ず~っとおやすみしていました。
理由は毎日いろんなことができて楽しくって、パソコンに向かうとしたら株やるくらいで、、、、。
すこしずつ元の生活をとりもどしてきました。

<<まとめ>>
4月に在宅勤務でよいから仕事に戻りたい=>高価な診断書を持参するも、会社の産業医からNG。(悲)
5月は、マスク&手袋 で園芸の許可♪=>バラ苗をかいました(5こ)、でも今年はそれほどもりあがりませんxx
株のデイトレーディングとかやっていました。負けまくりです。授業料かな。
6月は、あずけていたネコを2匹とも引き取りました。=>トイレ処理がこわくって。いまだにマスク&手袋でやっています。
7月は、とうとう、週3の通勤で会社に通うことになりましたぁ~~。
ヘモグロビンがちょっと低いままなので、疲れることもあります。

<<血球が下がってしまい。。。>>
あと1週間少々で移植後、念願の半年です。なのに、ヘモグロビンが7g後半でずっと推移していて血小板も8万でした。ところが、前回の通院で、血小板が5万、Hgbは7.2gにおちてしまい、担当医に心配されてしまいました。
次回、骨髄検査受けます。。。薬剤の影響、とかの理由だったらいいのですけど、結果がでるまでずっと心配です。
大変ご無沙汰しておりました。

大地震の5日前に、移植病院を退院して自宅に戻ってきました。

実は次の入院患者さんの移植スケジュールがぎりぎりということで、強制的な退院でしたが、退院時は微熱も続いていて、GVHDの発疹もまだ痕がすこし残っていて、原因不明の咳とたんも激しかったので、なかなか大変でした。

退院してから一ヶ月たちました。移植後も、10週間以上が過ぎ、毎日のホコリ除去の掃除にも慣れましてございます。

家事(洗濯、掃除、食事の支度)も、だいたい大丈夫になりましたが、まだ子供たちの学校が始まっていないので、なんとかなっているのかも。

寝すぎー、っていうくらい療養だといって朝寝ています。

貧血が続いていますが、今回、血液型が変わるパターンなので、あたらしい赤血球はなかなか増えません。体力がもどらないから階段(郊外は節電で駅付近のエスカレータは止まっている)がはぁはぁいうのか、貧血だからなのかわかりませんが、もっとリハビリに励まないと、目標の夏!仕事復帰、に到達できないですxxxx。

では。

先月23日以来、ベッドから、起き上がれない日々でした。移植は大変と散々説明されて、頭ではわかっていたつもりでしたが、とにかく毎日苦しかった。
生着は、移植後15日と、他人様とは思えないスピード生着なのですが、高熱にうなされながら、先生の説明を聞いてかろうじてにっこりするのが限界でした。

白血病が、ゼロのころ表皮ブドウ球菌が血液に感染。抗生剤がなかなか効かず4日間も39度台。
ようやく効いたバンコマイシンは薬剤アレルギーだったようでひどい発疹が全身に。ーー
バンコをテイコプラニンに変えて、やっと37.5になったのもつかの間、ちょうどそのころ白血球数が増えはじめました。
こんどは、痒い発疹が重なってひろがり、生検してもらったら超急性のGVHD。さらに、感染とはちょっと違うタイプの38度台後半の発熱。カロナールなんて効かない…
これも感染との鑑別をつけるのに数日苦しみ、こちらも生着熱と断定し、ステロイド剤のソルコーテフ投与に。

このかん、下痢、強度の腹痛、胃痛、嘔吐、唇炎症、頭痛、、、あー苦しかった。

とにかく、口内炎ないのにごはん絶食っというのがつらかったですね。(-_-;)

今回、幸運にも、HLA6座フルマッチの方に提供をいただけた。
骨髄バンク登録ドナーの方である。
バンクでは、匿名性を確保するために、年代、居住地方、性別以外の情報は一切レシピエントに伝えない。個人的なお礼は制限され、手紙のみ、バンク経由で2回まで送ることが出来る。

なので、本当にここだけの話。

当日までの地域情報と、当日何時に病院に届くかと、料金患者負担のために知らされている、利用交通手段から、採取してくださった病院までかなり絞り込むことが出来る。(iPadの地図と乗換案内を駆使) 絞りこみたかった理由は、地域情報に、父方祖父の親戚が多数暮らしている土地が含まれていたからだ。
結果、かなり近い地域だと推測出来ることがわかった。

遠くてもいいので、血がつながっているひとだと本当にうれしい。GVHDの出現が多少なりとも軽減するのだから。


重いんだってば。点滴台。ポンプが、2台もついているうえ、24時間、お風呂の時以外はずっと繋がれているので、トイレ含め、全ての移動は点滴台を片手で押しながらやらなければなりません。全員パジャマだし、全員スキンヘッドだし。捕虜生活のようです。みんな交代で、高熱だの驚異的な口内炎だの蕁麻疹だの、苦しんでいるし。
生着したら、一日も早く、退院したいと心から思います。