尊敬してしまう、と。

それは、FKからゴールをあげた2月18日のベティス戦後のことでした。

メインスタンドの観客席最前列にはこんな垂れ幕が張り出されていました。

「ロナウジーニョ、ボクの“ダネ”とユニホームを交換して」。

ダネとは彼がCMで宣伝しているカスタード・クリーム。

CMでは客席の少年が持っていたダネとボールを交換してくれ、とロナウジーニョがお願いするわけだが、このシーンが現実と化したわけです。

今回の場合は逆の立場となっていますが。

そんなシーンがスタジアムの1箇所で見られたこの日。

ロナウジーニョはベティスの選手にユニホーム交換を断ると、ロッカールームへと続く道から外れて客席へと歩を進めたそうです。

突如、ユニホームを差し出すロナウジーニョに父親に抱えられた3歳児ぐらいの少年は何が起こったのか不思議な顔でいたけれども、そもそもロナウジーニョは試合中にそのメッセージを読んでいたのだから驚きです。

ユニホーム交換を拒まれた選手も、そして誰もがかんじる、微笑ましい光景でした。

裸のロナウジーニョは少年からもらったダネを手にしてカンプ・ノウを去ったそうです。

世界のトッププレーヤーでありながら、世界一ファンを大切にする選手といっても過言ではなのかもしれません。

ロニーのファンは僕を含め、世界に何千、何万人といるわけですが、そんなロニーが1人のファンを大切にするというこの姿勢が何よりも感動を呼びます。

この姿勢を今後も続け、バッジョを超えるような世界で最も愛される選手になってほしいところです。

 

ユニホーム&ヨーグルト

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Fri, February 24, 2006

華麗な舞を見せ、世界の頂点に

テーマ:other sports

美しく、力強い、迫力に満ちたすべりに、満員の会場、日本全土が沸きましたね。

そうです、フィギュアスケート日本代表の荒川静香選手のオリンピック金メダルの舞いには、それを見た人全てが感動させられました。

冒頭、本当は3-3回転を決める予定でしたが失敗。

それでも2通りの32回転の連続ジャンプに成功。

手を使わずにY字姿勢を保つスパイラルでは大きな拍手を浴びました。

背中を柔らかに反らしながら滑る「イナバウアー」から3連続ジャンプへ。

観客席のスタンディングオベーションに迎えられて演技を締めくくった荒川。

対するライバルたちはどうかというと、世界の舞台で圧倒的な力を見せ続けてきたコーエンスルツカヤも、ジャンプで転倒。

安定感がある2人なだけに意外な印象をうけました。

こんなこともあり、終わってみれば、荒川の圧勝。

個別の要素に点数を付ける新採点方式が本格導入されたフィギュアスケート。

演技全体を総合的に評価する旧方式になじみ、「美しい姿勢を長く見せたい」と考え、それにこだわる荒川。

新方式に伴い、スピンの回転数やスパイラルの秒数を気にしながら滑ることに息苦しさを感じていたようですね。

競技に打ち込めなかった昨季、五輪代表を懸けた今季の苦しみ…。

今のルールでは得点にならないが、自身の代名詞とも言えるイナバウアーを長く見せたいという気持ちのために、この技で2年前、観衆を熱狂させた「トゥーランドット」を再び選びました。

そして、表彰台の真ん中へ。

「今季は失敗を恐れて小さくなっていたが、今回それはなかった」

旧採点方式では最後の世界選手権で頂点に立った荒川。

今度は新採点制になって最初のオリンピックも制覇しました。

とにかく非常にすばらしい演技でした。

また、中国国営新華社通信が、荒川静香の金メダル獲得を「冬季五輪フィギュアスケートでアジアが初の金メダル」と速報したそうです。

その新華社電は、フリースタイル男子エアリアルの韓暁鵬が中国にスキー競技初の金メダルをもたらしたことと併せ、「中・日の選手が歴史をつくる」「すべてのアジア人が興奮した日」と、両国選手の大活躍を手放しでたたえたそうです。

あれだけ日本批判が多い中国での速報ですからとてもうれしいですね。

アジア全体からも注目されているようです。

これからも頑張ってほしいところです。

それから安藤美紀4回転ジャンプは成功しませんでしたね。

残念でしたが、次のオリンピックで彼女だけの大技、4回転を決めてほしいです。
村主選手はメダルにあと一歩でしたね。

それでも2大会連続入賞はすばらしいことだと思います。

本人は次のバンクーバーにも出場したいと言っているようですので期待したいです。

また、今回は出場しなかったですが、バンクーバーでは浅田真央にも期待したいです。

これからも日本の女子フィギュアスケート陣には注目していきたいです。

 

