America and Belgium time ..+'..+*

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2015年~17年はベルギー日記
2017年8月からアメリカへ!!

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今回の旅行ではサンフランシスコに2泊して、ご飯を後回しにしちゃうくらいストイックに歩き回ったのでかなり色んな所に行くことができました。女3人での旅は常にテンション高めで、みんなそれぞれ趣味嗜好が違うのでそれもまた楽しかったり、個人的には緩急もつけることが出来てほんとにいい旅行となりました。一緒に旅行してくれた友人に感謝。

私は旅先では買い物をしないし、(昔は好きだったんだけどな)、あと有名観光地もあまり優先順位が高くありません。カメラをやっているからか、どちらかというとその街特有の何かを見つけてそれに執着して撮り続けるのが好き。今回で言うと、例えば坂とサンフランシスコらしい情景の融合(坂×ビクトリア様式の家、坂×霧など)とか。あと中華街とアメリカ独特の建物の融合。こういう要素がその土地でしか撮れない景色を作ってくれて、ユニークな写真に仕上げてくれると思うんです。そういう目線探しがとても楽しい街でした。

一緒に行った友人はショッピングやポートレート撮影が好きだったんですが、私はこういう機会じゃないとなかなかそういうのをやらないので、人との旅というのは新しいことを体験させてくれるなぁと新鮮な気持ちになりました。あと最近カメラを勉強しているので思う存分友人のポートレートを撮れて満足でした笑。

相変わらず前置きが長くなってしまいましたが、今日は中華街を紹介。

 

 

<アメリカ特有の非常階段付きのビルに入っている中国系のお店。アメリカの中華街でしか見られない情景です>

 

サンフランシスコの中華街

サンフランシスコの中華街は中国そのものと言っていいくらい、中国人による中国人のための場所でした。色んなものが中国語表記になっているのはもちろんのこと、支払い方法や通貨まで中国様式。とあるショッピングモールにあった果物売り場では(ここは中華街ではなく、「フィッシャーマンズワーフ」という有名な観光地でしたが)、中国で一般的なQRコードでの支払いになっていました。これは中国人専用です。ここはサンフランシスコでも最も有名な観光地の一つなんですが、どうやら中国企業に買収されているようであちこちに中国語のロゴを見かけました。

<Pier39という有名な観光地。真ん中二つの2個目の旗は中国語になっています>

 

<Pier39の市場にて>

 

中華街の八百屋では、価格表記が中国元になっていました。色んな国を旅してきましたがこういうのは初めて。サンフランシスコに中国移民が来たのはだいぶ前のことだからもうドルには慣れているはずなのに何故だろう。新しい世代が未だに中国から移住してきているんでしょうか。でもそもそもどうして中国元を持っているんでしょう。色んなことがとても気になる。次サンフランシスコに行くときは必ず中華街のお店に入ってみようと思いました。

 

中華街ではランチをしたのですが、時間が遅くなってしまったので予め決めていたお店が閉まってしまい、急遽別のお店へ行きました。ちなみにチェックしていたレストランは、ホテルのフロントのおじさん(とても感じの良い香港人でした)から教えてもらった、ローカルの人しか行かないという中華料理屋(New Asia restaurant という店)で、急遽行ったお店(China Live)は外国人用のとてもキレイでモダンなレストランでした。厨房に立っているのはみんな中国人なんですが、メニューは英語で、接客してくれる人達も白人かラティーノ。お店の方針でこうしてるんだろうなと伝わってきましたが、何となく複雑な気持ちになりました。味はすごく美味しかったんですが。

公民権運動後の黒人差別撤廃に伴い、アジア人差別も表面的にはなくなったのでしょうが、やはり根強い嫌中感情というか中国人に対する差別的な感情のようなものがあるんじゃないかなと感じました。じゃないと接客から中国人を外すなんてしないと思うし。先日のブログでもちょっと触れましたが、サンフランシスコの中国人人口・割合はアメリカの中でもトップです。数ではロサンゼルスに負けるものの、割合で言うとサンフランシスコが断トツ一位。なんと4人に1人が中国人です。2011年には中国系の市長まで誕生しました(二期に渡って市長を務めた後、昨年末急死してしまったそう)。

 

