男は一本の苗木を手に入れた。店の者が言うには「幸せになれる木」だとか。
若干如何わしい店ではあったが、そういう店のほうが逆に信頼を置ける。
店の者の説明はこうだ。
「この苗木を、実がなる程にまで成長させることができれば
あなたは必ず幸せになれます。あなたの思う幸せの形が
お金持ちになることならば、あなたはお金持ちになれるでしょう。
ただし、もしも実がなるまでにこの苗木を枯らしてしまった場合、
あなたは不幸のどん底に突き落とされることになります」
男にとってこれ以上の不幸があるとは思えなかった。
それというのも、男は3ヶ月前会社をクビになり、
付き合っていた女性には愛想を尽かされた。
親戚のあてもなく、服や家具などはすべて売りにだし、
男に残されたのは小さな家だけとなった。
「とうとうこんなものに頼るようになっちまった。
昔から人を信用しやすい性格なんだよな。
それが災いして会社をクビになったわけなんだが・・・」
男はブツブツと愚痴を言っている自分に気が付いた。
「幸せになる木の目の前で愚痴を言ってしまうとは。
すまなかった、早く大きくなってくれよ」
男は木に語りかけると、水を与え、その日は家に戻った。
次の日、男が苗木を見ると、少し元気がない様子だ。
「どうしたことか。・・・そういやろくに説明を読んじゃいなかったな」
そう思い出し、男は木に付属していた説明書を取り出す。
「なになに・・・『××社の肥料が必要』か。メーカーまで指定とはな・・・」
男はにわかに不安を覚えたものの、持ち前の信頼癖でこう考えなおした。
「メーカーにはメーカーの効果があるんだろう。
園芸初心者が口をだすことじゃないな」
男はすぐさま肥料を買いに出た。
「・・・さぁ、これでいいだろう」
男は肥料を与え、一息ついた。
「・・・それにしても高い買い物だったなぁ。
こんなものを年に何度も与えなくちゃだめなのか。
下手をすればこいつのせいで破産しちまうかもな。
それにしてもどれくらいで実がなるんだろう・・・」
―――――――――
「また売れましたよ」
「そうか」
「うまい話ですな。木を購入させた上に、肥料まで買わせるんだから。
しかし、ばれることはないのですか」
「ああいうものを買う客は本当に信じきって買うやつばかりだ。
それに・・・あの木は実がなるのに100年以上かかる。
つまり大抵の者は幸せになる前に死んじまうのさ。
それにね。実がなるまでの間、あの馬鹿高い肥料を何本も購入する必要がある。
なれば幸せに、ならぬ間は不幸に。あながち間違いじゃないんじゃないかな」
「どうだね、調子は」
彼は医者。それも精神科医だ。軽い欝状態の患者から、
隔離されるほど重度な患者まで幅広く手がけている。
「悪くないですよ」
そして彼が患者。俗に言う欝だがそれほど重度のものではない。
また、彼が欝であることを知っているのはこの医者だけである。
「ならいいんだ。本のほうは進んでいるかね」
「まぁボチボチと」
そう、彼は作家なのだ。それほど人気があるわけではないが、
生活をするには十分なほどの印税をもらっている。
「今度の作品、タイトルは?」
「明確に決まったわけじゃないんですがね。
一応『発作的殺人』と名付けているところです」
「へぇ。精神科医としても興味深いじゃないか」
「そう言っていただけるとありがたいですよ。
しかしどうもアイデアが浮かばない。
やめちまおうか、そう考えていたところです」
「まぁどうするかはもちろん君の自由だがね。
なんだか勿体ない気もする。よかったら途中まで読ませてくれよ」
「ええ、是非」
医者はひと通り目を通した。文才もあり、ストーリーの構成も素晴らしい。
しかし何かが足りない。そんな気がする。
「ふむ・・・」
「どうです。はっきり言ってやってくださいな」
「素晴らしいと思うよ。非の打ち所が無い。
しかし何かが違う気もする。これまでの作品と何かが・・・」
「そこなんです。ストーリーが思い浮かび、