荒川しずか

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Mon, February 13, 2006

移籍マーケット、総まとめ。

テーマ:football

■イングランド
<チェルシー>
マニシェ ←(ディナモ・モスクワ/ロシア)
<ブラックバーン>
フローラン・シナマ・ポンゴル ←(リバプール/イングランド)
<トッテナム>
ダニー・マーフィー ←(チャールトン/イングランド)
<バーミンガム>
クリス・サットン ←(セルティック/スコットランド)
<フラム>
ウェイン・ブリッジ ←(チェルシー/イングランド)
マイケル・ブラウン ←(トッテナム/イングランド)
<アーセナル>
エマニュエル・アデバヨル ←(モナコ/フランス)
テオ・ウォルコット ←(サウサンプトン/イングランド)
<マンチェスター・ユナイテッド>
パトリス・エブラ ←(モナコ/フランス)
ネマニャ・ビディッチ ←(スパルタク・モスクワ/ロシア)
<チェールトン>
マーカス・ベント ←(エバートン/イングランド)
<リバプール>
ヤン・クロンカンプ ←(ビジャレアル/スペイン)
ロビー・ファウラー ←(マンチェスター・シティー/イングランド)
<ポーツマス>
アンドレス・ダレッサンドロ ←(ボルフスブルク/ドイツ)
エマニュエル・オリサデベ ←(パナシナイコス/ギリシャ)
ベンジャミン・ムワルワリ ←(オセール/フランス)
<ウェストハム>
リオネル・スカローニ ←(デポルティボ/スペイン)
<ニューカッスル>
グレン・ローダー(監督)

■イタリア
<インテル>
セーザル ←(ラツィオ/イタリア)
<サンプドリア>
マルク・ユリアーノ ←(マジョルカ/スペイン)
<ウディネーゼ>
ロベルト・バローニオ ←(ラツィオ/イタリア)
ネストル・センシーニ(共同監督)
<ミラン>
アモローゾ ←(サンパウロ/ブラジル)
<パレルモ>
クリスティアーノ・ルパテッリ ←(パルマ/イタリア)
パパドプーロ(監督)
<パルマ>
マッテオ・グアルダルベン ←(パレルモ/イタリア)
<エンポリ>
マクスウェル ←(アヤックス/オランダ)
ルイジ・カーニ(監督)
<リボルノ>
カルロ・マッツォーネ(監督)

■スペイン
<ビジャレアル>
ホセミ ←(リバプール/イングランド)
<エスパニョル>
ワルテル・パンディアーニ ←(バーミンガム/イングランド)
<ベティス>
ロベルト ←(PSV/オランダ)
ディエゴ・タルデリ ←(サンパウロ/ブラジル)
<セビージャ>
ジュリアン・エスクーデ ←(アヤックス/オランダ)
<マラガ>
アントニオ・ロペス ←(セビージャ/スペイン)
<レアル・マドリー>
アントニオ・カッサーノ ←(ローマ/イタリア)
<カステリョン(2部)>
福田健二 ←(イラプアト/メキシコ)

■オランダ
<フェイエノールト>
ファン・ホーイドンク ←(フェネルバフチェ/トルコ)
ロン・フラール ←(AZ/オランダ)
<RKC>
ダニー・マタイセン ←(AZ/オランダ)
<ヘラクレス>
ステファーン・タンゲ ←(ユトレヒト/オランダ)
<アヤックス>
クラース・ヤン・フンテラール ←(ヘーレンフェーン/オランダ)

■ドイツ
<ケルン>
マルコ・シュトレラー ←(シュツットガルト/ドイツ)
ボリス・ジブコビッチ ←(シュツットガルト/ドイツ)
<ハンブルガーSV>
ナイジェル・デ・ヨン ←(アヤックス/オランダ)
アイウトン ←(ベシクタシュ/トルコ)
<デュイスブルク>
アン・ジョンファン ←(メッツ/フランス)
ユルゲン・コーラー(監督)
<シャルケ04>
ミルコ・スロムカ(監督)
<ボルフスブルク>
クラウス・アウゲンターラー(監督)
<シュツットガルト>
アルミン・フェー(監督)

■フランス
<モナコ>
クリスティアン・ビエリ ←(ミラン/イタリア)
マルコ・ディ・バイオ ←(バレンシア/スペイン)
<ニース>
ダビド・ベリオン ←(マンチェスター・ユナイテッド/イングランド)
<リヨン>
パトリック・ミュラー ←(バーゼル/スイス)
<ボルドー>
ベト ←(スポルティング・リスボン/ポルトガル)
<アジャクシオ>
ジョゼ・パスカレッティ(監督)
<パリ・サンジェルマン
ギー・ラコンブ(監督)
<サンテティエンヌ>
エルデル・ポスティーガ ←(FCポルト/ポルトガル)
<グルノーブル(2部)>
大黒将志 ←(ガンバ大阪/日本)

