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ちょおぴんくでぃず♡


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生きてきた中で最も悲しくて、泣いた出来事からまもなく1年が経つ。
昨年の1月18日、大好きな、大好きなおばあちゃんは亡くなった。
遡ると2012年の1月、夜中におじいちゃんから、おばあちゃんが血栓で病院に運ばれたとわたしの携帯に電話があった。その血栓の検査入院で癌が見つかった。ステージ4。もう末期だった。
2012年、わたしは長く勤めた仕事を辞めてかなり久しぶりにお正月をお正月らしく過ごせた年だった。お正月に地元に帰って、おばあちゃんの作ったお汁粉を食べて、皆でゴハンに行くというのは本当に久しぶりだった。
そんな嬉しい気分の直後のショックな知らせだった。
なんとかなる!絶対助かる!死ぬはずがない!こんなにも元気だし!
そう信じて疑わなかった。
だって、本当に元気だったから。

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おばあちゃんはとても若かった。
一年中、氷川きよしのコンサートや舞台などに足を運んでいたし、ファーストフードも好きで、ごくせんなどのドラマも好きだった。わたしが好きな嵐も当時は個人の認知があまりない中、スポーツ新聞に誰かが載っている度にとっておいてくれた。寝室には氷川きよしのカレンダーが飾ってあって、このきよしくんいいでしょ?とお気に入りの写真やファンクラブの会報をよく見せてくれた。
癌宣告をされたのは69歳になりたてのときだった。
亡くなったのは71歳になりたてのときだった。
1月1日が誕生日だったおばあちゃん。
昨年の1月1日は最初で最後の誕生日会をひらいた。
本当に嬉しそうだった。楽しい、嬉しい日にこんなに胸が苦しくなったのは生まれて初めてだった。
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この2年間入退院を何度も何度もくりかえした。
抗ガン剤で一度は髪がなくなった。
よく食べてふくよかだった体型は、日に日に食べることが困難になり痩せほそった。ガリガリなのに、お腹はいつも、腹水でぱんぱんだった。
亡くなる2ヶ月前、氷川きよしのコンサートに行った。もうこれで最後かな…と言っていた。それでも、翌年が15周年だから絶対行きたい。頑張りたいと言っていた。叶わなかった。叶えてあげれなかったことが本当に悔しい。


1月18日午前4時44分。
母はその日嫌な予感がすると、初めて病院に泊まっていた。
4時頃寝ているわたしの携帯が鳴る。すぐに飛び起きて病院に向かった。病院は車で片道1時間以上はかかる場所にあった。本当に急いだ。その間なにも連絡がなかったから病院について扉を開けるまで間に合ったと思っていた。でも、扉を開けた瞬間、間に合わなかった…と告げられて涙が溢れ出した。もう訳がわからなかった。2年間その日が来る心の準備はしてきたつもりだったけれど、全然足りなかった。そこからは本当にめまぐるしく時が過ぎていってそれでも毎日涙がとまらなかった。骨を手にしてもまだ生きているんじゃないか、いまだにそう心のどこかで受け入れきれていない。

一度も怒っているところを見たことがない。優しい笑顔、声。何度もりなちゃんと呼んでくれる声が頭の中で再生できる。
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いつかまた会える日を信じてます。
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