彼は病気と闘っている。
かなり深刻な状況である。
まだ間に合うはずと手術を試みたが、医者はそのまま閉じてしまった。
思った以上に深刻だったのだ。
いつも寄り添う彼女とその事実を知ったとき
驚愕の事実になすすべもなく、その動揺をとめることはできなかった。
目の覚めた彼に何と説明するべきかと悩んだ。
頭のいい彼には手術の状況を伝えるだけですべてが明らかになってしまうだろう。
まだ朦朧としている彼は目に入ってくる窓からの光を不審に思っている。
そう本当ならば、光の入る時間に目の覚めることはないはずだったからだ。
ほぼ事実に気づいてしまっているだろう。
ただ信じたくはない。
言葉で説明されたくはない。
幾つも疑問はあるが成功したと、無事成功したと思いたい。
その日朦朧とする中で幾つも質問をしてくる彼にあいまいな答えしか返せず、
今日は無理せず寝ていて。ゆっくり寝ていて。
としか伝えることは出来なかった。
その事実を彼が知ることになったら一体どうやって消化するのだろうか。
いや消化できるときはくるのだろうか。
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彼の生き様を近くで見てきた。
いや実際にはほんの一部分だけなのかもしれないが。
一言でいうなら豪快な人だ。
どちらかというと一人でいるのは苦手で、たくさんの仲間がいつも一緒にいた。
大柄な体で背も体格もよく、骨太な印象を受ける。
声も大きくいつも冗談を言っては豪快に笑っていた。
どんな人にもご飯をふるまい、酒はあんまり飲まないがご飯はよく食べた。
遊ぶときも3日3晩麻雀をやり続けたりゴルフに行ったり、寝る暇がないほど
タフな人だった。
性格は厳格だったがベースは優しく人情にあふれていた。
仕事場で一緒の人には怒号もとばすが、わけ隔たりがなく家族のような接し方だった。
みんな父親のように慕っていたように思う。
よく怒り、よく笑う、
豪快な人だった。
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病気は確実に進行していった。
昔の面影はなくなってしまうほどやせてしまった彼を見るたびに
病気の存在を痛いほど思い知らされた。
手術をして手の施しようがなかったと。
ただ開腹したがそのまま閉じてしまったと。
言葉で説明されたあと、彼はその事実を消化するのに
しばらく月日がかかったと彼女から聞いた。
私には前向きな発言しかしない彼の
つらくて悲しい本心だった。
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彼はいつも何か手段はないものかとアンテナをはりめぐらせていた。
テレビで特集が組まれると熱心に見入っていた。
西洋、東洋を問わずいいといわれるものは試していた。
そして食べたいものを食べるようにしていた。
会いに行ったときはよく笑っていた。
私も笑うことはきっといい薬になるだろうと思っていた。
体の自由が少しづつきかなくなっていく。
入院と退院を繰り返していた。
病院の治療がうまくいき
病気が小さくなっています、と言われた。
彼も彼女もみんながとても喜んだのを覚えている。
彼はいつもよりそう彼女を神様だと言った。
彼女がいなければとっくに死んでいた、と。
彼女の看護のおかげで自分は生きていると。
彼女は自分のせいで彼を苦労させているのではないかと言った。
自分と一緒になったから彼は病気になったのではないかと。
まるで「賢者のおくりもの」のようなふたりだと思った。
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危篤だとよばれたのは
去年のクリスマスのことだった。
夜明けに飛んでいった。
彼はひどくつらそうだった。
そばにある機械がピーピーと何度も大きな音をたてていた。
がんばれ、がんばれ、としか言えなかった。
もうどれだけがんばってるかわからない彼に。
でも彼はがんばってくれた。
危篤から生還したのだ。
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それから約2ヶ月。
彼はとうとう旅立ってしまった。
大きな悲しみを残して・・・。
しかし彼の残してくれた様々なものは
それぞれの中で大きな花を咲かすだろう。
そして色んなところで受け継がれていくだろう。
けっして色褪せることなく、力強く生き続けるだろう。
だから、ありがとうと。
彼に常にありがとうと伝えたい。
あなたの娘でよかったと。
おとうさん、ありがとう、と。