Through the Looking-Glass

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Through the Looking-Glass  
Through the looking glass.jpg
First edition cover of Through the Looking-Glass
Author Lewis Carroll
Illustrator John Tenniel
Country United Kingdom
Language English
Genre(s) Children's fiction
Publisher Macmillan
Publication date 1871
Media type Print (Hardback )
Pages 224 pp
ISBN NA
Preceded by Alice's Adventures in Wonderland

Through the Looking-Glass, and What Alice Found There (1872) is a work of children's literature by Lewis Carroll (Charles Lutwidge Dodgson), generally categorized in the fairy tale genre.[citation needed ] It is the sequel to Alice's Adventures in Wonderland (1865). Although it makes no reference to the events in the earlier book, the themes and settings of Through the Looking-Glass make it a kind of mirror image of Wonderland: the first book begins outdoors, in the warm month of May, (May 4),[1] uses frequent changes in size as a plot device, and draws on the imagery of playing cards; the second opens indoors on a snowy, wintry night exactly six months later, on November 4 (the day before Guy Fawkes Night ),[2] uses frequent changes in time and spatial directions as a plot device, and draws on the imagery of chess. In it, there are many mirror themes, including opposites, time running backwards, and so on.

http://en.wikipedia.org/wiki/Through_the_Looking-Glass

鏡の国のアリス

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文学
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その他 作家
鏡の国のアリス

鏡の国のアリス』(かがみのくにのアリス、Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)は、『不思議の国のアリス 』の続編として、1871年ルイス・キャロル (本名:チャールズ・ラトウィジ・ドジスン)によって書かれた児童文学 である。原題を直訳すると『姿見を抜けて、そこでアリスが見たもの』となる。

この作品の中には、対称や時間の逆転などを含めた、多くの のテーマがある。

前作、『不思議の国のアリス』が夏の日の物語であるのに対してこの物語はイギリスの冬の風物詩である「ガイ・フォークスの日 」(11月5日)の前日から始まる。

チェス [編集 ]

『不思議の国のアリス』ではトランプの一組がテーマであったが、『鏡の国のアリス』は、チェス の勝負に緩やかに基づいている。

前 作に続いて登場する人物 [編集 ]

帽子屋三月ウサギ が、ハッタ(Hatta)とヘイヤ(Haigha)として姿を見せる。

目次 [編集 ]

  • 第1章/鏡の向こうの家 “Looking-glass house” 
  • 第2章/生きた花の庭 “The Garden of Live Flowers”
  • 第3章/鏡の国の虫たち “Looking-glass Insects”
  • 第4章/トウィードルダムとトウィードルディー “Tweedledum and Tweedledee”
  • 第5章/羊毛と水 “Wool and Water”
  • 第6章/ハンプティ・ダンプティ “Humpty Dumpty”
  • 第7章/ライオンとユニコーン “The Lion and The Unicorn”
  • 第8章/ぼくの発明 “It's my own Invention”
  • 第9章/女王様アリス “Queen Alice”
  • 第10章/ゆすぶると “Shaking”
  • 第11章/目が覚めて見ると “Waking”
  • 第12章/夢を見たのはどっち “Which Dreamed It?”

注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


あ らすじ [編集 ]

ガイ・フォークス(イギリスの祭日)の前の寒い日にアリスは暖炉の前で仔猫と遊んでいました。いつものように仔猫と空想遊びをしていたアリスは暖炉 の上に掛けられた大きな鏡が通り抜けられるような気がしたかと思うと次の瞬間には鏡を通り抜けて向こう側の世界に抜け出ていました。アリスはそこで『ジャバウォックの詩 』という、鏡に映さないと読めない鏡文字の本を見つけます。鏡の中の家を出て、庭に 入ったアリスは、おしゃべりをする花たちに、花と間違えられてしまいます。さらに、その庭でアリスが出会った赤の女王様は、アリスがチェスの試合で八番目 の列まで動けば、アリスを女王にしてあげよう(プロモーション のこと)と持ちかけます。アリスは白の女王様の小さい娘の代わりにポーン となって、チェスのポーンが最初の一手で二マス動けるように、四番目の列への列車に乗ってゲームを始めます。

