私達は音を耳で捉え、それぞれ個人の主観によって心地良い、うるさい、好き、嫌い、あるいは音の意味を理解し評価している。私達を取り巻く環境は変化し、生活上必要な情報としての音も時と共に変わりつつある。また環境の音、特に都市部の音の種類は次第に増加の傾向にあり、聴覚による認識も変化していることが考えられる。そこで必要不可欠な環境の構成要素としての音が、現代の若い人達にどのように捉えられているのか、音環境はどのような状態にあるのか把握し、音環境のデザイン、調整のための調査を、1992年から現在まで継続的に学生と一緒に行っている。

 

環境騒音調査風景(三の輪)

 

 環境音の調査は1枚の用紙を作成し、調査日時、場所とその周辺の簡易な地図、聞こえた音とその中で良い意味で気になった音とその理由、悪い意味で気になった音とその理由、推定騒音レベル及び騒音計による測定値を記入できるようにしている。学生達は季節、場所を問わず、好きな時、一人5地点ほどの調査を1度に行っており、すでに 千数百枚を超えたデータが収集されている。現在までの調査から興味ある傾向が得られているので記述してみよう。

 「気になる音」について抽出されたものを良⇄悪、自然音⇄人工音という4つの極に分けて整理した結果、人工の音が悪い意味で気になる方向に集中しており、交通騒音、電子音、拡声器からの音、街頭の音楽が数多く掲げられている。その心理的評価は、「うるさい」「迷惑である」「やかましぃ」「大きい」「さわがしい」「きつい」「目立つ」「絶えず聞こえる」として指摘されている。交通騒音は、調査標中最も多く掲げられている。またポケベル、携帯電話、その他の報知音としての電子音は独特な音として捉えられており、その場所に不自然で好ましくない、不快であると思われることが多いようである。

 自然の音はかなり広い幅で捉えられている。主 に掲げられているのは、水の音、風の音、鳥の声、虫の音であり、「きれい」「好きな音」「心地良い」「安らぐ」「くつろぐ」「静か」「のどか」という印象である。しかし水の音でもせせらぎが好印象であるのに対し、大波の音は荒々しく「うるさい」として、悪い印象を受けており、人間が器を作っている噴水の音は「やすらぐ」という良い印象で受け取られている。また虫の音の中で、夏の蝉は完全にうるさい音として記述されている。

 その理由は、音の質が考えられるが、夏という季節を考慮してみれば、温度、湿度など聴覚以外の要因も絡んで測定者の気分を方向づけているとも思われる。人の声は結構気になるようであるが、この場合言葉の意味する内容、音量が大きいからではなく、音質とその場の特性と異なった音として、また言葉は音が連結せず、間があることから刺激として捉える傾向にある。

 聴感上の音の大きさと実際に騒音計で測定した騒音レベルを対比した。都市部の人工的な音が多い場所では、実際の値に比べて感覚量としてはよりレベルの大きい傾向に、また自然環境音が多く1つ1つの音をはっきりと捉え易い場所では、感覚量は実際より小さな値として認識する傾向にあることも興味のある結果である。

 

(a)音の記述が少なく漠然とした調査

 

 環境音の調査は、18歳から24歳位までの大学生中心に2年間に数回程度行っている。調査の内記述方法は、明解容易であるが、聞こえた音の記述ができない(あまり記述できない)若者がいることに驚いた。私達の環境は、都市部、田舎を問わず数限りない音がその季節、時間により発生し、あるいは消え去っている。ところが人によっては数多くある音を意識しないため、耳で捉えることができない、または多くの種類の音を一つの音として捉えるのである。つまり日常生活上、多くの音に耳が馴れ、音を音として認知する意識がうすれ記述できないのであろう。ところが半年に一度位の間隔で調査を行っていると聴取できた音の種類が多くなり、瞬時的に発生する音も認識できるようになる。と同時にそれらの音の意味、必要な音か否か、さらには自分達の発生する音の取り扱いについての意識の記述も見られ始める。

 

(b)多くの音と自分の印象まで記述した調査

 

「気になる音」主観的評価の結果

 

 混沌とした社会の中において、雑然とした音環を境の中での生活で私達が元来持っている聴覚機能は、十分な活動をせず、霧かもやのかかった景色のような状態なのであろう。しかし何回かの調査により聴覚の意識が変わり、澄んだ空気中のはっきりした景色と同じようになる。まさにこの現象は、マリー・シェーファーの言う「イヤー・クリーニング」であり、前者の状態は耳のローファイ化、後者は耳のハイファイ化とでもよべる。

 若者の音に対する認識が明確になり、それらに対する自分の接し方を意識し、考えることにより「騒音地獄 日本」の環境が次第に「快適音環境日本」へ戻るきっかけの1つにもなろう。環境音調査は今後も可能な限り続けなければならない。