■ポルトガル
<ベンフィカ>
ローラン・ロベール ←(ニューカッスル/イングランド)
<スポルティング・リスボン>
マルコ・カネイラ ←(バレンシア/スペイン)

■スコットランド
<セルティック>
ロイ・キーン ←(マンチェスター・ユナイテッド/イングランド)

■ロシア
<スパルタク・モスクワ>
クインシー・オブス・アベイエ ←(アーセナル/イングランド)

■セルビア・モンテネグロ
<レッドスター>
鈴木隆行 ←(鹿島アントラーズ/日本)

■スイス
<バーゼル>
中田浩二 ←(マルセイユ/フランス)

■チェコ
<スパルタ・プラハ>
トマーシュ・レプカ ←(ウェストハム/イングランド)

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Sat, February 11, 2006

トリノオリンピック開幕

テーマ:other sports

オリンピック

トリノオリンピックが開幕しましたね。

オリンピックは世界中が注目する、誰もが認めるスポーツ界の祭典ですね。

今回はそんなオリンピックに関して、興味を持ったことを紹介したいと思います。

(夏季・冬季あわせたこととなります。)

今回の大会マスコットはネーヴェ(Neve)とグリッツ(Gliz)と呼ばれます。

モチーフはネーヴェが雪、グリッツが氷とのことです。

開会式での選手入場はギリシャから行います。

これは、オリンピック発祥の地を記念したものです。

日本のオリンピック初参加は1912年の第5回ストックホルム大会。

短距離で東京帝国大学の三島弥彦、マラソンで世界最高記録を作った東京高等師範学校の金栗四三が参加しました。

そしてこの金栗四三こそすごい記録の持ち主なのです。

最も遅いオリンピックのマラソン記録です。

世界記録を作った彼も、発参戦の緊張と気温40度という暑さのため、なんと競技途中で倒れてしまいました。

しかし棄権の報告がいかず「行方不明」扱いに。

そして時は流れ、1976年・・・

「まだ行方不明のまま走り続けてるであろう(?)金栗選手に、ゴールしていただきたい」という手紙が届きました。

75歳になっていた金栗選手は55年振りにスウェーデンを訪れました。

ストックホルム大会の途中で棄権してゴールをはたせなかった金栗選手が、

54年8ヶ月6日5時間32分20秒3でゴールを果たしました。

その瞬間「日本の金栗がただ今ゴール。タイムは55年間。これで第5回ストックホルム大会の全日程は終わりました」とアナウンスされた。

これに答えて金栗選手は

「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」

とユーモアあふれるスピーチをしました。

粋な計らいも世の中にはあるんですね。

日本初のメダルは、1920年アントワープ大会でテニスの熊谷一弥の銀メダル。

シングルのみならず、ダブルスでは柏尾誠一のペアで銀メダルを獲得。

初の金メダルは1928年のアムステルダム大会で三段跳びの織田幹雄。

ちなみに彼が三段跳びとネーミングしたようです。

日本で同競技は、それまでホスジャン=ホップステップジャンプと和訳していました。

さらに32年のロサンゼルス大会では金メダル7個。36年のベルリン大会で平泳ぎで前畑秀子が女性初の金メダル。

これまでオリンピックに出場した選手の中で最長老は1920年第7回大会でのオスカー・スパーン(72歳)。

射撃で出場し、何と銀メダルを獲得しています。

驚くことに古代のオリンピックには、女性のための物もあったとか。

もともと古代オリンピックは、ゼウスに捧げるものですよね。それに対抗して、ヘラに捧げるオリンピックがあったそうです。

種目は短距離走だけで、参加資格は、「女性であること」と「処女であること」。

もちろん全裸で行います★

優勝するとオリーブの冠と牝牛の丸焼き一頭分がプレゼント。

ついでの古代オリンピックの話をすると、観戦が許されたのは男性と「未婚の」女性。未婚なら良かったらしいです。既婚はダメ。そして、掟破りが見つかると断崖絶壁から突き落とされたそうです。