なんでこんなにサンフランシスコに中国人が多いのかちょっと調べてみました。19世紀中頃のゴールドラッシュや鉄道建築で安価な労働力として大量の中国人がやってきた、というのが主な理由のよう。ちょうど同時期に中国で起きたアヘン戦争により、生活に困窮する農民たちが貧困から逃れるためにアメリカにやってきたというのも中国人移民の増加に拍車をかけたそう。その後、あまりに数が多くなってしまったため、白人たちの反中感情が強まり、中国人排斥法なるものまで成立してしまい、いったん中国人移民の勢いは収まります。平等な世の中になった今、ベースの人口が大きいというのは大きな魅力になるようで、(コミュニティがあれば英語を話せなくても問題なく生きていけるので)きっと今の数まで人口が増えていったんだろうと思います。

今回旅行で接した中国人はホテルのフロントの人だったり、Urberの運転手だったりと英語も話せてとても感じの良い人たちばかりでした。でもきっと、まだ接していないサンフランシスコのディープな中国があるんだと思います。次はそういうところにぜひ行ってみたいです。

 

 

<中華街の写真。中国人ばかりです>

 
 

 

 

先週末、3泊4日で友人とサンフランシスコに旅行に行ってきました。アトランタからは西方面に飛行機で4時間半、なかなかの距離。時差もなんと3時間もあります。以前、テレビでサンフランシスコの旅番組をたまたま見て、それ以来ちょっと気になっていて、今回友人が日本からサンホセに2カ月来ていたのをきっかけに遊びに行ってきました(サンホセからサンフランシスコは車で1時間ほど)。

正直言っていつも私はあんまりアメリカに期待してないんですが、サンフランシスコはアメリカということを抜きにしても抜群に良いところでした。私がこの1年ですっかりアメリカナイズされたのかもしれませんが、断トツでお気に入りの場所になりました。1年を通して気候が穏やかというのもお気に入りポイント。夏だって最高気温は20度ちょっと。地獄のような暑さのアトランタから逃れて本当に快適でした。あと人種構成がバラエティに富んでいるというのも居心地が良かったです。白人比率は半分くらい、その次に多いのはアジア系で約3割。アジア系はアメリカ全体の人種構成では5%くらいなので、いかにサンフランシスコにアジア系(特に中華系)が多いか分かると思います。タクシーの運転手やホテルのフロント係もアジア系が多かったです。

 

<中華街と坂。横断歩道も中華風でした>

 

サンフランシスコはとにかく物価が高くて、家賃なんて月3~4000ドルします。アトランタの軽く倍。高過ぎて大変なのでみんなルームシェアして住んでいるよう。一人当たりの占有面積で言うと、狭い東京の家に匹敵しそう。サンフランシスコのホテルも他の州より高かったけれど、食費に関しては若干高いかな、といった印象でした。これで物価が安ければここに住んでしまいたいなぁ。

 

友人の案内と、入念に予習をしていったおかげで、とても効率よく観光できました。サンフランシスコと言えば、海沿いのシーフードレストランやショッピングモール、世界で一番美しいと言われるゴールデンゲートブリッジや(この橋以外にも素敵な橋は多い)、アジア外で最大の中華街、そして急峻な坂。

私が一番気に入ったのは何といっても「坂」。ほんとに坂だらけなので、この坂がいいとか特定の坂はないんですが、街全体の坂のある風景がとても気に入りました。坂の上を走るケーブルカーや路面バス、そして坂沿に建つビクトリア様式のカラフルで可愛い家たち。ポルトガルのリスボンもそうですが、坂のある街ってもう無条件に素敵ですよね。

私が魅了された坂の写真をいくつか載せておこうと思います。

 

<とある坂の頂上から。奥にはサンフランシスコ名物の霧も見えます。内陸の温かい空気が、寒流が流れる海側に流れる際に空気が冷やされて霧が発生するそう。ちなみに車に乗っているときはジェットコースターに乗っているようでした。>

 

<こんな坂がいっぱい。路上駐車も一苦労。さすがに縦列駐車ではありません>

 

<ここに住んだら足腰が鍛えられそう!>

 

<坂の多いサンフランシスコにはかかせない路面バス>

 

<見上げると路面バスの線が。

出窓が多いのもサンフランシスコの家の特徴です(写真右)>

 

<ロンバードストリートという有名な坂。

坂が急なのでジグザグにして角度を緩和しています>

 