それからアリスは、有名なマザーグース の詩で知っているトウィードルダムとトウィードルディーと出会います。『セイウチと大工 』という長い詩を暗誦した二人は、マザーグースの 詩通りに決闘をはじめてしまいます。アリスは続けて白の女王様と会いますが、白の女王様はぼうっとしたままで、最後には羊に変身してしまいます。

次の章で、塀から落っこちる寸前のハンプティ・ダンプティ と出会ったアリスは、『ジャバウォックの詩』の意味を説明してもらいます。続 けて、やっぱりマザーグースの詩通りに振舞う、ライオンと一角獣に出くわします。それから、アリスは白のナイトによって、赤のナイトから助けられます(こ の白のナイトは、多くの人々からルイス・キャロル自身を表現したものと考えられています)。

ついに八番目の列まで進んで女王になったアリスは、赤の女王様を捕まえて、物語を通して動かずじまいだった赤の王様にチェックメイトを掛けます。そ の後、アリスは夢(それが夢だったのなら)から目をさましました。

夢からさめたアリスはそばにいた黒い仔猫のキティに「あなたは赤の女王様だったんでしょう?」と話しかけます。そして親猫のダイナにおめかしをされ ていた最中の白い仔猫のスノードロップは白の女王、ダイナはハンプティ・ダンプティだったのだろうとアリスは考えます。そして最後は自らに問いかけます。 夢の中の全ては赤の王様の夢の作り出したもの。だけどその夢を見ていたのは私。それならどっちがどっちの夢の中にいたのかしら?私?それとも赤の王様? と。

詩 と童謡 [編集 ]

  • 序詩 “Prelude
  • ジャバウォックの詩Jabberwocky (en)” (鏡の家の場面参照)
  • トウィードルダムとトウィードルディー “Tweedledum and Tweedledee (en)”
  • セイウチと大工 “The Walrus and the Carpenter (en)”
  • 「冬の野の白き時」 “"In Winter when the fields are white..."
  • タラの目 “Haddocks' Eyes” / ひどく年老いた男 “The Aged Aged Man” / 方法と手段 “Ways and Means”/ 門の上に座って“A-sitting on a gate” (Haddocks eyes (en)参照) この詩は「門の上に座って」であるが、この詩の名前や呼び方が事前に示される。
  • アリス女王の歌 “Queen Alice song
  • 白の女王様のなぞなぞ “White Queen's riddle

「か つらをかぶった雀蜂」 [編集 ]

挿絵を描いたジョン・テニエル の提案により、ルイス・キャロルはアリスと弁護士のかつらをかぶった雀蜂が遭遇する場面を 削除することに決めた。 この場面は、マーチン・ガードナー の“The Annotated Alice: The Definitive Edition (en)”に収録されている。

本文か らの引用 [編集 ]

「素晴らしいジャムなのにねえ」と、白の女王様はおっしゃいました。
「そうですね。でもわたし、今日はジャムはほしくないんです」
欲しがったって、あなたは貰えやしませんよ」白の女王様はおっしゃいました。「明日と昨日にジャムはある――でも、今日の ジャムは絶対にない。そういう規則なんですから」

(古いラテン語 で“iam”あるいは“jam”という単語は、未来と過去の中だけでの「今」 を意味する)

「足し算はできますわね?」と、白の女王様は尋ねました。「1たす1たす1たす1たす1たす1たす1たす1たす1たす1はいくつかしら?」
「分かりません」アリスは答えました。「数えそこないました」
「足し算はできないんだね」赤の女王様が話をさえぎりました。「引き算はどうなんだろね? 8ひく9は?」
「8から9を引くなんて、できっこありませんよ」アリスはすぐに答えました。「だけど――」
「引き算もできない」白の女王様がおっしゃいました。「割り算はできるかしら? パンわるナイフ――その答えは?」
「ええっと――」アリスが答えかけましたが、赤の女王様がわりこみました。「そりゃ、トーストに決まってるさ。引き算をもういっぺんやってごらん。犬ひく 骨。残ったのは?」
アリスはじっくりと考えました。「もちろん、骨は残りません。でも、骨を取り上げたら――犬だって残りません。度を失って噛みついてくるでしょうから―― それで、わたしも残りません!」
「それじゃ、あんたはなんにも残らないって思うのかい?」赤の女王様がおっしゃいました。
「それで、あってると思います」
「いつもながら、あんた間違ってるね」赤の女王様がおっしゃいました。「犬の度が残ってるじゃないか」
「だって、わたしはそんな――」
「そら、見てごらんよ」赤の女王様は叫びました。「犬は度を失ったわけだね、ええ?」
「そうかもしれませんね」アリスは慎重に答えました。
「犬がいっちまったんなら、犬の度が残ってるじゃないか!」と、赤の女王様は勝ちほこって叫びたてました。

