最後尾からの追撃 -2ページ目

最後尾からの追撃

第一章

銀のスプーン


銀のスプーンを握り締めて産まれた赤ん坊と

一夜の愛無き偶然の結果産まれた捨て子。
産まれながらに人生の勝負は半分決まっているのかもしれない。


ある時期、僕は薄汚いワンルームに住んでいた。
銀のスプーンを無くした子供。
自ら銀のスプーンを作り出す事に勝負を賭け敗れ去った。
夢という硝子細工の破片で傷ついた少年を癒す療養所はない。
敗者にはお似合いな川崎という精液溜まりに似た街。
孤独を友と呼べる程、大人ではなかった。


何故、勝てると踏んだのか。
振り返り感じるのは、僕が盲目だったという事。
過信という覚せい剤。
自らを知る手鏡を僕は有していなかった訳だ。


無くした銀のスプーン。
それは僕自身が掴み取ったものではなかった。
故にスプーンは僕のものではなかったのだ。
しかし、それを持っていて当然だと感じていた少年。

不条理により奪い取られた。
それをまた手にして振り出しに戻る。
それでプラスマイナス0。
今はマイナスなのだと苛立つ少年。

気付けば、身包みすら剥がされて転げ落ちていた。
辿り着いたのが孤独をより一層孤独にする街。


一人ぼっちだと感じていた僕に、友人は言った。

お前にとって、ワンルームでの生活は苦痛でしかないかもしれない。

しかし子供の頃から借金取りに追われ、

洗濯機の中で身体を洗って育てられた俺からすればワンルームの生活は十分幸せだ。


僕は自分の甘さを痛感しながら、眠れない夜を過ごした。

身体は痩せ細り、真っ直ぐ歩く事すら覚束無くなっていた。


地獄に堕ちる前の事や堕ちた瞬間の事を思い出し、煙草に火をつける。
其処が底ではなかった事を僕はまだ知らなかった。


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第二章

最後尾からの追撃①


法定速度60キロ。

その道を60キロ以内で走っていたら後ろから煽られるだろう。
右車線からどんどん抜かれていくだろう。
前に走っていた車はどんどん引き離していくだろう。

それが人生という道。
資本主義という街ではそういう道がメインストリートだ。

車の性能も重要だ。

俺という車があの時何キロで走っていたかは覚えていない。

バックミラーに目がいっていたのか、
正面のみを見ていたのか、
そこら辺の記憶も曖昧だがメーターは見ていなかった。

車はエンストして止まった。

目的地からの離脱。


抜いたはずのアイツは遥か彼方へ。
もう後姿すら見えない。
目的地も曖昧になる程に時は流れた。

給油を終え、修理を終え再びメインストリートへ。
横を見れば田園風景。
ゆったりとした時間の流れの中で、

渋滞もしていない平和な景色がそこにはあった。

少し眩しいのは逆光のせいか。
羨ましいからか。
憧れる、もう1つの世界。
しかし敗れたままであそこへ車を走らせる訳にはいかない。
そういう性分ではない。
そして何より、あそこへどう車を走らせば辿り着けるのか俺は知らない。

この世界にカーナビはない。

最後尾からの追撃。


田中 太加至
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第三章

最後尾からの追撃②


再び車に乗り込みキーを捻る。
廃車寸前だった車。
メンテナンスには時間がかかった。
また走れる保障はない。
試運転する機会はこの街では与えられない。
再び終わりなきレースへ。
躊躇している暇など無かった。

ハンドルを握った手は震えている。
怯えているのかどうかすら分からない。
震えを隠しながら痩せこけた顔を作り笑顔で。
不慣れなドライブ。
ブランクはあまりにも長かった。
リハビリに近いが、これは実戦だ。
この街は無情だ。

今までなら難なく曲がれた急カーブに手こずる。
それを嘲笑う奴。
嘲笑われてもいなかったのかも知れない。
俺を知っている奴はもう遠く先に消えたはずだから。

ふざけんな。
吐き捨ててアクセルを踏み込む。
ガードレールに擦りながらもブレーキは踏まない。

道はあまりに長く、そして険しい。
メーターを確認する。
確認する事を俺はようやく学んだ。
次の事故は命取りになるのだから。

80キロも出ていない事に驚き、そして呆れる。
俺の性能はこんなもんじゃない。
こんなもんじゃない。
しかし踏み込めない。
足も震えているらしい。

震えているのは手だけではなかった。
震えているのは足だけではなかった。
気付いてはいたが気付いていないふりをした。


未だ未勝利。
振り返る事は敗北を意味するのにバックミラーが気になる道化師。

最後尾からの追撃。

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第四章

最後尾からの追撃③


空がどんな表情をしているかなんて考えた事がなかった。
雲の動き、光が描く景色の数々。
それらを感じる余裕も無く走らせる。

最後尾からの追撃。


何の為に走るのか。
何故、顔を引き攣らせながらアクセルを踏み続けるのか。
何故、信号待ちに苛々するのか。
煽られて怯え、抜き去り瞬間の恍惚を得る。
人生とは、世界とはそんな単純な仕組みではないだろうに。
それでも焦燥を隠しながら走らせる。