<ダウンタウンにて。やはりここも坂。正面に見えるのはケーブルカーです>

 

 

坂の写真ばかりになってしまったので、次回はもうちょっと旅行の話を書こうと思います。

今回は私が写真の分野で一番好きなストリートフォトグラフィーも沢山撮れたし大満足。ちなみに急峻な坂が続いている様子は望遠レンズの圧縮効果を使って撮ると分かりやすいです。

坂の角度を表現するために、横から家を正面に撮るときは(上に載せている車が家の前に停めてある写真)、レンズの構造で家の線が歪むので、歪み補正をすると綺麗になります。今回はカメラの面でもいい被写体が多く、とても勉強になりました。

 

サンフランシスコ、とても気に入ったので次は夫を連れて行きたいなぁ。

 

 

前回のフィラデルフィアブログからだいぶ間が空いてしまいました…汗 忘れてしまわないうちに、今回のフィラデルフィア旅行最大の目的であったランカスターのことを書いておこうと思います。

ランカスターには大きなアーミッシュのコミュニティがあり、そこではアーミッシュの人たちの「典型的な生活」が営まれています。今回、友人からの誘いで初めてランカスターにアーミッシュの集落があることを知ったのですが、元々アーミッシュをはじめ、宗教や、宗教観に沿った生活を送っている人たちに興味があったので、すぐさま誘いに乗ってリサーチを開始。

アーミッシュはカナダやアメリカ各地に住む、ドイツやスイスを起源とした伝統的生活・規律を重んじるキリスト教系集団だそう。今でもその地方の移住当時のドイツ語を話していて、これは「ペンシルベニアダッチ語」と呼ばれています。外部にあまり情報が出ることがないので、そのミステリアスさから多くの映画、ドラマ、小説の題材にもされてきました。一番有名なのは、ちょっと古いですがハリソン・フォード主演の「目撃者」でしょうか。最後にちょっと触れようと思いますが、これはかなり名作なので一見の価値ありです。


フィラデルフィアの空港でレンタカーをチャーターし、私たちは直接ランカスターへ。2時間弱で到着。ランカスターに入ると、今までの高速道路ばかりの味気ない景色がガラリと変わり、眼前に豊かな牧畜風景が広がってきます。オススメはRoute30という道。とてものどかな風景が楽しめます。

<こういうのどかな風景が広がっています>


ランカスターを車で走っていると、実に多くのアーミッシュとすれ違います。彼らは馬車に乗ったり、アーミッシュ専用のペダルのない自転車に乗ったりして、まさに「スローライフ」を体現しています。アーミッシュは16歳になると、外の世界を知る機会が与えられ、洗礼するまでその期間はなんでも好きなことを経験することが出来るので(車の運転、タバコ、化粧、ドラッグなど…。後述するDevil's Playgroundで詳細を見ることができます)、よって車の便利さも知っているのですが、彼らは敢えて馬車や独特な自転車を選択する。私たちはより速いことを選択しますが、彼らは逆にスローを選択するんです。

でも彼らは完全にテクノロジーを拒否している訳ではなくて、それらの奴隷になりたくないだけ。よって、人が運転する車に乗るのはOKだそう。車を所有し、運転することによって欲望に火をつけてしまうんじゃないか、そしてコミュニティの崩壊につながってしまうんじゃないか、そういうことを危惧しているので、車を所有しないんですね。

ちなみになぜペダルがない自転車に乗るかというと、ペダルがあるとより遠くまで行けるから、だそう。アーミッシュの取捨選択には何でも理由があるんです。



<アーミッシュの若者が乗った馬車。未成年の馬車には屋根がついていません。

右には馬車注意の看板>

<運転しているとよく馬車とすれ違います。こちらは屋根付きなので大人の馬車>

<ペダルのない自転車>


アーミッシュの家は一般公開されていないので、昔実際にアーミッシュの家族が住んでいたという家を見学してきました。ツアーになっていて、アーミッシュの経営する店などをバスで訪れ、家の見学をして(ガイド付き)約30ドル。説明されないと頭に沢山の疑問が浮かんでくるのでこのツアーはほんとに勉強になりました。この場で1つ1つ説明していくと本くらいのぶ厚さになっちゃいそうなのでやめておきますが、とにかく沢山の細かい決まり事があります(服にはボタンを使っちゃダメ、読書は聖書以外ダメ、この日はこの色の服、勉強は何歳まで、髭のはやし方…等々)。