映像化作品 [編集 ]

関 連項目 [編集 ]

脚注 [編集 ]

  1. ^ 秋山孝『キャラクター・コミュニケーション入門』角川書店、2002年。ISBN 4047040827
  2. ^ ハローキティ検定実行委員会『ハローキティ検定』サンリオ、2009年、17-18頁。ISBN 978-4387090564

外部リンク [編集 ]

ウィキメディア・コモンズ

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[記 事全文]

◇記事で紹介されたサービス
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レ アジョブ - Skype英会話
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◇そのほかにもある、役立つサービス
Livemocha,iKnow,Lang- 8でネット語学を効率的に - CIOを目指しつつの8makiのアレ(2009年2月3日)
語 学留学・語学学習 - 留学なび
語 学学習に役立つインターネット放送 - 西蘭社

無名抄

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無名抄』(むみょうしょう)は、鴨長明 による鎌倉時代歌論書和歌 に関する理論および評論の書)。正確な成立年は不詳であるが、建暦 元年(1211年 )10月以降、鴨長明没の1216年までに成立したと考えられている。別名『長明無名抄』『無名密抄』など。約80段からなる。全1巻。6種類以上の諸本が存在するが、その違いは後の人による付加部分の違いに由来する。

歌論としては、幽玄論、題詠論、本歌取りなどの技術論などを記述している。そのほかにも、先人の逸話や同時代の歌人に対する論評など多岐にわたる内容を持ち、随筆 風な記述である。後に醒睡笑 などに取り入られた逸話を含んでいる。

参考図書 [編集 ]

  • 日本古典文学大辞典編集委員会(1984)『日本古典文学大辞典』第五巻 ISBN 4000800655

外部リンク [編集 ]

放下著(五家正宗贊) ほうげじゃく
『白馬蘆花に入る -禅語に学ぶ生き方-』
(細川景一著・1987.7.禅文化研究所刊)より

 「ほうげじゃく」と読みます。間違っても「下着(したぎ)(はな)つ」と読まないでください。寒い冬の間は厚着をします。春になってだんだん暖かくなると、一枚脱ぎまた一枚脱いで薄着になっていく様子を下着を放つ(・・・・・)と説明した人がいたそうです。笑えない話です。
 「放下(ほうげ)」とは、投げ捨てる、放り出す、捨て切るの意です。「(じゃく)」は命令の助辞(じょじ)で、放下の意を強めるために用います。「放下著」、すなわち煩悩妄想はいうに及ばず、仏や悟りまでも捨て去る、すべての執着を捨て去れ、すべてを放下せよ!というわけです。
 『五家正宗賛(ごけしょうじゅうさん)』の趙州(じょうしゅう)和尚の章にある話です。

http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/060801.html

百済観音

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百済観音像模造(新納忠之介作、大英博物館蔵)(諸般の事情により原作のカラー画像を掲載できないため、模造の画像を掲載する)

百済観音(くだらかんのん)は、奈良県 斑鳩町法隆寺 が所蔵する飛鳥時代 (7世紀中期 - 後半)作の木造観音菩薩 像である。日本の国宝 に指定されている(指定名称は「木造観音菩薩立像(百済観音)1躯」)。日本における木造仏像彫刻の古例として貴重であるとともに、大正時代以降、和辻哲郎 の『古寺 巡礼』、亀井勝一郎 の『大和古寺風物誌』などの書物で紹介され著名になった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E8%A6%B3%E9%9F%B3