書いているうちはなんともないんですがね。
少し読み返すしてみるとどうにも気に入らない。
しかしどこがおかしいのかもわからない。
もどかしいを通り超えて不思議にすら感じてくる」
「まあ、簡単な仕事じゃないんだろう、小説家なんて。
スランプの一種だと考えればいいさ」
「そういうものですか」
「幸か不幸か、あいにくの欝状態だし、一時的なものだと思うぜ」
「そうですなぁ。気にしないことにしますか・・・」
「ああ、一つ考えがある。私の友人に刑事がいるんだ。
小説のヒントになるようなことも聞けるんじゃないかな」
「へえ。それはありがたいですな。しかし悪く無いですか」
「それがね。どうも彼、君のファンらしいよ。
それに自分の体験談が小説になるなんて悪い気分じゃないはずだ」
「なるほど。それじゃあ是非お願いします」
「ああ、任せなさいよ・・・」
そう言うと医者は煙草を一つ取り出し、窓の外を見た。
「それにしても嫌な天気だな」
作家も窓の外を眺め、同じく呟いた。
「ええ、見事な曇天。余計陰鬱に感じますよ」
外は木の葉が強く揺れていた。今日は風が強いらしい。
空は濃い、黒に近い灰色。それは何かを予兆しているかのようにも感じられた・・・
彼は医者。それも精神科医だ。軽い欝状態の患者から、
隔離されるほど重度な患者まで幅広く手がけている。
「悪くないですよ」
そして彼が患者。俗に言う欝だがそれほど重度のものではない。
また、彼が欝であることを知っているのはこの医者だけである。
「ならいいんだ。本のほうは進んでいるかね」
「まぁボチボチと」
そう、彼は作家なのだ。それほど人気があるわけではないが、
生活をするには十分なほどの印税をもらっている。
「今度の作品、タイトルは?」
「明確に決まったわけじゃないんですがね。
一応『発作的殺人』と名付けているところです」
「へぇ。精神科医としても興味深いじゃないか」
「そう言っていただけるとありがたいですよ。
しかしどうもアイデアが浮かばない。
やめちまおうか、そう考えていたところです」
「まぁどうするかはもちろん君の自由だがね。
なんだか勿体ない気もする。よかったら途中まで読ませてくれよ」
「ええ、是非」
医者はひと通り目を通した。文才もあり、ストーリーの構成も素晴らしい。
しかし何かが足りない。そんな気がする。
「ふむ・・・」
「どうです。はっきり言ってやってくださいな」
「素晴らしいと思うよ。非の打ち所が無い。
しかし何かが違う気もする。これまでの作品と何かが・・・」
「そこなんです。ストーリーが思い浮かび、
書いているうちはなんともないんですがね。
少し読み返すしてみるとどうにも気に入らない。
しかしどこがおかしいのかもわからない。
もどかしいを通り超えて不思議にすら感じてくる」
「まあ、簡単な仕事じゃないんだろう、小説家なんて。
スランプの一種だと考えればいいさ」
「そういうものですか」
「幸か不幸か、あいにくの欝状態だし、一時的なものだと思うぜ」
「そうですなぁ。気にしないことにしますか・・・」
「ああ、一つ考えがある。私の友人に刑事がいるんだ。
小説のヒントになるようなことも聞けるんじゃないかな」
「へえ。それはありがたいですな。しかし悪く無いですか」
「それがね。どうも彼、君のファンらしいよ。
それに自分の体験談が小説になるなんて悪い気分じゃないはずだ」
「なるほど。それじゃあ是非お願いします」
「ああ、任せなさいよ・・・」
そう言うと医者は煙草を一つ取り出し、窓の外を見た。
「それにしても嫌な天気だな」
作家も窓の外を眺め、同じく呟いた。
「ええ、見事な曇天。余計陰鬱に感じますよ」
外は木の葉が強く揺れていた。今日は風が強いらしい。
空は濃い、黒に近い灰色。それは何かを予兆しているかのようにも感じられた・・・
男は刑事。今日も殺人の現場にやってきている。
経験は浅いがかなりの手腕だと、署内でも定評がある。