こうやって聞いているといろいろ大変そうですが、私が総じて思ったのは、なんだかアーミッシュって美しいな、ということです。何が彼らを美しくさせるのか、多分素朴さや、シンプルさなんだと思います。教養をつけることや、遠くに移動することを否定する点は、個人的にちょっと賛同出来ないんですが、それを差し引いてもアーミッシュはなんだかすごく気高く美しく幸福に見える。アーミッシュを題材にした本や映画がいくつもあるのも、みんな心の中でどこか、アーミッシュを羨望するような気持ちがあるからかもしれないな、と思いました。



<収穫したイチゴを売るアーミッシュの子供たち。女の子は裸足です。アーミッシュの売る農作物は無農薬で品質も良く、高級レストランなどに高く売れるそう>


<アーミッシュは乾燥機を使わないので、洗濯物が干してあったらそこはアーミッシュの家。キレイな洗濯物がとても絵になります>


<家畜のエサとなる干し草を作るサイロもアーミッシュの家の目印。サイロは結構高くて、いいものは1台2000万円ほどするそう。アーミッシュは実は裕福な人が多いそうです。草を食べて育った牛は美味しそう!(アメリカの牛は基本的に遺伝子組換えのトウモロコシで育っているので…>


<農作業をするアーミッシュの家族>


<アーミッシュの使っていた家。テクノロジーを排除している訳ではありません。冷蔵庫も使っています。ただし、これは自家発電で賄っています>



<コーンフレークも食べます。こういうところは私たちと一緒ですね>



色々書きたいことはありますが、なんだか収拾つかなくなってしまいそうなので、この辺りで止めて、アーミッシュに関連するオススメの映画を2本紹介しておこうと思います。2本ともAmazonビデオでレンタル可。


まずは一番有名な映画、「目撃者」。ハリソン・フォード扮する刑事が、とある殺人事件を追うのですが、なんとその目撃者がアーミッシュの男の子。この男の子がとても可愛いんです。あんまり書くとネタバレになってしまうのでやめておきますが、この映画ではアーミッシュの人たちの日常生活や風習が垣間見れます。


2本目は、アーミッシュの青年たちのモラトリアム期間を追ったドキュメンタリー。彼らが非アーミッシュな生活を体験して、何を思い、今後の人生をどう決断していくのか。え、アーミッシュってこんなことしちゃうの?とかなりショッキングな内容も含まれています。でも私が一番驚いたのは、車、携帯、タバコ、ドラッグ、など魅力的なものを沢山経験した上でも約9割の青年がアーミッシュになるという決断をするということ。アーミッシュは基本的に多産なので(子供5、6人は当たり前)どんどん人口が増えていっているそうです。


今週頭のMemorial day(戦没将兵追悼記念日)の連休を利用して、私たち夫婦と友人3人の計5人でフィラデルフィアに行ってきました。観光スポットもそこそこあるし、同じ東海岸なので2時間弱で行けるし、時差もないからアトランタから行く旅先としてはなかなか魅力的な場所。今回の旅の目的は、アーミッシュ(現代の技術をなるべく拒否して生きるキリスト教系の集団)の人たちの生活をちょっとだけ覗かせてもらう、というもの。アーミッシュについては別途ブログを書こうと思っているので今回は割愛。

アメリカに来た当初は中南米にしか興味がなくて、アメリカ国内なんてどこも行く所がないと文句を言っていたけれど、慣れてきてアメリカに関する知識も増えてくるとだんだん興味も沸いてくるもの。最近では国内でも行きたいと思える場所も少しずつ増えてきました。

 

フィラデルフィアがあるペンシルベニア州は現在のアメリカの基礎が造られた場所で、独立宣言や、合衆国憲法がここで起案・署名され(惜しいことにデラウェア州が5日先に合衆国憲法を批准したのでペンシルベニアは第2州となってしまったのですが)、アメリカにしては歴史を感じる場所です。アメリカ最初の13州の一つなだけあって、建国当初の13の星条旗や植民地時代の旗を色んなところで目にしました。

 

