しかし、それだけではまだ終わらない。
本部に閉店を思いとどまらせるにはまだ足りない。

なのでまたまた独断だが良いアイデアが思いついた。
ドリンクバーをランチだけ無料にすることだ。

例えばドリンクバー込のランチで600円と
ランチ600円のドリンクバー無料だと
内容は同じだがどっちがお値打ちを感じるだろうか?
というところからはじまり、
結局、来店者全員にドリンクバーを無料に決めた。
店長だからいいのだ。

この二本の矢で最後の花火を打ち上げようと思ったのだ。

ああ、なつかしいなぁ。

今、考えると当時は病んでた。いや必死だったのは確かだ。
自分が最後の店長だというものは思ったよりもイヤなものだった。






オリジナルデザートといっても
今あるものでアレンジするしかない。

その頃はソフトクリームの廃棄がすごく多くて・・・
といっても分かりにくいとは思うけど、
原料の牛乳みたいなものの賞味期限が短く
1ロット使う前に廃棄期限を迎えるのだ。
原価も高く廃棄量も半端なくまさに利益の垂れ流しだった。

一説によるとコンビニの弁当の廃棄量は一日36万食らしい。
日本人が年々貧しくなっているとはいえこのようなデータがあると
外国からは理解されないだろう。

どうせ捨てるんだったらインチキしてでも売ってしまえということで
ビールジョッキにソフトクリームを山盛りに巻き、
またまた当日廃棄になりそうなものでトッピングをして出した(記憶がある)

10年以上前になるかもしれないけど、ガストでクリームドリームという
一日何食かの伝説の限定デザートがあった。
まさにイメージはそれだ。

目玉商品というか話題性が必要だと思ったのだ。






答えはさっさと動けだ!!
なんて書いといて早二か月。
季節が一つ過ぎてしまいました。

11年前に九州に上陸して
5年前に関東に戻ってきて
食べることはボクにとって幸せで、
そのせいかもう辞めたにも関わらず
外食業界のことも相変わらず気にもしている。

11年前に高校一年生で採用したコは
もう30手前。
学生から社会人になってもしかしたら
家庭を持っているかもしれない。

そんな時間を重ねてきたのに
自分は成長しているのかと自問自答したりしてみる。

なるほど。
鈴虫の音が聞こえ出したからかもしれない。
ちょっとセンチになりつつ秋を実感。

時間はひとつひとつ進んでいるのだ。

けど、必ず終わりがある。
時は無限かも知れないが、
各々の時間は有限だ。
もし、自分の期限が分かったら
何を考えどう行動するだろうか?


閉店宣告を上司からされたときは
まさにそんな心境だった。
お店の残り時間がはっきりしたのだ。

あきらめるということもできるだろう。
泣くこともできるだろう。
愛着のない店だったらなんとも思わないだろう。

ボクはせっかくなんで
後悔したくないんで
今までやりたいことをやってみることにした。

第一段はオリジナルデザートを
勝手に作って提供することだ。

もちろん会社には内緒だ。






実際問題、
転職を考えたことない人はあまり
いないのではないかと思う。

自分は何がしたいんだろう?
何が向いているんだろう?

その答えを見つけるのは非常に難しい。
まだ若いうちなら自分探しの旅にでるのも
良いだろうけど、
見つかるかどうかもわからない。

生きててつらいことは色々あると思うけど、
探しても探しても考えても考えても
答えが見つからないのは
かなり苦痛だ。
そして、答えが分からないまま人生が終わってしまうかも。

人生とはそんなもんかもしれない。

解けない問題の答えを探す旅だ。

ちょっと大げさかもしれないけど、
ボクにとって次の仕事探しはそんな感じだった。

学校の勉強の問題でなく
人生の問題であればじっとしていても
何も変わらない。

だから、どこかでドラスティックに
動かなければならいとは思っていた。
どこかでだ。

そう、何かを変えるには行動を起こすこと。

自分のお店が危機的な状況な時に、
そのまま流されて良いのであろうか?
じっとしていて良いのであろうか?