たける 2長ける/闌ける】

  • (動カ下一)[文]カ下二 た・く
    • 補足説明形容詞「高し」と同源
    • (1)日が高くのぼる。
      • 「朝日が既に―・けて/田舎教師(花袋)」
    • (2)盛りをすぎる。末になる。季節が深まる。
      • 「春―・けて」
      • 「年―・けて又越ゆべしと思ひきや/新古今(羇旅)」
    • (3)十分に備わっている。すぐれている。
      • 「才―・ける」
      • 「臈(ろう)―・ける」
      • 「世故(せこ)に―・ける」
    • 闌けたる位(くらい)
    • 世阿弥の用語。能で名人・上手の域をさらに超えた至高の芸境。闌位(らんい)
      • 「―に上りて後は、幽玄・恋慕・哀傷、何れも自在なれば安全なるべし/申楽談儀」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/119205/m0u/%E9%95%B7%E3%81%91%E3%82%8B/

雲崗石窟

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(雲岡石窟 から転送)
logo

雲崗石窟
中華人民共和国

像
英名 Yungang Grottoes
仏名 Grottes de Yungang
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(i) (ii) (iii) (iv)
登録年 2001年
拡張年  
備考  
公式サイト ユネスコ本部 (英語)
地図
雲崗石窟の位置
世界遺産テンプレートを使用しています

雲崗石窟(うんこうせっくつ)は、中国山西省 大同市 の西方20キロにある東西1キロにわたる約40窟の石窟寺院。雲崗石窟 としてユネスコ世界遺産 (文化遺産)に登録されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E5%B2%A1%E7%9F%B3%E7%AA%9F



布袋

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布袋図(歌川国芳 画)

布袋(ほてい)は、 末の明州(現在の中国 浙江省 )に実在したとされる伝説的な僧。水墨画 の好画題とされ、大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれる。日本では七福神 の一柱として信仰されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%83%E8%A2%8B


弥勒菩薩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


弥勒菩薩

弥勒菩薩(みろくぼさつ)、梵名 マイトレーヤ (मैत्रेय [maitreya])は仏教 菩薩 の一尊である。梵名を意訳して慈氏菩薩ともいう。字は阿逸多 Ajita といい、無勝等と訳す。インドの波羅奈(パラナシー)国に生まれ釈迦仏 の化導を受け、未来に成仏するという記を与えられたという。

三昧耶形 は蓮華上の塔、賢瓶(水瓶)。種子 (種字)はユ(yu)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9


弥勒菩薩半跏思惟像

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弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかし(ゆ)いぞう) は、大陸より6世紀から7世紀の弥勒信仰 の流入と共に伝えられ、国内には飛鳥奈良時代 の作品が多く残されている。

この項目は弥勒菩薩半跏思惟像の解説であるべきで、広隆寺の木造弥勒菩薩半跏像のみの解説であれば、別途項目をたてるべきであろうが、すでに広隆寺の木造弥勒菩薩半跏像の解説が記述されているので、引き続き広隆寺の木造弥勒菩薩半跏像について紹介する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9%E5%8D%8A%E8%B7%8F%E6%80%9D%E6%83%9F%E5%83%8F


寒山

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寒山
(不詳)
Kanzanjittokuzur.jpg
顔輝 作『寒山拾得図』寒山。東京国立博物館
尊称 寒山子
宗派 禅宗 ?
寺院 天台山 国清寺
豊干 ?
弟子 拾得 ?
著作 『寒山子詩』?

寒山(かんざん、生没年不詳)は、中国 代に浙江省 にある天台山国清寺 に居たとされる伝説的な風狂 の僧の名である。『寒山子詩 』の作者とされる。後世、拾得 と共に有髪の姿で禅画 の画題とされる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%92%E5%B1%B1


拾得

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

拾得
(不詳)
ShiDe by Yan Hui.jpg
顔輝 作『寒山拾得図』拾得。東京国立博物館
宗派 禅宗 ?
寺院 天台山 国清寺
豊干 ?