フィラデルフィアで一番有名なのは何といっても「自由の鐘」。アメリカという大きな括りで見ても自由の女神と並ぶくらい重要な存在。あまり写真映えしないからか世界のトラベラーからの知名度は低いですが(かく言う私もフィラデルフィアに行くまで知りませんでした)、自由の鐘はアメリカ的精神の象徴のような存在で、独立や奴隷解放など重要な局面で鳴らされてきたそう。長い行列に並んで(結構スイスイと進んだ)、私たちも鐘を拝んできましたが、つい「ふーん」で終わってしまいました。遺跡とかだったらもっと鑑賞しがいがあったんですが。やはりたかだか300年の歴史だと、人類の英知とか、それに対する畏敬の念とかなかなか持てない。ごめんね、アメリカ。

<これが自由の鐘>

 

一番フォトジェニックだったのが、アメリカ最古と言われているエルフレス小径(Elfreth's Alley)。ここは、小さな路地に30ほどの可愛らしい家が並ぶ住宅地で、一番古い家は1700年代初頭に建てられたそう。レンガに木製のドア、植木鉢、半地下などなど、まるでオランダの家みたい!ペンシルベニアは最初にオランダ人が入植してきたので、その影響が大きいのかもしれません。シャビーだけど、手入れの行き届いたカラフルで可愛いらしいスタイルの家は、アムステルダムの運河沿いにある伝統的な家屋そっくりだったのですが、どの家も誇らしげに星条旗を掲げて、あぁやっぱりここはアメリカだなぁと思い知らされます。星条旗って何だか能天気でイージーゴーイングな雰囲気になる気がするんですが、そんな風に感じちゃうのは私だけでしょうか。

 

個人的には中心地からちょっと外れたうらびれた住宅街が、今度はアイリッシュっぽくて気に入りました。特に、木製のフレームに飾りガラスをはめ込んだドアなんてアイルランドのスタイルそのもの。建国後のアメリカは、沢山の国から移民が押し寄せ、国籍によって社会的ステイタスや住む場所が異なっていたそう。今では意外ですが、アイルランド人やイタリア人は差別の対象だったそう。ガラス模様のドア枠を見て、もしかしたらこの地域にはアイリッシュが多かったのかもと想像してみたり。差別対象の人種構成がちょっと変化しただけで今も昔も同じですね。

 

 

<これがエルフレス小径>

<イギリス植民地時代の頃の旗(右)と13州時代の頃の旗。

赤色を抜き出してみました。写真で遊ぶのが楽しい!>

 

 

<ちょっと中心地から外れたところの路地。古いレンガ作りの家が隣同士くっつき合って建っています。この風景はベルギーのよう。アイリッシュ風のドアの写真を撮り忘れてしまったのが残念。。>

 

 

<おまけ>

フィラデルフィア名物のチーズステーキも食べました。

柔らかいパンにチーズを挟んで焼いたものに、大量のミンチ(または薄切り肉)を入れたのがチーズステーキ。味は単調で、ケチャップとマスタードがないと食べきれない!一生に一度でいいかな…。沢山歩いたのに帰ってきたら1キロ体重が増えていました。

 

 

 

 

 

 

英語教室の授業がもうすぐ終わるので、何か新しいことをしなければ!と写真教室に申し込んでみました。英語のクラスだったら参加者は外国人だし、英語が下手でも平気ですが、英語以外のクラスとなると、参加者はアメリカ人。ちょっとドキドキでしたが、写真のことも勉強できるし、なんなら英語の勉強にもなるし、一石二鳥だ!ということで参加してみました。

ベルギーにいた時も、大好きなビールのこととなると醸造の小難しい説明もフランス語でも不思議と分かりました。日常会話はよく分からなかったんですが笑。自分の好きな分野だとそれなりに知識もあるし、外国語でも意外と分かるもんです。学生の時に、素材メーカーのスペイン語通訳のバイトをしたことがあって、通訳している私はよく分からなかったのですが、日本とスペイン側のメーカーさん達は私の拙い通訳でさらっと商談を進めていたのを思い出しました。

 

アトランタには多くのフォトスタジオ兼学校のようなところがあるのですが、私の行動範囲内では、エモリー大学の生涯学習コースASOP(Atlanta School of Photography)という写真の専門学校が近かったので、スケジュールと予算の都合上、ASOPの方に決定。1コマ2時間で40ドルと結構安い。某大学の英会話教室より安いです。