「死因は頭部の打撲で間違い無いかな」
「解剖を行なっていないのでなんとも言えませんが・・・」
「そうか・・・他に外傷はないんだね」
「いえ、それが・・・」
「他にもあるのか」
「はい・・・胸部にはナイフによる刺し傷。頭部には銃弾。
検死の結果によると水死とも取れるらしく、
さらには各部位の骨が砕けており高いところから落とされた可能性も・・・」
「ふむ・・・よほど恨みのある者の犯行だな・・・」
「やはり解剖の結果を待ちますか」
この状況だと薬殺も考えられる。
それを検証するためにはやはり一度解剖すべきだ。
ほとんどの者はそう考えた。
しかし
「いや、解剖は必要ない。死体はこのままにしておけ。少しも動かすなよ。
そしてここから見えない場所に人を何人か配置するんだ」
「ええ・・・」
刑事は一体何を考えているのか、周りの者はわからなかった。
しかし、実績を残しているのだ。従わない訳にはいかない。
「・・・わかりました。周りの住人に許可をとり、
それぞれの家に何人かの人員を配置します」
「ああ、よろしく頼むよ」
その夜、犯人は逮捕された。刑事の予想通り、殺害現場に現れたのだ。
その際、手には燃えた木の棒を持っていたという。
「・・・解剖の結果、被害者の腹からは
薬殺に使われたと思われるカプセルが発見されました。
刑事。どうして犯人がやってくるとわかったんです。
今後のためにも教えて下さいよ」
「簡単なことだ。犯人は被害者を恨んでいた。その結果がこの殺害方法だ。
彼は思いつく限りの全ての殺人方法を実行したんだろうな。
もちろん途中で被害者は亡くなったんだろうが。
その最初に行う方法が薬殺だ。なにせ死んでからじゃ薬を飲ませることができない」
「なるほど。だから解剖の必要はないと言ったんですか・・・」
「ああ。そして犯人が何故やってくるかわかったか、だったね。
簡単だよ、代表される殺人の方法が死因から一つ抜けていたまでさ・・・」
経験は浅いがかなりの手腕だと、署内でも定評がある。
「死因は頭部の打撲で間違い無いかな」
「解剖を行なっていないのでなんとも言えませんが・・・」
「そうか・・・他に外傷はないんだね」
「いえ、それが・・・」
「他にもあるのか」
「はい・・・胸部にはナイフによる刺し傷。頭部には銃弾。
検死の結果によると水死とも取れるらしく、
さらには各部位の骨が砕けており高いところから落とされた可能性も・・・」
「ふむ・・・よほど恨みのある者の犯行だな・・・」
「やはり解剖の結果を待ちますか」
この状況だと薬殺も考えられる。
それを検証するためにはやはり一度解剖すべきだ。
ほとんどの者はそう考えた。
しかし
「いや、解剖は必要ない。死体はこのままにしておけ。少しも動かすなよ。
そしてここから見えない場所に人を何人か配置するんだ」
「ええ・・・」
刑事は一体何を考えているのか、周りの者はわからなかった。
しかし、実績を残しているのだ。従わない訳にはいかない。
「・・・わかりました。周りの住人に許可をとり、
それぞれの家に何人かの人員を配置します」
「ああ、よろしく頼むよ」
その夜、犯人は逮捕された。刑事の予想通り、殺害現場に現れたのだ。
その際、手には燃えた木の棒を持っていたという。
「・・・解剖の結果、被害者の腹からは
薬殺に使われたと思われるカプセルが発見されました。
刑事。どうして犯人がやってくるとわかったんです。
今後のためにも教えて下さいよ」
「簡単なことだ。犯人は被害者を恨んでいた。その結果がこの殺害方法だ。
彼は思いつく限りの全ての殺人方法を実行したんだろうな。
もちろん途中で被害者は亡くなったんだろうが。
その最初に行う方法が薬殺だ。なにせ死んでからじゃ薬を飲ませることができない」
「なるほど。だから解剖の必要はないと言ったんですか・・・」
「ああ。そして犯人が何故やってくるかわかったか、だったね。
簡単だよ、代表される殺人の方法が死因から一つ抜けていたまでさ・・・」