拾得(じっとく、生没年不詳)は、中国 代に浙江省 にある天台山国清寺 に居たとされる伝説的な風狂 の僧の名である。豊干 禅師に拾われて仕事を得たのが、名前の由来とされる。寒山と拾得は仲が良く、いつも子供のように遊び回っていた。その様子があまりに風変わりだったため、後世の人によって特別視され、寒山は文殊菩薩 、拾得は普賢菩薩 の化身とする説が生まれた。

寒山 と共に有髪の姿で禅画 の画題とされる。巻物 を持った姿で描かれる寒山に対して、拾得は を持った姿で表現される。

関連項目 [編集 ]

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%BE%E5%BE%97

牧谿

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漁村夕照図 (国宝 根津美術館 蔵)

牧谿(もっけい、生没年不明)は、13世紀 後半、 初の僧。法諱は法常で、牧谿は号だが、こちらで呼ばれるのが通例。水墨画 の画家として名高く、日本の絵画史のなかで、最も高く評価されてきた画家の一人である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A7%E8%B0%BF


馬遠

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山径春行図

馬遠(ば えん、生没年不明)は、南宋 の画家。字は欽山。当時において夏珪 と並ぶ院体画 の代表的な画家。

山西省 運城県 河中の出身。祖父の代より続く画家の一族で、光宗寧宗 の時代に活躍した。李唐劉松年 、夏珪と並んで南宋四大家の一人とされる。夏珪と同様に、山水を描く際に画の一角のみに風景を描いて、広い余白を設けた(「辺角の景 」)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E9%81%A0

夏珪

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渓山清遠図(部分)

夏珪(かけい、生没年不明)は、南宋 の画家。 は禹玉。当時における院体画 の第一人者とされる。

臨安(杭州 )の出身。南宋の都であった杭州の画院で、寧宗 の時代に活躍をみせた。とりわけ山水画 が有名である。北宋 期の風景画が大観的な視点から描いているのに対し、夏珪の画の多くは、画の一角に風景を描き多くを余白にした(「辺角の景 」)。かつては「伝夏珪 竹林山水図」が旧広島藩 浅野家 に蔵されていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%8F%AA


土佐光起

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源氏物語絵巻、二十帖『朝顔』、バーク・コレクションより。

土佐光起(とさ みつおき、元和 3年10月23日1617年 11月21日 )-元禄 4年9月25日1691年 11月14日 ))は、江戸時代土佐派 を代表する絵師和泉国 出身。父は土佐光則 。名は藤満。住吉如慶 は父の門人(叔父説あり)。

18歳の時父に従い京都 に移り、1654年 (承応 3)、38歳で従五位下 左近衛将監 に叙され、この時宮廷の絵所預になったと考えられる。同年からの京都御所造営では如慶と共に参加し、襖絵、杉戸絵を制作した。後水尾天皇 の覚えが厚く、光起は改めて自邸に絵所の称号を勅許 され、「勅許画院」の印象を用いるのを許可された。のちの延宝 9年(1681年 )に法橋 となり剃髪、常昭と号し、貞享 2年(1685年 )には法眼 に叙した。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BD%90%E5%85%89%E8%B5%B7


狩野章信
souce:visipix.com

狩野章信(かのうあきのぶ、彰信とも書くようです、鍛冶橋狩野家、探船、1765~1826年)。
父は探信守政。狩野信收という方に学んだそうです。幕府の表絵師としてスタートし
法眼に叙せられ、奥絵師(最高位、構成:複数人)にまでなっています。

http://homepage2.nifty.com/tisiruinoe/enkinho2.html

 


 

Jacquard loom

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Jacquard loom on display at Museum of Science and Industry in Manchester , England

The Jacquard loom is a mechanical loom , invented by Joseph Marie Jacquard in 1801, that simplifies the process of manufacturing textiles with complex patterns such as brocade , damask , and matelasse .[1] The loom is controlled by punchcards with punched holes, each row of which corresponds to one row of the design. Multiple rows of holes are punched on each card and the many cards that compose the design of the textile are strung together in order. It is based on earlier inventions by the Frenchmen Basile Bouchon (1725), Jean Falcon (1728) and Jacques Vaucanson (1740).[2]

Principles of Operation

Close-up view of comber board, harness, mails, weights (Lingoes) and warp with 1040 ends
Close-up view of the 8 × 26 hole punch cards—one card per pick (weft) in the fabric.
Deutsches Technikmuseum Berlin February 2008 0013.JPG

Each hole in the card corresponds to a "Bolus" hook, which can either be up or down. The hook raises or lowers the harness, which carries and guides the warp thread so that the weft will either lie above or below it. The sequence of raised and lowered threads is what creates the pattern. Each hook can be connected via the harness to a number of threads, allowing more than one repeat of a pattern. A loom with a 400 hook head might have four threads connected to each hook, resulting in a fabric that is 1600 warp ends wide with four repeats of the weave going across.