驚くべき過去もあったみたいですね。

そんなオリンピックを皆さん是非楽しんでください。

日本人選手の活躍を期待したいです。

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Sun, February 05, 2006

ダンクを決める、小さな怪物。

テーマ:特集

NBA、日本人にとってはまさに夢の世界だ。

現在、日本バスケのレベルが年々上がっていることは事実だ。

高校生の全国大会優勝チームにおいて、1年生でレギュラーを張る選手がいる。

もう少しで、NBAに届くのではないか。といわれる選手がいる。

一昔前の日本では本当にありえなかったことだと思う。

しかし、そんな日本人が今現在1人も届かないレベルにあるのが、NBAである。

僕の専門はサッカーですから、少し話はずれるが、現在日本サッカー界では、世界への進出がどんどん進んでいる。

これは日本サッカー界のレベルが上がっているかに他ならない。

日本サッカー協会の力の入れようにも感謝したい。

指導者を指導するための指導者を育てているのはサッカー界くらいであろう。

そのくらい、日本サッカー協会は日本のレベルアップに力を注いでいるのだ。

これと同じくらい日本のバスケットボールのレベルアップも早く見たい。

その1つの基準としてNBAに出場する選手が出てくる事というのがあるのだと思う。

しかし、それにはまだ少し時間がかかるかもしれない。

というのは、NBAには日本人では考えられない怪物が多く存在するからだ。

コービー、オニール、アイバーソンなど、誰もが知っている選手はもちろんのことだ。

有名な話では、プロ契約する前に「ナイキ」と100億円のスポンサー契約をした選手が射るということだ。

彼はマイケル・ジョーダンの再来といわれるくらいの才能の持ち主であるし、その注目度も半端ない。

そんなスーパースターだけを怪物というのではない。

前置きが長くなったが今回紹介する怪物はネイト・ロビンソンである。

ロビンソンは今、ニューヨーク・ニックスでプレーしている。

昨年のドラフトでサンズから1巡目21位指名を受け、サマーリーグではチームの得点王に輝く。

主力のケガもあって、開幕後も出場機会を増やし、スターターに定着した。

平均約20分の出場で、9得点、1.9アシスト。

21歳のルーキーとして、チーム内で着々と地歩を固めている。

特に、46.1%の3P率(リーグ3位)は立派の一言である。

そんな彼を怪物だというにはそれだけの理由がある。

彼の身長はなんと172センチなのだ。

それだけで驚きだろう。

NBAにおいて、172センチで通用するのだろうか!?

と思われる方も多いだろう。

しかし彼のすごさはそこではない。

172センチで悠々とダンクをきめるのである。

その光景は驚きの一言である。

彼が今後NBAで活躍し、スーパースターと呼ばれる日が楽しみである。

そんなNBAで日本人が活躍する日が来るのがたのしみである。

そんな日本人は日本ではもちろん怪物や天才と呼ばれることとなるだろう。

 
ネイト・ロビンソン


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Fri, February 03, 2006

スーパーオーナー、アブラモビッチ越え!?

テーマ:football

近年、サッカー市場を騒がせているロマン・アブラモビッチ。

現在F.A.プレミアシップ首位を独走するチェルシーのオーナーです。

現在サッカーファンの間にも、かなりの知名度があるアブラモビッチ。

石油王としてこれまでにためた莫大な資金を糧に、大物選手を次々と獲得し、チェルシーを誰もが認める世界のトップチームへと押し上げましたね。

しかし、リーガエスパニョーラには彼にも負けないオーナーが存在します。
その人物とはアメリカ国籍で旧ソ連ウクライナ生まれのディミトリー・ピーターマン
2003年、ピーターマンは当時破産寸前だったラシン・サンタンデールの株を買い占めて会長に就任しました。就任会見で、

「会長は経済的な問題だけでなく、スポーツの実務にも口を出すべきだ」

と発言したピーターマンは、まずプレシアード監督を解雇して新監督としてセグンダB(3部)のパラモスというクラブを指揮していたゴメス・コスを就任させましたた。
わざわざ無名の監督を選んだかには理由があります。

それはピーターマンの

「国を仕切っている人間にクレイジーな人間は沢山いる。ただのサッカーの監督になぜライセンスが必要なんだ?」という言葉が表わしていました。
早速ピーターマンはサッカー経験がないにもかかわらず、練習場で先頭を切ってランニングを始め、練習を指揮し始めました。
そして初戦では「サンタンデール専属カメラマン」として、2試合目では「ホペイロ(用具係)」としてベンチに潜り込んだのです。
スペインサッカー連盟の反対が相次ぐ中、3試合目からは「デレガード(試合運営責任者)」としてベンチ入りして堂々と試合を指揮したのだから驚かされます。
もちろん選手、サポーター、連盟など沢山の反対があったのだが、ピーターマン会長就任後にチームは勝ち始めて降格ゾーンを脱出するようになると、サポーターの反発も少なくなっていきました。
しかし最終的にはチーム成績の低迷と共にピーターマンへの反発が強まり、追い出される形となりましたが、2004年7月13日にはやはり財政難にあえぐアラベスの株51%を会長ゴンサロ・アントンから買い取り、会長職に再就任しました。
そして大型補強を行なって1シーズンでプリメーラディビジオン(スペイン1部リーグ)に昇格させてしまったのです。
現在、リーガ・エスパニョーラ18位と降格圏にいますが、彼の手腕しだいではもっと注目されるチームになるかもしれませんね…。

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