この問題は簡単だった。
答えはさっさと動けだ。























入社した時は店長が目標だった。
誰しもが掲げることだし、
一つの節目だと思うし。

店長になって言われることは
経営者としての視点をもて
みたいなことをよく言われる。
そして、多角的に物事が見れるようになると
ファミレスの店長じゃ物足りなくなるワケだ。

ファミレスの仕事がイヤかと言われれば否だが、
自分の成長が感じられなくなったのはイヤだった。
ファミレスの仕事はコスト管理と人間関係が土台だ。
これが強固だと楽に仕事ができる。
が、自分の作り上げた店にとどまることはない。
同じことの繰り返しに希望が持てなかった。

もっとメニュー構成とか、値付けとか、
色々やってみたくなった。
コスト管理はつまらん!!
売上伸ばすことの方が面白いのだ。

そう、ボクの中のもう一人のボクが
会社に文句があるなら辞めちゃえよって
言うもんだから転職は常に頭の片隅にあった。

そしてそれは時間の問題でもあった。
阿蘇には50回以上行った訳だから、
一年48週として2、3年かけて達成した偉業だ。
2,3年あれば会社の業績なんて
トレンドが変わってもおかしくない。

もともと会社の動きも激しく動いていた。
エム・ビー・オーとか確定拠出年金とか。
鍋の中の茹でカエルよろしくその頃は
大局を見るというところまでは行かなかったが、
少なくとも危機感というよりも前進していると
思っていたし思わされていた。

会社なんてそんなもんだ。
会社が大事なのはお客様でもなく従業員でもなく
株主だからだ。
会社に不満があるなら辞めればいい。
ボクらは雇われているからだ。
意見は言えるが文句は筋違いだ。

お客様優先に考えろとか言う上司は
信用できなかったし好きでなかった。

だけど、一番イヤだったのはまだ食べれるのに
期限が切れたからといって食材を捨てることだ。

熊本に来てから店長という仕事が
少し窮屈に感じ始めていたのだ。


そして阿蘇といえば温泉だ。
だけど、あまり入ったことは無い。
日帰りで行けるということと
ドライブしてたらいつのまにか
夜になっていたりしたからだ。

阿蘇からは湯布院まで車で一時間
くらいだし
高千穂までもそのくらいだし
黒川なんてまさに阿蘇だし
星野リゾートの界もあるし
食う寝る遊ぶにはもってこいの場所だ。

見事に阿蘇の戦略にはまり
熊本を離れていても毎年阿蘇まで
癒されに行っている。

こんな生活ずっと続いたらいいなぁ
と思っていたら、
さすがにそうはいかない。

お店の売上もとより会社の業績も
陰りが見え始めてきた。


しかし何といっても食べ物だ。

阿蘇といえば赤牛がいるし
郷土料理といえば田楽だし、
水と言えば水源はいっぱいだし、
牛乳美味しいしもちろんヨーグルトとかもだ。

そば街道なるものもあり
10キロくらいの山道に10店くらいそば屋が
たたずんでいる。

それはそれはもののけ姫の世界だ。

阿蘇は素晴らしいという気持ちは強い。
だけど、文字で表現するとなんかしらける。
文章が下手なのもあるけどボクにとっては文字の限界だ。

いったことない人はぜひ阿蘇を感じてほしいです。


ところで、数年前に流行った動画らしいんだけど
気持ちがほっこりしたので貼っておきます。



さて。ボクらはいったい誰と争っているんだろう?





ホントはぷろろーぐは⑩くらいで終わる予定だったけど、
色々考えた結果㊷まできた。
一応、半分くらいは過ぎたけどまだ続く。
下書きとかなく気分で書いてるため
終わりが見えない。
さすが気まぐれ日誌だ。

阿蘇は観光地だ。
だけどはしゃぐような場所はあんまりない。
海とかみたいにどこでもBBQができるわけでないし、
草の波と戯れることもできなくはないが、
カラダが浮いたりはしない。

大人の観光地とでもいいますか、
自然が好きでのんびりするにはもってこいだ。


のんびりスポットは色々ある。
ピンポイントでココというのも個人的にはあるけど、
さすが、パワースポットだけあってどこでも
パワーはもらえる。

旅行雑誌に載ってる大観峰、草千里、
は行って損はしないと思うし、
牛とかは色んなとこで放牧されてマジカで
見れるし場所によっては馬とかもいる。

まぁ熊本時代にはまりにはまって
50回以上は行ったからね。
ほとんどの有名所には行きました。

阿蘇のは話はまだ続きます。














熊本を連想して思い浮かぶもの3つあげよ?
と言われれば阿蘇は必ず入ってくるのではないか?

熊本にくるまでボクは海派で山に遊びに行くことは
なかったのだが、
阿蘇と出会って山派になった。
海が嫌いなわけでないが
2位に転落した。

世界最大級のカルデラと謳われ
だいたいなぜか

阿蘇中岳

この写真とセットになってることが多いが
実際この写真も阿蘇カルデラででてきた画像だ。

しかし、これは中岳の火口で
ホントのカルデラは写真に写りきらない。

熊本の人はみんな知ってるが誤解してる人は
いっぱいいるはず、
ボクもそうだったからだ。

まず、それを知っただけで阿蘇に負けた。

阿蘇の雄大さはボクの小ささを際立たせた。
考えてることも存在も全てだった。




(何度アップしても横向きに・・・)