The term "Jacquard loom" is a misnomer. It is the "Jacquard head" that adapts to a great many dobby looms such as the "Dornier " brand that allow the weaving machine to then create the intricate patterns often seen in Jacquard weaving .

Jacquard looms, whilst relatively common in the textile industry, are not as ubiquitous as dobby looms which are usually faster and much cheaper to operate. However unlike jacquard looms they are not capable of producing so many different weaves from one warp . Modern jacquard looms are controlled by computers in place of the original punched cards, and can have thousands of hooks.

The threading of a Jacquard loom is so labor intensive that many looms are threaded only once. Subsequent warps are then tied in to the existing warp with the help of a knotting robot which ties each new thread on individually. Even for a small loom with only a few thousand warp ends the process of re-threading can take days.

[edit ] Importance to Computing

The Jacquard loom was the first machine to use punch cards to control a sequence of operations. Although it did no computation based on them, it is considered an important step in the history of computing hardware .[3] The ability to change the pattern of the loom's weave by simply changing cards was an important conceptual precursor to the development of computer programming . Specifically, Charles Babbage planned to use cards to store programs in his Analytical engine .

[edit ] See also

[edit ] References

  1. ^ "Fabric Glossary ". http://www.christinalynn.com/fabric-glossary.shtml . Retrieved 2008-11-21. 
  2. ^ "Computer History Museum: First Data Storage ". http://www.coe.uh.edu/courses/cuin7317/students/museum/slong.html . 
  3. ^ Essinger, James (2004). Jacquard's Web: How a hand-loom led to the birth of the information age. Oxford: Oxford University Press. ISBN 0192805770 .

ジャカード織機

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ジャカード織機

ジャカード織機(-しょっき)は1801年フランス発明家 ジョゼフ・マリー・ジャカール (ジャカード, Joseph Marie Jacquard )によって発明された初めての自動織機 である。パンチカード を利用しており、パンチカードの1列の穴が横糸および経糸1本に対応する。この方式はそれ以前の発明(Basile Bouchon:1725、Jean Falcon:1728、Jacques Vaucanson:1740)に基づいている。

穴の有無に従って上下する金属針とシャフトを連動させてシャフトを個別に上下させ、穴によって指示された経糸だけを引き上げて横糸を通し、カードの パターン通りの模様を織る。それまで複雑な模様の布を織ることは非常に手間がかかったが、模様に対応したパンチカードによって織機の糸の上げ下ろしを制御 することで、格段に簡単になった。初めは人力を用いたが、19世紀半ばに蒸気機関 を用いた力織機に応用された。

ジャカード織機はパンチカードを用いて制御を行った初めての機械 である。この方式は、カードを入れ替えることで布の模様、すなわち織機の操作パターンを簡単に変えられることから、その後計算機 や集計器(タビュレーティングマシン )に応用されることになり、コンピュータ の歴史の上でも重要な発明である。まず19世紀半ばにチャールズ・バベッジ解析機関プログラミング への利用を試みた。これは実用化されなかったが、後にパンチカードによるコンピュータへの入力が実用化され、この入力方式は20世紀後半まで広く用いられた。

Alice's Adventures in Wonderland

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Alice's Adventures in Wonderland  
Alice's Adventures in Wonderland
Title page of the original edition (1865)
Author Lewis Carroll
Illustrator John Tenniel
Country England
Language English
Genre(s) Children's fiction
Publisher Macmillan
Publication date 26 November 1865
Followed by Through the Looking-Glass

Alice's Adventures in Wonderland (1865) is a novel written by English author Charles Lutwidge Dodgson under the pseudonym Lewis Carroll .[1] It tells the story of a girl named Alice who falls down a rabbit hole into a fantasy world populated by peculiar and anthropomorphic creatures. The tale is filled with allusions to Dodgson's friends. The tale plays with logic in ways that have given the story lasting popularity with adults as well as children. It is considered to be one of the most characteristic examples of the genre of literary nonsense , and its narrative course and structure have been enormously influential, mainly in the fantasy genre. The book is commonly referred to by the abbreviated title Alice in Wonderland, an alternative title popularized by the numerous stage, film and television adaptations of the story produced over the years. Some printings of this title contain both Alice's Adventures in Wonderland and its sequel Through the Looking-Glass, and What Alice Found There .