道無き道の延長線上。
其処は未知。
底から這い上がる事にただただ必死だった。
底だと感じていたら底が抜けて、更に底へ。
そんな世界から這い上がる為に。

最後尾からの追撃。


誰を追撃するのか。
何の為に追撃するのか。
煽っているのは誰なのか。
追い越していったアイツは誰なのか。
追い抜いたアイツは誰なのか。
そして最後尾だったのか。

追撃する事に意味など無いのでは。
躊躇いというブレーキは僕を救う為のものなのか。
導く為のものなのか。

天使なのか、悪魔なのか。


自分が進んでいる道が
自分の進み方が
自分の考え方が
正しいのか、間違っているのか。
考える余裕もないレースの中では。


何かを失う事によって僕は何を得たのだろうか。
失っただけかもしれないし、得ただけかもしれない。
何も失っていなくて、何も得ていないのかもしれない。


笑顔の行方を追いかけながら
顔は強張っているという矛盾。

最後尾からの追撃。

三好 徹
チェ・ゲバラ伝


第五章

抜け出した後


抜け出した後に見えた光景は混沌。
此処が後方である事には変わりは無い。

GOALは人それぞれに違う。
昨日の僕が見たGOALと
今日、この瞬間に僕が見ているGOALも違っている。

道筋はそんなに単純ではなく、

そもそも道なんて無い荒野を走っているのかもしれない。


神の手招きに導かれて、転び起き上がる。
途方に暮れる事もあれば、
振り返らずに突き進む事もある。

夢の過程が目標なのだと信じて走った。
通過点を通過する必要があるのかという疑念の泉。

女神の足を舐めなければ通過出来ない通過点なら、
飛び越えてみせるさと無根拠に呟く。

明日も占えない占い師が囁く言葉。


残像は消し去れともう一人の俺が俺に指示している。
俗的な世界を否定している時点で、俗に属している事を感じる低次元な矛盾を笑った。

酷く醜い世界だ、此処は。
空を飛べると信じた少年は翼を失ったというのか。

この感情から救う救世主が悪魔なら僕は魂も売るのだろうか。
僕の中のユダは僕を幾らで売るのだろうか。

多くの残骸を踏み越えて、僕は何処に行くのだろうか。

抜け出した後、其処は混沌。
其処で満ち足りぬ事には何ら変わりは無い。

日活
HIDETOSHI NAKATA-THE JOURNEY


第六章

渋滞に巻き込まれ


隠しきれない闘争心。
逃走と暴走の繰り返しにより擦れていったらしい。

溢れんばかりに満ちていた躍動する魂の行方。
何処に消えた。

周囲から隠すつもりが、消え失せたのか探せど見つからない。

無重力空間に浮かぶ様な浮遊感と
重力に押し潰された様な沈下。


俺は何になりたかったのだろうか。
俺は誰だったのだろうか。
俺は何処に行くのだろうか。


自分が自分じゃなくなって、
悲しいが半年以上の月日が流れた。

新しい自分が構築されているのだという恍惚は砕け落ち、
不安のみが心のグラスを満たす。


焦燥と絶望。
そして諦めと溜め息が満ちていく。

情熱は息を潜めて隠れたのか。
もしくは歯車によって切り刻まれたのか。


まだ、生きているのか。
問い掛けても返答は無い。

そんな成長は求めていない。
そんなお前はお前じゃない。


革命の終焉。

こうも呆気無く、俺はこんな形で溶け込むのか。

そんな絵は浮かばない。
そんなつもりで再起した訳ではない。

修復されぬ程に壊れたとしても
再生する姿を潜在意識に切り刻め。

そう言い聞かせ、数秒後に絶望している。
その数秒後に絶望を否定する。

しかし、立てない。
しかし、動けない。

迷路に迷い込み、迷路に迷い込んだ悲しき地図無き男。

周りは皆、青年になれど
我、未だ老いた少年。
壊れた少年ともいう。

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第七章

未だ最後尾


向こう岸へは簡単に辿り着けるものだと考えていた。

何故なら向こう岸に見えた人波は、
僕と大差ない次元の人間が多く感じられたから。
中には遥かに僕より劣っている人も多く感じられたから。

最近では、その向こう岸が途方もなく遠く感じられる。


諦めない事。
それが唯一の武器だったはずが、
ふと諦めようかと考えている僕が其処にいる。


足掻く事。
それが唯一の武器だったはずが、
ふと足掻く事は傷つけるのみだと考えている僕が其処にいる。


すごく怖くて 少し疲れた。


望みを絶つと書いて絶望なのかと考えていた。

望みが絶たれて絶望ではなく、
自らが諦めた時にそれは訪れるのだろうと
ぼんやり考えていた。

僕は僕が思っているより優秀でもなく
何処にでもいる平凡な才能しかないのかもしれない。
平均値にも満たないと考えた方が自然かもしれない。


屑といっても星屑という言葉が
昔、僕の心に響いた事がある。

そんな輝きすら。

向こう岸に渡ってから
ようやく僕のスタートラインだったはずなのに。
僕は未だに其処に立ててはいない。


破綻。
その先には何があるのだろう。

絶望。
その先には何があるのだろう。


自らを終わらせる勇気もなければ
奮い立たせる根拠もない。


未だ最後尾。
抜け出してもいなかった。
未だ最後尾。

秒針は淡々と進むというのに
僕は苦悩というオブラートに包んだ停滞を続けている。


最後尾から抜け出したいのか。
ゲームを終わらせたいのか。
惰性でゲームを進めたいのか。

答えは出ない。

分かっている事は
未だ最後尾。


自らに追撃セヨとは指令出来ない勇気無き司令官。
霧で明日も見えない盲目な司令官。

青が散る
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