参加者は10人ほどで(アジア人は私のみ)、カメラ歴、自分の使っているカメラ、どんな写真を撮るのが好きか、を自己紹介で述べていきます。写真と一口に言ってもいろんなタイプのものがあり、撮る分野によっては求められる技術もまったく違います。先生はコスプレ写真の専門で、作品を見せてもらいましたが、本当にプロ!映画のポスターみたいにすごくカッコイイ写真ばかりで興奮してしまいました。

生徒はみんな感じがよくて楽しくやっていけそう。ペットの写真を撮りたいキャロル、子供の写真を撮りたいスコット、旅好きで風景写真を撮りたいパメラ、ステンドグラス作家で、商業用の写真を撮りたいマイク、NY出身でスタイリッシュな日常の風景を撮りたいタス、友達の結婚式で素敵な写真を撮ってサプライズをしたいマリサ、などなど。みんなそれぞれの目的を持ってここに集まっていて、私たちを繋いでいるのは「写真が好き」ということなのだなぁと思うと何だか不思議な気持ちになりました。

 

今回は1回目の授業だったからか結構基本的なことも多く、問題なくついていくことが出来ました。この日勉強したのは、カメラの基本的な構造とホワイトバランス(色味の調整)について。今までは分からないことがあったらネットで調べていたので断片的な知識になっていましたが、この機会に体系的に学べて頭の中が整理出来ました。もちろん宿題もちゃんと出ます。ちなみに今回の宿題は、ホワイトバランス(色味)だけをいじって屋外と屋内で各4枚づつ写真を撮ってくること。カメラってほんとに奥が深い!一つの機能を学んでも、いくつもの機能の掛け算で一枚の写真が出来上がっている訳だから頭がパンクしそうです。このシーンではこの撮り方!と早く的確な判断が出来るようになりたいです。

<私の愛用のレンズ達。1年でこんなに増えました…計7本あります(中央のものは2つ重なっています)>

 

 

いくつか新しく知ったことや、改めて思い出したことなどメモを取ったのですが、書きっぱなしになって忘れてしまいそうなので、ここに残しておこうと思います。

 


  • SDカードにも写真撮影に適しているものがある

今までSDカードは容量くらいしか気にしてなかったのですが、転送速度というのも大事な要素ということが分かりました。高画質で写真を撮った場合、すぐに確認したくても、「読み込み中」と出てきたり、書き込み速度が遅くて次のシャッターがすぐに押せなかったりすることがありました。それを解決してくれるのが、転送速度の速いSDカード。素早く転送してくれるので今までのストレスがなくなりそう!早速本日こちら↓を購入しました。32GBの容量で、転送速度は最速の95MB/秒のもの。昔SDカードって結構高かった記憶がありますが、最近はどんどん値段が下がっているんですね。これで16ドルでした。

 

データの保存はハードドライブがオススメ

写真を撮ったらデータをどう保管しようかという悩みが付きもの。データ移行の方法には以下の3つがありますが、先生のオススメは3の方法。

  1. カメラ⇒PC
  2. カメラ⇒クラウド
  3. SDカード⇒ハードドライブ

まず、1のカメラを直接PCにつなぐのはご法度。カメラの取説には出来ると書いてありますが、これはカメラにダメージを与えてしまうそう。2のカメラ⇒クラウドですが、これは△とのこと。ちなみに私はいつもこの方法でデータを保存しています。カメラ内蔵のWi-Fiでスマホのアプリを経由して、Googleフォトに自動でアップロード。スマホとカメラさえあればどこでも出来るのですごく手軽です。Googleフォトには年会費を払って(100GBで 20ドルで)、写真を全てアップロードしています。今はいいけど、Googleがサービスをやめた時や、Googleフォトに満足できなくなった時など確かに困りそう…。これが△の理由ですね。

先生の1番のオススメはハードドライブへの保存。特に旅行などで大量の写真を撮るときはLacieというブランドのポータブルハードドライブが、容量も大きく(Max4TB)、頑丈で、外出先でのデータ保存に最適だそうです。2TBで160ドルだったので、買おうとしたのですが、夫が類似品を持っていたのでこちらは買うのを諦めました…。

 

 

次のクラスは来週の月曜日!来週はどんなことを勉強できるんだろうとワクワクです。