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External links

http://en.wikipedia.org/wiki/Alice%27s_Adventures_in_Wonderland


不思議の国のアリス

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ジョン・テニエル によるアリスのお茶会(1865年)

不思議の国のアリス』(ふしぎのくにのアリス、Alice's Adventures in Wonderland )は、イギリス数学者 にして作家 チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが、ルイス・キャロル の筆名で1865年 に出版した児童文学 である。この作品では、白ウサギの縦穴を通り抜けて、人間の言葉を喋る動物や人間のようなトランプの札が住むファンタジー の世界へ落ち込んだ、アリスという名前の少女の物語が語られる。

『不思議の国のアリス』の本文には、ドジソンと友人たちに関わる逸話や、イギリスの学童が暗記させられる授業を風刺 した引喩が数多く含まれている。不思議の国の論理で演じられる物語は、世界中の大勢の子供達と、同じく大勢の大人達の間で親しまれ続けてきた。

本書の原題の直訳は、『不思議の国でのアリスの冒険』となるが、日本では後述するように『不思議の国のアリス』の訳題で知られている。英語でも、しばしば省略形であるAlice in Wonderlandの題名が使われる。この略題は近年の本作品の映画化などによって、広く用いられるようになった。

本書には『鏡の国のアリス 』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)と題された続編があり、両編の要素を組み合わせた映像化 が何度もおこなわれている。

経緯 [編集 ]

文学
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『不思議の国のアリス』は、作者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンと友人ロビンソン・ダックワースが、三人の少女 たちと一緒にテムズ川をボートで遡っていた時から丁度3年後にあたる、1865年 7月4日 に出版された。三人の少女たちとは、

  • ロリーナ・シャーロット・リデル(Lorina Charlotte Liddell - 13歳・本編序詩「黄金色の昼下がりに」の「一の姫(Prima)」)
  • アリス・プレザンス・リデルAlice Pleasance Liddell (en) - 10歳・「二の姫(Secunda)」)
  • イーディス・メアリ・リデル(Edith Mary Liddell - 8歳・「三の姫(Tertia)」)

である。

アリス・リデル(当時7歳)チャールズ・ドジソン撮影(1860)

この行程は、イングランド、オックスフォード 近郊のフォーリー橋から始まり、5マイル離れたゴッドストウ村で終わった。旅路の途中でドジソンは、アリスという名前の女の子の冒険の物語を即興で少女たちに語って聞かせた。

この物語は、少女たちのお気に入りとなり、アリス・リデルは自分のために物語を書き留めてくれるようドジソンにせがんだ。遂にドジソンは物語を文章にまとめて、1863年 2月に『地底の国のアリスの冒険』(Alice's Adventures Under Ground) の最初の原稿を書きあげた。ドジソンが挿絵を添えたより精巧な肉筆写本を制作し、1864年 11月26日 にクリスマスプレゼントとしてアリスに寄贈した際に、このオリジナル原稿はドジソン自身により破棄されたようである(マーティン・ガードナー、1965年 )。

『地底の国のアリスの冒険』大英博物館蔵

更にドジソンは、彼の友人にして助言者であり、子供たちから愛されていたジョージ・マクドナルド に『地底の国のアリスの冒険』の未完成原稿を送っていた。マクドナルドの提言により、ドジソンは『アリス』を出版社に送るという決断を下した。ドジソンはチェシャ猫やキ印のお茶会の挿話等を書き足すことにより、18,000語の原稿を35,000語に加筆した。1865年 に、ドジソンの手による物語は、ルイス・キャロル筆による『不思議の国のアリス』として、ジョン・テニエル の挿絵を伴って出版された。最初に印刷された2,000部は、テニエルが印刷の品質に難色を示したために回収された。しかし、(1866年の日付が奥付されているが)同年の12月に出版された新版が早急に印刷された。

アリスの完全版は速やかに売り切れた。『アリス』は、出版界における一大事件であり、子供たちと同様に大人たちからも愛好され、それ以来、途切れる ことなく版が重ね続けられている。現在の『不思議の国のアリス』には100版以上の版が存在し、無数の舞台化や映像化(映像化作品の項目を参照)がおこな われている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9